「あ、どうも。魂魄 妖夢です。
むむ、ついに私の番ですか。そんなに経ったかなぁ。まだネタがまとまって……。
あ、いえ違いますよ。ろくに聞かずに自分の分を考えていたとかじゃあありません。誤解しないでください。
ん? 良ければ巻きで……ってもう五人目!? いつの間に……。
え、えーでは、とにかく話しましょうか。これは妖怪の山の知り合いの方から聞いた話です。
犬走 椛(いぬばしり もみじ)さんをご存知ですか? 妖怪の山で哨戒の仕事をする白狼天狗です。私はあまり顔を合わせる事がなくて、会ったとしても『何か用っスか?』とつれない顔をされる事が多いのですが、主人の命があってと頼み込み、今回は珍しく話を伺う事が出来ました。
その時ひねり出してくれたのが、これから話すものです。
あまり趣旨に沿うかは分かりませんが……私も椛さんと同じく忙しい身の上ですので、どうかご容赦ください。
―
……これはまだ日の短い、雪が解けて間もない頃、夜中に椛さんが天狗の詰め所の見回りをしていた時の話です。
椛さんは提灯を片手に白狼天狗用の大きな剣を背負って、部屋の障子を一つずつ開けながら詰め所の縁側を歩いていました。
とうに他の同僚や上司は家路につき、灯りも火も消え、建物の中は真っ暗で未だ冷気を纏った風が鋭く吹きつけてきます。裸の足を擦り合わせながら、椛さんがスッと曲がり角を曲がった、その時です。
ある一室から明かりが漏れています。障子に影が映っているので、消し忘れでもないようです。
こんな夜分に、一体誰が? 椛さんは眉をひそめ、いつでも剣を抜けるように身を屈めながら、そろそろと部屋に近づきました。
一歩、二歩……。壁に張り付いて様子を伺うと、物音はせず、影も動きません。泥棒ではないのか? ならば一体……。訝しみながら戸に手をかけ、一気に開け放ちました。
『誰だっ!?』
『ひゃああぁっ!?』
椛さんが飛び込むなり声を張り上げると、中にいた人物が悲鳴をあげました。
そこにいた少女は腰を抜かし、目を見開いています。その視線が椛さんとぶつかると、今度は二人そろって目を丸くしました。
二人は互いに見知った仲でした。中にいたのは射命丸 文(しゃめいまる あや)さん。種族的には椛さんの上の烏天狗で、仕事は哨戒ではなく事務などが領分です。二人の分野が違うのに加え文さんの場合は時々命令に背いたりするので、椛さんとは折り合いの悪い方でした。
『……文さん? 何してんスかこんな夜中に』
『も、椛こそ!』
『アタシは見回りっスよ。ほら提灯』
狼狽える文さんを見ながら、椛さんはため息をつきました。というのも椛さんが私情を挟まないタイプなのに対し向こうは全くその逆。しかも文さんの場合は単なる私情でなく個人的に新聞を発行したりしていたので、こんな時間にいるというのは、大方仕事場で勝手に新聞の原稿でも書いてるんだろう。そう高をくくったのです。
しかし、いざ辺りを見回すと確かに机に向かってはいますが、机上はおろか文さんの周りには紙もペンも見当たりません。
代わりに文さんの目の前に一葉の写真がポツンと置かれています。
『コイツは一体……』
拾い上げてみると、写真には三人の鬼が、旧都の通りをバックに並んで写っていました。ふと顔を上げると文さんは目を伏せ、小さな声で言いました。
『……私、呪われてるんです』
『はぁ?』
椛さんは片眉を吊り上げ、写真を逆さまにしたりしてしげしげと観察しました。しかし文さんは力なく首を横に振り、また言います。
『撮った時は普通でした。でも今日の昼……』
そこで言葉が弱々しくなり、一つ唸って文さんは顛末を語り始めました。
その日の昨日、文さんは野暮用で旧都を訪れた際、三人組の鬼に声をかけられました。彼らがまた大の珍しい物好きで、見慣れない文さんのカメラを見ると記念に撮ってくれとせがんできたそうです。
まあ一枚くらい……と了承した文さんでしたが、おそらく偉そうにしていた鬼が気に食わないのか単に悪戯心からなのか、内の一人にコッソリ、ある嘘を吹き込んだのです。
"三人で撮って真ん中になった者は、魂を抜かれ近々死ぬ"と、当の本人に。
そこまではまだ良かったのですが、一日経って文さんが焼き増しした写真を届けにいくと、なんと嘘を吹き込んだ鬼が亡くなったと言うのです。
曰く、何故か浴びるような酒を呑んで……。鬼は嘘をつかないと言います。知識不足もあって、真に受けてしまったのでしょう。もう長くないと思い込んでやけ酒をあおり、本当に……。
まさか本当に死ぬと思っていなかった文さんは仰天。お悔やみの言葉もそこそこに、飛んで帰って今に至るという訳。
『今夜にでも化けて出るんじゃないかと……』
『うーん……』
文さんは話し終わると、頭を抱えて情けない声をあげました。聞き終えた椛さんは腕組みして目を閉じ、数秒……。
パッ、と目を見開き、背筋を伸ばして。
『まっ、頑張ってください』
『エエェッ!? 見捨てるんですか!??』
提灯を持ちなおし出て行こうとする椛さんの尻尾を、文さんはトビウオの如く掴みました。涙目になりながらしがみつく文さんを振り返り、椛さんは面倒臭そうに言いました。
『放っておきゃいいんスよー。お互い自業自得……』
『自業自得で通じるならいいんですよ! 相手は馬鹿です! 馬鹿の恨みは怖いんです!!』
『文さん本当に怖いんスよね?』
ズルズルと部屋の中に引きずられ、椛さんは渋々文さんと机で向かい合いました。二人が目を落とす先には例の写真。
『もし変に言いがかりをつけて祟られたらと思うと……』
『あー……』
肩を落とす文さんを見ながら、椛さんは改めて天狗の境遇を考えました。元々鬼より下の立場だったのが妖怪の山から旧地獄への移住で鬼が消え、代わりに勢力を作ったのが天狗。それまでは鬼から様々な苦労、時には絡み酒なんかもされたのでしょう。
その苦境が去って久しい所に幽霊となって襲来の危機。生きた同士でさえ酔っ払って会話しにくかった相手が、恨みを持って死亡済みの体で戻ってくる。種族として大酒飲みの鬼が死ぬ程のやけ酒、さぞかし深い絶望の反動が襲い来る事でしょう。同じ時代を知る者としては、同情しなくもない。
『まあ、写真があるなら祓うなりしたらどうです? 神社や寺で』
気を取り直した椛さんが提案しますが、文さんは浮かない顔。
『鬼には通じません。多分』
確かに、人間の幽霊のようにはいきそうもありません。椛さんはそこでもう一言。
『でも霊夢なら何とかしてくれそうじゃないっスか?』
『なーんか面倒な事言ってきそう……』
『お祓い代を、お払いなさい! とかいって』
『…………』
シャレを言ってみても文さんは暗いまま。霊夢の神社の家計が火の車らしい事を揶揄したつもりでしたが、その人気の無さから思い当たるのは嫌な事ばかりのようです。
『大体、霊夢がまともに霊を扱いますかねぇ? その気になりゃ墓石も粉砕しそうですよ』
『霊園より0円が怖いのよ、なんつって』
『…………』
また一つシャレを言うと、文さんは更にゲンナリ。ついには机に突っ伏してしまいました。
椛さんもからかうつもりはありません。彼女なりの少しは元気になってくれという、気遣いのつもりでした。しかし性根が堅物ゆえ、急に上手いギャグなど言える筈もありません。諦めて仕切り直し。
『じゃ、どうすりゃいいんスか? ハッキリ言って正攻法は無理って事っスよね?』
椛さんが言うと、文さんは目だけ動かして宙を睨み、自信なさげに首を傾げました。
『あの鬼、珍しい物が好きみたいでしたし……。なんか他に見た事がなさそうな物があれば……』
『供えればいいんスか?』
『多分』
頼りない返事でしたが、手が無いよりはマシだとまた考え込む二人。うーん、うーんと唸ってから、文さんが先に口を開きました。
『そういや、河童が鉄砲を売って……』
『本当っスか!?』
『あ、でもあげちゃうのは……』
言いかけて文さんは口を結びました。恐らくここにきて自分も欲しいと思ったのでしょう。そんな場合じゃないだろうと椛さんは頭にきて、メモを片手に問いただしました。
『私が買っときます。なんぼっスか?』
『えーと……一丁きりです』
『じゃなくて、お代っスよ』
『台の方は確か樫で』
『いや金ですってば!』
『金の方は鉄で』
『だぁーもう、値は!? 値っスよ!?』
『音(ね)はズドーン』
呆れて席を立つ椛さんに、先程より強烈なタックル。着物がすっぽ抜けそうな程に争って、息を切らしながら戻り、仕切り直し。
『うー、椛ぃ、何かありませんかぁ?』
困り果てた文さんは足をばたつかせてぐずり出しました。ここまで来ると流石の椛さんもしんどくなってきた。
『あー、珍しい物、珍品はないんですか、珍ブツは!?』
『……アタシにチンはありません』
『じゃ、何ならあるのよ』
『……女のナニなら』
『無かったらヤバイでしょ!?』
『さよう、タマらん』
なんだか空気が下手な漫才みたくなってきた。ついには椛さん、らちが開かないと立ち上がって背中の剣を抜く。
『ひ、直接戦闘ですか!?』
『じゃっかあしゃい、例の写真っスよ。この際叩っ斬ってやる』
椛さんの背丈程にある刀身を余す事なく光らせる大剣を見、続いてヒラヒラと煽られる小さな写真を見て、文さんは頼もしいと同時に怖じ気づいた。
『お、落ち着いてください。故人の写真を切るのはいくらなんでも……』
『真ん中で撮ったのが原因でしょう? 1.5人ずつに分ければ、真ん中はいなくなります』
『おお、なるほど』
すでに夜も更けて疲れ果てたのか、妙な理屈で行動する二人。椛さんが剣を渡して写真を押さえ、文さんは真下に剣を向ける。
『ほら、押さえときますから。ちゃんと狙って』
『は、はい……むっ』
やはり決着は本人がつけようと文さんが剣を持ったはいいものの、なにぶん大きな武器の上に当人が事務方とくれば思うようにいかない。せめて的が動かないようにと、椛さんに万全を要求する。
『もっと、もっとしっかり押さえて』
『早くして下さいよ!』
最初は指先で押さえていたのを段々被せる範囲を広くさせ、やっと納得。文さんも剣を振り上げ、狙うは一点のみ。
『では行きますよ、いいですね?』
『油断しちゃ駄目っスよ?』
『分かってます……。セヤァーッ!』
勇ましい声をあげ、振り下ろした刀が机ごと写真を貫く。ドスンと重たい音がして数瞬。
文さんはおそるおそる写真を見下ろした。いくら恨んでいようが所詮はただの無機物。真っ二つの哀れな写真があるのみで、正体見たり枯尾花と笑い飛ばせるに違いない……。
と思いきや、写真の上にはまるで生物に突き刺したかのように赤い液体が噴き出し、瞬く間に黒いシミが広がっていくではないか。文さん、これを見てヒエェと腰を抜かす。
『ち、血、血! やっぱり祟りだぁーーッ!!』
『いや、アタシの指を切ってるんスよ!!』」