「……ん~? はっ、ああ……私の番ね。
ごめんね、あんまり夜遅くなると眠たくなっちゃって。
私はメディスン・メランコリー。無名の丘の鈴蘭畑に住んでる人形よ。最近は永遠亭に行ったりしてるから、妹紅とは何回か会ってたっけ。
他の人たちは……多分これっきりかな? 私あんまり遠出しないし、人と会うのもそこまで好きじゃないし、あの鈴蘭畑は他人に立ち入らせたくないのよねぇ。
私が会いたいとしたら、やっぱり人形に縁のある人に限るわ。昔人間に捨てられた気持ちは、やっぱりそういう人でないと分かってくれないのよ。
けど、それでも意見の合わない奴っでいるものでね……。
鍵山 雛(かぎやま ひな)ってヤツがいたの。人間から厄っていう悪いものを集めて、神様に帰す仕事をしている。
その厄を集める方法が流し雛。あの雛祭りで飾る雛人形に厄をくっつけて、川に流して捨てられたのを集めるんですって。
それを知った時、私は人形を利用した上に捨てるなんて! ってムカついたんだけど、雛はそれが役目だから、って言って譲らない。こないだもそれが原因でしばらく喧嘩になっちゃったんだけど、雛がついに怒って、こんな事を言い出した。
『ようし、分かったわ。そこまで言うなら、一つ怖い話をしてあげましょう』
『怖い話?』
『私は厄なんて集めているから、そういうのも詳しいのよ』
雛は得意気に胸をはって、ある雛人形にまつわる話をしてくれた。それを今から皆にも話そうと思うの。
へ? 面白半分で話していいのかって? 細かい事いいじゃない、そんな学校の先生みたいに。せっかくの機会なんだから、黙って聞いててよ。
―
少し昔の話なんだけど、里に一人の女の子がいたの。その子の家は少し厳しくてね。色んな言いつけを子供にしていたらしいわ。
道で会う人には必ず挨拶をしなさい。食べ物は決して残すな、こぼすな。遊ぶくらいなら勉強しなさい。物を買う前に親に必ず言うこと。……てな具合にね。
一つくらいなら決まりもいいけどさ、いくつもいくつもあったら堅苦しいってもんよ。私は普段一人きりで束縛なんて無いけど、貰えてもそんな親はいらないわ。
雛だって言ってたもん。あんまり子供を縛る親は、振る舞いとか態度で元気を奪っていくって。
彼女も例外じゃなくて、だんだん無口で自分からは何もしない子になっていった。親は言うことを聞かせるばかりで、言いたい事があってもろくに聞いてくれない。遊んでもちっとも面白そうじゃない彼女には、友達もろくに出来なかった。
女の子の楽しみは、年に一度の雛祭りくらいだった。それも友達を呼んで騒ぐなんて出来ないし一人だけのお祝いだったけど、お雛様はお気に入りで、何年も使って喜んでいたらしいわ。
そして暗さを抱えながらも成長し、恋もする年齢になった。既に両親の事は疎んでいて、秘密で付き合ったりもしたわ。
そこで彼女は初めてよく笑うようになった。お団子屋で話したり、騒霊のライブに行ったり、どんな事でも一緒にやれば楽しかった。十数年一緒だった家族には少しも無かった魅力を、彼女は彼氏にみていた。
けど、その様子のせいで親に勘づかれたんでしょうね。両親は断りもなく金持ちの家と縁談を組んでしまった。他に好きな人がいた女性は反発したけれど両親は耳を貸さず、ついに付き合っていた男も離れていき結婚するしかなくなってしまったわ。結局親元を離れてからも、彼女は家族を嫌ったままだった。
家からの宝物といえるのも、毎年飾っていた雛人形だけ。
それから憂鬱な夫婦生活が始まった。もとより愛情を感じていなかった妻は夫と何かを楽しむ事もなく、ただ良妻賢母を演じようと気を抜かずに家事をこなす日々だった。やがて子供を身籠っても、その様子は変わらなかったらしいわ。
でも、その子供を産み育てるようになってから、彼女の人生が変わりだした。
女の子だったんだけどね、実の子だから当たり前なんだけど、自分にそっくりだったのよ。それがもう可愛く思えて仕方なくて、立派な親にならなきゃ! とにわかに使命感に燃え始めた。
それ自体は別に良いんだけどさ……。家庭の中で子供に見せる姿は、少なくとも自然体じゃ無かったの。結婚してから良い妻を演じて久しいし、旦那さんは妻の子供の頃を知るよしもなく『君もお母さんだなぁ』と呑気に構えてる。里での"家内"の立場なんて窮屈なものだろうし……。
何より、子供は『お母さん』として慕ってくる。子供に立派に見られるというのは立派な『お母さん』になる事、その役目を全うする事だと、少なくとも彼女はそう思った。
そして、彼女はどうしたか。子供は親の鏡、自分がいけないと思ったらどんな小さな事でも直してあげないといけない。そう信じてうるさい位にしつけをしたの。
曰く、 道で会ったら必ず挨拶をする事、食べ物は決して残さず、こぼすなんて以ての外。遊ぶより勉強しなさい。物を買う前に私に必ず言うこと……その他色々。
……そう。馬鹿みたいな話だけど、彼女は嫌っていた筈の親にされた事を、子供にそのまま真似していた。一番近くにいた手本だから、知らず知らずにそうなっちゃうんだって。結構よくいるパターンだって、雛が言ってた。
ご丁寧にお気に入りのイベントまで同じに、雛祭りで毎年娘を祝ったそうよ。実家から持ち込んだ雛人形に、自分の血を分けた娘を守ってやってください、ってお願いして。
でも、娘も大きくなるにつれてお祝いをやらなくなっていった。代わりにお琴とか生け花とか、色んな趣味を探し始めたの。
まあ家は金持ちだし手を出すのに不自由はなかったんでしょうけど、母親には見慣れない物だらけだった。父親は娘に色んな経験をさせたくて道具をよく貸したり、母娘で一緒にやらせてみようとしたけど、何故か母親は馴染めなかった。
娘の夢中になる事に、自分は夢中になれない。はたから見たら珍しい事でもないんでしょうけど、母親は酷く違和感を覚えた。
それから娘は更に成長し、母親の知らない事までどんどん学んでいった。同時に多感な年齢になって……親と一番折り合いの悪い時期がきた。母親からしてみれば、自分の両親と喧嘩ばかりしていた、思い出したくもない頃。
そして、娘も度々文句を言うようになった。私にもやりたい事くらいある、些細な買い物にまでケチをつけないで……って、ちょうどかつての母親と同じように反発しだしたの。
母親は驚いて、どうにか言うことを聞かせようとした。昔の自分の真似なんかさせてはいけない。そう思って。
『少しくらい遅くなってもいいじゃない』
―昔は私もそう言ってたわ。でも駄目なの。
『櫛くらい好きに買わせてよ』
―その気持ちは分かるけど……。でも我慢して。私もそうだった。
『いちいち煩いのよ、お母さんは。放っておいて!』
―……私も何度もそう言った。でも駄目だったのよ!!
母親は内心でイラ立つようになって、母娘の仲は急速に悪くなっていった。母親は嫌ってはいない筈なのにと自己嫌悪し、娘は早く家を出たいと思うようになった。
そして決定的な事件が起きる。娘がある時『付き合っている人に会って欲しい』と言い出した。両親は男がいるとは思いもよらず、寝耳に水。黙っていなくなるのも出来たでしょうけど、そこは金持ちの娘だからか、律儀に申し出てきた。
父親は戸惑いながらも了承。母親はまた勝手な事を、と眉をしかめていた。
けど、通されてきた男を見て、母親は言葉を失った。
娘より背の高いその青年の顔に残る面影は、母親が昔に恋をして、引き離された男にそっくりだった。もしかしたら勘違いかもしれないけど、母親は"あの人の息子に違いない"と信じ込んだ。
母親が呆然としている間に話は進み、娘は結婚を前提に付き合うという事になった。でも母親はそんな一大事も気にかけず、頭の中は憎悪で一杯だった。
『……何故私が愛した人と添い遂げられず、どこまでも勝手なあの子がめでたく結婚できるのよ? それもあの人の息子と』
どんなに問うても答えはなく、代わりに憎しみだけが募っていく。とはいえ父親と家が良しとした結婚を母親一人で覆せる訳がない。娘がどこ吹く風で仲を深めるばかりで、どんどん時は過ぎていった。
……そして結婚間近の日。母娘はほとんど言葉を交わさずに黙々と嫁入り道具をまとめていた。慣れ親しんでいた物がどんどん片付けられていく中で、不意に娘が口を開いた。
『母さん、これどうするの? 昔気に入ってたじゃない』
そう言って見せてきたのは、母親が持ち出した雛人形だった。もう長いこと使わず、ホコリを被っている。
『捨てて』。振り返ってそう言おうとして、母親は雛人形と目があった。
厄を引き受けてくれる人形。女の子を幸せにしてくれる人形。そう言われてきた道具のすました表情を見て、怒りがふつふつと込み上げてきた。
『あんなに何度も飾っていたのに。お前は私を幸せにはしてくれないの? 娘が好き勝手生きていくのを見ながら、つまらない人生を送れというの?』
変わらない人形の顔を見つめるうち、母親はとうとう我慢できずに娘から雛人形を取り上げると、思いっきり壁に投げつけた。
ぶつかった音が部屋中に響き渡り、ゴロンと雛人形が床に転がった。衝撃で首はねじれ、腕は千切れ、足が変な方向に折れ曲がった。
訳も分からず絶句する娘の横で、母親は歯を剥きふうふうと荒い息を吐いている。
でもその様子は、突如一変した。
「ひいいぃーーーッ!!」
ばきり、と固いものがへし折れる音がして、母親の体が変形しだした。首はねじれ、腕は千切れ、足が変な方向に折れ曲がり……。雛人形と同じような格好になって、体の至るところから血を噴き出し、床一面を真っ赤にした。
悲鳴をあげる娘を尻目に、母親はまるで誰かに動かされているかのように体を引きずり、潰れた虫みたいな格好で赤い筋を残しながらどこかに消えていった。
……何ヵ月かして、その年の雛祭りがあった次の日、雛が川で紙の雛人形を回収していたら、白目を剥いた母親の死体が流れてきたんですって。それまで何をしていたかは分からない。だけど奇しくもその頃、大火に遭った例の家がすっかり取り壊された。いくら探しても、雛人形だけが見つからなかったそうよ。
『……その母親についていた厄が教えてくれたのよ』
雛は最後にそう結んだけど、私は信じられなかった。無駄に詳細なのは気になるけど、元々が『雛人形は使い捨て』って主張の為だからね。手の込んだネガティブキャンペーンじゃないかと疑ったのよ。
『雛、見つからなかった雛人形は放っておいたの? 危なそうだけど』
『そりゃ探したわよ。でも私はあまり出歩けないし……』
『うっわ、やっぱり嘘臭い』
『失礼ね、厄ぶつけるわよ』
ヘラヘラ笑って、むくれる雛から目を逸らした。でもその時。
一瞬だけ見えたの。周りの、妖怪の山の木々の影から、血まみれで首がねじれた雛人形が睨んでいるのが。見間違いかと思って二度見したら、その時にはもう消えていた。
―
……ねえ、あなた達は雛祭りってしてる? この話を聞いて使い捨てにしようとか、思ったかしら。
でも私は、親子の方が印象に残ったなぁ。なんだか人間の家族って、面倒臭いのね。
私には当分縁がないでしょうけど。
私の話はおしまい。夜中にならないうちに皆終わらせちゃってよ」