「次は私、か……。もう六話目だっけ? 私が最後?
……まあいいや。私は赤蛮奇。普段は人里に住んでるけど、れっきとした妖怪だ。飛頭蛮っていう妖怪がルーツの、平たく言えばろくろ首だよ。……ほら、こうやって首が外れる。
だけど誰にも言っちゃ駄目だよ。里では秘密にしているんだ。この場にいる皆ならともかく、名前も知らない人間に見られちゃ面倒だからね。軽々しく外に出られる程、力に自信は無いし。
隠すのは意外と大変でねぇ。極力人付き合いは避けてるんだけど、先日には酔っ払いが寝ている私の部屋に入って来たりなんかして。
とっさに布団を被ったんだけど、首が離れたまま布団からはみ出て、胴から先が反対側から丸出しで、スッゴい胴長みたいになってた。
あの時は流石に焦ったなあ。でも、案外見間違いかと思って騙されてくれたよ。人間、見えない部分があってもソレっぽい部分が見えていたら後は誤魔化しが効くものさ。
へ? それが怖い話にどう関係あるかって? そう慌てなさんな。ある妖怪が話してくれた、早合点からなるゾッとする話があるんだよ。
―
……あれは、この集まりの誘いを受けてすぐの頃だった。私は特段やる事もなく、いつものように里をぶらついていた。
適当に酒場で一杯やって、夕暮れになった頃。さて帰ろうか、と席を立った所で、怖い話のネタはどうしようかと思い当たったんだ。
実際の話、適当に受けて忘れかけていたんだよ。いや悪かったって。こうしてちゃんと来たんだから良いじゃないか。
……で、だ。思い出したからってそう都合よく話が浮かぶ訳もない。誰かにネタを頼もうにも知り合いは少ないし、どこかに出かけようにもあまり遠くに行くと危ないし、何より面倒臭い。だからって、明日にしたらそのまま忘れてしまいかねない。
さてどうするかなぁ、と考えあぐねていた所で、良いアイディアが浮かんだ。墓だよ。墓っていえば、皆は寺の墓地を思い浮かべるかもしれないけど、里の外にも人間の共同墓地があるんだ。
そこなら家よりマシな発想が浮かぶだろう。そう単純に考えて、私はスタスタと里を突っ切っていった。
……やがて墓地が近づいてくると、心なしか空気も冷え冷えとしてくる。単に夕暮れ時のせいか知らないけど、私はどうにも不気味に思えた。
でもだからこそ選んだんだと思い直して、駆け足で墓地に足を踏み入れた。
……だけど、そこには人影があった。墓の一つの前に佇んで、辺りの景色に似合わないお洒落な日傘を持っている。
あちゃ、先にお参りに来た人がいたのか。これじゃあ一人でボーッと考え込む訳にいかないぞ、ってため息をついた。諦めて帰ろうか、それとも向こうが帰るのを待とうか……。
少しの間人影を睨みながら考えていた。その時、不意にその人影が、ぐるりとこちらを振り向いたんだ。
その瞬間、背筋が凍った。
そこにいたのは人間じゃなかった。妖怪、それも誰もが恐れるとんでもないヤツだったんだ。
風見 幽香(かざみ ゆうか)だよ。あの植物を操る……と言えば穏やかそうだが、その実、桁外れの腕力と妖力で泣く子も黙るともっぱらの噂の。
何故彼女がこんな場所にいるのか、そんな疑問を浮かべる余裕はなかった。相手はもうこちらに気付いていて、背中を向ければ間違いなく不興を買うだろう。身の安全を考えたら、とにかく悪い印象は与えられない。
『や、やあ、意外だね。貴女が墓参りなんて……』
顔をひきつらせ、早口で言いながら歩み寄る。幽香は表情を変えなかった。緑色の髪の陰から覗く瞳、その先には墓前に供えられた真新しい菊の花があった。
『ここに、知り合いが……』
『そんなんじゃないわ』
幽香のつまらなそうな声。おそるおそる振り向くと、鋭い視線とぶつかった。どうやら彼女は苛立っているらしい。
『本当なら人間に花なんかやらない。ただ、以前失敗しちゃったから』
失敗、いかんせん簡潔すぎて伝わらない。私が何も言わずにいると、幽香は一つ咳ばらいして言った。
『……仕方ない。ここの故人に何があったか、教えてあげる』
『え、いやでも』
『いいから聞きなさい。私が人間の死を悲しんでるとか思われちゃ、たまったものじゃ無いわ』
そう一方的に言ってから、幽香は去年の事を話し出した……。
―
去年の夏、幽香の住んでいる太陽の畑では例年通り、一面に黄色くヒマワリが咲いていた。白い雲がくっきり浮かぶ青空と肌を小麦色に焼く熱気。その中で咲き誇る花々。ところ構わず妖精がはしゃぎ出すような雰囲気のせいか、夏には妖怪たちのコンサートが行われて盛り上がる頃だった。
もっとも、幽香は騒がしいのが好きじゃなくて、ただこれからやってくる喧騒と次いでにうだるような暑さに辟易しながら過ごしていた。
そうして汗をかき日に焼けながら、いつものように花に水をやっていた時。
何か、人影のようなものが遠くに見えた。最初は気温のせいで蜃気楼でも見えたのかと疑ったけど、確かに髪の長い女がポツンと立っていた。
ただ、妖怪の格が高いからか、幽香はすぐに常人とは違うものを感じ取った。何となく陰気で冷めた雰囲気、しかし一見普通に見えた事から、そいつは亡霊だと分かった。だけど……。
『ちょっと、ここは人様の庭よ。勝手に入らないで』
幽香の対応は強気なものだった。たとえ神様だろうが、彼女の花畑に踏み込むというなら容赦しない。いわんや死に損なった亡霊となれば、花に悪影響が出ないうちに追い出してしまいたかった。
幽香がズカズカ詰め寄ると、やがて亡霊が悲しそうに振り向いた。死んでからそう経っていないのか、髪にはツヤがあり目元もパッチリとしている。
『だけど、ここで彼を待っているんです』
『彼?』
亡霊の言葉に幽香が首をかしげると、亡霊は胸の前に手を合わせ、か細い声で言った。
『私が付き合っていた人です。夏のここでのコンサート、一緒に行こうって言ったのに……』
亡霊が涙声になって俯く。自分には鬱陶しいばかりのコンサートだったけど、人によっては大事なイベントなのか、と幽香はため息をついた。亡霊は下を向いたまま、今にも泣きそうに体を震わせている。
『だけど、貴女もう死んでるじゃない。行くべき場所に行かないとまずいわよ』
『そんなぁ……結局一度もデートしてないんですよぅ……』
亡霊は情けない声をあげて、とうとうベソをかき始めた。その様子はちょうど泣きじゃくる女児そっくりで、幽香は額に指を当てて唸るしかなかった。この様子では簡単に出ていってくれそうもない。力づくで追い出してもいいが、立っているだけで汗が吹き出るのに戦いなど御免被りたい。
幽香が頭を抱えている間にも、亡霊はしゃくりあげながらチラチラと幽香の表情を伺いだした。面倒臭い事この上ない。
とうとう一人で対処するのが嫌になった幽香は、彼氏とやらの助けを借りる事にした。そもそも発端は彼氏と彼女なのだ。責任をとってもらわなきゃ困る、と幽香は亡霊に向き直った。
『仕方ないわね。男の名前を教えなさい』
『えっ! 手伝ってくれるんですか!?』
『その方が簡単そうだからよ。いいから名前』
『はいっ! ○○君です! 今は確か、17でした』
幽香は○○という名前に聞き覚えがあった。最近里の花屋でよく会うようになったハンサムな青年だ。年の頃も確かに同じくらい。案外楽に終わるかも、と幽香は胸を撫で下ろした。
『そして髪型は短めで、趣味は野球、好きな食べ物はニシン蕎麦で、好きな色は焦げ茶―』
『あぁーもう分かった分かった』
彼氏についてペラペラまくし立てるのを遮って、幽香は近日中に彼を連れて来ると約束した。亡霊は何度もお礼を言い、ウサギのように跳ねて去っていく。
その後ろ姿と、周りを振り回しそうな口調や素振りを思い出しながら、幽香は恋をした人間は皆こうなのかと肩をすくめていた。
次の日、幽香は人里に繰り出した。いつもの花屋を見つけると、案の定青年が花を買っていた。手元を見ると、小さい菊の花。
『こんにちわ。これからお参りかしら?』
『え、どうして分かったんです?』
『買った花で分かるわ』
『あ、そうですよね』
照れたように笑って歩き出す青年。彼は既に打ち解けた気でいたのか、幽香が偶然を装って並んで歩き出しても、里の外にある共同墓地まで着いて行っても嫌な顔をしなかった。
やがてある墓の前に来ると、花を供えて手を合わせた。
『お知り合い?』
『……まあ、そんな所です』
青年は手を合わせたまま、振り返らずに言った。墓石を見ると、確かに亡霊から聞いていた名字と同じ。幽香はさりげなく彼の背中に向けて聞いてみた。
『……彼女さんか誰か?』
『……何て言うか、ええ』
彼は誤魔化したけど、幽香は恥ずかしがっているんだと解釈してそれ以上追求しなかった。元々興味は無かったし、何より亡霊から秘密にしておいてくれと頼まれていたんだ。死んだ者が会いたがっているなんて聞くより、直接会って話した方が却って普段通りでいられるだろうって。
さて、そこから青年をどうにかして太陽の畑に連れ出さなきゃならない。この段になって幽香は理由付けに悩んだ。知り合いといっても結局はそれだけ。自分の家もある場所にどう言って来てもらうか……。
しばらく考えて、幽香はおもむろに口を開いた。
『……明日、空いてたら太陽の畑に来なさい』
『え、何ですか突然』
『良いから。正午に、あの花屋で待ってなさい』
直球だった。幽香としては必要な事だけ言ったつもりだったけど、青年にしてみれば違う意味に聞こえたようだ。
『……えぇ~、俺って意外にモテるのかなぁ~』
『違うわよ。いいから明日ね』
幽香はむすっとして吐き捨てて、早足で家路についた。自分も誤解させる言い方をしたと思いつつも、一ミリも恋慕の情を感じない相手から勘違いされて舌打ちしてしまう。
そして、故人とはいえ彼女の墓の前で出す態度ではないだろう、と心の中で呆れた。
まあ、死んだ相手ならあんなものか、と諦めて、亡霊に明日来ると経緯を伝える。もっとも、彼が幽香になびいた事は言わなかったけど。
そして、あくる日の約束の時刻。いつものように晴れた青空と咲き誇るヒマワリが鮮やかな色で輝く中へ、幽香が青年を連れて来た。彼はまだ事情を知らない。ただ景色を見て『綺麗ですね』と呑気に関心している。
しばらくして、幽香がひまわりの陰から亡霊が顔を出しているのを見つけた。久しぶりに会うからかあの能天気さは影を潜め、キョロキョロと自分達の方を窺っている。
『ほら、彼女さんがあそこにいるわよ』
青年に声をかけて、亡霊を指差す。つられて見た彼は一瞬、目を疑った。
視線は釘付けになり、目を真ん丸に見開いて、口をポカンと開けている。
最初は亡霊と会ったからだろうと思っていた。けど、それだけじゃない。額にはじわじわと汗が滲み、足を外れてしまいそうな程震わせ、歯をガチガチ言わせ始めた。
何かがおかしい。幽香が隣の様子を見て顔をしかめていると、ふわり、と亡霊の方角から冷たい風が頬を撫でた。
振り向くと、亡霊が両手を広げ、浮かんだ状態のままどんどん近づいてくる。その表情は喜びなんてもんじゃない。目の瞳孔は目一杯小さくなり、口を三日月の形に開けて歯を剥いて、食いつかんばかりに詰め寄ってくる。まさに"狂喜"だった。
『うぎゃあアァーーッ!』
気付くと彼は背を向けて一目散に駆け出していた。それが数歩もいかないうちに、背中に煩いほど髪をなびかせた亡霊が覆い被さって―
それっきり、二人は陽炎のようにふっ……と消え失せた。
『……へ?』
幽香はしばらくして我に返り、辺りを見渡した。立っているのは自分一人。サラサラと風がヒマワリを揺らしているばかり。次に花畑中を探し回った。だけど、とうとう二人の姿は見当たらなかった。
元の場所に戻って色々と思い出してみる。亡霊は青年を彼氏だと言った。一度もデートしていないけど、好きなものを色々と知っていた。そして曲がりなりにも青年に会えて喜んでいた。
しかし、青年の方はどうだったか。
彼女かと聞くとハッキリとは答えなかったし、幽香の言葉にお誘いかといとも簡単に浮かれていた。何より、姿かたちもそのままな亡霊を見て、見るからに怯えて逃げ出している。
二人は本当に恋人同士だったのだろうか。幽香の頭をそんな疑問がよぎった。亡霊の言葉を信じて事を進めたけど、二人が"付き合っている所"を一度だって見たことがあっただろうか。
当人たちが消えた後から疑問は膨らみ、幽香は腑に落ちない気持ちで家に戻った。
……そして夜が開けると、机の上に一通の手紙があった。戸締まりはしてあった筈だけど、幽香は何故か不思議にも思わず封を切る。
そこには、こう書かれていた。
『やっと一緒になれました。ありがとうございます』
そして手紙には、一つの花が添えてあった。スグリっていう、白く小さな花。
スグリの花言葉を知ってるかい? 色々あるけど、その中にこんなのがあるんだ。
"あなたに嫌われたら、私は死ぬ"。
……あの二人が果たして普通に交際していたのか、今となっちゃ闇の中だ。だけど、ちょうどそのすぐ後に太陽の畑で行われたプリズムリバーのコンサートで。
気質に敏感なあの三姉妹が、時折怪訝そうに顔をしかめるのを、確かに見たんだってさ。
―
全く、他人との関わりは面倒臭いね。まあ私は恋人どころか友達もいないけど……。
なに? 友達はいるだろって? ……別にどうでもいいだろ、そんなのはさ。
私の話はここまでだ。もう多分誰も来たりしないよな?」