「おっと、あたいが一話目なのかい?んじゃ僭越ながら出だしを務めさせて頂くよ。
火焔猫燐だ。旧地獄にいる事が多いけど、地上にもちょくちょく出掛けるから、また会う事があればよろしくね。
……それで、怖い話ね。
そうさな、先生は勉強教えているんだよね? ああ、色んな子供がいる中で国語や算数なんかを、皆一人で? うひゃあ、ご苦労様。
あたいは学が無いからなあ。すごいよ、他人にモノを教えられるって。もう人里で何年も、よくやるもんだ。
じゃあその教えた経験の中で聞きたいんだけどさ、子供らが競い合う事って、やっぱりあるだろ? ……仕事柄点数を付けざるを得ないから、張り合う奴等も出て来るってもんだ。
ああ、悪い事だなんて言わないよ。むしろ良い事だと思う。というのも、軽々しく言うのもなんだけど、寺子屋の勉強となれば、問題は理屈で全部理解出来て、採点基準もきっちり決まっているだろ?
そうなれば、点数で上回りたいとなりゃ不正解を減らせば良いだけ。いくら難しい問いでも、百パーセント理解出来ない訳は無いんだ。少なくとも道筋はハッキリしている。
……けどね、張り合う物事によっては、性質が全然違っていたりするんだ。
例えば、芸術とかね。寺子屋じゃそんなに馴染みは無いだろ? 絵を描いたり、演奏したり、科目としちゃ存在感は薄い。
ましてや丁寧に採点なんてしない筈だ。自由に伸び伸びと、最低限の作法や手順が出来ていれば細かい口出しはしない。
というのも、ぶっちゃけて言えば『美しさ、楽しさに点数はつけられない』からね。徹頭徹尾、公平誠実に評価を下せるとしたら、それこそ神様くらいのもんだろう。あいにく権威とかなんとか、少なくともあたいにはアリンコ程度の値打ちも感じないよ。
大袈裟に聞こえるかい? でも、あたいは人生で肝に銘じておくべきだと思う。別に芸事をやろうってんじゃないけども。
きっかけならこれから話すさ。『正解の無い』もので張り合っちまった人の話をね……
―
地底に、さとり様って方がいるのを知っているかい? 地霊殿っていう屋敷に住んでいて、あたいもそこで働いているんだ。
地底は本来、弱肉強食の荒んだ世界だ。火事と喧嘩は地底の華。果ては盗みや殺しもご愛嬌、ってね。元々秩序を嫌う連中が住み着いた場所だから、皆とは倫理観の次元が違うと言って良い。
さとり様はその地底にあって、広く影響力のある権力者なんだ。別に腕力や妖力が強い訳じゃない。寧ろ非力な方なんじゃないかな。体一つならあたいでも勝てるかもしれない。
けど、挑戦なんて間違ってもやらないよ。あの人が地霊殿を支配出来るのは、ちゃあんと理由があるんだ。
それが『心を読む程度の能力』。さとり妖怪の種族が持つ必殺の武器だ。
さとり様には第三の目、体に大きな目玉みたいのがくっついているだが、そいつに睨まれると普通は口で誤魔化せるような嘘や僻み、憎しみや弱みなんかもあの人には全部筒抜けになる。心の中が開けっぴろげなのって、想像よりもキツイもんだよ。たとえ嘘をつかない人間でも、嘘を『つけない』状況に追い込まれたら、かなりのプレッシャーに苛まれるだろう。
加えて、恐ろしいのはそれだけじゃない。他人の心の中に潜む恐怖の対象、トラウマを呼び起こしたりもするんだ。高い場所、尖ったもの、皮膚に出来たブツブツ……一番苦手なもののイメージを頭に再現したら、どんな腕自慢も形無しだよ。たまったもんじゃない。ちなみにあたいは饅頭が……いや失礼。
まあ、その力で恐れられて孤高の強者として君臨している訳だが、私生活となると殆ど知らない奴が多い。
何せ秘密が持てないからね。屋敷にいるのは嘘をつけない動物達に、数だけは多い妖精、あとは肉親とあたいみたいな獣あがりが数名。
だけど皆との暮らしは意外に穏やかなもんさ。動物の世話と家事、仕事を分担したら、後はほったらかし。買い物に出ても良いし、昼寝しても良い。地上にも少しは顔を出せる。
趣味にじっくり打ち込む人もいる。それが他でもないさとり様だ。あの人は本を書くのが趣味でね。特に濃ゆ~い心理描写を良く研究してる。
あの人にとっちゃ、心理っていうのが一目で有り様を掴めてしまうものだから、文章でどうにか読み手の心、共感に訴えようとしてくる様が新鮮なんだとさ。
皆それぞれ打ち込むものは違うだろうけど、『もっとこう……あるだろう!』って言いたい事が伝わらずにやきもきした経験はないかい? 昔はその光景が社会のそこかしこで繰り返されたんだと思うよ。誰もが持っている喜怒哀楽の感情を、『ああ、そんな感じね』と納得させる言い方が生まれるまで、そしてその表現が多岐に渡るまでにはエライ苦労があったろう。
後ろ髪を引かれる、泡を食うなんて慣用句が日本で通じるのも、その感覚が例えとして多数に通じたからさ。
あたいも猫から知性を持った時には驚いたよ。皆色々な言葉で感情の機微を伝えようとする。今まで鼻にキスしたりお腹を見せたりで事足りていたのをこんなにも色彩豊かに共有しようとする。しかも海を越えたら独自の表現がいくつもあるんだ。皆は当たり前のように身につけているけど、そのまま人類の歴史の上に成り立っているんだな。
おっと、話が長引いたね。とにかくさとり様も、そういう心を読めないからこそのもどかしさや奥深さに飢えたんだろう。幻想郷に流れた本を片っ端から集めて、同じように発信もしたくて気が向けば書斎で黙々と筆を走らせていた。
で、その頑張りが長く長く、当然の光景になるまで続いたある日の事だった。
『お燐、ちょっと良い?』
仕事の最中にさとり様が呼び止めてきた。いつもは冷静で寡黙な人なんだけど、何故だかその日は恥ずかしそうに頬を染めていて、両手に紙の束を抱えていた。
珍しいなあ、って思いながら応じたら、それが読まれたのか一層モジモジと縮こまって、一拍して急に『コレ!』とか言って持っていた紙の束を突きつけてきた。受け取ってみると、みっちり埋まった原稿用紙が積み重なっている。
『昨日書き終えた短編なんだけど……ちょっと読んでくれない?』
さとり様は子供みたいに腕を背中に回して、はにかみながら言った。今まで書いていた内容なんて見た事なかったから最初は戸惑ったけど、確かに書いたら人に見せたくなるものだ。あたいは気を取り直して、その話に目を通した。
それは女の子視点の恋愛小説だった。男の子に恋をして、紆余曲折を経て結ばれるっていう王道ストーリーだ。
文章も少し堅苦しいかな、って思う程度で、矛盾もないし、すいすい読める。
一人称ってのもあって主人公の心の動きが気になる所だが、なかなか陰でライバルに嫉妬したり、好きな子とケンカしたり陰影にも気を使っていた。
実際、素人目にだけど結構な出来だったと思うよ。流石数多の創作物に触れて……真似ただけの事はあった。
というのは、やっぱりさとり様が、能力のせいで人間関係が狭かったからかな。こう、舞台を見た時に『いかにも舞台だな』って感じさせるような……上手く言えないけど、そういうわざとらしさがあった。あたいは仕事柄色んな奴等と話すからか、ちょっと鼻についた覚えがあるよ。
けど、それでも楽しめたのは変わりない。ちょっと引っ掛かったのをグッと呑み込んで、面白いじゃないっすかー、って朗らかに言った。そしてつい顔をあげる。
その時に見えたんだ。さとり様が気まずそうに唇を結びながら、第三の目をキョロキョロ動かしたのを。目の当たりにしてハッとなったよ。さとり様は読んでいる間、あたいの心を読んでいたんだ。恐らくあたいが一応目下の者だもんで、遠慮なしの批評が欲しくてやったんだろう。
あたいがちょっぴり嫌だと思ったのも読まれていたか知らん。内心後悔しながら頭を掻いたりなんかして誤魔化していると、さとり様は私から原稿用紙を取り戻して、
『ありがとうお燐。もっと精進するわ』
……つって、静かに微笑んで去っていった。なんだか悪い事をしたような気分だった。
それから何ヵ月かして、またさとり様が新作を見せてきた。ジャンルはまた恋愛。好きなのかなぁ、と思いながらページをめくる。
今度は更に描写が丁寧になって、周りの人々の様子も描かれていた。あの経験が本当に効いたんだと驚いたよ。
前回から見せないで書き捨てたモノがあったかもしれないけど、数ヵ月の成長としちゃ出来すぎな位だ。流石さとり様、ってあたいは本心から感激した。
ただ、その作品ね……主人公が、ちょっとナヨナヨした子でさ。読んでいる途中でついつい『もっと胸張りなよ』『そこは怒っていい!』てな感じにストレスを感じたんだ。
勿論それは物語に入り込めている証拠だし、そういうストレスを楽しめる人もいるんだろう。けどあたいにとっては、いかんせんイライラが大きかった。
所詮好みだし、口には出さなかったけど、例によってさとり様にはバレていたよ。そしてソイツが不満点のように映ったのか、また物足りなそうに礼を言って去っていく。
……背中が小さくなって居なくなってから、あたいは少々、嫌な予感がしていた。
それから何回も、さとり様は日を置いてあたいに小説を書いて見せるようになっていった。あたいも興味を持って見るんだけど、決まって最後には細かい矛盾や意外さが目について、察したさとり様は満足出来ずに去っていく。それの繰り返しだった。
気に病む事は無いかと、段々気の毒になったよ。目についたといっても、趣味で書くとしたら実際仕方の無いようなレベルのものばかりだったし。あたいもわざわざ口に出さなくていいと思うんだけど、駄目なんだ。考えた時点で読まれちゃうんだもの。
面白さなんかにしても、読みやすくなったと思う事はあっても、確実に良くなったなんて言える自信は無かった。読み手の琴線に触れるかどうかなんて個人の背景や嗜好や、その日の気分で幾らでも変わる。
あるいは、他の奴に見せたらまた違う評価を聞けたろうけど、前も言った通り親しい奴が少ないからね。容赦無しの指摘が飛ぶのが怖くって、数少ない身内にしか見せなかったんだろう。
今だから言えるけど、さとり様が完璧に良いものを書けたと思える日は、ずっと来なかったと思う。けどそれならまだ良かったんだ。本人には悪いけど、さとり様の望みとあたいの評価に溝があるだけで済むのなら。
またしばらくして、小説を書く奴がもう一人現れた。霊烏路空。通称お空っていう、あたいの友達で同僚さ。普段は単純な仕事を任されて、性格もまあ、繊細って感じじゃない。はっきり言って物書きって柄じゃない奴なんだけど。
そいつがどうもさとり様に見せられた小説に触発されたらしくて、自分でも挑戦してみたっていうんだ。
あたいも仲が良かったから、嬉々として見せられた。普段読んでいるジャンルの違いからか、内容は剣と魔法のファンタジー。
で、応じたは良いけども……やっぱりその、書き慣れていなかったんだな。さとり様と比べて。
不死身で世界一強くて神様の生まれ変わりで伝説の剣を持って……ってのっけからスケールが無駄にでかいし、
『ズバッ!』とか『ドカーン!』って擬音が文章にそのまま入るし、
全体を通して起承転結が雑で急にクライマックス突入するし、
最後には登場したキャラクター同士で座談会みたいのが始まって読み手が置いてきぼりになるし……
正直、出来が良いとは思えなかった。どんなに気を使った言い方をしても、まず人を選ぶ。
けど、顔を上げたらお空がワクワクしながら見つめてくるんだ。その顔は無邪気そのもの。とてもじゃないが、思った事をそのまま言う気にはなれなかった。
『良いじゃん。書いてる熱が伝わってきたよ』
もしかしたら棒読みだったかもしれない。それでもお空はぱぁっと顔を輝かせて、あたいの両手を掴んでピョコピョコ跳ねた。
『本当に!? ありがとー! さとり様も誉めてくれたんだ~』
あたいは、さとり様も苦労してんだなあと思いながら、愛想笑いで相づちを打っていた。
不思議な事に、小説でも何でも『熱意による成果物』じゃなくて『本人の熱意そのもの』に注目したら、途端に見る目が変わるんだ。あの自分でやり遂げたのを誇ってはしゃぐ様子は、そりゃ可愛いものさ。
知らぬが仏、とも言えるけど。
対照的に、さとり様の様子は暗いまま、晴れる兆しはなかった。むしろ苦悩と言って良いレベルにまで深まっていったよ。
文章の正確さを突き詰めようとしたのか、やたらと固くなったり、一味違う趣向を凝らそうと、グロテスクな描写が入ったり、濡れ場があったり。
迷走してる、そう思ったのも読まれているのに気づいてあたいがハッとなったら、さとり様は自嘲したような笑みを浮かべて言った。
『スケベなシーンを入れたら、少しだけ反応が良かったんですよ』
反応が良かった、口ではそう言っても表情はちっとも嬉しそうじゃなかった。多分そんなもんでウケたくはなかったんだろう。
それならそれで悔しがったりしてくれれば愚痴を聞いたりも出来たんだけど、あの人は黙ったまま。あたいの事も見ないで、ただ拗ねたように口もとを歪めるだけだった。
何度も付き合った末にそうされると、あたいもウンザリしてきてね。つい言いそうになった。
『……面倒臭いな、じゃあエロだけ書けば? 声に出して読んでやるからさあ!?』
実際にはギリギリ口には出さなかったけど、それでもお察しの通り、さとり様には伝わった。それも頭に浮かんだ勢いそのままにね。
あ、と声を漏らした時には既に遅し。さとり様は肩を竦めて涙目になったかと思うと、踵を返してどこかに行っちゃった。
後悔すると同時に、やりきれない気持ちでいっぱいになった。感情の混じった批判は真に受けるな、なんてよくいうけど、あの人にはそれが出来ないんだよ。本音を探ろうとしたら勝手に余計な感情も全部読み取っちゃうだもん。
件の事が堪えたのか、さとり様はしばらく小説を見せなくなった。あたいは気楽といえば気楽だが、あの人は気が抜けたようになって、相変わらず心配だったよ。
でも、明るく振る舞う奴もいた。お空だ。そいつが小説書くのにハマったらしくて、いくつも続けて楽しそうに書いていたんだ。クオリティはともかくアイツ物凄く速筆でさ。しかも長編に取り組むとか言い出して。
結果として、例の真に迫らない賛辞が連日お空に浴びせられるんだ。お空は当然仲間たちに誉められて喜色満面。
無責任、と言う人もいるかもしれないけど、金が絡む訳でもなし。とやかく言う資格は誰にもない。
そう思ってあたいも生暖かい目で見守っていた。遠巻きにお空が原稿用紙を見返して、幸せに浸るのをね。
そうしたら、隣にふぅっと、冷たい気配がした。振り向くと、いつの間にかさとり様がいる。
さとり様は黙ったまま、身じろぎもせず、無表情でずっと立っていた。
『こ、こんにちは。さとり様……』
ぎょっとしながらも挨拶してみたけど、さとり様は応えない。振り向きもせず、じっとある方向を見つめている。
視線を追うと、遠くにいるお空とぶつかった。次の展開の事でも考えているのか、天井を見ながらそわそわと、顎に手を当てて唸っている。
羨ましいのかな、って一瞬和みかけた時、さとり様が不意に口を開いた。
『……お空が、私をバカにしてる』
耳を疑ったよ。あたいにはそんな陰険な事を考えている風には見えなかったし、大体お空は素直で優しい子だよ。あたいはよく知ってる。
だのにさとり様は冗談を言う口調じゃない。いや、冗談にしても酷い。一言文句でも言ってやろうと、さとり様に向き直った。
その時、見たんだ。
さとり様の第三の目。そいつが緑色に光っている。
今までそんな色になった事はなかった。顔の表情も相変わらず何とも思って無いようなものなのに、第三の目だけがまるで、あの橋姫さんが怒った時みたいにドロドロと濁った緑色に染まっているんだ。
その時、いつだかに借りたさとり様の本の台詞を思い出した。外の世界では有名な、偉人とまでいわれる作家の本さ。
曰く、
『お気をつけなさい、将軍、嫉妬というやつに。
こいつは緑色の目をした怪物で、人の心を餌食とし、
それをもてあそぶのです』
……ってね。
―
……さとり様は、心を読めない不便を自分も気づかないうちに、酷い形で体現する事になった。嫉妬に染まったあの目は、最早他人の心を読めていない。……多分知らず知らずお空に向けていた、そして自分に跳ね返ってきた見下しの言葉が響くだけだ。
毎日毎日、あたいに報告してくれるんだよ。お空に聞こえないように。文章が読めたものじゃない、人物に魅力がない……他にも色々。
最近、お空も書くのに飽きてきたみたいだけど、さとり様は何ていうのかなあ。『そんな簡単に止められる程度なのね』とか言うのかしら。さとり様もパッタリ書かなくなっていたけど。
……皆、最初に趣味があるかって聞いたよね。余計なお世話かもしれないけど、くれぐれも自信と謙虚さを失わないでおくれよ。
どうしたって、一番真剣なのは自分自身だ。そして他人がどう思うかは当人次第。端から見れば興味ないかもね。
自分の百点が、世間の十点かもしれない。逆もしかりだ。
それを事実として認められなかったら……ともすれば、壊れたりしてね。
あたいの話はここまでだ。お次はどなただい?