三周目・一話目-二ッ岩マミゾウ
「ん? 儂が最初に話すのか? 面倒臭いが、まあ仕方ないのう。それでは、しばし耳を汚させてもらうぞ。
儂は二ッ岩マミゾウ。人里近くの命蓮寺という寺に居候しておる。修行中の奴等が何人もいてうるさいし、抹香くさくて慣れるまで時間はかかったが……住めば都という奴でな。今では修行もそこそこ参加して、馴染むにつれて居心地も良くなった。
ところが、どうにも寺の隣に気になる物がある。有るのがおかしいのかと言われると別にそんな事は無いんじゃが……。
敷地の中に、墓があるのよ。それがなかなか金が掛かっておるらしく大きい墓地でな。亡くなった連中の墓標が、均等に密集して数え切れない程、ズラーッ……と。
夜に見たりすると、闇の中に無数の霊が突っ立っとるようで、儂でもふとした瞬間にぎょっとする事がある。
知り合いは人を驚かすのに最適な場所だと言ったが、実際に見たら人でなくとも納得するじゃろうな。おまけに他にも死体を漁る猫や死に損ないの生き人形が姿を見せるもので、用が無ければ近寄りたくない場所じゃ。
死人というのは、変な奴を引き寄せる力でもあるのか知らん。
それで、一月ほど前じゃったか。月が灰色の厚い雲に隠されるような夜。その晩もまた薄気味悪い風が吹く墓地を眺めながら、儂は縁側で酒を飲んでおった。
夜も更けて酒も無くなった頃、体が冷めない内に寝ようと腰を上げた。
その時じゃ。
墓地の中に、ポツンと人影があった。遠目からは細かく見えないが、背中にうっすらと浮かび上がるような白い布をたなびかせていた。
夜中に墓に現れるような奴には何体か心当たりがあったが、遠くの人影はその中の誰にも似ていなかった。
酔ったせいで見間違えたのではないと一応目を凝らしてから、儂はすぐさまその影に向けて駆け出した。その時分に起きていたのは既に儂一人だけ。もし不審者だったりしたら見逃した目撃者としてうるさく言われるに違いない。逃げ出す前に取っ捕まえてやる、そう心の中で息巻いている間に影はグングン大きくなる。
やがてその人物が手の届く程にまで近付くと、儂はソイツが何者か知る事となった。
水色のワンピースに青い髪をかんざしで束ね、白い羽衣を肩に掛けた女……。
仙人もとい"邪仙"の霍 青娥(かく せいが)じゃった。
そいつは詳しい事は省くが奇妙な力を持つ人間で、寺と折り合いが悪く、おまけに儂から見ても邪念に満ちたこす狡い女じゃった。彼女は一つの墓石を見下ろしたまま、儂にも気付かず静かに佇んでいる。
『おい、こんな夜中に何をしとる?』
儂が声をかけると、そこで初めて気づいたのか青娥は一瞬驚いた顔をして、すぐにニッコリと微笑んだ。
『あら、こんな夜中まで起きていらしたんですね』
『何をしとるのかと聞いておる』
青娥の笑みは表面上はとても整っていたが、目の奥が笑っていなかった。普段の性格も知っていただけに、儂は少々身構えながら尋ねた。
一方、青娥はそんな儂の姿をつまらなそうに一瞥して、また手前の墓石に向き直った。
『そんな怖い顔しないで下さい。このお墓に用があっただけですよ』
『墓に?』
見る限り、そこには他と変わらないただの墓石があるだけだった。怪訝な顔をする儂を他所に、青娥はサワサワと石を撫でる。
『早く来すぎちゃったかな……。皆が寝静まる頃なら良かったかも』
青娥は屈んで石を見つめながら、独り言のように呟いた。依然話が見えて来ない儂は、『その墓は何か特別なのか』と聞こうとした。すると彼女は、急に『そうだ!』と言って立ち上がると、儂に向かって白い歯を見せながら、こう言ったのじゃ。
『待っている間暇ですから、ここの故人の話でも聞きませんか?』
そうして儂は、例の墓に眠る人間の話を聞く事になった。
―
……まだ最近の事だと言っておったが……。
青娥の身内には、本人に劣らず曲者が多くてな、特に豊聡耳 神子(とよさとみみのみこ)。青娥の周辺のリーダー的存在で、元々はカリスマ的政治家だったらしい。今でもその威光は健在で、里を始め方々で事ある毎に様々な才能を見せつけておる。
後は物部 布都(もののべのふと)。こいつは神子ほどの才覚は無いが、熱心な信奉者であり右腕じゃ。風水が得意で、後はよく分からんが、皿について詳しい一面もある。
ただ、布都の方は少々、間抜けというか単純な所があってなぁ。神子、別名"太子様"が好きなあまり、バカをやらかす事も多かったらしい。
例えば、粗末なものを見たり聞いたり、……食べたりした時。何でも良いが外界の珍しい、油でギトギト、糖分塩分てんこ盛りの『ふぁーすとふーど』なんかを食わされたら、当然最初は文句を言う。
『唇が油でヌルつくし、塩で舌が痺れるし、飲み物は甘ったるくて気持ち悪い。誰じゃこんなものを作ったのは!』
……とまあこんな具合にご立腹じゃ。
ところが、尊敬する神子がもし
『その料理は私が作ったのです。何分慣れない素材ゆえに、分かりやすい味を目指したのですが、お気に召さなかったでしょうか?』
などとデタラメを吹き込めば態度が一変。一口ずつ丁寧によく噛んで食べ始め、もっともらしく頷いて言う。
『よく味わってみれば、このコンパクトなサイズの中に奥深い味わいが凝縮されておる。
油は独特な食感の具材たちを見事に調和させておるし、塩気は刺激的じゃが甘い飲み物とのバランスを上手く取っておる。
その飲み物も食べ終わる頃には氷が溶けて丁度良く薄まってくれる。いや、本当に計算しつくされた妙味。流石太子様、己の舌の未熟さを今、噛み締めておりまする』
こうやって感想が百八十度変わるんじゃ。それもおべっかや皮肉でなく、本音でな。第一布都はあからさまな嘘をつくような奴じゃない。
大袈裟に思うか? しかしな、その実大なり小なり似たような輩が沢山いるんだと。事前情報や外からの権威付けが、自身の判断を上回る。そういった奴等に限って吹き込まれた事をさも自分が理解したかのように吹聴する。
里にもそんな奴が一人いた。人間では金持ちの部類の、沢山の使用人を抱えた中年の長者。
こいつがまたかなりの神子のファンでな。里に神子が繰り出す度に挨拶をしては頭を下げ、時々ありがたい説法でも聞けばいたく感心し、屋敷に戻るなりそのままの内容を周りに語って聞かせた。本当に理解しているのかいないのか、決まって『あの方に失礼があってはならぬぞ』と同じ事ばかり言っては得意気になっていた。
こういう人間の匂いを嗅ぎ付け、青娥はある悪巧みをした。まず里でこっそり安くて粗末な皿を十枚も買い、裏に布都と神子のサインを彫って、例の長者の屋敷に持っていった。
そうしてどうしたかというと、長者に向けて二人のサインを見せ、こう囁いたのじゃ。
『これ、神子様から貴方に渡したいのだそうです。布都様と一緒に作った有り難いお皿』
『これはこれは! あなた様方から贈り物とは身に余る光栄!!』
もちろん嘘っぱちなんじゃが、神子の名を聞いた長者はやはりというか皿を手に取り、目を輝かせた。そして質の悪い皿の土気色の表面をザラザラ撫で、しみじみと言った。
『おお、この無骨ながらも心地いい手触り。そして目に煩くない落ち着いた色合い。そこらの見た目だけ小綺麗な皿とは出来が違いますな』
さっき言ったが、渡したのはその辺で買ったものじゃ。神子の名が無ければどう評したか分からん。結局は皿そのものより『有り難いもの』という情報に注目していたのさ。
喜ぶ長者を見ても青娥は涼しい顔。大金を支払われ、『他人にまた作れとせっつかれても迷惑ですので、この事はくれぐれも口に出さぬように』とちゃっかり口止めまでして去っていった。
……とまあ、どうしようもない話じゃが、本当ならここで終わる筈じゃった。青娥はしっかり得をしたし、その後の事なんぞ、保身を除けばちっとも興味は無かったからな。
しかし青娥は、僅か二、三週間ほどして同じ屋敷で葬儀が行われているのを目撃した。骨壺を抱えてむせび泣く故人の両親らしき二人、その後ろにはゲッソリとした顔の長者が……。
『何かあったんですの?』
こっそり聞いてみると、長者は泣きそうな顔をして狼狽えだし、顔を地に向けて叫んだ。
『申し訳ございません! あの皿を、馬鹿な者が割ってしまいまして……』
『……え?』
詳しく聞けば、長者は言われた通り皿を使用人にも見つからないように大事にしまっていたらしい。ところが新人の使用人の一人が、替えの皿を探してそれを見つけ出し……。
うっかり、落として割ってしまった。
駆けつけた長者が見たものは、無惨に粉々になった有り難いお皿。他の者が見ればただの粗野な皿が一枚駄目になっただけじゃが、長者には命に代えても償い切れない大惨事に映った。
長者は我を忘れて激怒し、その皿をどう言って渡されたかを細かく、大きく誇張して、加えて如何に新人が罪深いかを語った。
新人は不馴れもあって長者の言葉をそのまま信じ、責任感、罪悪感に押し潰され……。自ら命を絶ってしまったという。
顛末を聞いた青娥はしばし言葉を失った。自分のした事が巡りめぐってこうなるとは、流石に予想出来なかったから。まさか十枚セットで売っていた安物ですだなんて、今更言える筈もない。
とりあえず『神子様が聞いたら悲しむから』とまた口止めをし、即急にお墓を作る手回しをしてコトの収束を図った。
―
『……その墓が、これなんです』
話し終えた青娥は大して悪びれもせず、物憂げな瞳で墓を見下ろしていた。儂はといえば後味の悪さに少しの間黙っていたが、やがて肝心な事を思い出して青娥に尋ねた。
『それで……貴様は結局どんな用があったのじゃ』
すると青娥は面倒臭そうに髪を掻き上げ、また微笑んだ。
『慌てなくてもすぐ分かりますよ。もっとも、予想はつくかもしれませんが……』
そう言ってすぐに、ヒュルリと音を立てて風が吹き、柳を揺らした。その風は妙に生暖かく、湿っていた。そして墓のある辺りから、風に乗せて知らない女性の悲しげな声が、確かにこう言ったのじゃ。
『一枚、二枚…………一枚足りない……』
恐らく、未だにあの霊は現世に留まって悔やんでおるじゃろう。本人は神子からの頂き物だと信じたままじゃったのだから。神子本人から赦しの言葉でも無い限り、ずっと状況は変わるまい。
流石に儂も苦言を呈したよ。元はといえば貴様の詐欺が発端じゃないか。この際全て打ち明けて解決したらどうか、と。
すると青娥は頬を膨らませ反論してきた。
『何で私がそこまでしなきゃいけないんですか。第一死ねだなんて言ったつもりはありませんし、足りないのは皿じゃなくて連中の頭でしょう』
こう言い訳を並べてから、呆れる儂に向けて彼女はフッとほくそ笑み、こう付け加えた。
『それに……私だけが秘密の解決法を知っている、なんて煽ればまた面白くなりそうです。
たとえ実は素人の真似事でも、やり方次第でどうにでもなるんですよ』
―
……それから、奴がどうしたのかは知らない。あまり関わりたくは無かったからの。
ただ、最後に言った言葉は今でも印象に残っておる。
『権威や恐怖や秘密を上手く使えば、案外人は簡単に騙されてくれるのですわ』と。
なあ皆、他人の生き方にどうこう言いたくは無いが、あまり周りに流されないよう気を付けろよ。ましてやそれで賢しらぶっていたら滑稽さは倍増だ。
そしてそんな奴等が、意外と至る場所に居たりするものよ。ははは……。
儂の話はここまでじゃ。最初にしちゃ中々だったじゃろ?」