「え、私が三つ目? うーん、あんまり面白くないと思うがな……。
とりあえず自己紹介しておくか。私は藤原妹紅。人間の体をしているけど、実は不死身だ。それも不老不死ってやつだな。普段なら簡単に人に話したりはしないんだが、こんな場だからな。
にしても、ここまでさらりと言えるようになったのは、自分でも驚きだ。今まで長いこと生きているから、不死の秘密を打ち明けた事も、無いわけじゃない。ただ、大抵は笑われるか、大騒ぎになるか、口外しないで付き合ってくれたとしても、五十年かそこらで皆死んじまう。
そんな訳で、私は長いこと素性を明かさずに隠れるようにして生きてきた。
幻想郷に来るまでは、な。
ここじゃ人外の輩なんぞ珍しくはないし、頼りにできる奴もいる。昔は色々あって人を恨んだりもしたもんだが……今はさほど気にしなくなった。
同じく不死身の奴もいるんだぜ。知ってるか? 迷いの竹林にある永遠亭って屋敷の主、悠久の時を生き、時の帝も惚れ込んだといわれる伝説のお姫様……。
蓬莱山 輝夜(ほうらいさん かぐや)さ。あまり表に出て来ないから謎めいた噂も耳にするだろうが、馴れれば大した女じゃないぜ。意外に俗っぽくてワガママで、不老不死も凄いというより面倒だと感じるだけになる。
物騒だって? 別にいいじゃねぇか。事実死なないんだし、三日もすれば元通りだ。
姫様だからって、本当に遠慮する事ないっての。私は過去にアイツと色々あったが、それを抜きにしても馬鹿野郎の一言くらい、平気で言ってバチは当たらねえだろ。
……しかし、な。ここまで言っといてなんだが、いざって時は逃げ出した方がいいかもしれない。というのもアイツは人間じゃないどころか……この星の生き物ですらないらしいんだ。
あまり驚かないか? それとも信じてない? ま、本人が言ったから間違いはない。だからなのか、少し変わっているというか……ゾッとするような所もあってな。
これから話すのは本当にあった事だ。本当に、あっという間の出来事だった……。
―
永遠亭にある日、一人の男が運び込まれた。妖怪兎に支えられているのは二十代後半くらいの男で、腕から血を流している。なんでも連れてきた兎いわく、妖怪から兎を庇って怪我をしたらしい。
竹林に一人で入って、妖怪に立ち向かうなんて無謀だと思うかもしれない。ところが彼はよく見ると、見慣れない服装をして、永遠亭にわんさかいた兎たちにも戸惑っている様子だった。
外来人だったんだろうな。とにかく怪我人は放っておけないってんで、彼はひとまず永遠亭に入院する事になった。
時間にして一ヶ月くらいか。竹林はともかく永遠亭の中は安全だったから、男は色んな事を聞かされた。幻想郷という世界の事、妖怪が実在し跋扈している事、人間の居場所は限られている事……。
それを聞いて男は震え上がり、『死にたくない、どうか元の世界に返して下さい』と懇願したんだけど、返事は『最初からそのつもり。安心して』とそれっきりだった。説明したのが永琳だったせいか、ひどく事務的だったらしい。お返しというべきか男も素性を話したんだけど、これもまた特異って訳でもなく、本当に偶然、自殺とか事故もなく流れついてきただけらしい。
そんな経緯には永琳はもとより誰も興味を示さず、男は早々にいち患者でしかなくなった。毎日決まった時間に検査があり、後は寝ているだけ。話し相手になりそうな他の患者もいなかったし、片腕じゃ本もろくに読めない。向こうのケータイ? なんてのもこっちじゃ使えなかった。他人から見てもえらく退屈そうだったってさ。
それだけなら患者にはよくある話なんだが、永遠亭のメンバーにも色々あってなぁ。
本人の預り知らぬ所で勝手に盛り上がる事があるんだと。あの患者は可愛いとか、格好いいとか。そいつが態度に出て、愛想がやたらと良くなったりする。永琳はよく分からないって冷めた目をしていたらしいけど。
ただ、それは逆もしかりだった。件の男はどっちかっつーと口下手で、大人しい奴だった。退屈すぎて周りに話しかけたりしても、会話が続かず二、三言の世間話で終わっちまう。
そういう事が続くと、次第に兎たちも男に親しみを失っていった。日々の仕事もあるのに、わざわざ時間を割く理由もない。咄嗟の勇気で庇われたあの兎も、感謝はすれど取り立てて贔屓するような事も無かった。
陰口なんかもあったらしいぜ。出っ歯だの鼻の穴が大きいだのどうでもいい事から、友達が少なそうとか、恋人もいなさそう、絶対童て……オホン、とにかく色々見えない場所で言われてたんだって。人とナリが出たと言うべきかなぁ。たまにいるだろ、特に悪い奴じゃないけど、妙に近づきたくないってタイプ。勇気を出して一度兎を助けたとはいえ、普段の男はまさにそんな感じだったんだろうな。
とにかくそんな状況が続いて、男が面白かろう筈もない。ふて腐れたように毎日横になっていると、話しかけてきた奴がいた。
そいつが輝夜だったんだ。
彼女は冷やかしか知らんが、男によく話しかけるようになった。男は既に愛想を使うのをやめてムスッとしていたんがが、輝夜は現代の生活の事とか色々と聞いてくる。質問に対して必要最低限の答えを言うだけの男だったが、何日も繰り返されると流石に意地を張って無愛想にするのがバカらしくなってきた。
そんな折り、彼は輝夜に聞いてみた事がある。
『俺に話しかける時間で、もっと他の事が出来るんじゃありませんか』
それは自分との会話が楽しいと言って欲しかったのか、あるいは暇なんですね、というイヤミだったのかもしれない。実際に輝夜は暇人だったしな。
でも、輝夜は動じずにニコリと笑うと、見てなさい、という風に自分を指さした。なんだ? と男が彼女を注視した瞬間。
ぱっ、と一瞬で輝夜の着物が変わったんだ。その日は黄色だったのに、いつの間にか赤になっている。彼女の着た服は十二単というやつで、生地を十二枚も重ねた分厚いものだった。男は念のため服を触ってみたが、確かに十二枚ある。着替えるにはどうしても時間がかかるし、下にあらかじめ着ていたとしても目立つに違いない。第一脱ぎ捨てたような形跡も見当たらなかった。
何ですかこれ、手品? と焦る男が尋ねると、輝夜は裾で笑みを隠し、『私の能力よ』と言った。
アイツには不思議な力があってさ。瞬きより短い時間や、逆に途方もなく短い時間を、自由に操れるんだって。例えば皆が気づけない程の一瞬の間に輝夜だけが一億年の時を過ごしたり、はたまた周りで一億年が経つまでを、輝夜だけが一瞬の間で過ごしたり。
だから、自分だけ着替える時間を作ったり、退屈な時間の埋め合わせをするくらいはお茶の子さいさいだと言った。男が呆気に取られる様が面白かったのか、カラカラ笑いながら。
その笑顔が男の機嫌を直したのかもしれない。それから現代の事を詳しく教えるようになって、自分についての思い出も語りだした。
思い出といっても、決して明るいものじゃなかったらしいけどな。席替えで女の子に机を離されたとか、女の子の持ち物を拾おうとして叫ばれたとか、女の子たちに指を指して笑われたとか。
人によっちゃ反応に困るような、それも女の子がよく出てくる辺りが悲しいエピソードの数々だったが、彼なりの自虐ネタというものだったんだろう。大人になっても兎たちに避けられてる彼の事、会話のセンスは推して知るべしって所よ。
だが幸い輝夜にはウケていたみたいで、男は調子に乗ってその路線で自分の魅力の乏しさを毎日語り尽くしていた。
そんな日々が続き、男の腕も治り、退院の日も近くなっていた頃。
いつものように輝夜と話していた男は、すっかり心を許した様子で、ふと、こう呟いた。
『ああ、世の中は不平等だなぁ』
輝夜がどういう意味かと尋ねると、男は口を尖らせてまくし立てた。
『イケメンたちはモテるのにさぁ、俺みたいな男は生まれてこの方、一人も好きになってくれないんだ』
今まで散々男の自虐を聞かされ、更に愚痴る様を間近に見ていた輝夜にはこの上なく説得力があった。それで世の中まで恨むのかって話だけど、彼は浮かない顔。
『お見合いとかはしてないの?』
『あー、そういう文化も廃れてきてるんスよー』
男は輝夜の問いには至極簡単に答え、また宙を睨んで愚痴りだす。
『あーもう自由恋愛なんて不公平なんだよぉ。何を望むんだ、金か、権力か。そんなの一握りしか持ってないぞ。顔は替えがきかないってのにさぁ』
しまいにはバサリと布団を被って寝てしまった。その時の輝夜の心境は分からないけど、もしかしたらイライラしていたかもな。というのも彼女は昔、美人が祟って貴族や帝から言い寄られて苦悩した過去があった。アイツはアイツで苦しかったんだろう。金か権力か、なんてぼやく男を見て、笑っていられたかは分からない。
それから何日かして、ついに退院の日がやってきた。その日は私が兎に呼ばれてな、慧音とも親しいことだし、里まで案内してやれっていうんだ。
私も暇だったから引き受けて、男を連れて二人で歩き出した。男は特に輝夜と別れるのを残念がっていてな。年甲斐もなくいつまでも手を振っていたよ。輝夜も笑顔で答えていた。
竹林を歩く間中、男は入院生活の話をしていたよ。兎たちに冷たくされたとか輝夜とよく話していたとか……まあ要するに今までのあらましをな。私はボンヤリ聞いていたんだけど、彼は本当に楽しそうだった。
やがて、竹林の出口が見えてきた。この先に人間の住みかがあるから、とりあえずそこに行こう。そう言ったら、男はフッと表情を曇らせた。
『なんだ?』
私が首を傾げると、男は沈んだ声で言った。
『やっぱり、ゆくゆくは元の世界に帰るんですか……』
『は? まあ、一時は里の世話になるが、いずれはな』
まさか幻想郷に住みたいなんて言わないだろうと思って素っ気なく言ったが、男はガックリと肩を落としてブツブツ言い出した。
『やっぱりそうなるか……。嫌だなぁ、入院中は姫様が優しく相手してくれたのに……。あんな人他にいないよ……』
元の世界でよほど女に縁がなかったのか、やたらと輝夜の事を口にした。けどどこまで未練があろうと、永遠亭に戻すなんて訳にもいかない。いいから来い、そう言おうとした時。
男が紐で縛られた重箱を一つ取り出した。何それ、弁当? と聞くと男は満面の笑みになって答える。
『姫様のお土産ですよ。最後にくれたんです』
そう言って、聞いてもいないのに経緯を話しだした。
…………なんでも、輝夜が"この世で数少ない平等なもの"だと言って箱を渡したらしい。贈り物なんて良いんですかと遠慮すると、輝夜ははにかんで頷く。
『いいのいいの。どうせ今まで不平等を味わって来たんでしょう? ほんの餞別よ』
プレゼントも縁がなかったんだろうさ。男は何度もお礼を言った。しかし、輝夜はそんな彼にこんな事を言った。
『でも、出来るだけ開けない方がいいかもねぇ』
『え? 開けたらまずいんですか?』
『そうね、もしこの幻想郷にどうしても未練がある、って時にだけ開けなさい。その時、真の平等を知れるでしょう』
…………その話を聞いて、私はなんとも不可解な気分だった。餞別はともかく、なるべく開けるなとはどういう事だ? しかも数少ない平等なもの、って一体何を詰めたんだろう?
思考に耽っていた私がハッと我に返ると、男は既に重箱の紐を解いていた所だった。
『おい止せ! いくらなんでも怪しいって!』
私は慌てて止めたが、男は邪魔するなと言う風に私を睨み、鼻で笑って言った。
『気にしすぎですって。大体、どうせ幻想郷への未練は消えやしないんだ。今開けたって同じですよ!』
男は言うが早いか、勢いよく重箱を開け放った。中には一体何が入ってるんだ、と男と私が目を見張った。
次の瞬間。ほんの一瞬だった。
男が、老人に変わったんだ。
顔がみるみるしわくちゃになり、眼はギョロリと黄色く濁って、髪の毛は細く白く変わり、風も無いのにハラハラと抜け落ちた。歯は腐り落ちるように唾液の糸を引いて地面に落ちていく。体が弱々しくしぼんで、乾いた肌の下から飛び出してきそうなくらいに骨の形が浮き出てきた。
『いっ……!?』
地獄にいる餓鬼を思い出し、私が立ちすくんでいた間に、その男だった老人は枯れ木のように倒れ……二度と動かなかった。
慌てて駆け寄ったが、もう息はしていない。……死んだんだろうな。
箱の中には呪札が入っていた。多分輝夜の仕業だろう。奴の能力を中に封じ、開けた者だけが一瞬の間に何年、何十年……それこそ死ぬまでの時間が経つよう、予めセットしていたんだろうな。ただ、本人でもなけりゃ意識はなかなかついていかない。男は体だけあれよあれよと年月が経過し……なすすべもなく殺されたようなものだ。
私は箱を掴んで取って返し、輝夜に詰め寄った。お前はなんて物を渡したんだ。アイツは死んじまったぞ、とね。
ところが、奴ときたら罪の意識どころか、全く動揺せずに『あーあ』と言ったきりだった。なんとか言え、と怒鳴ると輝夜は鬱陶しそうに答えた。
『ちゃんと警告はしたわよ。それに言った通りじゃない』
『あぁん!?』
輝夜は私の憤る様子を面白そうに眺めてから、目を細め、裾で笑みを隠しながら言った。
『死と老いは誰にだって平等よ。私たちは例外だけどね』
そう言って輝夜は着物を翻し、何事も無かったかのように去っていった。
―
……彼の死体は、私がこっそり埋葬したよ。しかしやり切れない事件さ。元の世界で頑張る気さえ出していれば、思い出を持って帰れたっていうのに……。
皆、軽々しく不死とか万能とか、完全なものみたいな触れ込みを信じない方がいいぞ。ンなもんは大抵サギか……そうでなきゃとんでもない苦しみがついて回るんだ。
私の話は終わりだ。こんなんで良ければ、酒の肴にでもしてくれ」