幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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一周目・藤原妹紅END-『須臾の夢』

 ……妹紅の六話目が終わった。未だに妹紅が誘った七人目は姿を現さない。

 来るかは分からない、と言われた手前話し終えた面々を帰さず待たせている訳だが……

 

 皆、役目を終えたらドライなものだ。ある者はコックリコックリと船を漕ぎ、ある者は暇そうに畳を弄くり、隣の妹紅などは脚を伸ばしてプラプラと遊ばせている。

 無言で膝を叩くと、面倒臭そうに脚を組む。横顔を見上げると微かに口を尖らせていた。お前は寺子屋で叱られた生徒か。

 

 呆れながら向き直ると視界の端でまた妙な物が見えた。目を凝らすとマミゾウが懐からコッソリと煙管を取り出している。「おい」と声を出すと注意するより早く赤蛮奇の手が伸びた。

 二人の視線がぶつかり合う。鬱陶しそうに煙管を遠ざけるマミゾウだったが、素早く赤蛮奇の手が追いかける。互いの肩から下の稼働域のみでの短い攻防の末、赤蛮奇が器用に指先で煙管を掠め取った。

 が、勢い余って二人の間で行儀よく座っていた妖夢に肘が激突する。

 

「いだっ!」

 

 この瞬間、向かいの燐は噴き出し、メディスンは鼻から馬鹿にしたように息を漏らす。そして。

 

「あ」

 

 その拍子に赤蛮奇の手から煙管がすっぽ抜け、クルクルと放物線を描きながら私の頭上を通り過ぎ、襖に向けて飛んでいく。

 それとほぼ同時に、襖がガラリと開いた。

 

「お邪魔するよ~……いてっ!?」

 

 小さく硬質な音と、すっとんきょうな幼女の声が響く。真後ろを振り返ると、ピンクのワンピースを着て頭に二対の白い何かを乗せた女の子が、黒い癖毛の間から覗く赤く腫れた額を抑えながら私達を恨めしそうに睨んでいた。

 彼女には見覚えがあった。特に頭の白いのはよく見ると頭から生えたものでフワフワの毛が伸び、位置からしても兎の耳にそっくりだ。

 誰だっけか。背丈といいふてぶてしい面相といい、名前以外は思い出せるのだが……

 

「てゐ?」

 

 妹紅が意外そうな声をあげた。そうだ、因幡てゐ。あの永遠亭の兎を纏めるリーダーで、幼い見た目だが何千、何億歳とも言われる長寿の妖怪である。

 彼女が妹紅の言っていた七人目なのだろうか。

 そう尋ねようとしたが、当の本人は足下の煙管を蹴り飛ばすと、ドスドスと足音を立てて私と妹紅の間に割り込み、座布団も敷かずに腰を下ろす。

 横目に見る表情はあからさまな膨れっ面で、現れて早々の一撃が気分を害したのは明らかだった。彼女は口を尖らせたまま全員を睨み、ぼそりと呟く。

 

「とんだ歓迎だね」

 

 険しい目付きの向く先には、車座の真ん中に未だ転がる煙管があった。元はといえばマミゾウのこれがぶつかったのだ。

 

「おや、そこの煙管は誰のかいのぅ」

 

「…………」

 

 マミゾウが白々しく首を傾げた。一同が白けた視線を送る中、私は慌てて作り笑顔で問う。

 

「えーと、お前が七人目で良いのか?」

 

 てゐがジロリと振り向いた。私の気を遣う様が見えたかは知らないが、瞳の鋭さは微かに緩む。

 

「ああ、姫様に頼まれてね。待たせちゃったがよろしく頼むよ」

 

「……アイツ、結局身内に押し付けやがったな」

 

 妹紅がやれやれと呟く。姫様、という言葉から察するに妹紅が誘っていたのは永遠亭の主人、蓬莱山 輝夜(ほうらいさん かぐや)だろう。幻想郷住民のご多分に漏れず気紛れで、予定をドタキャンしないだけマシと言えるだろう。もっとも、他人だから言える事なのだが。

 

「それはそうと、今は何してたんだい?」

 

 気を取り直したてゐが皆に問いかけると、まずは妖夢が手を挙げた。

 

「ついさっき妹紅さんが六話目を話してくれまして。あなたで最後です」

 

「ふむ、じゃああの話にしよっか」

 

「いよぅ、待ってました!」

 

 燐の拍手にてゐは得意気に頷き、口を開く。

 しかし、『永遠亭に来たある男の話だ』と言い出した所で、今度はマミゾウが待ったをかけた。

 

「なんだい、うるさいね」

 

「いや、同じ話を二度も聞きたくないわい」

 

 マミゾウがかったるそうに肩を鳴らす。てゐが振り返ると、妹紅が無言で気まずそうに手のひらを振った。

 

「……すまん、なかなか来ないから、ネタも被らないだろうと……」

 

「ありゃ、参ったね」

 

 私が補足すると、話の腰を折られたてゐは脚を正座からあぐらに直したりして、間が悪そうに天を仰ぐ。するとさっきまで無言だったメディスンが口を挟む。

 

「もう何だっていいから早くしてよ。兎捕りの罠で死んだりとか、色々あるでしょ?」

 

「それ先に言ったら出落ちじゃないかい」

 

「死んでまでお姫様のパシりって悲しいな」

 

 燐や赤蛮奇が軽口を叩くも、メディスンは毒づいたその表情のまま急かすように膝を叩く。普段一人で気ままに過ごす彼女は大勢の中でジッと待つというのが堪え難いのだろう。皆が話し終えてからこっち、そろそろ限界が来そうだ。

 

「ああ、分かった分かった。んじゃ、後日談を話してやるよ」

 

 てゐが半ば投げやりに両手を広げて言った。メディスンや妹紅がピクリと眉をひそめる。

 

「後日……談、って」

 

「あの男の話に続きがあるってのか?」

 

 妹紅の問いかけにてゐは溜め息を一つ、そして一拍置いてようやく頷く。

 

「正直、黙っておきたかったんだけどね……」

 

 なにやら小さな声でぼやくてゐ。そんな彼女にマミゾウが顎をしゃくり催促する。

 

「この際だ、細かい事は言いっこなしじゃろ」

 

「いいんですか? もし嫌なら……」

 

 妖夢が遠慮がちに言ったが、てゐは手でそれを制し、一つ咳ばらいをする。

 そして話し出した。

 

「…………彼が、鈴仙にお仕置きを食らって、ただそれだけじゃ済まなかったんだ」

 

 

 

 

「確認するが、あの男が幻を見せられた所までは知っているんだよね? OK、それなら話は早い。

 奴は今でも永遠亭にいる。ただし下働きとしてじゃない。患者……いや、それ以下の待遇で奥に閉じ込められているんだ。鈴仙のあの目を見た日から、それもずーっとね。

 

 私があの姿の彼を見たのは、たしか妹紅が帰った後だった。廊下を歩いてて、急にフッと、便の臭いがしたんだ。

 厠が近い訳でも無いのに、一体なんだ? といぶかしんで、こっそり臭いの方向に近づき、ある部屋の前に行き着く。

 覗いてみると、部屋の真ん中で男が、服を剥ぎ取られて無造作に転がされている。その横では茶色いものと一緒になった衣服が袋に詰められて、その横で鈴仙が床を無言で拭いている。ただ漏らした現場にしちゃ変だと思ってね。

 

『何やってんの?』

 

 部屋に入って声をかけると、鈴仙が険しい顔で振り向いた。ウンザリしてるけど呆れている風じゃない。ただ面倒を片付けているような表情。

 

『こいつがやったのよ。私は後始末』

 

 未だ立ち上がる気配のない男を一瞥して、鈴仙がつっけんどんに言い放つ。彼を見ると、色々と見苦しい全裸より何より、赤くなった男の目が興味を引いた。明らかに何かをされている。

 

『元はアンタの仕業と違うの?』

 

『漏らせなんて言わなかったわよ』

 

 じゃあどう言ったんだい、そう聞く間もなしに鈴仙は私の横をすり抜けて、スタスタと廊下を歩いていく。

 追いかけようとすると、振り返らずに『そろそろ夕飯よ』とだけ言われた。

 

『放っておくの? 死体みたいになってるけど……』

 

 男がいる部屋は、物音一つしない。生きているのか死んでいるのか、脱け殻のような彼は未だ起き上がる気配がない。

 

 鈴仙はピタリと足を止めて宙を眺め、ポツンと呟いた。

 

『……少し、強くやり過ぎたかな』

 

 どんな表情だったのか、後ろからじゃ分からなかった。最後にもう一度彼を見る。もう日も暮れて、明かり無しじゃ暗くなった室内。相変わらず見開かれた男の両目だけが、無機質で生気のない非常灯のような赤い光を放って見えた。

 

 

 

 用意されていた食卓には、既に姫様と永琳が待っていた。鈴仙はすとんと席につくとひと言『いただきます』と言ったきり、無言で食べ始めた。

 私も隣に腰を下ろす。が……少々気まずい。さっきの出来事に加えて、席が一つ、あの男の分がいつまでも埋まらないのを、隣の鈴仙がまるで気にしていなかったから。

 

 永淋や姫様も次第にいぶかしんで、『アイツが来ないけどどうしたの?』と尋ねた。すると鈴仙は箸を置き、つまらなそうに言った。

 

『アイツは、しばらく動けません』

 

『へ?』

 

 意味を掴めない二人に、鈴仙はスラスラと彼の狂気を弄った経緯を話した。最初に私に話してくれてもいいじゃないかと思ったんだが、相手が師匠と主人じゃ、聞かれた重みが違うってものさ。

 内容を聞き終えて、二人はふん、と息をついた。鈴仙は参ったという様子で肩を竦めて、罪悪感を感じている風でもない。そんな彼女に諫める言葉が飛んだか? そうではない。

 

 最初に永淋が、姫様に向けて口を開いた。

 

『最近、彼も調子に乗っていましたからね』

 

『馬鹿は死ななきゃ……じゃないけど、疾患じゃないだけタチ悪いわ。』

 

『自覚がないんですものね』

 

 二人の言い様、冷たい反応に思えるかい? ……そっか、まあお察しの通り屋敷の皆にとって彼の命は、そこまで価値のあるものじゃ無かったんだろう。預かると決めたは良いが、性格も悪く、能力も利用価値もない。いざとなれば現代に帰った事にして消しちまえばいい。巫女や紫も気にはしない。大なり小なり外来人の扱いなんてどうにでもなるんだ。

 

 鈴仙もお茶を一口啜り、薄く笑う。

 

『もし取り返しがつかなくなっていたらすみません。始末しておきます』

 

『いえ、どうせなら実験に使うわ。私に頂戴』

 

 早くも殺す相談まで始める鈴仙に永淋。その表情は赤字の計算でもするような、あっけらかんとしたものだった。余計な口を挟むまいと黙っていたら、姫様がとびっきりの笑顔を浮かべて身を乗り出し、鈴仙に詰め寄る。

 

『ねえイナバ、その男、後で私にも見せてくれない?』

 

 姫様は目を輝かせ、白い歯を見せていた。その顔は楽しい刺激を見つけた子供のそれで、あの方に関して言えば『良からぬ事を思いついた』に違いない。それでも聞かれた鈴仙は愛想笑いをして答える。

 

『ええ。お好きなように』

 

『やった! じゃあ手付かずにしておいてよ!』

 

 姫様は嬉しそうに手を叩き、食べるペースを早めだす。永淋は行儀の悪さを咎めたが、相手の口から飛び出す勿体ぶった、面白い事をしてやるという予告にはハイハイと耳を傾けていた。内容を別にすればいつもの食卓での会話、食事風景そのものだった。

 

 ただ一つの空席と、そこに居た筈の男が、これから何をされても不思議じゃないというちょいとした気掛かり。その二点を除けば。

 

 

 

 

 食事が終わり、結局四人で男のいる部屋に出向いた。姫様は言わずもがな、永琳はランプを掲げてその付き添い、鈴仙は自分のやった手前、私は……なんとなく、かな。ただ、心配する奴はあの場にはいなかったと思うよ。

 

 部屋の近くに来るとまた便の臭いがしてきた。姫様が袖で鼻を覆いながら、それでも興味深そうに早足で臭いの元に急ぐ。そして部屋の引き戸をほんの少し開け、高い声をあげた。

 

『あらぁ、良かった。まだ夢の中だわ』

 

 姫様が小さく跳ねる。追いかけて戸口から覗いてみると、灯りのない室内の闇の中で二つ、赤く小さな光が浮かんでいる。鈴仙の術にかかったあの目だ。

 背が低いから一番前で覗いていた私が、自然と部屋の戸に手をかけた。しかしその時、ふと手が止まる。

 

 戸の隙間から、小さく低い声が聞こえた。耳を澄ますと、それは苦しげで途切れのない、チャンネルが合わないラジオみたいな耳障りな声だった。風の唸り声に似ていたが、それはあの動かない男のものに違いなかった。

 

『どうしたの、てゐ?』

 

 姫様が不思議そうに首を傾げる。彼女には見えていないのか。それとも件の企みらしきものがしたくてもどかしいのか。

 

『いや、何か聞こえませんか?』

 

『知らないわよ。とにかく部屋に入らなきゃ始まらないじゃない』

 

 姫様は腰に手を当てて口をへの字に結んだ。臆病な兎の懸念なぞし知ったこっちゃないという態度だ。私は怒るよりもかねてからのこの性格に閉口して、私はどうせ下っ端さ、と投げやりに扉を開け放った。

 

 残っていた悪臭が流れ出し、一気に部屋の中の闇が露になる。二つの赤い点だけ見ながら踏みいると、視界は真っ暗でも反響する床の音の違いで廊下とは違う形の空間に入ったのだと分かる。

 幾分か男に近付くと、不意に背後の明かりがヌッと覆い被さり、私の影と、その前に横たわる男の姿を照らし出す。永淋がランプを近づけたのだった。

 

 姫様がきゃっ、と小さく叫ぶ。

 

『やだ、何よあの格好』

 

 そういえば鈴仙が服を脱がしていた。振り返ると姫様は口に手を当てているものの、目は好奇心を湛え、ランプに照らされて一層輝いている。

 

『すいません、布でも被せておけば良かったんですが……』

 

 鈴仙の形だけの謝罪も聞き流し、永淋からランプを引ったくって姫様は男を観察した。映し出された肌色の身体に不気味な陰影が出来、赤い目が瞳の奥を虚ろに鈍く、それでも表面の眼光がボンヤリしたランプの灯りをはね除け、狂気の様を顕していた。

 

 その赤に一瞬、目を引かれた時。

 

 また声が聞こえた。近い分さっきまでハッキリと、微かに口元の陰を揺らしながら呻く男の声が。しかも、よく聞くと単語や短い呟きを繰り返しているように聞こえる。

 急いで耳を傾け注視したが、生憎姫様は股間なんかを照らしてはケラケラ笑っている。気が散るので目を閉じ、耳だけに神経を集中させた。

 途切れ途切れだが、日本語だ。嘆くような響きでもって、段々と意味を成していく。

 

『ああ、感染(うつ)された。感染された』

 

『もう皆には近付けねえ、結婚も出来ねえ』

 

『子供も無理だ。早死にも決まった』

 

『いっそ死んだ方がマシだ』

 

 涙声で独り言みたいに言ってたから、大体聞き取れたのはこれだけだった。それでも鈴仙の話と照らし合わせると奴の台詞の意味が想像出来てくる。

 

 ……とある病気があるんだけどね。そいつは恐ろしい事に少し前まで不治の死に至る病だと言われていたんだ。

 そしてその病気は、野郎同士のスケベで感染しやすいとも言われる。恐らく彼はその幻を見ているんだろう。

 

 いや別に、異性でも普通に可能性はあるし、逆に必ず感染する訳でも無いんだが、そこは彼のこと、認識は偏っていたんだろうね。同性の恋愛だからって奇異に見られて、皆が病気持ちの異常者に括られるのは、悲しいけど外の世界でも考えられる事だった。

 病気自体もなにぶん恐れられたから、色んな噂があった。なるべくそばに寄らない方がいい、子供も感染するからつくらない方がいい、長生きはどうしても出来ない、とかね。

 

 ……身近に永琳を見ているから言うけど、それらは誤解や古い常識だ。奴はそれらに今も縛られている。キワモノとして見ていた"ゲイ"の幻に悩まされたように、その後のついて回る恐怖もあれこれ誇張されて脳内に展開されているんだろう。未だ赤く光るままの瞳を見てもそれは間違いない。

 

『意外と幻が長引いてしまったようです』

 

 鈴仙は事務的な口調で言った。隣の永淋はハナから姫様の挙動だけ見つめて黙っている。その姫様はと言うと男の顔を照らしたかと思えば、影の浮き出た顔をニッと楽しそうに歪め、皆を見回しながら言った。

 

『それが好都合なのよ』

 

 私はどういう事か分からず戸惑っていた。姫様はそんな私を細めた目で一瞥し、しゃがみこんで男の顔を見つめる。持っていたランプを床に置き、顔は振り返らないまま、低い声で呟いた。

 

『私の能力、知っているでしょう?』

 

 言われてボンヤリと思い出した。姫様の永遠と須臾を操る力。永遠とは変化のない無限に長い時間。須臾とは逆に誰にも認識出来ない程の短い時間。私もややこしくてよく分かんないんだけど、あの人は変化のない世界にずっと何かを閉じ込めたり、誰にも分からない一瞬で行動したり出来るんだ。

 

 でもそんなものが今、何の役に立つっていうんだろう。いぶかしみながら姫様の背中を見ていると、彼女はフッと男の目の前に人さし指を立てて、ほんの僅かに上下させた。

 それだけで、後はピクリとも動かない。けど、どうした事だろう。さっきまで虚ろだった瞳の奥がみるみる生気を帯び、眼前の姫様の指先に焦点を合わせる。

 まさか正気に戻ったか、と目を見張ったけど、奴の目の色は赤いままだった。しかし明らかにさっきまでと違う様子でキョロキョロと辺りを見回し出す。その姿は異様に心細く戸惑っているようで、色なぞ分からない筈なのに顔が確かに青ざめて見えた。

 そして、震えながら口を開いた。奴の身に何が起こったんだろう。ヒントを求めて次の言葉を待つ。

 

 しかし、聞こえてきたのは不可解なひと言だった。

 

『あ、あれ……おれ、しんで……』

 

 死? と眉をしかめている間も、男は自分がどんな状況にいるのか分からないといった様子で我が身や姫様、私達を見上げては目を丸くしている。誰のせいかといえば思い当たるのは姫様だが、本人は涼しい顔でニコニコと微笑んでいる。聞いても答えちゃくれないだろうと無い頭で考えていると、鈴仙がポツリと言った。

 

『……あの一瞬で長い夢を見たのね』

 

 へ? と振り返ると、永琳が表情一つ変えずに説明してくれた。

 

『姫様はあの男を永遠の中に閉じ込めたのよ。ただし、私達にとっては一瞬の間だけだけどね。

 

 ……あの男はウドンゲの見せた夢の中で人生を終えるまで、変化の無い世界の中で一人で居たのでしょう』

 

 姫様の力なら、たった一人を、永遠の世界に取り残せる。私達からしたら瞬きするよりもっともっと短い時間だけど、一人だけをいつまでも、いつまでも長く。

 更に鈴仙の力を合わせたら、肉体も老いずに夢、幻だけを長く長く、それこそその中で死を迎えるまで閉じ込める事が出来る……らしい。

 

 想像しにくいかい? 私だってそうさ。突飛で話を呑み込みかねた。だからとりあえず、アイツが夢の中でどんな人生を過ごすだろうね、って聞いてみた。

 

 すると永琳はふと、からりと笑う。

 

『どこまでも認識に変化の無い、自分の持つ印象や知識に縛られた人生。奴にとってはさぞかし辛くなるでしょう』

 

 変わらない認識、自らを縛る印象や知識。男の持っていた様々な偏見が思い起こされた。

 節操なく他人を弄ぶ同性愛者、そいつらが持つ疫病神のような病。その病を近づくだけで感染すると信じる自他、妻や子供を持つべきじゃないという周囲、そして長くない寿命……。

 

 奴の夢の中に、それらを偏見だと指摘してくれるものはいない。だって思い込みを思い込みだと知らないから。偏見を改めるどころか大人になっても引きずって凝り固まり、他人をいたずらに奇異に見ていた彼の見る、夢なんだから。

 たとえ自身がその偏見に晒され、無知や無理解に苦しむ立場に変わったとしても、それは同じさ。

 

 その死ぬまで苦しむ体験を彼は何度も、姫様の気が済むまで繰り返す事になった。止めなかったか? 言ったろう、私達にとって、彼の一生涯分の夢は瞬き一回分にも満たないってさ」

 

 

 

 

「……ひでぇ女だ。人を玩具にしやがって」

 

 てゐの話を聞き終えて、開口一番妹紅が吐き捨てる。いつの間にか煙管を拾い上げたマミゾウが横から冷やかした。

 

「幻想郷でそれを言うかい。儂はむしろ清々したがのう」

 

「おい、悪乗りするのは止せ。一々茶々を入れるんじゃない」

 

 マミゾウを睨むと、彼女はヘラヘラと手を振る。妹紅がむっと口を結び、妖夢が無言ながら眉をひそめる。そこに口を挟んだのはメディスンだった。

 

「何よ良い子ぶって。馬鹿な大人なんて死んじゃえば良いじゃない」

 

「ちょい、そんなむきになって……」

 

「皺寄せが来るのは子供の方なんだっつーのよ」

 

 燐が咎めたが、メディスンは知らん顔でそっぽを向く。子供故に不正義には敏感で、尚且つ残酷だ。燐が困った顔で私を見る。まずい雰囲気だ。とにかく会合を一旦終わらせて、空気を変えよう。そう思った時。

 

「……今更だな」

 

 今度は赤蛮奇が呟いた。心なしか妹紅の方を見ているようにも見える。

 

「あ?」

 

「人が酷い目に遭う話は、これに限らないだろう。今回だけケチをつけるなんて、フェアじゃないぞ」

 

 赤蛮奇の言葉に、妹紅は押し黙る。しかしまだ抗弁したいのか目が悩ましげに動く。すかさず妹紅に向けて言った。

 

「妹紅、お前多分、輝夜のやった事だから腹が立つんだろう。だがお前も私も、私情を挟む訳にいかん」

 

 私は人間側の半妖で、だからこそ恐怖も感じるが、やはり人間が苦しむの自体は心苦しい。しかしそれはそれとして、個人的な好き嫌いで貶すような真似はしてはならない。真剣な顔で見つめると、妹紅はやがてフッと目を伏せた。

 

「……ごめん」

 

 小さく呟く声。妹紅は私の言葉になら素直に謝ってくれる。自惚れかもしれないが、付き合いの長さから来る自信は確かにあった。

 うむ、と一つ頷いた時。

 

「あの、ちょっと……」

 

 横からの声にハッと我に返ると、てゐが気まずそうに私を見ていた。まずい。場が収まった事に安堵して彼女の事を忘れていた。思わず生返事で返すと、てゐはフーッと長い息をつく。

 

「気を使わせて悪いね……。最後のは、その、嘘だよ」

 

「え?」

 

 間抜けな声で聞き返す。てゐは目を逸らし、ポリポリと頭をかく。

 

「いやあ、落ちはなるべく恐ろしい方が良いだろ。実際は永琳が何回目かで悪ふざけも程々に、と止めたんだが、脚色しちまった」

 

「そ、そうか……まあ、そうだろうな」

 

 妹紅が戸惑いながら唸る。私含めさっきまで諌めたり謝ったりしていた口を皆が閉じた時、燐が明るい声で言った。

 

「なんだい、本当は大したこと無かったってのかい?」

 

「そういう事そういう事! 何度も一生を繰り返したりなんかしたら、気が狂っちゃうって」

 

「も~、脅かして~」

 

 妖夢が安心して息をつく。誰かさんがあんな風に怒り出すから……とてゐが迷惑がましく呟くと、妹紅は完全に黙ってしまった。マミゾウがニヤニヤと口元を歪めている。

 

「ま、とにかく私はそろそろ帰るよ。明日も早いんだから」

 

 もう用は済んだとばかりに、てゐは挨拶もなくクルリと背を向ける。しかし、その背中にふと、気にかかるものを感じた。

 ……奴は話の種明かしをした。怖さの為に嘘をついた。しかし、そう言われて尚、何かが引っ掛かる。彼女の言に何か……。

 

 そうだ。最初。奴は男が『患者以下の待遇で閉じ込められている』と言っていた。

 そして、男が見ていたのは、永琳曰く『自分の持つ印象や知識に縛られた』夢。

 

 頭の中に、ある仮説が浮かんだ。

 

 輝夜の見せた『死ぬまでの夢』が強く印象に残っていたとしたら。

 夢の中の輝夜なら容赦する保障もない。男の印象次第で得体の知れない夢を見せる妖怪に見えても不思議ではない。何度も何度も、寝ても覚めても死ぬに死ねない夢を、夢の中で見せられたかもしれない。

 いやそれ以前に、夢の中の一瞬で夢を見て、その中の一瞬、その中の一瞬、その中の……と無限に幻を見せられる可能性は無いだろうか? 否、いくらでも考えられる。肉体は老いず、例え何十、何百年体感しようが、結局は男の頭の中の、夢なのだ。現実ではそれらはすべて須臾の夢に帰す。

 

 鈴仙の能力が解けるまで、何度、彼は…………

 

「……てゐ」

 

 気がつくと彼女を呼び止めていた。もう襖を開け放して廊下の奥に遠くなっている。

 

「なんだい?」

 

 振り返って、面倒臭そうな返事。聞かれたくない事があるのか。そんな疑問が頭を掠めたが、意を決して確かめる。

 

「……その男、正気でいるんだろうな?」

 

 そういうと、てゐは肩をすくめ、からかうような口調で言った。

 

「……言ったろう? 外来人なんて、扱いはどうとでもなるって。

 

 正気だ、って言えば安心するかい?」

 

 そう言っててゐは小さく舌を出し、廊下の角に消えていった。

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