「んーと、私が二番? 赤蛮奇だ。よろしく。
ふむ、どこから話し始めようかな。……先生、霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)って子を知っているかい? キノコを研究する人間の魔法使いだよ。
知ってる? そりゃそうか。たまに里にも来るんだもんね。
私、実はこの前会ったんだよ。里の酒場でバッタリね。その時アイツ、酷く酔っていてさ。久々に会ったからか私のプライベートを根掘り葉掘り、聞くの聞かないの。やれあの時の魚と狼はどうしただの、天邪鬼とは会っているかだの、そりゃもう一方的にまくし立てられたもんさ。
あんまりしつこいから、『そろそろお忙しい魔法の研究に戻ったらどうだい』と嫌みったらしく言ってやると、魔理沙はへへっと笑って
『今日やっと目処が立ったんだよ。この酒はその記念さ』
そう言って、また猪口の酒をぐっと飲み干す。私はふと嫌な予感がした。何かを成し遂げて達成感に溢れている時ってのは、決まってどれだけ頑張ったかを話したくなるもんだ。酔ったこの分だとそのうち何日寝ずに過ごしただとか、何種類のキノコを試しただとか、そんな聞いてもいない苦労話をされるかもしれない。
そんな事を考えながらそわそわしていたんだが、ちらと横目で覗くと魔理沙は素知らぬ顔でツマミを食べていた。
私がその様子を眺めていると、彼女は振り向いてキョトンとした顔になる。しばしそんな時間が続いて、『なんだ、魔法の話をするんじゃないのかい』と痺れを切らして聞くと、向こうは急に真面目な顔になった。
『いや、その……カッコ悪ぃだろ。自分からそんなの話すなんてよ』
『……なんだ、私から"教えてよ~"って言って欲しいのか?』
『違ぇよ、バカ。そうじゃなくて……』
そう言って魔理沙はガリガリ頭を掻いて、腕組みしながらしかめっ面でこう言った。
『私はな、努力の成果は黙っていても滲み出るものだと思うし、大体、人に見せるために研究してんじゃない』
その言い様が妙に力んでいて、私はつい仰け反ってしまった。言っておいてすぐ後に恥ずかしそうにする魔理沙に、失礼したねって頭を下げたら、彼女は慌てて手を振った。
そして、言ったんだ。
『ああいや、気にしないでくれ。個人的に、嫌な思い出があってな……』
『思い出?』
『そうなんだよ、一年前くらいかなぁ……』
そう呟いて、魔理沙は酒を呷りつつある体験談を話してくれたんだ。
―
魔法の森にある魔理沙の家に、ある日手紙が届いた。それも何故か新聞記者の文が直接門を叩いて渡してきたんだ。
わざわざ何だと思って宛名を見ると、送り主は知らない名前だった。文から聞くと相手は一人の里人の少女で、新聞を取るのと引き換えに手紙を届けるよう頼まれたのだという。
会ったこともない里人から、一体どんな手紙なんだ? と尋ねると、文は何故かニマニマして、詳細は中身をご覧下さいと言う。どういう意味だ、と更に言い募ろうとしたら、彼女はまた届けに来ると言ってさっさと去って行ってしまった。
怪訝に思いながら封を切ると、他愛もない内容だった。
~『里で決闘をなさっていた折、魔理沙さんのお使いになっていた光輝く魔法の数々に見とれてしまいました。……これからも綺麗な魔法をどうぞ見せてください。里の片隅でお慕いしております』~
要するに、ファンレターみたいなものさ。
魔理沙はさほど興味もなく、すぐ忘れていつもの実験を始めた。手紙はそれからも何度か送られて来たけど、返事は出さなかった。
そんな状態が何ヵ月か続いて、文からも『たまにはお返事してはどうか』なんて言われるようになった。魔理沙は面倒臭かったが、まあ手紙だけなら、とため息ついて文面に目を通す。
その日は、『魔法使いに必要な事は、ずばり何ですか?』という質問が書かれていた。どうやら賛辞の言葉だけでなく、具体的に聞きたい事まで出てきたらしい。
魔理沙はこう返事をしたためた。
~『何をするにも、じっと我慢して勉強する癖をつけるといい。大成の為にはそれがまず不可欠。
なお、自分は日夜研究でしばらく里にも行けそうもない。お互い頑張ろう』~
後半には、嘘が混じっていた。出かける暇も無いほど忙しい訳でもないのだが、魔理沙はとりあえず放っておいて欲しかったので、遠回しに多忙だと書いたんだ。
ともあれ、これで何かしら独学に精を出してくれたらしめたもの。自分は研究に集中できるし向こうは学を積んで賢くなる。一石二鳥だ。
文に手紙を託して、魔理沙は得意顔だった。
ところが、その目論見は外れた。ほどなくして次の手紙が送られてきたんだ。
『なんだ? 急な用でもあったのか?』
しばらくやりとりしなくて済むと思っていた魔理沙はイライラしながら文につっかかったが、文は気まずそうに首を振るだけ。
『いえ……ただいつも通り、渡してくれと』
文がおずおずと差し出した手紙を引ったくり、封を乱暴に破る。
中身は、こんな内容だった。
~『魔理沙さんに言われたように、私は勉強を始めました。英吉利(いぎりす)の伝承を調べております。存外面白く、布団に潜って朝まで鈴奈庵で借りた本を読みふけってしまいました。流石に無理をしたので、さしあたって三時間ほど、今までより睡眠を削ろうかと思います』~
魔理沙はその手紙を読んで、なんとも白けた気持ちになったという。英吉利の勉強? 面白かった? そいつぁ良かったね。でも別にそんな事を教えて欲しかった訳でもない。里のいちファンが何に打ち込んで何時間、睡眠時間を削ろうが、魔理沙は一向に興味がなかった。もっといえば、そもそも返事自体いらなかったんだ。
大体、私にそれを書いて何と言って欲しいのだ。頑張れという言葉は直前の手紙に書いたじゃないか。
魔理沙は少女の綴った私事が煩わしくて、妙に鼻について、その手紙を丸めて捨ててしまった。
ついでに『自分は実験の為なら二、三日寝ない事だってある』と返事を書こうとしたけど、やめた。どうも無駄な時間を取らされたような気がして、ムシャクシャした。前々からやりとりが無かったら、あるいは違う感情を抱いたかもしれないけど、それからまたしばらく魔理沙は返事を出すのをやめちゃった。
ただ、少女の手紙は一方的に、二重の意味で一方的に送られてくる。
いわく、
~『英吉利の本を読み終え、伊太利亜(いたりあ)の本にも手を出しました。魔法というのはとても、奥が深そうです。相変わらず睡眠時間は、短いままです。眠い目を擦りつつ、お手紙も書いております』~
~『いつまでも座って本を読んでいると、体のあちこちが痛みますね。母などは家事を手伝えと怒ります。大変さを分かってくれないのです』~
~『魔法を実践するにも、色々な道具が必要なようですね。私は情熱ばかりが先を行き、あの大きな稗田さんの屋敷をぶっ飛ばすような派手な魔法を空想しては、毎日やきもきしております』~
返事を出す気はなかったのに、何度も続くとふと『なんて応えたらいいのだろう』と考えた。手紙の少女は身辺や内心の小さな事を、ちょくちょく記して魔理沙に寄越した。加えてその中身には自分の日頃の頑張りを、情熱の高さを見てくれという気持ちがほの見えて、魔理沙はますます味気なくなった。
魔理沙は元々、自分の努力をひけらかすのは嫌いだった。出来ないなら出来ないで、自分でなんとかするものだと思っている。
道具にしたって、あれは親戚から譲り受けたガラクタを修理したもので、上等な代物じゃない。魔力の源なぞは森に生えているキノコ、自然物だぜ。あくまで研究の主体は自分なんだ。それを深くやらないうちから口だけアレコレと。
ここにきて手紙を読み続けた魔理沙も嫌気がさしたのか、ちょっとしたお叱りの手紙を書いた。
~『貴女には本当にやりたい事があるのか? 無いなら無いで悪い訳じゃない』~
~『わざわざ何かに打ち込んでいる風に書いて私に送る辺り、失礼ながら他人に誉められたいという気持ちが見える』~
~『貴女の性格に意見する気はないが、賞賛や同情を期待して、背伸びした目標や恰好つけた言い繕いをするのは全く身にならないことだろう』~
~『なお、これは私自身にも多分に覚えがある事なので、そこまで深刻に考えていただかなくて結構』~
こんな内容をちょいとキツく書いて、最後に『直接会ってお話しできればまた印象も違うのでしょうが、ここで言うべき事ではありませんね』と結んだ。魔理沙も見栄っ張りなだけの人間とは思わず、顔を合わせてみればなんてことない普通の女の子だろうと信じていたんだ。
その手紙を文に持っていってもらい、向こうはそれが堪えたのか、ぱったり手紙は途絶えてしまった。魔理沙は正直な気持ちを伝えたからか幾らか寂しい気もしたが、結局は向こうの自由だと思い直して、元の日々に戻っていった。別に彼女が自分から興味を失い魔法から離れようが、一つも不満は無かったんだ。他人の人生なんだから。
そうして、魔理沙も次第に手紙の少女の事を忘れかけていたある日。
ポストに一枚、クシャクシャの紙が入っていた。明らかに無理矢理突っ込んだようで、角がポストから不格好にはみ出し、しかも何故か土まみれで枯れ枝などが一緒に入っている。
『なんだこりゃ。イタズラか?』
いぶかしみながら取り出して見ると、それには見覚えのある宛名。奇妙に思って封を切り広げると、乱雑な字でこう書いてあった。
~『最近になって、魔法の才能がようやっと開花しました。環境を変えると良いことがありますね』~
魔理沙は反射的に、手の中の手紙を放り投げた。才能だの環境だの、言い訳の決まり文句を心の中どころかぬけぬけと他人に話すだなんて。自分の手紙で思い直してくれたと思っていただけに、魔理沙はうんざりした気持ちでいっぱいになった。
それこそ、手紙が土にまみれていた事も、その日に限って文からの手渡しではなかった事も気に留めなかったくらいに。
その日から同じような事が何度も続いた。汚れた手紙がひとりでに届き、中身はますます浮わついた夢物語のようなものにエスカレートしていく。
~『平凡な日々が終わり、私の周りで見違えるような出来事が次々起きています。体まで作り変えられていく気分です』~
~『人間とはかくも小さな生きものだと思い知る今日この頃。出来ない出来ないと嘆く事は、もう無いでしょう』~
~『こうなるのが、もっと早ければと悔やみます。貴女に無様なお手紙を差し上げる事もなかったでしょう。才能の使い道を知りませんでした』~
魔理沙は少女の豹変ぶりに閉口した。地道に頑張っています、というポーズをとる事すらやめて、自分に才能があるという妄想に逃げ込んで。華やかな、恐らく心の中に思い描いていたであろう台詞を書き綴るのを想像して、うすら寒くなった。
ことに、『才能の使い道』というワードが癇に障った。自分はそんなものを見つけろだなんて意見したつもりはない。自らの意欲が大切だと伝えたつもりだった。まだ分からないのか。
腹が立ったが同時に不審にも思い、魔理沙は妖怪の山に出向いた。手紙を預かっているはずの文に聞けば、詳しいことが分かると思ったんだ。
山に着いて文の顔を見るなり、魔理沙はぼやくような口調で問い詰めた。
『おい、例の手紙くれてた女の子な、最近おかしいぞ。何か知らないか?』
文はそれを聞いて、出し抜けなせいか怪訝な顔をした。魔理沙はもどかしくなって、更に言い募る。
『こないだだって届けてくれただろ。お前顔くらい見ないのか? 手紙はなんか、アレな感じになってやがるぜ』
そこまで言って、文はふと思い当たったように目を見開いたが、すぐに眉のシワを深くする。そして焦ったように首を何度も振って言った。
『そんなバカな! そんな筈はありません。だってあの子は……』
魔理沙は、急に否定しだした文に戸惑った。そして文が口ごもりながら、ささやくように言った次の言葉で、仰天する事になる。
『恐らく、もう……死んでいるんですよ』
『はぁ!?』
信じられない事だった。手紙の宛名は全て、最近届いたのまで彼女の名前だったから。
『お、おい! いい加減な事を言うな!』
『本当です! あの子の家で言われたんですから! 手紙だって、それ以来置いてってません!!』
肩を揺さぶられながら、文は必死に説明した。『私は聞いてないぜ……』と呆然とする魔理沙に、彼女は弱々しく話す。
『……聞いた話ですが、魔法の森に行くとか言ってたらしくて、伝えづらかったんですよ。魔理沙さんのせいじゃないと思いますが』
それを聞いて、魔理沙は背筋がひゅっと寒くなった。いつか書いた『直接会ってお話しできれば』という一文が頭をよぎる。
それには気づかない様子で、文は懐から便箋を一枚取り出した。
『あの子が最後に書いたらしい手紙です。今渡しておきます』
便箋には確かにあの子の名前があった。文は気の毒そうな目つきで一瞥すると、飛び去っていってしまった。
魔理沙は家へ帰る道中、その手紙を恐る恐る広げてみた。
~『魔理沙さんへ
貴女からのお叱りのお手紙、拝見致しました。
多くは申しません。ただ恥じ入っております。私はいつの間にか、夢を追う様を常に貴女にお見せしなければいけないかのような、そんな義務感にかられていたのです。
今にして思えば、貴女に憧れた瞬間だけは、そんな気持ちとは無縁であったように思います。自由に飛び回り、伸び伸びと研究して身につけた実力を振るう。光り輝く魔法ではなく、それらを発揮する貴女が眩しかった筈なのです。
何故こうなってしまったのでしょう。いえ、自分でも薄々分かるのです。これこそ私事だと思い黙っていたのですが、私は昔からそういう所がありました。
何事も上手くいかず、それでいて馬鹿にされたくなくて理屈をこねくり回してしまうのです。
何か秀でた才能があれば、と未だに考えてしまいます。私にはこの歳になっても、独り地道に頑張って悩むという所業が―
嗚呼、いけません。手紙ですとまた見苦しい御託を並べてしまいそうです。自分の口で話す事が出来れば、そう思います』~
手紙はそこで終わっていた。文いわく、少女の書いたものはこれが最後。ならば最近までポストに届いていたものは……。
ただのイタズラ、到底そうは思えなかった。違和感のある奇怪な文面。自分は慣れたが、常人には耐えられないであろう森の瘴気。そして何より、少女の文面から漂う卑屈さ、諦め……。
ふと辺りを見回すと、人を食う事もあるルーミアという妖怪が自分をじっと眺めている。闇を操るというアイツがもしかしたら、少女の行方をある意味知っているのかもしれない。魔理沙は首筋に嫌な汗をかきながら、いつの間にか自分の家の前に来ていた。
ポストにはまた、クシャクシャの手紙が入っている。震える手でそれを取り眺める。
~『魔理沙さん、突然ですが今夜、貴女のお家に伺おうかと思います。随分と醜い姿になってしまい躊躇していたのですが、今なら素晴らしい魔法をお見せできると思うのです』~
醜い姿、その言葉を見て魔理沙は少女がもはや普通の人間ではないと直感した。態度の変わりようからして辻褄も合う。魔理沙は家に飛び込み鍵をかけ、じっと外に出ないようにした。
……一体何時間経っただろう。夜も更け、窓の外で虫が煩く鳴いていた頃、玄関の扉を叩く音で魔理沙は目を覚ました。
『魔理沙さん』
知らない、酷く低く濁った声だった。足音を忍ばせて戸口まで歩くと、ガタガタと扉を揺すってくる。
『開けて下さいよぉ、頑張って会いに来たんですからぁ』
間延びした声の中に、地鳴りのような息遣いが混じっている。人の声じゃない。魔理沙は足の震えを感じながら、必死に声を絞り出した。
『……お前か? 手紙をくれたのは』
『そうですよ。机の前で言葉を飾ってばかりいた、あの私ですよぉ』
笑いながらの自虐。同時に『いた』という言葉に今は違うという含みがあった。
『……あの後何があった? 急に魔法をやりたがったりしてよ』
戸を隔てながら、魔理沙は汗ばむ手で魔法の武器を掴んだ。語られる経緯次第じゃ、躊躇してはいられない。それを知ってか知らずか、変わらぬ調子で向こうは答える。
『森に来て世界が変わったんですよぉ。今なら魔法も出来ると思ったんです。だから開けて下さい。いい魔法使い仲間にきっとなれますよぉ』
出来ると思った、その響きに、魔理沙はふと引っ掛かるものを感じた。恐ろしい事態が起こっている筈なのに、心の中で恐怖とは別の……鬱陶しさのような感情が頭をもたげてくる。
『……以前聞かなかったか? 本当にやりたい事があるのかって』
その言葉には知らず知らずトゲが混じっていた。扉の向こうの何者かが一瞬黙り、おどけた口調で返す。
『やだなぁ、出来るからやりたくなるんでしょう。魔理沙さんだってそうでしょう。才能があるのに謙遜しちゃって』
魔理沙はその言葉に侮辱を感じ、思わず大きな声をだした。未だに恐怖は残って少し裏返ったが、それも気にならない内から言葉が飛び出した。
『私に才能があるってか? そりゃ随分と買いかぶりだぜ』
それを聞いて、向こうは不機嫌そうに返してくる。
『……いいなぁ、私も一度は言ってみたいですよ』
『言えばいいさ、その気だったらな! 今すぐどっか行って、しばらく一人で黙って苦しんでみろ、私に構わずな!!』
気づけばそんな台詞を、ヤケクソ気味に叫んでいた。何故だか分からないが、荒い息を吐きながら、相手の次の言葉を待つ。
しばらく無言の時間が続いていた。お互いどんな顔をしているかは分からない。魔理沙が少しずつ落ち着きを取り戻し始めた頃。
『ごぁっ……ぅ……』
くぐもったうめき声が、不意に沈黙を破った。魔理沙は反射的に扉の取っ手に手をかけ、何度も押してから鍵を解いていなかったのに気づき、もたつきながらそれを外し、外に飛び出す。
そこには、凄惨な光景があった。
ルーミアが、人の体を引きちぎり、くちゃくちゃと食べている。手や口、服は血にべっとりとまみれ、鉄臭い臭いが鼻を突いた。
そして、食べられているのは少女であっただろう肉体。腕や首をもがれ、断面から白い骨が覗き生々しい赤黒い液体が止めどなく流れていく。
しかしそれより異様なのは、肉体から白いカビのようなものが、ボロボロになった服の破れ目から全身に吹き出ていた事だった。死んだ肉体に菌がはびこったような様相。抉ったような痕を残して胴や脚が欠損しており、その周りは干し肉のように干からびて血も出ず、ずいぶん前から怪我をしていたのが窺えた。
そう、到底生きてはいられない程の怪我を。
魔理沙が何も言わずにいると、ルーミアがふっと顔をあげ、真っ赤になった牙を見せた。
『そんな顔しないでよ。助けてあげたんだから』
そう言って小さな骨をぺちゃぺちゃしゃぶりポイと捨て、なに食わぬ顔で他の肉に手を伸ばす。魔理沙はそこで、カチカチ歯が鳴るのを堪えながら尋ねる。
『アイツ……どうなったんだ?』
顔も知らない相手の死に方を聞いた。目を落とすと、とうに人のものではなくなった首が、じっと自分を見据えている。
ルーミアはふん、と鼻で笑うと、じっとしたまま体から何かを吹き出した。夜の闇の中でもくっきり浮かび上がる、墨のように黒い彼女の闇。その中では、三日月みたいな口で剥いた牙まで真っ白に見える。
『この子の心は美味しかったよ。いっこも自分から光ろうとしない、暗い暗い心』
ルーミアはそんな事を言うと、転がった残骸もそのままに、ふよふよと浮いて消えていった。
―
……その日から、魔理沙はルーミアと会うのを避けているらしい。といっても普段自分で自分を真っ黒く隠しているから、見つけづらいんだけどね。
でも、新月の夜……月の出ない日だけは例外だ。なんでも本人から聞いたらしいが、月も出ないような暗い夜は、自分の中の闇も寂しくなってチョロチョロ出て来ようとするんで、抑え込んでるんだとさ。
……私の話は終わりだ。次は誰がやるんだい?」