幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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今回長くなって申し訳ないです


一周目・二話目―メディスン・メランコリー

 「私が二番目? 意外に早く順番が来たわね。私はメディスン。メディスン・メランコリー。普段は無名の丘の鈴蘭畑に一人で住んでいるわ。だーれも来ないけどね。

 いえ、一人でいるのは案外良いものよ。私の事気に入ってくれる人なんて少ないし、私も好きな人なんていない。もう何年も誰とも関わらないで過ごしてきたから、もう慣れちゃったし。

 

 で、その無名の丘なんだけど、昔はある意味名所だったらしいのよ。何のって?

 

 …………子捨てよ。親が望まずに生まれた子や、養えなくなった子を捨てていくの。勝手なものよ。子供には何の罪も無いのに、勝手に生んでおいて捨てるなんて。

 子供も恨んだりしていいと思うんだけど、大抵そうはならないんだって。自分がどうなったか理解出来ないまま死ぬか、さもなくば両親を求めて泣くのよ。子供は一人じゃ生きられないから、そうするしかないの。どんなに酷い仕打ちを受けても、小さいうちは親が神様のようなものなのね。

 

 でも、当然捨てた親が戻ってくる筈もない。物みたいに放り出すような人間だから当然ね。だからどのみち、大体の子は死んじゃうのよ。一月もしないうちに。

 

 だけど希に、生き延びる場合もあるの。それが妖怪や魔法使いに拾われた時よ。大きくなったら食べるか、魔法使いが実験に使うか、勝手に弟子扱いされるか。

 

 …………その中だと、どれがマシかしらね。いえ、勿論優しい家族に育てられるのが一番良いんだけど、それが出来なくなったらの話よ。

 やっぱり、魔法使いの弟子を選ぶでしょ? もしかしたら優しい人かもしれないし、変な術を教えられたりするかもしれないけど、殺されはしないでしょうし。私もそう思うのよ。

 けど当人の話を聞いたら、ちょっと疑問に思っちゃってね。いえ、本当の話よ? 滅多に人の来ない無名の丘に来たからよく覚えている。本人が言ったのよ。魔法使いに師事したって。

 

 ……信じてない? じゃあ詳しく話すわ。その時の事。私も最初は夢かと疑ったくらい、不思議な事なんだから。

 

 

 

 

 ……以前、一人の人間が無名の丘に来たの。黒いローブで体を覆って、顔の脇から垂れる黒髪のお陰で辛うじて女の子と分かる。その子が突然、フラッと私の前に姿を現した。

 

 最初はびっくりしたわ。滅多に人なんて来ないからね。目があって、何かしてくるかと身構えたけど、その人は足を止めただけ。そして近づきも戻りもせず、じっとしている。

 

 見た目も行動も怪しいんだけど、幻想郷じゃ何をされても不思議じゃないじゃない? だから無視した方が良いかと思って。丘の鈴蘭畑で花を採ったりしてたんだけど、その子が今度はやたらと私を見てくるのよ。何をするでもないけど、突っ立ったまま、ジーッと。

 

 最初は無視してたんだけど、ずっとそうされると流石に苛立ってきてね。『なんか用なの?』って聞いたのよ。

 そしたらその子、なんて言ったと思う?

 

『いえ、幸せそうだなあって』

 

 妙な事言うでしょ?しかも言うに事欠いて、幸せって。

 ちょっとムッときてさ。私は昔、丘に捨てられてずっと一人だったのよ。それをいきなり知らない奴に幸せ者扱いだなんて、失礼だし、意味わからないじゃない?

 

『何か用かって聞いてるの!』

 

 今度は怒鳴って、手に持っていた鈴蘭を投げつけた。その子はひらりとかわしたんだけど、拍子に着ていたローブがめくれた。

 その時ね、ローブの奥が見えたんだけど、目を疑ったわ。そこに腕が無かったの。長袖だったんだけど、肘から先がちょん切られたみたいに袖がしぼんで垂れ下がっていた。

 

 出し抜けに見えたものだからしばらく呆気にとられていた。女の子はそれが面白かったのか、クスクス笑った。

 

『ごめんなさい、ここ、思い出のある場所だから懐かしくて』

 

 思い出、ときた。むかーし子供を捨てていただけの場所に何の思い出があるのやら。正直ちょっと嫌な予感がしたんだけど、からかわれているんじゃないかって気持ちの方が強くてね。つい言っちゃったのよ。

 

『へぇ、面白そうね。良かったらその片腕の理由も合わせて聞かしてよ』

 

 今思うと不躾な事を言ったと思う。女の子は少し困ったような顔をして呟いた。

 

『そうね、話したら、行けるかも……』

 

 行くって何処だか分からないけど、女の子は一人で納得したように一つ頷き、私の傍に来て腰を下ろした。

 

『聞いてくれる?』

 

 

 

 

 ……昔、まだ無名の丘に子捨ての風習が残っていた頃の事らしいわ。女の子がまだ小さい頃、事故で片腕を無くしたんだって。

 まだ里では誰もが働かなきゃいけなかった時代。非力な女の子でも薪割りや水汲みなんかの力仕事をして、大怪我をするのは珍しくなかったらしいの。

 

 そして悪い事に、その子には弟がいた。跡継ぎは男がなるという不文律もあって、その子は途端に役立たず扱いされた。とうに物心ついていた女の子をあろう事か無名の丘に捨てたんですって。ご丁寧に絶対についてくるなと言い含めて。

 最初は当然泣き叫んだわ。でも言いつけを破れなくて、去っていく両親の背中はどんどん小さくなっていく。

 そしてついに豆粒程になって、完全に見えなくなった頃、涙も枯れて、その場にポツンと取り残された。

 

 と、私はここで待ったをかけたわ。だって、子捨てがあった時代って私の生まれるずっと前よ? 目の前の女の子はどう見ても十代。計算がいくらなんでも無茶苦茶だわ。

 そんな、趣味の悪い冗談やめてちょうだいって言ったら、女の子はまた薄く笑って、自分のローブを掴んで見せた。

 

『これ見て、ピンと来ない?』

 

『は?』

 

 私には西洋の死神にしか見えなかったけど、よくよく考えたら思い当たるものがあった。

 何千年も生きる事もある、魔法使い。

 

 彼女、魔法使いに拾われたんだって。夜になって、茫然自失でうずくまっていた所を、たまたま通りがかった男が、魔法の森にある家まで連れて帰った。

 

 その男は、女の子を招き入れると簡単なシチューとパンでもてなした。女の子が空腹からむしゃぶりつく様子を、男は何も言わずニヤニヤしながら眺めていた。

 食べ終わって一息つくと、男が言った。

 

『君、捨て子だろ? 今日からここで暮らすと良いよ。僕が衣食住、全部世話してあげる』

 

 そう言われて、ハッと体が強張った。確かに元の家には帰れないけど、だからといって魔法使いに面倒を見ると言い切られてにわかには信用出来ない。変な実験に使われるか、食べられてしまうか……。

 そんな不安もあったけれど、もっと抽象的な……上手く言葉に出来ないような気持ちの悪さを、目の前の男は醸し出していた。

 なるべく目を合わせないようにして、作り笑いで女の子は答えた。

 

『いえ、ご迷惑ですし……』

 

『良いんだ! 全然構わない。僕は凄い魔法使いなんだ。一人くらいどうとでもなるよ』

 

 男は身を乗り出して早口に言った。その時にぎょっとして目を見ちゃったんだけど、ハッキリと不気味さの原因が分かったんですって。

 男の目は、妙に生き生きとして、何かの魔法のお陰か、容姿も若い、というか、幼く見えた。ちょうど体だけ大人になった人が、玩具を欲しがる様子にそっくりだと言ってたわ。

 女の子は、頷くしかなかった。生きていく為には、結局それしかなかったから。

 

『よし、じゃあ今日は休もうか。お客さんの寝室があるからね』

 

 男は落ち着かない様子で立ち上がり、猫なで声で言った。女の子の肩を支え、別の部屋に案内する。その間、男の手つきが馴れ馴れしくて気持ち悪かった。

 普段は誰も入らないのか、少し埃っぽい小部屋の大きなベッドに女の子は寝かされた。

 

『おやすみ』

 

 そう言って男は出ていった。挨拶は優しげな筈だったんだけど。

 彼女は何故かちっとも嬉しくなかった。それどころか男もいる一つ屋根の下にいるという事実が、妙に寒々しく、ねばつく嫌悪感が拭えない。

 耐えきれずに、女の子はぎゅっと目を閉じた。

 

 

 

 

 …………気がつくと朝になっていた。女の子は顔に降りかかる日の光に気がつくと、慌てて飛び起きる。

 童話ならここで豹変した魔法使いがさっさと起きろ、働け、と鞭を振るう場面だ。寝過ごしては怒りを買いかねない。せめて早めに挨拶だけでもしておこう。

 そう思って、大急ぎでベッドの上の布団を畳んでいた時だった。

 不意に、部屋のドアが外からノックされる。

 

『入っていい?』

 

『は、はいっ!』

 

 思ったより穏やかな声色。でも油断は出来ない。女の子は身を固くしてドアが開けられるのを待った。

 がちゃりと音がして男が姿を現す。手には小さな女の子用の洋服があった。女の子が戸惑っていると、男は洋服を見せながらこう言った。

 

『着替え、無いでしょ? これ使いなよ』

 

 確かに捨てられて着のみ着のままだった彼女。大した事でなくて良かったとホッとして、その洋服を受け取ろうとした。

 でも、男は何故かサッとその手から服を遠ざける。眉をひそめる女の子に、こう一言。

 

『片腕じゃ着替えにくいだろう? 僕がやるよ』

 

 そういえば、と彼女は自分が隻腕だった事を思い出すんだけど、だからって昨日今日会った相手に脱がされたくなんかないじゃない。だから断ろうとしたんだけど、男は有無を言わさず着ているボロに手をかける。

 女の子は緊張で縮み上がった。最初は恥ずかしさからだったけど、それだけじゃないの。

 理屈でなく、雰囲気で分かるものなのよ。男の瞳から、手つきから、挙動から。思いやりでなく何かどす黒い欲望が見え隠れしている。今にも舌を這わせてきそうな、そんな下衆な欲。

 女の子が生唾を呑んで震えていると、男は着せ替えを終えてまじまじと彼女を見つめてきた。

 

『ふふ、似合ってる。可愛いよ』

 

『あ、ありがとうございます……』

 

 女の子は震える声でお礼を言った。そうしないと、『可愛い』の範疇から外れて、男の笑顔が不機嫌に歪むと直感したから。

 男はそれ以上何をするでもなく、家の中に女の子を置いて自由にさせていた。でも彼女は緊張で一杯だったって。朝の男の気味悪い表情が頭から離れなくて。

 

 そしてその日のうちに、ますます確信は深まる事になる。

 

『お風呂、行ってきなよ』

 

 夜になって男が言った。教えられた場所に行くと、こぢんまりとした脱衣場にカゴと着替えが入っている。当たり前だけど下着もね。

 相変わらず嫌悪感を抱えながら、手早く服を脱いで風呂場に直行した。一人でもリラックスなんて出来なくて、とにかく早く済ましてしまおうと体を洗う。

 すると、風呂場のドアが勝手に開く。

 

『きゃっ!?』

 

 驚いて振り返ると、男が立っていた。格好は女の子と同じく全裸。何も言えずに口をパクパクさせていると、男はこう言い出す。

 

『背中流すよ。片腕じゃやりにくいだろう』

 

 女の子は今度は何も言えなかった。男は女の子の背中を気安く洗い出す。ここまでくると隻腕を口実に触れたがっているように見えてきた。

 ふと顔を上げて、目の前の鏡を見る。そこにはお腹の出た男と、怯えて微動だに出来ない小さな自分。

 男のそわそわしながら楽しそうに洗う仕草を見て、女の子は自分が人形になって、甲斐甲斐しく洗われているような気分だった。

 

 体に不自由がある女の子を洗ってあげる優しい僕、なんて空想に浸っていたのかしら。本人は嫌がっていたみたいだけど。

 

 …………そして何日か経って、やはりというか男は魔法を教えるといいだした。魔力を貯める修行、火として具現化する修行、物を魔力で動かす修行…………

 逃げ出そうとした時もあったけど、男は自慢の魔法で結界を張って、その周りを近づけない妖怪がウロウロしている。結局男の家にしか居場所はなかった。

 

 特にキツイ修行ではなかったわ。幸い才能はそこそこあったみたいだし、男も別に厳しい訳じゃない。

 むしろ喜んでいたわ。自分は魔法だけが得意なんだ。魔法なら教えてあげられる。……云々。

 それはそれで押し付けがましくて、やたらと魔法の勉強ばかりやらせる。まるで男がその道の先輩だから、得意気にしたいんじゃないかと疑いたくなる位に。

 

 私はどの程度の恐怖だったのか知りようがないけど、事実女の子は部屋を汚く感じても、男の料理を不味く感じても、敢えて魔法に興味を示す振りをしたって。とりあえず尊敬するようなポーズを取れば、機嫌が良かったから。

 

 そうしていると、何年も経つうちに女の子も大きくなっていった。すると、それを見た男は女の子にある魔法をかけた。

 若返りの魔法。十代半ば程だった体が出会った頃の幼い姿に戻っていく。

 

『油断するとすぐ年をとるからね。体力を衰えさせてはいけないよ』

 

 男は白々しく言ったけど、女の子は寧ろ成長期で体も丈夫だった。にも関わらず男は女の子が成長する度に体を元に戻していった。

 

 それを繰り返して、何十年経ったでしょうね……女の子の魔法の実力は伸び続け、ついに一人前と呼べるレベルにまで到達した。女の子の努力と男の指導の賜物ね……一応は。

 

 ……でね、人間から一人前の魔法使いになったら、何が起こるか知ってる?

 

 体の成長が止まるのよ。

 

 つまり女の子は私が見た十代の姿のまま、永遠に変わらなくなっちゃったの。

 その時の男の喜びようったら凄かったそうよ。これで君も一人前だ。僕と二人で組もうじゃないか、仲間が出来るなんて初めて。しかも女の子だなんて。

 

 男のはしゃぐ様子を見ながら、女の子は思わずお風呂に入った時の事を思い出した。あの時の男の視線も、雰囲気も、恐らく一人前の魔法使いである男の姿も。そして人形のように動けなかった自分の姿も、何もかも同じだった。

 とうとう本物の人形にされた気分だった。ずっと育たない体のまま、自分はいつまでここに居なきゃいけないんだろう。呪われた、そう叫びたくなる心を、女の子は押さえつけ続けた。

 そうしないと耐えられそうになかったから。

 

 でもそれから暫くして、ついに彼女に転機が訪れる。

 男が出かけていたある日の事。もうすっかり女の子が逃げ出さないと安心していた男は、いつしか家の結界をチェックさせていた。そして女の子はいつものように、妖怪の気に障らないよう家の周りを見回っていたの。

 

 その時、女の子の耳に聞きなれない音が聞こえた。

 

『助けてくれーっ!』

 

 捨てられて以来、初めて聞く男以外の男性の声。見ると、若い青年が妖怪から逃げ回っている所だった。

 女の子はすぐさま結界をこじ開けて妖怪を撃退した。どうにか青年は命拾いしたけど、見つける前に手酷くやられて大怪我をしている。

 

 放っておけば手遅れになる。しかし青年の方は既に自力で動くのが危険な状態にまでなっていた。

 女の子は家に連れて行こうか迷ったわ。男のいない間に部外者を招き入れて大丈夫だろうか。でもみすみす死なせる訳にはいかない。

 

 とうとう良心の方が勝って、女の子は青年を家の自分のベッドに寝かせた。幸い彼女には持ち前の魔法に家の中の薬草もあったから、青年はすぐ意識を回復した。

 

『あ……ありがとう。助けてくれて』

 

『気にしないでください。それより、まだ動かないで』

 

 青年がぎこちなくお礼を言う。服装を見ると見たこともない布地とデザイン。一目で外来人だと分かった。だから妖怪のうろつく場所なんかにいたのね。

 見た事ないものの連続で未だに戸惑ってはいたけど、とりあえず味方だと思ったのか、青年はニッコリと微笑む。女の子はその瞳をふと見て、不思議な感覚に囚われた。

 力の宿った目。頭がピリピリし、体がかぁっと熱くなる。単に久しぶりに見た他人だってのもあるかもしれないけど、確かに見ただけで分かる、男にはない魅力があった。

 

『そういえば……』

 

『は、はいっ!?』

 

『ここ……日本なんですか? 見たこともないような場所ばかりで……』

 

 遠慮がちに尋ねてくる青年。女の子は幻想郷の事と一緒に何故か自分の半生まで語って聞かせた。

 青年は熱心に聞き入り、次第に同情の色を浮かべた。女の子は最初は努めて明るく話していたけど、段々と泣きそうな声に変わっていく。

 

『……酷い……』

 

 青年がポツリともらす。その言葉で女の子はハッと我に返り、慌ててまた笑顔を貼り付ける。

 

『で、でも感謝もしてるんですよ? 拾われてなければ今頃……』

 

『馬鹿いうなっ!』

 

 青年が布団をはね除けて怒鳴る。女の子がびっくりしているのも構わずに、青年は真っ直ぐ目を見つめながら言った。

 

『いくら衣食住があっても、ずっと閉じ込められて良い訳あるか!

 おまけに子供のままにされるなんて……!』

 

 怒りを孕んだ声。それでも女の子にはあの男には到底敵わない程の力強さと頼もしさを持って聞こえた。驚きで硬直していた体がにわかに震えて、両目から涙が溢れ出す。

 この青年と一緒にいたい。そんな思いが脳を掠めた時、玄関のドアが開く音がした。

 

『ただいま~』

 

『!? 隠れて!』

 

 呑気な声。男が帰ってきた! 女の子は慌てて青年を起こそうとしたけど、怪我をした体はそう簡単に動かせない。そうこうしているうちに部屋に男が入ってくる。

 

『元気にしてた? おみやげ……』

 

 上機嫌だった男が見慣れない青年に気づいた瞬間、みるみる怪訝な顔に変わる。そして女の子に向けてあからさまに不機嫌な表情で『誰?』と尋ねた。

 

『え、えとですね、妖怪に怪我させられて、放っとく訳にいかず、介抱を……』

 

 涙を拭いながらしどろもどろに説明する女の子。だけどその横を、怪我をした青年がよろよろと通りすぎて前に出る。

 

『はじめまして。彼女には先程命を助けて頂きました』

 

 真っ直ぐ対峙する青年と男。魔法使い相手でも全く引かない青年に、男がピクリと眉を歪ませる。

 

『何か言いたそうだね』

 

『はい、単刀直入に言います。彼女を解放してあげて下さい。』

 

 女の子は驚いた。解放なんて長らく考えてなかったから。男はふんと鼻を鳴らして言う。

 

『君は知らないのかい? 彼女は僕以外に行く場所がないんだよ?』

 

『知ってますよ。彼女から聞きました』

 

 青年は動じずに言い返し、女の子を一目見てから、男に向き直る。

 

『行く宛がないのは俺も同じです。だからよかったら一緒に探そうかと』

 

 その言葉に男はムッと口を結び、憮然とした表情で言った。

 

『君には関係ないだろう! さっさと帰ってくれないか!?』

 

『彼女は恩人だ!!』

 

 激しく怒鳴り合う二人。その中で青年はこう噛みついた。

 

『その子は悲しんでる。自分でそう言ったんだ。お前はずっと分からなかったのか!?』

 

『か、悲しい……?』

 

 男は言われて、う、と呻いた。わなわなと震えながら女の子を見ると、彼女が狼狽えて目を逸らす。男はキッと青年を睨み付けた。

 そして、真っ直ぐ手のひらを向け、叫ぶ。

 

『黙れえぇーっ!!』

 

 その瞬間、青年の全身を炎が包み込んだ。女の子が息を呑む間に、青年はみるみる黒焦げになっていく。

 

『僕の夢を壊すな! この子は幸せなんだ!! しんじまえ、馬鹿! 間抜け!!』

 

 男はヒステリックにわめき散らしながらどんどん炎を強くしていった。炎に照らされた男の顔に光の筋が見える。泣いているようだった。そして一分もしないうちに青年の体は消し炭になって床に崩れ落ちる。

 

『は、はは……ざまあ見やがれ……』

 

『あ、ああ……』

 

 男は一頻りケタケタ笑うと、部屋の隅で震える女の子に向き直り、ツカツカと近づいてくる。

 上から見下ろす男は、見た事も無いほど怒気の籠った、怖いというよりは醜い顔に見えた。そして、いきなり女の子の胸元を押さえたかと思うと、全身に雷のような衝撃が走る。

 

『お前に呪いをかけた。もうずっと外には出さない』

 

 低い声で男が宣告する。それに合わせて首筋に鎖の痕のようなアザが浮かび上がる。

 

『いいか、二度と僕を怒らせるなよ!』

 

 男はそう怒鳴ると、踵を返してドスドスと去っていった。その背中は随分貧相に見えたと言ってたわ。

 

 

 

 

『頭おかしいわ……』

 

 女の子の話を聞きながら、思わず溢していた。彼女はローブの裾で口を隠しながら笑った。

 

『魔法使いなんて皆おかしいわよ』

 

 女の子があっけらかんと言う。まるで過ぎた事みたいに。

 

『結局、その呪いはどうなったの?』

 

『ああ、解けたわよ。じゃなきゃここにいる筈ないじゃない』

 

 女の子が襟をめくると、綺麗な白い首筋が見えた。とりあえずホッとして、話を聞く体勢に戻る。呪いが解けて自由でいるなら、聞いてて気分の良い結末になると思ったから。

 私が目で催促すると、女の子は胸を張り、人差し指を立てて言った。

 

『ここからがとうとう、クライマックスよ』

 

 

 

 

 

 ……その日を過ぎてから、女の子の心にハッキリと変化が表れた。

 今まで男の言う事に逆らわず、されるがままになって、時にご機嫌とりをしていれば、外には放り出されず、とりあえず健康でいられる。今までそれでいいと思い込もうとしていた。

 でも、それは違うんじゃないか。自分の意思を示したり、自由に出歩けたりするのが、いけない事でも何でもないんじゃないか。自分は今まで、実は酷い目にあっているんじゃないか。

 そんな疑念が、何十年かぶりに頭をもたげてきた。今まで男の家で平穏に暮らしてはきたけど、よく考えれば『感謝』の気持ちが湧いた事が無い。それどころか仕打ちを思い返す程に憎しみが込み上げてくる。

 

 青年への印象はまあ、理想化も入っていたかもしれないけど、男への不信を呼び起こすきっかけには十分だったのね。

 その日から、復讐の準備が始まった。奪われた自分の自由と、安らぎと人間としての生、ありとあらゆるものに捧げる、ね。

 

 けど、魔法の実力なら未だ男の方が上。真っ向勝負では勝てない。そこで男の目を盗んで、呪いの研究をしたの。見ていて一番清々するような、どぎつく惨たらしい呪いを。

 

 暫くして、女の子は小脇に抱えられる程度の大きさの箱を、一人で大事そうに弄る事が多くなった。男は家を出られない術をかけていたから止めさせはしなかったけど、何ヵ月も続けられると気に障ってくる。

 やっぱり自分に害意があるかもと恐れていたんでしょう。信頼関係が成り立っていたら多少秘密を作ろうが気にならないでしょうに、小さい男よ。

 そしてある日とうとう堪りかねて、箱を弄る女の子に詰め寄った。一体何を作ってんだ、見せてみろと。

 すると女の子は咄嗟に箱を庇って叫んだ。

 

『これは私の大事なものなの。今まで通り言うことを聞くから、どうか放っておいて』

 

 男は彼女を見下ろす。必死で懇願する、さりとて意思の固さが覗く瞳。男はその目を見て苛立ちを覚えた。自分の思い通りに引き下がらない、微笑まない、目を逸らさない。

 とうとう体が先に動き、箱を奪い取って蓋に手をかける。蓋は鍵もかかってなくて存外簡単に開いた。

 

 その瞬間、女の子はニヤリと笑った。罠だったのか、最後の情けをかけたのかは、分からないけれど。

 

 箱の中から、その大きさからはあり得ない程の数のカラスが飛び出した。瞬く間に黒い塊になって、耳障りな声を上げながら男の全身を包み込む。

 

『ぐわあああぁぁーーッ!』

 

 男はくぐもった悲鳴を上げて床に倒れ伏した。その上から数えきれないカラスが、餌に群がる蟻のように蠢く。

 

 始めに服が引き裂かれ、次に目玉と髪の毛と局部を抉りとられ、皮膚が裂けて血だるまになり、肉をついばまれ、最後に白い骨が覗く。

 

 単なる魔法ではなく呪いだからか、男は何の抵抗も出来ずに綺麗な白骨になった。床に血が、辺りにその臭いが染み込んで慣れてしまう頃、カラスはどこかに消えて、首筋に刻まれた呪いも主が死んで無くなっていた。

 

 

 

 

『そうしてやっと、私は外に出られたのよ』

 

 長い回想を終えて、女の子が天を仰ぐ。空は既に茜色に染まって、女の子の顔を明るく照らしていた。

 伸びをして立ち上がる背中を見ながら、暫く何も言い出せなかった。話してくれた事を全部信じる訳じゃないけど、本当ならとうに変になって……いえ、実際、なっていたんでしょう。やけに細かく達観した話しぶり、それが却って説得力を生んでいた。

 

『……大変だったのね』

 

 結局私の口から出たのは、そんな月並みな同情の言葉だけだった。それでも振り返った彼女は、ふっと柔らかい笑みを見せる。

 

『まあね。でも、あの外来人には感謝してもしきれないわ。あのまま気持ちを圧し殺して生きるなんて、ゾッとする』

 

 肩を竦めて投げやりな口調。表情はもう逆光で、暗く見えづらい。

 

『あと親にもね。生んでくれなきゃ、私自身がいなかったんだし』

 

 正直な気持ちで生きられる、命がある。最初に幸せそうだと言われた意味が分かった気がした。

 私は正直、不満を抱えて毎日生きているけど、その時は何だか、胸の奥がすぅーっと穏やかになる感覚がした。

 

『ふーん、まあそのうち辛くなるだろうけどね。困ったらまた来なよ。愚痴くらい聞くから』

 

 あんなに長々と話したのが久しぶりだったからか、柄にもなくそんな言葉が飛び出した。

 けれどもそれを聞いて、女の子はピクリと体を跳ねさせて、首を横に振った。『なんで?』って聞くと、女の子は悲しそうに言う。

 

『……ごめんね、あの呪い、死と引き換えだったのよ』

 

 そう言った瞬間、女の子の体が、表面からサラサラと形を崩し始めた。目を疑っていると、彼女が声をか細くしながら喋る。

 

『聞いてくれてありがとう。やっと行けそうだわ』

 

 思わず駆け寄って取りすがろうとした。けれども彼女は触れたそばから砂みたいに崩れて、終いには首から上が呑気そうに笑うだけになった。

 私がパニックになって見上げていると、彼女は最後に、思い出したようにこんな事を言い出した。

 

『そういえば、最後の呪いね……』

 

 ぼんやりと空を見て、思いを馳せるような視線。

 

『ありったけの憎悪を込めた筈だったんだけど、一つだけ変なのがいたの』

 

『…………』

 

『最後に箱の中に、白い鳩が一羽だけ……。閉めようとしたら、飛んで行っちゃったけど……』

 

 これだけ言って、女の子は完全に消えちゃった。後には、すっかり暗くなった鈴蘭畑に、いつも通り私が一人だけ…………。

 

 

 

 

 ……その子にはそれ以来会っていない。やっぱり行くべき場所に行っちゃったんでしょう。

 最後に見た鳩は幻だったのかしらね。にしても、男がかけた鎖の呪いと、空を飛ぶ鳥って、なんだか対照的に見えるの、私だけかな?

 

 ……ねえ、件の男も、子供を捨てる親もそうだけど、なんで都合よく縛りつけたり、放り出したり、人形みたいに扱うんだろ。

 あんなの結局子供の玩具じゃない。

 

 私は、血の通った友達の方が欲しい。……欲しかったのに。

 

 あ、ごめん、随分長くなっちゃった。私の話は終わり。次行っていいよ」

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