二周目・一話目-藤原妹紅
「……へ? 私が一話目?
何だよ、初っぱなから指名してくるなんて、慧音も意地が悪いな。まあ良いけどさ。
んで、あー、藤原妹紅だ。よろしくな。
皆私に呼ばれたから知ってるとは思うが、私はメンバー集めの方に奔走しててな。ネタが正直、ほとんど無い。
そこでだ。予め噂に目がない奴に教えてもらった話がある。射命丸 文(しゃめいまる あや)を知っているだろ? あの妖怪の山に住む、新聞を作っている烏天狗だよ。
そいつが教えてくれたんだよ。又聞きになっちまうけど、あの山の連中は元々身内の結束が強いから、その中で起こった事件ってだけでも、聞く価値はあると思うぜ。
……聞きたいかい?じゃ、ちょいと耳を汚させてもらうよ。
―
舞台になる妖怪の山っていうのは、主に天狗と河童が住人の大部分を占める。で、今回出てくるのは、天狗だ。
天狗の中にも種類があってな。大きく分けて、さっき言った文みたいな烏天狗、里にもたまに顔を出す黒い翼を持つ奴等と、主に山の警備なんかをする、白く狼を思わせる現場型の白狼天狗。怪しい奴を見たらたちまちチームプレーで追い出しにかかるんだ。狼の妖怪だけあって機敏な動きで連携をとってかかってくるから、強い奴でも大概は敵に回したく無いだろうな。
ところがその白狼天狗の中に、変わった奴が一人いた。女の子なんだが、ソイツが酷く間抜けでな。ちょくちょく遅刻したり、当番の日を勘違いしたり、大事な書類をなくしたり、とにかくトラブルの種には事欠かなかった。
新人ならまあ、そういう事もあるだろうと皆思うかもしれないが、彼女の場合は何年経っても同じような癖が抜け切らなかった。
小さい頃を知る同僚によれば、仕事に限らず遊び回っていた時代から、一人だけずっと同じ事に夢中になっていたり、玩具の片付けが苦手だったり、困った所がずっとあったらしい。
そういう生い立ちだもんで、山の中で次第に彼女を疎んじる奴等が出始めた。狼ってのは時に容赦なく爪弾きにするものでな、女の子もガキの時代から程度の差はあれ同じような目に遭ってきて、当然ながらすっかり引っ込み思案で通るようになっていった。
ただ、彼女も何も出来ないとかそんな訳じゃなくて、特技も持っていた。山の連中はよく将棋を楽しんでいたが、何を隠そう彼女は将棋だけは大得意だったんだ。
大抵の勝負には連戦連勝、将棋大会が開かれた日には尽く上位に食い込んだ。彼女もその時ばかりは胸を張ったし、周囲の冷たい視線も影をひそめた。
だが、一日経てばまたいつも通り、上手くいかない業務の日々。皆の表情も厄介者を見るそれに変わり、彼女は鬱屈とするばかりだった。
その日々がずっと続くのも嫌だったろうが、ある意味で変化が訪れる。山に居る厄神の事を知っているか? 鍵山 雛(かぎやま ひな)っつー奴なんだが、雛人形のように悪いものを吸い取る力を持っていてな。一部の連中が
『アンタに天才棋士の怨霊でも取り憑いてんじゃないの? だからあんな鈍臭いのよ』
とか言って冗談混じりに女の子を厄神の元に引っ張っていったんだ。それで除霊なんかをやっても一応はホラーなんだろうが……
雛は連れてきた奴等に向けてこう言った。
『この子に、悪いものは憑いていないわ』
えー?、と張り合いなさそうにする知り合い達に向けて、尚も雛は言う。
『あなた達ねぇ、オカルトのせいにする前に他に何かしようとか考えなかったの?』
それは思いの外強い口調で、知り合い達はムッと眉をしかめ、女の子は戸惑い、心の隅で気を落としていた。だけど、何故自分がガッカリしたのか、具体的な理由はその時思い当たらなかった。恐らく他の連中も、聞いている皆も雛の言い方にピンと来ないだろ?
けど、それから女の子が山でどうなっていったか、聞けばその内分かるだろうぜ。結局何もされずに帰された彼女が、どんな気持ちでいたか……。
それから、彼女に対する風当たりはますます強くなっていった。目立ったハンデも思い当たらない、それでいて変わらず足を引っ張る彼女に下された評価は『ただの間抜け』だったんだよ。
数少ない幼なじみなんかは、小さい頃から見ていた将棋の腕を盛んに誉めて慰めたりなんかしたが、将棋なんて金になる訳じゃなし。それだけにあんまりのめり込む訳にもいかず、それどころか大事な趣味でいつも負け通しの奴等は『将棋の能力をちょっとでも他に回しなさいよ』と陰口を叩き、次第に聞こえよがしに話すようになっていった。
それを聞いて彼女が傷つかない筈がない。能力を他に回す、それが出来たらどんなに良いか……。他ならぬ彼女が腹立たしさを抱え、いつしか特技も何もかも鬱陶しいものでしかなくなり、自分は役に立てないと後ろ向きな考えに囚われていった。
環境が変わればまた違ったかもしれないが、知っての通り妖怪の山は独自の社会があって閉鎖的でな、文みたいな跳ねっ返りはともかく、内気な彼女に山を飛び出すなんて発想が出る事はなかった。
彼女の知り合いはこんな風に愚痴を聞かされたらしい。
『将棋の駒みたいに、裏になれば強くなったりしないかなぁ。
私なんて盤にいても文句言われるだけじゃない』
限られた枠の中で認められなきゃいけない、その内に彼女は焦り、追い詰められていった。
とうとうウンザリした彼女は、山の中でも天狗達とは気風の違う奴に助けを求めた。山の頂上の神社に住む風祝、東風谷 早苗(こちや さなえ)だ。
早苗は元々外の世界から来た人間で、御先祖は物凄いつわ者ながらも自身はホンワカした、外の世界の感覚を残す外交的な奴だった。
そのせいか出向いた天狗が自己紹介した時も、とりあえず否定はせずに聞いていたらしい。直接仕事で関わる訳じゃないから他人事だったのかも知れんが、堅物な山の連中よりはマシに思われただろうな。
『……苦労なさったんですねぇ……』
だが、愚痴を言って慰められて解決するなら苦労しない。彼女が早苗にあった狙いは、もっと別の所にあった。
早苗には、『奇跡を起こす』力があったんだ。
さっき言ったつわ者の御先祖様ってのが、何を隠そう神様でな。その血のお陰か早苗が祈ると雨が降ったりとかするらしい。
ただ、大規模だったりあんまり都合が良かったりする奇跡は、かなり、かなり長い期間が要ると云うが。なんたって生まれて十年以上はただの人間だったからな。
それでも天狗の女の子は、その力で自分の不出来を何とか出来ないかと頼み込んだ。アイツの奇跡が当てになるのかってお前達は思うだろうが、自分が頑張るよりは望みがあると思ったんだろう。そう考えるだけの人生があったんだよ、多分。
勿論出し抜けに言われた早苗は戸惑った。奇跡なんかに頼らなくても、出来る事があれば力を貸しますよ、って説得までしたんだ。早苗はそういう優しい奴ではあった。が、少々相手には無神経に映ったようだ。
天狗は早苗を恨めしそうに睨むと、腹から絞り出すような声で言った。
『今までだって、頑張ってきたんですよ。早苗さんが現れるずっと前から、いえ、貴女が生まれるより前です。
現人神だなんて言って、たった十云歳の子供が表舞台に現れて、どんなに羨ましかったか』
更に止まらず、こう捲し立てる。
『聞いてますよ。貴女こそ外の世界じゃ色々奇異に見られたって。貴女は幻想郷に来れて満足でしょうが、生憎私は新天地も気休めもお呼びじゃないんですっ!!』
珍しく耳を傾けてくれた早苗に、天狗はうっかり鬱憤をぶちまけてしまった。山を出られない以上、努力でどうにかなるビジョンが、丸っきり見えなかったんだと思う。早苗も後から確かめるに、実際はもっと酷い事を言っていたけど、不思議と怒りは湧かなかったらしい。
同情もあったんだろう。叫ぶだけ叫んで気まずそうにする彼女に、早苗は神妙な顔になって、こう耳打ちした。
『では、ほんの僅かな期間、お試しは如何ですか?』
どういう意味かと尋ねると、早苗は長々と話し出した。
『いくら奇跡でも、理想の成長をいきなりするのは無理でしょう。ただ、私なりに有能な方々の恩恵を貴女に授ける程度なら……。
しかし、私個人ではどうしても付け焼き刃です。どこかで誰かのように上手くいっては消えていく程度でしょう。
それでもし良いかもと思えばお伝え下さい。こちらも本腰を入れます』
天狗は二つ返事で承諾した。猶予も選択肢も残しておいてもらえるなら、これ程有難い事はない。
『効果が現れるまで、一、二ヶ月はかかると思いますが……』
『天狗には微々たるものですよ。お願いします!』
かくして、彼女に他人の能力が備わる事になった訳だが、それでどんな結果になったか。
順風満帆? だと良かったが……まあ順を追って話していくよ。
まず最初に起こったのが、彼女の周りの印象への変化だった。今まで強面で厳しいと思っていた上司が、突然迫力の無い小物に見えてきたというんだ。
早苗の交流から察するに豊聡耳 神子(とよさとみみの みこ)の力が宿ったんだろう。他人の資質を見抜いたり、相手の欲するものや声に敏感になったりする。
彼女は戸惑いつつも業務にかかると、神子の如くスラスラと進めていった。すると驚いたのは上司だ。目を丸くし、本当にミスなく終わったかを何度も何度も確認していた。
天狗は神子の能力に感謝して胸を撫で下ろした。というのも、件の上司は一つのミスに三十分も一時間も説教をするような奴だったらしい。その間彼女は頭を下げて相づちを繰り返すしかなく、スケジュールは圧迫し、おまけに萎縮してますます効率は悪くなる。
今回はそれを免れる。そう思って次の仕事にかかろうとすると上司がツカツカと歩み寄ってくる。まさかまたやったかと身構えると、上司は眉にシワを寄せてこう怒鳴り出した。
『お前なぁ、こんだけ出来るならなんで今までやらなかった? お前が怠けてた間に同じ給料で皆が働いてんだぞ、おかしいだろ?』
そう切り出していつものように説教が始まった。早苗さんの力を借りました、と信じるかはともかく言い訳は出来た筈だが、彼女はそれをしなかった。
敏感になった耳に、感情が多分に入った怒声が響き、とてもじゃないが口を開く余裕は無かった。それどころか音としては聞こえない、上司の心の中の欲まで頭に流れ込んでくる。
曰く、怒鳴りつけてスッキリしたかったのに今日に限って失敗しない。見張っていた時間を無駄にした。俺が苦労してないみたいじゃないか、イライラする……云々。
まあ、心の中なんて概して下らないものだとは思うが、実際に知ったらそれは呆れるだろう。彼女は憮然とするしか無かった。
どんなに理不尽でも口答えなんて出来ない。上司は年上だし、昨日まで落ちこぼれだった奴が不興を買ったりすれば、山の中でどんな立場になるか分からない。結局神子の能力が残る間中、同じような説教、もとい八つ当たりは続いたらしい。
またしばらくして、今度は周りの時間が止まり、自分だけが動けることが頻発しだした。
十六夜 咲夜(いざよい さくや)の時間停止能力だな。仕事には便利だったから彼女も自分だけの時間を利用して仕事を進めた。そうすれば自ずと終わるのは早くなる。残業とやらもやらない日が増えていった。時には周りがヒーヒー言うのを尻目に優雅な後ろ姿で帰っていったとさ。
文が言うには『皆ああしたら良いのに』という事だったけど。
しかし、同時に気になる事も出来た。最初の方で言ったが、彼女は掃除が元来苦手でな。咲夜の力が宿った途端に汚い部屋が目につくようになった。
この際大掃除してしまおう。そう思った彼女は一日休みを頂けないかと上に願い出た。
今まで頻繁に休む余裕なんて無かったから、たまになら許されるだろうと、軽い気持ちだった。
ところが、伝えた上の方の管理職は、どうしたことかカーッと怒り出した。休みが欲しいなんて言い出したヤツは初めてだ、なんて言ってから妙に力を込めてこう続ける。
『吐き気を催す邪悪とはッ! 何も躊躇せず仕事場を利用する事だ……!!
自分の利益だけのために利用する事だ…
労働者が何ら寄与しない『休み』を!! てめーだけの都合でッ! ゆるさねえッ!
お前はまた我らの期待を「裏切った」ッ!』
いや、私が言ったんじゃないぞ。念のため早苗に確かめたら趣味か知らんがこんな風に言ったんだ。
もしかしたら、天狗の管理職の趣味かもしれないが……とにかく怒ったのは本当らしくてな。渋々従っていたとさ。しかし、内容だけ見たら目茶苦茶だよなぁ。
極めつけは最後、色んな事に対して勘が鋭くなりだした。大雨が降るのを察知して見回りを切り上げたり、その後に遠回りして土砂崩れを回避したり。
言わずと知れた博麗 霊夢(はくれい れいむ)の天性の勘だな。
しかし、それで巫女のように変わりなく飄々と仕事を……。とは行かないんだこれが。
天狗達の業務はチームプレーだからな。雨で体調が酷くなったり、土砂崩れで怪我をした奴がいれば他のメンバーがフォローするしかない。自ずと忙しさが増していく。
そして休みの原因は直接的なものに留まらない。幼い子供が雨で風邪をひいたから、と言う同僚もいた。
ガキとはいえ妖怪ならすぐ治ると思うかもしれないが、妖怪は精神が脆い。特に片親の家庭だったりすると、一人だけ残すと不安で容態が悪化しかねないんだ。
だから件の天狗はしんどいのを堪えて巫女の鋭さやセンスをフル活用していた。
けど、巫女ならではの疑問が頭をもたげてくる。それは夜が更けても仕事に目処がつかない時の事だった。
終わるべき時間に終わらない仕事。その分はどんなに多くともお金は出ない。人数が減って一人当たりの労力は確実に増えているのに、だ。
金を寄越せ。正当な報酬を寄越せ。そう上に詰め寄りたくなるのを、元々の性格がギリギリ抑えていた。そのささくれだった心に釣られて敏感になった耳に、ふと同僚の会話が聞こえてくる。
『○○、まだ休み~? いつまで歩けないなんて言ってるのよ~』
『その子はまだ良いっての。××なんてガキンチョの看病だぜ。健康そのもの』
どうやら仕事に出ない連中への文句らしい。愚痴の一つくらいなら無視していたかもしれないが、その陰口が弾んでいく内に、ある時彼女の手はピタリと止まる。
『大体○○ってば鈍臭いのよ~。だから怪我なんてしたのよ。自業自得じゃない~』
『それ言ったら××だって……。風邪なんて引かないように躾しておけっての。
迷惑なのはこっちだぜ』
『××ってしかもおっさんでしょ~? 子供の世話とか似合わない~』
『あークソ、アイツらの給料、俺達にくれねぇかなあ』
怠けていると言わんばかりの言い草に、彼女は身を固くした。自分達より少しでも楽なように見えれば相手の事情など、生活など知ったこっちゃない。そんな本音が透けて見えたから。
自分も恐らく今まで言われていた。自分達より能力が低い、だからデメリットを受けろ、受けないのは変だと。
同時に端で聞く立場になってみて、やがて諦めのような気持ちが充満していった。
そういう考えに行き着くのか。金金と執着していたのはもしや自分だけ? なんて考えると変な笑いが込み上げてくる。
早苗の奇跡に彼女が頼ったのは、その日が最後になった。
―
翌日、彼女は山頂の神社を訪れた。顔を見せると早苗がニッコリと微笑む。
『お久しぶりです! あの……奇跡の具合は、如何ですか……?』
天狗はそれまでの事を思い出し、経緯を打ち明けた。良いことばかりでは無かったけど、以前のように自分を殊更責めるような気持ちは消えている。
『お陰様で視野が広がりました。落ち込むばかりなのは止めにします。
だから、もう良いんです』
早苗はウンウンと頷き、天狗の手を取った。照れた顔を浮かべる天狗をイタズラっぽく見上げながら、早苗がしみじみと言う。
『実を言うと、私も外の世界では辛い思いもしましたが、未練もあります。
だから幻想郷が嫌いって事も無いですが……。とにかく、せっかく生まれた場所を、一部に閉じこもって絶望するなんて、勿体ないですよ』
次第に口調は言い聞かせるようになっていき、感極まって目を伏せ、瞼を閉じていた。
『辛い場所なら逃げて、それで駄目なら戦いましょう。耐えるなんて馬鹿馬鹿しいですよ。
私も別世界に来ちゃった身で何ですが、力に……』
夢中で喋りながら、顔を上げて目線を合わせる。そこには感謝してくれた天狗の少女がいる。
……はずだった。
『…………へ?』
そこには、いつの間にか誰もいなかった。早苗が神社の境内で一人、ポツンと立っているだけだった。
早苗はあちこちを探し回った。神社の軒下、裏口、山の中の滝や厄神の家まで。
それでも姿は見当たらず、遂に日が暮れて山の連中が行方不明だと言って山狩りを始めたが、結局痕跡の一つも出やしなかった。
夜空で雲に隠れた月を見ながら、早苗は自分の言った言葉を思い出した。
"私も別世界に来ちゃった身で何ですが、力に……"
……奴が言っていた恩恵を貰える有能な方、っての、最後は多分早苗自身だったんだろうな。
―
……それから、彼女は一向に見つからないとさ。
文や早苗の話だから、真に受けるのもどうかと思うが……。なんせ、妖怪の山は端から見たら全くの相変わらずで、そんな怪事件が想像しづらいんだよな。
ただ、どうも一人、行方不明なのは間違いないらしい。多分結界を越えて外の世界に行ったんだろうけど……。
幻想郷って元々、外で居場所の無い妖怪の為のものだった筈だが、彼女は今頃、どうしているんだろうな。気にしても仕方ないかもしれんが……。
私の話はここまでだ。もっと怖いのあるだろうし、どんどん次に行ってくれ」