そして、初めて名有りオリキャラが出ます。
「え、私の番? もうそんなにいったっけ。えーと、五番目かな? また微妙な順番が回ってきたものねぇ。
メディスン・メランコリーよ。生まれたばかりで怖い経験なんかはあんまり無いけど、それでも人に聞いた話ならあるわ。それ一つしか用意出来なかったけど、勘弁してね。
で、先生。あなた、アリス・マーガロイド……間違えた。アリス・マーガトロイドって知ってる? そうそう、時々里に来て人形劇をやっていくっていう、あの人形遣いよ。金髪の。
人形の縁でたまに話すんだけど、まあとにかくいけ好かない奴でね。人形を何個も作っては武器にしたり爆発させたり、危ない使い方ばかりするのよ。私から見たらもう少し労って欲しいというか、『他の武器は無いの? キャラ付けなの? 馬鹿なの?』って言いたくなる奴よ。というか言ってたかな……。二、三回くらい。まあいいや。
そんな神経の図太い奴だからね、怖いものなんて絶対ないだろうと思ってたんだけど……ホラ、私、知り合い少ないからさ。怖い話を集めようってなって、仕方なく聞いてみたのよ。
案の定、すぐには出てこなかったみたいで考え込んでたんだけど、しばらくして気まずそうに口を開いた。
『あるっちゃあるわね……五年前くらいに』
五年前っていえば私が生まれるかどうかって頃だった。それなら私も知らないだろうし聞かせてよ、って頼んだんだけど、アリスはまた渋い顔。額を押さえたまま煮え切らなくて、『早くしてよ』って言ったら、やっと頷いてくれた。
『じゃあ、笑わないでよ……』
―
五年前、アリスはちょっとした"発明"をした。アイツは昔から人形を作っているんだけど、中でも『自律人形』ってのにご執心でね。人間みたいに自分の意思で動く人形を作りたかったらしいの。私に近いけど、それとも違う。生まれながらに心を持つ人形よ。
私からしたらそんなの作るなんておこがましいって思うけど、それでも一定の成果はあったらしいのよ。ある時大きな節目を迎えた。それが五年前。
アリスが一体、特別な人形を完成させた。でも聞いたことないでしょ? あまり長い間は一緒にいなかったみたいだから。でも今までで最も自律人形に近かったと言っていたわ。
外見の精巧さや華やかさなら引けをとらないのはいくらでもあったけど、その子には他とは違う際立った特徴があった。
アリスは自律人形とは何かって考えた時に、とにかく強い意志が肝要だと考えたの。表面上、自分の考えで動いているように見えても、実際命令に従っているようじゃ自律人形の意義がない。作り主の言う事もはねつけるくらいじゃなきゃ、挑戦する価値はないと思ったの。
だから、作る間中『強い意志を持て』って言い聞かせた。アリスの思い通りでなく、ムカツクくらいに怒ったり、悲しんだり、笑ったりするようにと願ったの。
そうしてついに小さな小さな男の子の人形が出来上がった。名前はケニス・マーガトロイド。
努力の甲斐あって、ケニスは癖のある性格だったわ。四六時中変なことしてるとか、そういう訳じゃないんだけどね。服や髪型にうるさかったり、自分の恰好よさをよく気にしていた。自分でイカシテると思ったら、よくアリスに見せに行っていた。『恰好いいでしょ? 見て見て』ってね。アリスも笑って受け答えしていた。
やがてアリスの家の書物、というか絵本を見るようになってから、その傾向が強くなった。その頃アリスが付き合っていた、ごっこ遊びが顕著な例だった。
ごっこ遊びってのはつまり、なりきりね。絵本に影響されてたから、童話が遊びのタネだった。アリスがもっぱら悪役の魔女や狼の役をやる、ここまでは普通なんだけど。
ケニスはやりたがる役が少し変わっていた。"本来は存在しない"役だったの。
例えば、"三匹の子豚"とか、三兄弟しかいない物語の中で『四番目の兄弟役』をやるといって、自分で設定を考えるのよ。
やる事だって遠慮しない。狼役のアリスが藁の家と木の家を壊し、ついにレンガの家へと追い詰める。いよいよクライマックス、狼と子豚たちの知恵比べだ。
といった所で、四番目の兄弟が颯爽と現れる。『兄さんたちはボクが助ける!』と言って何倍も大きなアリスにチョップや蹴りを入れる。
『ぐわっ! やられたぁー』
そうされるとアリスはやっつけられる素振りをする。最初は戸惑ったんだけど、話の筋がどうよりケニスの役に見せ場をあげる方が、当人は喜んだんですって。
ケニスは『悪は滅びた』と言わんばかりに喜色満面。それ以上遊びを続けようとはしなかった。
ケニスとの遊びは毎回そうだった。"狼と七匹の子やぎ"で八人目の兄弟を、"桃太郎"で相棒の柿太郎を演じて……何かしら活躍っぽい事をすればケニスが飽きて終わりになる。
活躍の中身もぶっ飛んでいてね。八人目の兄弟なら生き残った七人目と共謀し、下剤を飲ませてお腹から他の兄弟を救出する。柿太郎なら『この柿の種とお宝を交換しないか』と鬼に持ちかけて不意討ちする。
時にはどこで聞きかじったのか外の世界のネタが飛び出す事もあった。
"白雪姫"の魔女に向けて。
『北斗百○拳っ!! ……お前はもう、死んでいる』
"ヘンゼルとグレーテル"の魔女に向けて。
『ヘンゼル! グレーテル! 奴にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!!』
『食らえっ! 牙○零式!!』
なんかもう世界観とかメチャクチャで、知らない人から見たら訳分かんないんだけど、まあ小さい子どもの遊びだし。アリスも笑いながら付き合っていたのよ。ごっこ遊びの時には、ね。
アリスは、なついた頃からケニスを連れ回すようになった。もっとも里に出かけたりする機会は限られていたんだけどね。その機会っていうのが、アリスの公開している人形劇よ。
ケニスを観客席の隅っこに座らせて、アリスは仕事に集中する。唯一の自律人形候補もその時ばかりはお客の一人。アリスは何人もの人形を細かく操作して動きに、物語に命を吹き込んでいく。
観客はその世界に没頭し、終わった頃はやり抜いたアリスに惜しみない拍手を送る。そんな大人数じゃないにせよ、間近で見ていたケニスはさぞかし心を揺さぶられたでしょうね。
やがて自分も拍手を送られたい、そう思うようになった。作り主が奮闘して人々に感動を与えるのを見て、自分もアリスの側に行きたいと思ったのは、自然なことだったわ。
ある日、ケニスがあるものを見せてきた。鉛筆で殴り書きされた紙の束。めくってよくよく読めばそれは劇の台本みたいで、漢字が少ないながらも配役や演出が細かく書いてある。
アリスは何故か嫌な予感がした。いつもやっている、あの生暖かい目で見守っていたごっこ遊びの風景が頭をよぎる。
その想像を知ってか知らずか、ケニスは笑顔で言った。
『ボクにも劇をやらせて! ボク主人公ね!』
アリスは一瞬渋い顔をしたけれど、他ならぬ家族の頼みを無下には出来なかった。精一杯のつくり笑いを浮かべて、『ちょっと手直ししたいから、私に貸して』といって台本を預かった。
それは"人魚姫"をベースにした、二次創作っていうのかな? 言うなればそんな代物だった。人魚姫が王子様に恋をして魔女に足をもらうけれど、王子様は人違いをして隣国のお姫様と結ばれ、人魚姫は泡となって消える……。という大筋から、大きく違う部分もあったの。
人魚姫の三人の姉……。その中に一人、弟が追加されてたの。人魚姫が恋に悩んだり失恋に嘆いてるシーンの随所に弟と絡む場面が入ってる。そいつがケニスのやりたがった役よ。名前もご丁寧に書いてあった。そっくりそのまま"ケニス・マーガトロイド"。
『うあぁっ』
アリスはそれを見た瞬間、自分の事でも無いのにとてつもない羞恥心に襲われた。理由は分からないけど、怖気が走って肩が震える。じゃあ人魚姫一家はマーガトロイド一家なの? とかどうでもいい事に思考を逸らせて少しずつ改稿の筆を走らせた。
そして公開当日。アリスは初めて劇を二本立てにして、前座にケニスの出演作をあてた。
人魚姫が恋をして弟たちに打ち明け、止められても結局我慢出来ずに魔女に脚をもらい、声を差し出す。しかし声が出ないが故に王子様は他のお姫様と仲を深めていく。もし恋が実らなければ、人魚姫は魔女の魔法で泡となって消えてしまう。弟たちが再三諦めて帰ろうと言っても人魚姫は諦めず、そうこうしているうちに王子様とお姫様は結婚式を……。
とうとう今夜、式が挙げられる。そこで姉は最後の手段として王子様を殺すように言った。そんな事はどうしても出来ないと言う人魚姫。自分から泡になって消えるのか……。
そこでケニス、もとい弟が意を決して言った。
『俺が結婚してやんよ!!』
その瞬間、何故か魔法は解け、人魚姫に声と尻尾が戻り、ケニスと結ばれてめでたく海に帰りました……。
ってのがケニス作品のあらすじ。
え、魔法は何故解けたの? というか弟と結婚していいの? という細かい疑問は残るんだけど、アリスは強引に次の演目に移行して乗りきった。まあ泡になって消えるよりは救いがある……でしょ?
夕方、どうにかその日を乗りきって、アリスが後片付けを始めた。すると客席に行っていたケニスがとことこ駆け寄ってくる。
『お疲れ様』
ねぎらいの言葉をかけたけど、当の本人は頬を膨らませて不満顔。その理由を台本を渡されたアリスは分かっていた。言葉を待っているとケニスはストレートに言い放つ。
『アリス、なんでボクの出番削ったりしたのさ』
実は、ケニスの構想には人形劇でやらなかった場面があった。人魚姫が口を利けずに追い詰められていく中、弟は伝説に伝わる南の島に渡る。その島の大王様にカメハ○波を伝授されて魔法をかけた魔女を打ち倒すというオリジナルシーンだった。
声や尻尾が戻ったのも、本当は魔女を倒したからだった。結婚したのは、ケニスが実は人魚姫の弟ではなく南の島の大王の血を引く、選ばれた人間だったから。にも関わらず、アリスは矛盾点が出るのも承知でそのシーンを削ったの。オリジナルシーンは弟、ケニスの独壇場だったし、観客が楽しんでくれるか不安だったから。
『次の演目との時間のかね合いよ』
口ではそう言ってごまかした。それより、アリスにとっては『元々の悲恋哀話はどうしてくれるんだ』とか『つかケニスって誰』っていう非難が出る事の方がよほど怖かったんだって。
まあ、客は思ってもわざわざ文句なんて言わないでしょうけど。とにかく終わらせることが出来て、まあ良かった良かった……とアリスがため息をついた。
その翌日。
『アリス! 今度はこれ見て!!』
昨日のふくれっ面はどこへやら、白い歯を見せてまた紙の束を見せてきた。
アリスはデジャブを感じてそれに目を通す。やはりというか、また童話で活躍するケニスの物語が綴られている。
今度は何の話かって? 何だって良いわ。その日から覚えきれないくらいの勢いで、次から次へと台本を渡してきたんだから。
印象に残ってるのはケニスが考えたキャラの名前くらいよ。"赤ずきん"から"西遊記"、"分福茶釜"にいたるまで、名前は全部『ケニス・マーガトロイド』。日本人のケニス、ドイツ人でもケニス、中国人でも、ペルシア人でも、アラビア人でも、イタリア人でも、ケニス、ケニス、ケニス! オリキャラはみんなケニスッ!!
それらを毎日のように渡して改稿してくれってんだから堪ったもんじゃない。『締め切りがある訳じゃないんだから、もっと練りなさいよ』と細かい性格のせいで言いそうになるのをこらえて、これも他ならぬ家族の為と机に向かい続けた。
でも、一週間と経たずにアリスは後悔することになる。目を通せば通すほど、突拍子もない展開や独特の雰囲気に呑まれていく。子供だから整合性には目をつむるべきなんでしょうが、それでも厳しいものがあった。
先生、寺子屋で劇なんかやる時、子供たちで台本を作った経験ない? あれ大変でしょう。みんな終着点とかろくに考えずに、その場その場で面白いと思ったネタをぽいぽい放り込んでくるの。おまけに誰だって目立ちたいし、ともすれば悪乗りで一人だけ不憫な役を背負わされたりする。先生がまとめなきゃ絶対迷走するわ。
ケニスはそれを自分一人の頭でやっていたのよ。アドバイスする大人もなしにさ。だから活躍シーンは誰かに片寄るし悪役にはいじめまがいの制裁が加筆されるし、加えて中途半端に原典のストーリーをなぞってるからケニスの存在が浮くの浮かないの。アリスもクソ真面目だったせいで放り出す事も出来ず、これで客は楽しんでくれるだろうかとどこまでも悩み続けた。
一方で、ケニスはそんな苦悩もつゆ知らず度々『ねえあの台本見た? 見てくれた?』と目を輝かせて迫ってくる。見たといえば『面白かった? どこが良かった?』としつこく聞いてくるし、まだ見てないといえば途端に不機嫌になり、すねて手伝いをしなくなる。
話の構成に悩むストレスとケニスの能天気さを相手にするギャップの中で、アリスはふと、ケニスを作りながら『自分の意思を持て』と強く念じていたのを思い出した。そして初めて、自分の作ったケニスを恐ろしいと思ったの。
『あの子はただの人形じゃない。"自分が目立ちたい、自分が誉められたい"って欲が行きすぎた、無自覚なオバケなんだわ』って……。
疲労を抱えたままズルズルと時は過ぎ、次の公演予定日が近づいてきた。アリスが遅くまで準備に勤しむようになると、流石にケニスもワガママを言わずにコーヒーとかを淹れてくれて早寝するようになった。
アリスは複雑な心境のまま、劇で使う新しい人形を作っていた。傍らにはまだ読んでいないケニスの台本が山になっている。合間に啜るコーヒーは、酷く苦い。
そして当日。前のケニスの作品で評判をちょっと気にしたけど、客入りはあまり変わらなかった。その日もケニスの作品をええいままよと割り切り終わらせ、次の演目に入る。
アリスは客席の隅をチラリと見た。ケニスが期待に満ちた目で座っている。対して自分の顔はどうだろう。沈んだ気持ちで作ったばかりの人形を操った。
演目は"ハーメルンの笛吹"。
ネズミの被害に悩む町ハーメルンで、市長のもとに怪しい男がやって来て、大金と引き換えにネズミを退治してやるという。
冗談だと思った市長はいくらでも金なら出すと約束するけど、男は笛を鳴らしてネズミを引き連れたかと思うと、あっという間に河にみんな飛び込ませてしまった。
呆然とする市長へ、笛吹男は報酬を要求する。けれど大金を惜しんだ市長は男の約束を突っぱねた。すると笛吹男は『今に後悔しますよ』と言って町に戻り、また笛を吹く。
すると今度は、笑みを貼りつけた子供たちが次々と飛び出した。大人たちの制止も聞かずに、子供たちは笛吹男に導かれるまま……。
というシーンまできて、異変が起こった。新しい笛吹男の人形が、操作を間違えた訳でもないのに急にピョン、と舞台を降りたの。
あれ、とアリスが見ると、勝手に動いて自分から離れていく。今までそんな事は無かったから、どういう事? と戸惑った。観客もポカンとしている。
けど、直後に同じ位の大きさの影が後をついていった。ケニスよ。勝手に動く人形を止めもせずに、楽しそうにスキップしながら一列になって歩いていく。
『待ちなさい、どこ行くの!?』
アリスが呼び止めると、ケニスは一度だけ振り向いた。屈託のない、夢でも見ているかのような笑顔。
アリスは人形劇の道具もそのままに駆け出した。相手は同じ歩調のまま。何倍も体の大きさは違うはずなのに、一向に追いつけない。それどころか更に距離は開いていく。
やがて里をまっすぐ抜け、人通りの少ない林道を通り、人の手の入らない藪に入って……。
決して安全な道ではなかった。いつ妖怪が出て来てもおかしくない。それでも笛吹男とケニスはいっそう愉快そうに、笛の音が聞こえてくるような軽い足取りで歩き続けた。背中はどんどん、どんどん遠くなっていく。
やがてその姿が豆粒のように小さくなった頃、妖怪の山へと入って行き……。それっきり、見えなくなっちゃった。
アリスは山の中に飛び込んで泥だらけになりながら何日も探し回り、帰ってからも家で一才出かけずに待ち続けたけど、とうとうケニスは帰ってこなかった。
―
アリスは、『私が殺したんだ』ってずっと嘆いてた。今でも山に探しに行くけど、やっぱり見つからないままですって。
今でも、ケニスの台本はしょっちゅう読み返しているそうよ。なにしろ、五年も経ったらケニスが活躍した劇なんて、里の皆はすっかり忘れているらしいんですもの。せめて生みの親の自分くらいは覚えておきたいってさ。
皆も、良かったらこの話覚えておいてあげてよ。流石に不憫だし。……まあ、忘れても減るもんじゃないけどね。
私の話は終わり。次で最後かしら?」