幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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二週目・四話目-魂魄妖夢

 「私が四話目……ですか。自信ないなぁ~……。

 ああえーと、魂魄妖夢です。今回はこのような集まりに呼んでいただいて少々緊張して……え、前置きはいい? すいません、ちょっと良い語り出しが思い付かなくて。

 

 うーん、どこから話しましょうか。

 私の住む屋敷、白玉楼(はくぎょくろう)には、今現在私と冥界の管理人である幽々子様の二人が住んでいますが、実は昔もう一人いたんですよね。

 それが私のお師匠様であり、お爺様でもある、魂魄 妖忌(こんぱく ようき)様です。お爺様は今天界にいらっしゃいますが、私が幼い頃は一つ屋根の下で稽古や寝食を共にしておりました。

 

 その頃、小さい時の私の話なんですが、一つ癖がありまして。癖というのは、食事やおやつの時によくあるんですが、ついつい欲張って、好きな食べ物を余計にねだったりした事、皆さんはありませんか?

 私もご多分に漏れず小さい頃はワガママで、唐揚げやお饅頭なんかが残ったら決まって自分が食べたいなんて駄々をこねていました。

 けど、ただ言っても聞き入れられない、というのは子供ながらに分かっておりましたので、ちょいと一つ、私ならではの常套句があったんです。

 

 それが、この私の半身、もとい半霊を使ったものでした。幽霊とのハーフである私は、体の半分がこうやって周りをフワフワと浮いているんです。もちろん何をするにも動くのは私で、半霊はついてくるだけなんですが、それを逆手に取ってこう言うんです。

 

 『もう半分』って。

 

 要は、食事の出来ない半霊の分まで私は食べなきゃならない。だからもっと食べさせて、という訳です。

 聞いての通り無茶な理屈で、今思い出すとちょっぴり恥ずかしいんですが、お爺様も幽々子様も幼子の言い分ゆえに見逃してくれて、私はしょっちゅう好物を頬張っては得意になっていました。

 

 そんなある日、お爺様が上機嫌であるものを夕飯の席に持ち出しました。小さめの壺に入って、頂き物の高級なとろろだと言います。

 とろろ芋を摩ったアレですよ。見た目はやはりドロドロしていて、初めて見た私はこんなのをご飯にかけるのかと驚きましたが、勧められて恐る恐る舐めてみたら、これが中々のもので。あっという間に三杯もおかわりしていました。

 

 いつしか残りも少なくなり、お爺様も夢中で食べる私を見て微かに、困った笑みを浮かべ始めました。

 その時になっても私は、正直食べ足りなかったのですが、高級品というのもあり、その時ばかりは駄々をこねず、大人しく箸を置きました。せっかくの美味しいものなんだから、朝までとって置こうと自分に言い聞かせて、お爺様が残ったとろろを水屋に仕舞いに行くのを見送りました。

 

 ……ところが、その夜。

 お爺様も幽々子様もとうに寝静まって、屋敷から一つ残らず灯が消えた頃。

 

 私は布団の中で延々と寝返りを打っていました。何度も姿勢を変えて目を瞑るのですが、いつまで経っても睡魔は訪れません。

 理由は、あの夕飯に出てきたとろろです。お恥ずかしい話ですが、あの絶妙な舌触りと塩加減が、お風呂に入っても歯を磨いても、床に入ってからも忘れられず、丑三つ時になっても私は布団の中でお腹の虫を鳴らしていました。

 

 食べたい、という欲を振り払おうと布団に潜り込んで息を潜めましたが、依然として未練が収まりません。放って置いたら夢にまで出てくるか、魂だけがとろろを目指して抜け出して行くんじゃないか、そんな風にさえ思えた程です。

 モノノケよろしく行灯の油でも舐めて凌ごうか、そんな考えが頭をよぎった頃、私はようやく体を起こし、そっと水屋を目指しました。既に喉が堪えられない程に乾き、引っ張られるようにフラフラと歩くのが精一杯でした。

 

 冷たい夜風の吹く廊下を抜け、台所と繋がった水屋に行くと、醤油や味噌などの貴重な物が常備されていました。

 土間、ひいては勝手口のすぐ近くでもあり、廊下にもまして冷たい空気が流れてきます。

 寝巻き姿で脚が震えましたが、構ってはいられません。私の頭はとろろの事で一杯でした。体までフワフワと軽く、他の事を考えられなかったのです。

暗い中で目を凝らし、キョロキョロしながら水屋の前まで進みました。

 

 しかし、そこでふと足が止まったんです。我に返ったか、そうではありません。

 片方の耳、私の死角になっている水屋の隅の方角から、小さく水のような音が聞こえてくるのです。

 

 ピチャピチャ、ペチャペチャ……。

 

 雨音かと思いましたが、水屋に来るまでも雨なんて降っていません。いぶかしんでいると、音は次第にズズ、ズズッ、と濁った音に変わっていきます。何か液体を啜るような、意地汚い音です。

 何かいる。そう確信して背筋が凍りました。こんな夜中に、泥棒でもない、不気味な音を立てる何者かがいるのです。そう言えば屋敷は冥界に建っている。害あるものが迷い込まない保障なんて、どこにあるのか。

 

 背中に嫌な汗が滲み、心臓が早鐘のように鳴り響きました。戸口に隠れて震えながら、唾を呑み込む音をやけにハッキリと聞きました。

 逃げよう、咄嗟にそう考えたはずでした。しかし脚はピクリとも動かず、首を少しずつ動かすのが精一杯で、しかもあろう事かその首は戸口の中へと向かっていくのです。

 顔は既に泣きそうになっていました。しかしどういう訳か、不安な時は正体を確かめたいという欲が生まれるものです。頭の中で嫌だ嫌だと何度も嘆きながら、それでも視線は闇の中を動き、ついに水屋の隅を捉えました。

 

『ひっ……!』

 

 叫びそうになって、咄嗟に口を押さえました。暗がりの中、隅っこに女の子が座り込んでいたのです。手の中に小さな壺を抱え、頭を突っ込みそうな位に顔を近付け、一心不乱にベチャベチャと中身を舐めているのです。

 あの壺はとろろの入っていたものだろうか。それにしても一体いつの間に入り込んだのか。あの女の子は何なのか。思考が追い付かずにその場に立ち尽くし、目だけが釘付けになっていました。一歩も動けないまま、数十秒か数分間か、私は女の子を見つけた姿勢のまま、目を見張って固まっていたのです。

 

 すると不意に、女の子が顔を上げました。そこで私は、我が目を疑いました。

 

 女の子は、私とそっくりでした。慣れた目で見れば見る程、鏡で見た自分の顔と瓜二つなのです。

 口元は壺の中にあったらしい液体でベットリと汚れ、手元は白い肌がうっすらと浮き出て、目はジロジロと上目遣いに嫌悪感に歪んで光っています。

 パクパクと言葉を出せずにいる私に、女の子は壺の中身を見せました。そしてイヤイヤする子供のように首を横に振り、言ったのです。声まで私にそっくりに。

 

『もう半分』

 

『ウギャアアァーーッ!』

 

 その声が弾みになって、私は飛ぶような勢いでその場を逃げ出しました。脇目も振らず音を立てて廊下を駆け、自分の部屋に飛び込んで布団を被り、朝まで一睡もせずにガタガタ震えていました。

 

 

 

 

 何時間も経ってようやく朝陽が昇った頃、私は結局あの出来事は何だったのだろうと思い返しました。とろろを食べたいあまりに幻覚でも見たのか、それともドッペルゲンガーでも現れたか。

 寝不足では考えも纏まらず、寝ぼけ眼のままのそのそと居間に行きました。既にお爺様と幽々子様は身支度を済ませていて、朝食の用意がしてありました。

 

『どうした妖夢、顔色が優れないな』

 

 お爺様は私を見るなりそう言いました。さぞかし目に隈が出来ていた事でしょう。昨晩の事を話すべきかどうか、目を泳がせていると、お爺様はニコリと笑い、こう言いました。

 

『殊勝なのは結構だが、無理はするなよ?』

 

『え?』

 

 お爺様の褒めているらしい言葉に、私は話が分からず眉をしかめていました。その私の前に、幽々子様がご飯を運んできました。

 そのご飯は、昨晩食べたのと同じとろろご飯。あれ? では昨晩見たのは夢だったのか? ご飯を見つめたまま混乱していると、お爺様は言いました。

 

『夜の間に、よく儂の痰壺をすっかり綺麗にしてくれたのう……』

 

『いっ?』

 

 聞いた瞬間、体がズッシリ重くなり、背中に陰鬱な気配を感じました。そして思い出したのです。昨晩の不気味な女の子が、食べ足りない時の私のように『もう半分』と言ったこと……。

 

 まさか、そう思って振り返ると、半霊が私の肩にのし掛かっていました。心なしか土気色を帯びた、痰のような色をし、ぐったりと……」

 

 

 

 

「…………」

 

「それ、ギャグじゃんか!」

 

 妖夢の話が終わって開口一番、燐が言った。気まずい顔をして言い淀む妖夢に、メディスンが追い討ちをかける。

 

「で、美味しかった? お爺ちゃんの痰カスは……」

 

「ち、違います! 実際に食べた訳じゃありません!!」

 

「何だ、実体験じゃないのか?」

 

 慌てて反発する妖夢に、隣の赤蛮奇が疑問を挟む。妖夢は周囲の白けた顔(私含む)を眺めて俯くと、歯切れの悪い口調で言う。

 

「実は、良いお話が無くて……何処かで読みかじった小説の落ちを、拝借、しまして……」

 

「何じゃ、くだらない。途中まで期待させておいて」

 

 マミゾウが壁にもたれて息をつくと、妖夢は口を尖らせて黙りこんでしまった。ここで悔し紛れの言い訳などをしないのが彼女の潔さである。妹紅は呆れて半分眠ったような目をしている。かくん、と頭が落ちかけ、堪えながら呟く。

 

「じゃ、とりあえず次にいくか……」

 

「あたい、剣士さんの半霊がなんだか鼻水に見えてきた……」

 

「私は卵の白身に……」

 

「やめろ、白身が鼻水みたいじゃないか。……妖夢はともかく」

 

「なっ、皆酷いですよぅ!!」

 

 叫ぶ妖夢を無視し、皆はげんなりして口々に言い合う。書く言う私も……暫くとろろが食べられなくなりそうだ……。

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