幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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二周目・六話目-二ッ岩マミゾウ

 「おぅ、次は儂か。しかし何かが足りないなぁ……。

 そうだ、七人来ると聞いたが、まだ現れないな。本当に呼んだのか?

 

 まあいいか。儂の名は二ッ岩マミゾウ。命蓮寺で金貸しをしておる。首が回らないとか一発当てたいとか、用があれば訪ねてくるといい。なぁに、万が一素寒貧になっても寺に入門すれば死にはしないでな。

 

 ……で、金はこの際どうでもいいとして、ちょいと仲間内での事を話そうか。ちょいと耳を貸せ。

 そもそも命蓮寺がどんな寺かというとな、聖なる尼を中心にして集まる、人妖混じって修行をする場じゃ。

 もちろん人と妖怪が集まる意味はある。聖は妖怪の差別を無くすべしという信念を持つ輩でな、人も妖怪も自らの存在を問い直し、互いに変わって歩み寄れるようにと修行を課しておるんじゃ。その主義に賛同するかはともかく……骨のある人間じゃな。

 だが、味方ばかりでは無かった。今も昔も。

 

 幻想郷が出来るより遥か昔の時代、聖は周りの人間たちから『妖怪の肩を持つ人非人』だの『いつ敵に回るか分からない』と言われて魔界へと封印された。それから長い長い間、聖は現世に戻れなかったんじゃ。他にも地獄に追いやられたり、同志は散りぢりさ。

 その間聖の居た寺には、後に話すが留守を護る妖怪たちが残された。いつまた会えるかも知れない聖を待ちながらな。

 

 時間にして……千年近くか。儂は当時を知らぬが……筆舌に尽くしがたいものだったじゃろう。信じていた教義も人も、他ならぬ、信じて欲しかった人間たちによって裏切られ、失われた。そこから寄り添う事もままならず、人は死に、時代は移り変わり、自分たちは忘れられていく……。

 

 妖怪の感覚にしても、期間で片付けられるものでは無かったろう。いつか帰ってきてくれる、そんな保証もないまま思い出の場所を護るなんぞ、ただの苦行よりずっと残酷な事よ。

 

 そもそも、今こうして寺の連中が集まれているのも、元を辿ればただの偶然じゃ。忘れ去られた事や地底の異変のいざこざで昔の面子が結集し、新たな異変を起こしてまで聖の封印が解かれてやっと再会を果たす事が出来たのじゃ。

 その時の喜びようといったら無かったらしいぞ。やはり志を共にした仲間というのは、他に代えがたいものなんじゃろう。

 ……儂はその時いなかったんじゃがな。もっと言えば知り合いも若干おいてけぼりだったそうな。はっはっは。

 

 まあそれはさておき、幻想郷に居を構えてからは、皆も知る命蓮寺勢力としての生活が始まった。修行に励み、毘沙門天の代理としてあの妖怪が人を集め、聖が説法をする……。新たに折り合いの悪い連中が現れたりもしたが、変わらずいつか人と妖怪が『同じように』暮らせる時が来ると信じて、身を砕いておる。

 その中でも特に熱心な奴がおった。さっき言った毘沙門天の代理、虎の姿が滲み出る妖怪。虎丸 星(とらまる しょう)という奴じゃ。

 

 こいつは先ほど言った留守を任された妖怪でもある。独りぼっち……いや、細かく言えば毘沙門天からの御使いが側についてくれたらしいが、やはり孤独に苛まれながら寺の再興を願ったじゃろう。

 悲願を以て風雪に耐えた星の、聖の役に立ちたいという気持ちを疑う奴は一人もいない。

 今だって欲深い人間が命蓮寺に来ようが、ちんけな道士がちょっかいをかけてこようが、威厳を持って接し、本尊としての役目を果たしておる。

 ちょっと身内には、宝搭を無くしたとか言ってオロオロしだしたり、悪さが過ぎた奴にカッとなって怒り出したり、完璧な奴には見えないが……まあ内外含めて、頼れる奴として通っている。

 

 だが……幻想郷で仲間に恵まれ、立ち直ったように見えて、星は未だに苦しんでいたようじゃ。

 半年程前じゃったか、夜中に厠へ起きた折り、ふすま越しに話し声が聞こえてきた時があった。

 星と聖の声。それも何やら真剣らしい、沈んだ声色じゃった。思わず聞き耳を立てると、星の小さい涙声が。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい……』

 

 絞り出すような声色で、何度も繰り返していた。項垂れる様子が目に浮かぶようじゃった。それを慰めようと、聖が穏やかに言う。

 

『よしよし、大丈夫……大丈夫ですよ』

 

 聖はあやすようにひたすらその言葉を繰り返した。一体何があったんだろうと耳を澄ますと、星はしゃくりあげながら、一人懺悔するように話し続けた。

 

『私は……人間たちの憎悪を恐れて、聖を……! 信念を曲げて、人間の味方を演じて……』

 

 途切れ途切れではあったが、聞く内に段々と意味が掴めてきた。聖が封印された当時の事。

 人間たちが聖に不信を抱き、敵として糾弾しだした時、星は人間に味方し、聖の封印を止めなかった。

 止められなかったんじゃ。星は人間の信仰が無ければ、毘沙門天の代理として、あの妖怪の姿を保てない。たとえ自分の心を圧し殺し、師を独り魔界に閉じ込めようとも、寺と教えを滅ぼされぬ為にはそうするしかなかった。

 

 その事は寺の中では周知の事実じゃったし、解決済みの事として誰も責めたりはしていなかった。しかし奴の中では罪の意識が消えなかったのじゃろう。千年の別れは、たとえ本人が赦そうとも星の心を締め付けていた。

 

 微かに隙間を開けて覗くと、やがて小さく嗚咽を漏らすだけになった星を、聖は何も言わずに抱き締めていた。落ち着いてくれるかとハラハラしたが、当事者じゃないだけに出ていく事も出来ず覗いたまま身を竦めていると。

 聖はふと、こんな事を言った。

 

『貴女は、情よりも私の教えを絶やさない事を選んでくれたんです。それは立派な事ですよ』

 

 すぐには星は頷かなかった。そりゃあ苦渋の決断だったものを、誉められてすぐに受け入れられるものではないじゃろう。しかし聖はじっと目を合わせながら続ける。

 

『貴女の決断がなければ、私たちは人間と対立を深めてしまったかもしれません。

 それを避けたお陰で、こうしていられるんじゃありませんか』

 

『でも、聖は……それにムラサ達だって……!』

 

『他の皆も、人間との共存を捨ててはいませんよ。あの年月を経てそう思ってくれるのは、星が諦めなかったお陰じゃないですか』

 

 ゆっくり、ゆっくり貴女は悪くないと伝えていく。罪悪感をどうにか取り除こうとしたのか、最後に聖はこう言った。

 

『貴女は、未熟な私に代わって堪えてくれたんです。断腸の思いで、好きなものも犠牲に出来る、英雄ですよ』

 

『えい……ゆう……?』

 

『そう、英雄です』

 

 その言葉は、聖にしてみればたまたま当てはめただけだったかもしれん。儂も英雄なんて言葉、どちらも好んでいた記憶はなかった。しかし星は嬉しかったのか、幾分か明るい表情になっていた。

 儂はそれでとりあえず解決したと思っていた。その時は、な。

 

 次の日、寺に一人の人間がふらりと迷い込んできた。見慣れない服装で外来人らしかったが、どうにも挙動不審で痩せこけた、薄汚い怪しい奴じゃった。

 寺の仲間も皆、話しにくそうにしていたが、星が意を決してその男に事情を聞いてみた。どこから来たのか、自分の事は覚えているか、と。

 すると、彼はなんと自殺者だったらしい。恐らく再思の道から流れ着いた、『価値のない魂』と言われるものじゃろう。大抵は幻想郷に来て早々に妖怪に食われてしまうものなんじゃが、その男は運が良かったらしい。

 

 聖は男を風呂に入れ、ちょっとした説法をした。幸い男の性根はそれほど腐っていなかったようで、悪事はしていなかったらしい。借金の連帯保証人がどうとか話した後に、子供のように泣き出した。

 寺の奴等は男を慰め、死んでここに来たなら寺で預かろうとすんなり決めてしまった。男はそりゃあ感謝したものさ。幻想郷が妖怪だらけの場所だと聞いたら、なおさらな。

 

 ただ、本当の事は言えなかった。男は死んでいたのが普通で、幻想郷ではそれが黙認されているだなんて。

 

 またしばらくして、例の男も寺での生活に慣れてきた頃。

 今度は星の様子がおかしくなりだした。口数が少なくなり、聖の説法を聞いていてもボンヤリしたり、塞ぎ込んだりする事も多くなった。

 喧嘩したりする事はあっても、そんな風に暗くなるのは珍しかったから、皆も心配しだした。最近の迷い込んだ男が原因じゃないかと勘ぐる者もいたさ。

 

 じゃが、あの英雄と言われた時の事は、当然儂と聖以外、思い当たる者はいなかった。

 儂が関係があると確信したのは、偶然星と二人きりになった時じゃった。

 

 儂が縁側で、一人で茶を飲んでいた時じゃった。いつものように星が黙って口を結び、庭を歩いていた。

 儂はまたか、と内心ため息をついたが、一つ、目を引くものがあった。星があの天狗の新聞をじっと読んでいたんじゃ。確かまた『博麗の巫女が○○の快挙!』なんて記事じゃったと思う。

 そんなもの何が珍しいのか気にはなったが、折角の話の種。暗いニュースでもあるまい、儂はこれ幸いと声をかけてみた。

 

『おぅい、そんな紙束の何が面白いんじゃい』

 

 軽口混じりに呼び掛けると、星がきっと振り向いた。その顔は相変わらず沈んでいたが、眉をしかめて真剣そうじゃった。何事かと思わず身構えると、星は暫し目線を落として、言いにくそうに口を開いた。

 

『あの……彼の事なんですが』

 

『な、何じゃ、何かしでかしたか』

 

 その時は、やはり原因はそれか、と考えた。しかし星の次の言葉を聞いて、儂は戸惑ってしまった。

 

『彼のような立場の人って、やっぱり……大抵は死んじゃうんですよね』

 

 星が真っ直ぐ見つめてくると、儂は答えに詰まってしまった。結論から言えばその通りじゃ。幻想郷は外から自殺者や犯罪者を招き入れて、裏で妖怪の食料にしておる。

 それは公然の秘密であったし、嫌悪感を示す妖怪も、目立たないながら一定数いた。星もその一人じゃ。

 

『そうやって人を襲うのが、妖怪の定め……』

 

『んな悲観しなくとも。それが出来ない奴等の為に、この寺があるんじゃないか』

 

 表情に影が差して、儂は慌てて叫んだ。すると星はこう言い返す。

 

『ええ、私は異端なんでしょう。幻想郷は今も昔も"そういう場所"なんですから』

 

 吐き捨ててから、持っていた新聞に目を移した。いつの間にか握り潰されて、クシャクシャになった一面記事には、博麗の巫女の写真があった。

 

『英雄って……ヒーローって、何なんでしょうね』

 

 その台詞を聞いて、あの夜の事を思い出した。どういう繋がりがあるのかといぶかしむ儂を余所に、星は独り言のように呟いた。

 

『いくら異変を解決しようが、その裏で、見えない色んな場所で人が死んでるじゃないですか。

 ……だから妖怪は怖がられて、巫女は活躍して、その繰り返しじゃないですか!』

 

 星は最後には激昂して、しかしいつもの怒った顔に戻ったかと思うと、プイッと踵を返して行ってしまった。

 儂は暫く言った意味を掴めずに、呆然としていた。

 

 星の台詞に、ピンとくる奴は……この場にいるか? まあいい。儂も後になって色々と考えて、やっと想像がついた位じゃからな。

 

 少し、現代の話をするが……『ヒーローもの』って、外の世界にあるのを知っておるか? 架空の物語の中に、強いヒーローと悪者がいて、長きに渡って戦い続けるという……まあ、昔の陰陽師と妖怪の戦いを描いた古典と似たようなものさ。

 これが中々人気でな、手を変え品を変え、何十年も続いておる。やはりそういった娯楽はいつの時代もあるのじゃろう。

 しかし、それらはある程度大きくなれば皆離れていく。所詮は夢物語さ。現実は超人的な超能力なんぞあり得ないし、悪の秘密結社なんぞあり得ないし……自分を庇って犠牲になる仲間なんてのも多分、出会う事は無かろう。

 自他の平凡さに気づく、大なり小なり、それが離れる共通の理由さ。

 

 ならば翻って、幻想郷ではどうか。

 これがまた、全く事情が違ってくる。巫女や魔法使いは一目置かれるし、妖怪は人を食うし、スペルカードルールを利用して異変を起こしては悪役を演じる。時にはドラマチックな展開も有りうるのよ。

 まるで現実世界の裏返し。そこでは陰ながら苦しむ人なんて無視どころか、悪の所業の引き立て役だ。助けたいなんて、そんなのは許されない。筋書きが陳腐になっちまうよ。

 

 なあ先生、何処の事を言っているか分かるかい。そう、人里の事さ。怒っているようだか、見苦しい言い訳は止すんじゃな。歴史に詳しいなら、変革に数の力が必須な事くらい分かるじゃろう。あの狭っ苦しい集落に閉じ込めるのは何故か、知らぬ訳でもあるまい。

 

 星はそんな仕組まれた、英雄と悪役にお膳立てされた世界に嫌気が差したんじゃろう。だからといって地道に要求を通すのは、全く展望が見えやしない。

 あるいは、長い長い間に寺を守り、結局は他人の異変のお陰で再開を果たした事で、チマチマした努力を信じきれなかったのかもしれん。

 

 星はある考えに取りつかれて、とうとう事件を起こしてしまった。

 

 その日の夜の事。儂は昼間の星の態度が引っ掛かって、中々寝付けずにいた。厠に起き、またあの日のように同じ部屋の前を通っていた。どうにも胸騒ぎがしたんじゃ。

 足音を立てないよう、そぉーっと部屋に近づく。また二人で話していたりするのだろうか。だとしたら見守り、何かが起これば今度こそ止めよう、そう考えながら一歩一歩足を進める。そして手を伸ばして覗ける程度まで、近づいた所で……

 

 バン! ドスン! と誰かが争っているような物凄い音がした。まさかもう遅かったか、と咄嗟に飛びついて、襖を開け放った。

 そこにはやはりというか、星と聖がいた。しかし儂は予想外の一点に目を見張り、暫くその場から動けなかった。

 

 ……星の前には聖が蹲り、それを見下ろす星の手には、正装の時に携える槍が握られていた。槍の先からは黒ずんだ液体が滴っている。聖は脇腹から血を滲ませ、手で押さえたまま、信じられないという表情で星を見上げていた。

 

『おい、何をしとるんじゃ!』

 

 我にかえって星に飛びついた。星は儂には目もくれず、聖から視線を外さない。その目は間近で見るとまるで死人のようじゃった。

 

『……聖に恨みでもあるのか』

 

 そんな月並みな事を言うと、星は口だけを微かに動かして言った。支離滅裂で、しかしある意味腑に落ちるような言葉を。

 

『いえ、聖は私にとって、一番大事な人でした。

 だから犠牲になってもらわないと。私が"英雄"になる為に』

 

 

 

 ……英雄が大きく幅を利かす世界の中で、星が選んだ変革の方法は『英雄になること』だったんじゃろう。

 その実順番も手段も狂っているが、奴とて必死だったんじゃろうな。何度宥めて聞かせても、英雄だ英雄だ言って聞かなかったよ。

 

 今では何事もなく日々を過ごしているが、人は呆気なく狂うもんじゃなあ。あれ以来しみじみと思い知らされたよ。

 お前達も気を付けるがいい。世の中、腹の中で何を考えるやつがいるか分からんからな。

 

 儂の話は終わりじゃ。次が七話目、でよかったか?」

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