「二話目は私か。ま、いつかは順番が回って来るんだし、このぐらいが丁度良いのかねぇ。
一応名乗っておくか。藤原妹紅。迷いの竹林に住んでるから、案内が必要なら承るぜ。もっとも、行く場所なんて大概決まっているんだがな。
皆も知ってるだろ、永遠亭。あのよく素性の分からない奴等がやってる病院さ。私はあんまり好きじゃないんだけど、低価格で腕も良くてアフターケアも万全ときてるから、その実客は多い。私もそのせいで仕事が増えてるよ。
ったく、私は行きたいなんて思った事ねぇのにさあ。正直面倒だよ。なんだって病気ってのは詰まらないキッカケで出るかね。もっと簡単に治ればあんな辺鄙な場所、あっという間に倒産だろうに。
口が悪い? だけどさ、私は正直あんまり有り難いと思えないんだよね。というのも、私はちょっと変わった体でさ。病気になっても最悪な事態は免れる。怪我だって平気だし、ちょっとしたものならすぐ治っちまう。
不老不死、って奴? だから潰れるなら潰れちまえと思ってんの。それが嫌なら立地を変えろと。
言っとくが別に、死なないのは私だけじゃないぜ。さっき言った永遠亭の中には、同じような体をした奴がいるんだ。その名も蓬莱山 輝夜(ほうらいさん
かぐや)。屋敷に籠ってあまり外に出ないが、あの連中の頂点で力も強く、特に美貌は時の現人神を動かした程だった。
輝夜に逆らう奴は滅多にいない。永遠亭の奴等は元より、他の住民も連中を恐れて手を出さないか、謎めいた雰囲気に惹かれこそすれ憎しみを抱く奴なんてほぼ現れない。
しかし、私はその輝夜と度々大喧嘩、もとい殺し合いをしている。死なない同士だから、お互い手加減無しでな。
理由? そんなん今はいいだろ。ま、昔色々あったのさ。
で、戦うとなるともう壮絶さ。手足がもげたり、体に穴が空くのはいつもの事。酷い時は首が取れたり頭が半分になったりする。
痛いのは慣れてるけど、あんまりボロクソにされると痛みすら感じないどころか、意識まで飛ぶ。目の前が真っ暗になって、気付くと永遠亭のベッドに寝かされてるんだ。動きづらい程に余計な包帯を巻かれて、動くとまた壊れちゃうわよ、なんて輝夜がニヤニヤしながら見下ろして来るのがお決まりだった。
優しいじゃないかって? 冗談! 何度あの面をぶん殴ってやりたいと思ったか。つーか一度試したんだが、勢い余って上半身が180度回転したよ。あはは。
で、輝夜は寝たきりの私に尚も言うんだよ。
『アンタさっきまで丸っきり死体だったのよ。心臓が無かった』
『髪の毛が再生するまでのハゲ頭は傑作だったわ~』
『脳味噌は本当に全部戻ったかしら? ああ、元々欠けていたわね』
とか何とか……。起き上がれないで憎まれ口叩く位しか出来ずに、随分と惨めな思いをしたものさ。
けどな、ある時気になったんだよ。
……生き返った私は、元通りの私なのか? ってな。
だって、脳味噌や心臓が無くなっても、元に戻るんだぜ? 場合によっちゃ髪の毛一本になってもだ。確実に生き物じゃない状態から新しく作られた体。そいつはいわばクローンが成り代わったようなモンじゃないのか?
記憶があるじゃないか、って思うかもしれない。確かに今まで、記憶が飛んだ覚えはない。周りの奴等も自分の名前も、藤原妹紅としての生涯を忘れた事は無かった。
だが、例えばの話だけど魂を取り出して、そっくりな模造品に入れ替えたとする。起きたらさっきまでの出来事は覚えているが、隣に自分だった屍が転がってるんだ。それを見ても何の躊躇もなく『私が本物です』と言えるか?
というか、本物以前に、体の一部が散ったりした筈だが、再生して本体になるのは何が基準なんだろう? 髪の毛から再生するっていうなら、一本につき一人ずつ私が増えたりしないのか?
今の私は本当に、唯一無二の藤原妹紅なんだろうか。
何度悩んだって、答えなんか出ない。むしろ喧嘩を繰り返す度に謎は深まっていった。肉体の傷は相変わらず元に戻り、傷がついた記憶だけが増えていく。
時には肉体の秘密を探ろうと、輝夜の腕を持ち帰ろうとしたり、戦った場所で後から自分の欠片を拾おうとしたりしたけど、上手くいかなかった。輝夜の体の一部は永琳達に取り上げられたし、自分のは私が治療している間に綺麗サッパリ消えていた。妖怪に食われたのか、それとも誰かが片付けたのか。
気味の悪い事を考えているのは分かってる。でもだからこそ忘れられなかった。輝夜と喧嘩をしていても、永遠亭のベッドに寝ていても、家に帰って仕事をしても。
その雰囲気が伝わったのか、輝夜もなんだか無口になって、以前のようにからかってくる事が少なくなった。表情に陰があるというか、珍しく悩んでいるような……。
何に悩んでいるかなんて知らなかったけど、いつものムカつく顔と比べて、おかしな事でも相談出来そうな気がしたんだ。今なら少しは真剣に話に乗ってくれるかもって。
そしてある時、ついに冗談めかして聞いてみた。私達にとって、自分とは何なんだろう、お前も悩んだ事はないかって。
正直そこまで真剣な答えは期待していなかった。だって結局は輝夜だし、二、三言考えを聞かせてもらえたら、それで御の字だと思ったんだ。
ところが、輝夜は一瞬目を丸くすると、顎に手を当てて俯き、存外真面目に考え出した。まさかそういう哲学とか、興味あったのかコイツ。そう驚いていると、輝夜は『やっぱり気になるんだ……』とか呟いたかと思うと、不意に顔を上げた。
『ちょっと来て』
『は? いやまだ体が痛……』
『良いから』
返事をする間もなく強引に引っ張られて、私は永遠亭の廊下を歩き回った。『怪我してんだから加減してくれ』と何回も抗議したけど、奴は『静かにして』としか言わなかった。まるで何かから隠れるように。
音も立てずに忍び足で引かれて行くうち、いつの間にか普段あまり立ち入らない、屋敷の奥にまで入っている事に気付いた。陽も入らず薄暗くて、廊下は枝分かれしなくなり、手下のウサギたちも顔を合わせる事はなかった。
一体どこに連れていく気だろう。興味が湧きながらもそう訝んでいると、やがて輝夜は廊下の突き当たりの、大きな襖の前で立ち止まった。
『ここは……』
『私の部屋。良いから入りなさい』
有無を言わさず背中を押され、後ろで襖が閉められた。中は畳に書斎机、クローゼットに本棚、押し入れとサッパリしたもの。
でも、入った瞬間に奇妙な臭いが鼻をついた。ろくに洗ってない汚れた包丁のような、不快な臭い。変な物でも隠しているのかと辺りを見回していると、輝夜がツカツカと部屋を突っ切り、押し入れの前に歩み寄った。
『妹紅』
『な、なに?』
輝夜は聞いたことも無いような低い声で言った。目付きは鋭く突き刺すようで、いつものふざけた態度からは想像も出来なかった。
『今なら引き返せるわよ。アンタの疑問は解けるかも知れないけど』
言われて、一瞬たじろいだ。額に汗が滲み、思わず生唾を呑み込む。でも、ここまで来て引き返そうとは思えなかった。
『いいから、早く、見せろよ』
『……そう』
私の上ずった声にため息をつくと、輝夜は押し入れに手をかけ、一気に開け放った。
『ひっ!?』
その途端、私は悲鳴を上げてへたり込んでいた。中には死体が山積みになっていたんだ。服を着ていない女の死体。それも腹が抉れたり、胸がザクロみたいに裂けたり、首だけが転がっていたりなんてのもある。部屋に入った時に感じた臭いは、死体からの止めどなく溢れる血の臭いだったんだ。
『うっ……えぇ……!』
出し抜けに見せられて、耐えきれずその場に戻しちまった。這いつくばって畳を汚したけど、輝夜は何も言わなかった。
『お、おい! 何の冗談だよ!!』
口を拭いながら怒鳴ると、輝夜は少しも動揺せず返した。
『これが再生のなり損ないよ』
『はぁ……?』
『よく見てみなさいよ、呆けてないで』
輝夜が指差す先を見る。無造作に転がる生首、それには見覚えがあった。鼻の形、口元、顎のライン、無理矢理むしり取ったようにまばらに生える、白い髪。
……私だった。何度も鏡で見た自分に、そっくりだったんだ。よく見たら周りの死体も、形を留めた腹回りや肩の形がそれぞれ、似ているような気がしてきた。
呆然とする私に、輝夜は言う。
『私もね、気になってコッソリお肉を持ち帰った時があった。……この子たちも、最初は掌に収まるサイズだったのよ』
『……こいつら、全員生き返るのか?』
『いえ、どういう訳か途中で再生が止まるの。新しい奴でも……もう一月は経つわ』
輝夜は生首に近付くと、憐れむように頬を撫でた。悲しむべき死とは同じに出来ないと思うけど、人の形をしているあれらを見ると、理屈は感情に押し留められた。
『永琳なら、何も言わないのかしら』
『アイツ、私が同じ事しようとしたら止めて来たぞ』
『余計な興味を持たせたく無かったんでしょう。……私の部屋じゃ無きゃ処分されたでしょうね』
輝夜は消え入りそうな声で言って、パタンと押し入れを閉めた。再び元通り、簡素な部屋に戻る。
輝夜は、気の抜けたように押し入れの前で突っ立っていた。
『で、でも良かった。結局生き返れるのは一人だけってこったな』
静寂が怖くて大袈裟に肩を竦める。輝夜は首から上だけをゆらりとこちらに向けた。
『本当にそう思う?』
『だって、これだけ居ても生き返らないんだろ? じゃあ私が本物なんだよ。そうに決まってる』
一人で納得するように何度も頷く。輝夜はまた押し入れを見つめて黙ったままだった。
その姿に何を言ったら良いか分からなくなって、適当に挨拶して帰ろうとした。その時。
何気なしに、本当に偶然天井を見て、足がすくんだ。
天井の板、天井裏を隔てるそれをほんの少しずらした、暗闇の中から。
二つの目と、手と髪の毛が覗いていたんだ。遠目でもわかるカッと見開かれた瞳は血濡れのように赤く、天井を掴む手は骨張ってカサカサに干からびて、垂れてくる髪の毛は真っ白で、老婆のように細くみずぼらしかった。
目を疑い、瞬きする間に、そいつは音もなく消えていた。
―
あいつが何だったのか、詳しくは分からない。けどあれ以来、私は喧嘩の後に出来るだけ欠片を集めて、燃やして供養するようにしてる。
だって、万が一生き返れる可能性があったなら、殺しているに等しいじゃないか。
後から不思議に思ったんだ。何だって輝夜はあれだけの数を試して、動かないのも構わず処分しなかったんだろうって。
『"また"生き返るかもしれない』、そう恐れて処分出来なかったと考えれば、成る程辻褄が合うんだよ。前例があれば、可能性はゼロには決してならないからね。
もっとも、蘇ったのが本人と同じ人間なのか、得体の知れない何者か、なのか……。
確かめる気は起きないけど、さ。
私の話は終わり。長話は慣れないから疲れたぜ」