「私が三話目かぁ……。メディスン・メランコリーよ。ちょっと語彙とかに自信が無いから、皆ほど上手く出来るか分かんないけど、よろしくね。
実をいうと、人前で話すの自体、慣れてなかったり……。
私は普段、無名の丘に一人で居るのよ。滅多に人も来ないから、物心ついてから長い間人付き合いが無かった。一時期は人形達に革命を! なんて言って、同志も無しに空回りしたり、格好悪い事をやってたものよ。
やっと最近、閻魔様に怒られて永遠亭に出掛けたりするようになったけど、未だに子供扱いされるわ。ちょっと、笑わないでよ。これでも気にしているんだから。
……けどね、いや、怒りはしないわよ。仕方ないかな、って思っているから。自虐とかじゃ無いって。最近、なんというか、未熟さを再確認したというか……。
聞きたい? うん、話すつもりだったけどさ……。それがどうも、妙な体験でね。
とにかく、順を追って話すわ。奇っ怪な場面もあるけど、最後まで聞いてよね。
―
ある日、いつものように永遠亭に行った日の事だった。鈴蘭を売って、ちょっと出されたお茶を飲みながら、永琳と話していた時。
永琳の背中の本棚、その上を何気なく見たら、コケシみたいな小さな物が乗っていた。よく見たら日本人形だったの。赤い小さな着物を着て、おかっぱの黒髪を生やして、白い顔に小さく二つの糸目と紅い点みたいな口紅が塗られた口が薄く笑っている。
今までそんな場所を気に留めた事なかったから、アレは何なの、と聞いてみると、永琳はああ、と思い出したように頷いて、教えてくれた。
『あれね、前いた患者が要らないからって置いていったのよ。もう何年も前に』
もう置いてかれた当時から相当古かったらしくて、永琳も目立つ場所に飾る気が起きずに放ったらかしにしてそのままだったんだって。
私が気づかなきゃ多分、ずっと同じ場所で一人ぼっちだった。動く事も喋る事も出来ないで、ずーっと……。
私も昔捨てられた身だからね。その初めて会った日本人形を不憫に思った。ついでに忘れかけていた永琳には、ちょっと怒りが湧いたわ。
それが伝わったんでしょうね。永琳はひょいと日本人形を取って、愛想笑いしながら私に差し出した。
『これ、貴女にあげましょうか? 置いとくより友達がいた方が、やっぱり良いでしょう』
間近で見ると赤い着物は色褪せているし、顔には点々と染みがついて、髪が乱れて埃を被っている。
普通の人なら確かに要らないって言うだろうけど、私は一層同情が湧いてね。二つ返事で受け取って、大事に抱いて帰ったわ。
それから、日本人形と一緒の生活が始まった。先ずは埃を払って髪を解かして、手製のおんぶ紐を作って人形を背負い、出掛ける時はいつも一緒。寝る時は隣で抱いて寝たし、暇な時は隣に座らせてお喋りしてた。
それで答が返って来るかって? そんな訳無いじゃない。向こうはずっと無言で同じ顔よ。でも人形って、私が言うのも何だけど、元来そういう物でしょ? もし私みたいに動き出して意思を持ったら、その時は私が望むのと同じように、つきあい方を変えるつもりだった。
四六時中持ち歩いていたら、永遠亭でも兎や患者に人形を見られる事がある。妹紅も何度か見てたっけ。でも、見た反応ってのがお察しの通り、皆失礼なものでね。
『あら、年代物の娘さんね』
『大事に持っておきなよ。ゴミと間違えられちゃ大変だ』
『古ぼけた感じが妹紅にそっくり!』
とかなんとか……酷いでしょ!?
けど、怒ったらまたからかわれるだけだし、その場ではグッと我慢して……。
後で二人で慰め合うのよ。あんな言い方って無いじゃない、今のままで十分可愛いって。
染みを取ったり、毛や服を取り替えたら見映えも良くなったかもしれないけど、そうする気は起きなかった。だって素の姿じゃ可愛くないみたいじゃない。それが嫌だったのよ。捨てられる側が努力するなんておかしい。今のままで、何もする必要なんかない。
そう思ってた。私の生い立ちもあって、少しむきになる位にそう言い続けたわ。でもそれが正しいのかっていうと……。
頷けないわね。結局向こうは一言も返して来ないし。今思うと、日本人形を想ってというよりは、憎しみが先だっていたわ。それも自分の姿をあの子に重ねた、私の中の憎しみ。
頭の中で笑われる自分を想像しては、喋らない人形に話しかけた。あんな奴は最低だ。許せない。出来る事なら立場を入れ替えてやりたい。あなたは何も悪くないんだ……。そんな風に何度も。
その時正直、日本人形を丸っきり自分の分身みたいに扱っていたと思う。別の存在じゃない、私自身を哀れむ道具よ。
あの子に心があったら、綺麗になりたいかもしれない、持ち主が欲しいかもしれない。そんな考えはいつの間にか抜け落ちて、薄汚れたままの人形をただただ可哀相と言い続けた。
そんなある日。
永遠亭に出向いた時に、たまたま診察に来てた一人の女の子と目が合った。他人と話すのって苦手だから、会釈だけして行っちゃおうとしたんだけど、その子が声をかけてきたの。
『ねぇ、あなたって……人形?』
やっぱり私の頭身とかって目立つんでしょう。それでいて人外は珍しくないから、女の子は物珍しそうに近づいてきた。
私ときたら人見知りだし、そんな目で見られて戸惑った。けどだからって無視も失礼だし、相手は一人きりだから、頑張って答えたのよ。
『そ、そうよ。それが何?』
ぶっきらぼうに聞こえるかもしれないけど、私は生まれてから人間にあんまり良い印象を持っていなかった。捨てられたのもあるしさ、最近マシになったとはいっても、そんな返事しか出来なかった。それでも女の子は上機嫌で詰め寄ってくる。
『へぇー、スゴーい。可愛いー』
そんな事を言いながら私の全身をしげしげ見つめてきた。慣れない誉め言葉と視線がむず痒くて、ついそっぽを向いた。
そしたら、上から呑気な声が振ってくる。
『あれ、何これ?』
振り向いたら、女の子はいつの間にか私の背中を見て首を傾げていた。あのおんぶしていた日本人形よ。
『それは……』
答えようとして、ふと言い淀んだ。この日本人形は私にとって何なんだろうって。
同じ境遇のつもりで愚痴を言ってたけど、家族みたいに先の事を思ったり、友達みたいに互いを励ましたり、考えてみたらそんな姿とは程遠く思えてきた。勝手に自分を慰める道具にしていた事に、ようやくうっすら気づき始めたのよ。
日本人形は黙ったまま。言葉が出なくなった途端に、私は意味もなく人形を持ち歩いている子供妖怪に過ぎなくなった。
『どうしたの?』
ハッと我に返ると、女の子が不思議そうに私を見つめている。慌てて言い繕ったわ。
『捨てられ仲間よ』って。
えっ? と女の子は聞き返してくる。イライラして、『昔捨てられたのよ』と短く言った。
自分で言っといて惨めになったわ。どうせこの子も笑うんだろう。そう思って目を合わせずにいた。でも、返ってきた言葉は意外なものだった。
『ひどーい、こんな可愛いお人形さんを捨てるなんて』
は? って思わず声に出たわ。この子は私を気味悪く思わないんだろうか。顔を上げると何とも屈託のない、同情の目。
『気休め要らないわ。私の噂聞かないの? 無名の丘の毒人形って』
思いがけずそんな言葉が飛び出した。別に女の子が嫌いとかじゃないんだけど、純粋な気持ちを向けてくる人間ってのが、まだ信じられなかったのよ。でも女の子は『ああ』と手を打って笑う。
『そう言えば……。私、阿求ちゃんの本嫌いなんだ~』
ここまで来ると、身構えていたのが馬鹿らしくなった。『それでさ』と女の子が言いかけた所で、彼女は永琳に呼ばれて行っちゃった。
背中が離れていく時、無意識に呼び止めそうになって、振り返った女の子に『またね』って言われて、急にホッとした。
その日無名の丘に帰ってから、不思議な心境だったわ。私の中の、そして今までバカにしてきた人間のイメージと、どうしてもそぐわなかったから。日本人形に話してきた恨みは、もしかしたらちょっと言い過ぎだったかもしれない。
だとしたら、日本人形に悪いことをしたかも、そんな風にさえ思えてきた。一人ぼっちの私に付き合わせて、知らない内に嫌な奴等の印象ばかりを吹き込んだ。少し間違えば、あの女の子みたいな明るさにずっと触れられないままだったかもしれない。
あの女の子の元に、日本人形を行かせられないだろうか、ふとそう思った。出会ってから言い聞かせた事への裏切りになるけど、その方がこの子にとって幸せかも知れない。
『ね、どう思う?』
答えないのは分かってたけど、聞いてみた。今更、という負い目でしょう。自分の心変わりだけで他人に寄越してしまうなんて、決心がつかなかった。
日本人形は無言。身動ぎ一つしない。分かりきった事だった。
でも、見つめていると妙な事が起こったの。
日本人形の周りに、紫色のモヤみたいなものが浮かんだ。とっくに日は沈んで、周りの鈴蘭の色も分かりにくい筈なのに、妙に濃く浮き出るの。オーラみたいに。
え、何なの、って戸惑っていたら、日本人形の瞳が急に、グルリと私を睨んだ。作り物だった筈の目に確かに光が宿って、輝いた二つが私を射抜く。
次の瞬間人形がガクリと揺れたように見えて、次の瞬間私の腕に痛みが走る。
『うっ!?』
驚いて自分の腕を見たら、人形が噛みついていた。開かない筈の口を開けて、歯を立てて、ギリギリと力を込めてくる。血は出ないけど、次第に固いものが歪む音がしてきた。
無我夢中で髪を掴んで引き剥がし、遠くに投げ捨てた。人形は鈴蘭の中をゴロゴロと転がって、顔だけ上げて恨めしそうな顔で私を睨む。呆然とする私を置いて、人形は生き物みたいに駆け足で、鈴蘭畑を去っていった。
―
次の日、朝になって夢でも見たのかと疑ったけど、腕には小さな噛み跡がついていたし、あの人形は探しても何処にも居なかった。
すぐに永遠亭に行って、永琳にそれとなく聞いてみた。もし私が連れ回した人形が、ひとりでに動き出すなんて事があり得るのか、って。……私に噛みついた事は伏せてね。
そしたら、永琳はこう言った。
『生命って、元々毒みたいなものなのよ。鈴蘭とあなたの影響を受けたら、あり得るんじゃない?』
何ともないような口調だったけど、私はさぁっと冷や汗をかいた。だって、動き出してすぐさま私に噛みついた、あの時の表情は。
明らかに私を憎んでいた。まるで捨てられてすぐの私を見たように、裏切られた憎悪にまみれていた。もし、本当にあの子が『毒』で動き出したとしたら。
その毒は私がずっと吹き込んだ、周囲への憎しみだったかもしれない。この世を敵だらけのように言い続けて、あっさり覆した無責任な悪感情。
それから、私は毎日あの女の子の様子を見に行った。何故って? 私には分かるのよ。もしあの子と同じ立場だったら、優しい持ち主が欲しいなんて思わない。幸せになりたいなんて思わない。
きっと、今まで信じていた大嫌いな世界を守ろうとする。私だけが信じられたあの状況の為に、好きになれそうな人を信じられず嘘つきに決めつけて、消そうとするでしょう。
そうさせたのは私。散々手前の嫌な部分を見せて、目に映る光を塗り潰した、私なのよ。
結局例の女の子は大したことなく来なくなって、また私は一人で永遠亭に出向くようになった。
でもね、代わりに迷いの竹林で、日本人形が歩き回っているなんて噂が立ち始めたのよ。もしかしたら女の子をまだ探して、出られずにさ迷っているのかもしれない。
今では、道中であの人形を探すようにしているわ。見つけた途端に何してくるか、ちょっと怖いけど……。
自分の、影法師だもん。
私の話はここまで。次は順番からして……妖夢ね」