「……えーと、次、私か? 四番目ってなんだか縁起悪いな。まあ私は死なないからいいけども……。
ん? 先に自己紹介? ああそうだったな。
藤原妹紅だ。里にはあんまり来ないし、あんまり会わないだろうけど、まあよろしくな。
で……そうさなぁ、知り合いの話をしたら早いか。皆も会った事はあるかもしれないけど、竹林の医者たちとは比較的よく会うんだ。永遠亭って場所の連中なんだが、知らないか? ……あれ、医者っつーか薬師だっけ? まあいいや。
ちょっと前にそこでちょっとした珍事件が起こってよ。いや、異変とかそういうのじゃない。もう解決済みの事なんだが。
個人的に、背景がちょっと薄気味悪いもんでよ……。まあ、少し聞いてくれよ。
―
ある日、竹林の奥の永遠亭に、一組の男女が駆け込んできた事があった。二人とも血だらけで息も絶え絶え、足を棒みたいに引きずりながら門を叩いた。
『化け物に襲われた』。そう聞いた永遠亭のウサギたちは驚いたさ。一つは怪我の凄惨さ。腹やら腕やら切り裂かれて、二人の服はもう何色だったのか分からなくなっていた。
そしてもう一つの理由は、二人きりで、私がついていなかった事さ。あの屋敷のある竹林って場所はそりゃ迷いやすい場所でな、よほど慣れている奴じゃなきゃ入ろうとはしない。どうしても用事がある時には道を知っている案内人をつける。
早い話がその案内人ってのは私なんだが、そのカップルについてはついぞ何も聞いていなかった。二人が竹林を知り尽くしていたのかといえば、そんな事はない。本当に偶然、あの医者の所に怪我をしながら辿り着いたというんだ。
これだけ聞いたら、無用心だと思うだろ? 妖怪にやられたか知らんが、人間が二人だけで、道も知らずに竹林に飛び込むなんて。死んでもいっこもおかしくないぞ。
しかし、ただの間抜けって訳じゃなかった。永遠亭で後々話を聞いて分かった事なんだが、そいつら外来人だったんだってよ。お決まりの自殺者のパターン、それも二人揃っての心中ときた。
びっくりしたろうな。一緒に死んだら、いつの間にか知らない場所にいて、戸惑う暇もなく妖怪に襲われたんだ。聞く所によると、治療を始めてしばらくは二人とも夜な夜なうなされていたとさ。
それもしばらくして治まり、怪我もいずれは治る。しかし、それでも外の世界に返して終わりって訳にはいかなかった。
元々自殺者、自分から死んだ奴らだからな。元の世の中には戻りたくないって、駄々こねだしたんだよ。親との確執とか、家の借金とか、暴力とか、なんだか色々あったらしい。
永遠亭の連中は多少呆れながらも、考え直すように言った。幻想郷は人間が暮らすのに良い場所とは言えないし、外と比べてなら尚更だ。それも一から生活を作るとなりゃ、一筋縄ではいかない。
……といっても、それらの現実的な理由をそのまま言った訳じゃないけどな。人間、多少は情が無きゃ動いちゃくれない。ウドンゲなぞは『メンタルケアとかは手伝うから、落ち着いて彼女との行く末を考えよう』、となだめたし、てゐは『金なら少しは世話するよ。……姫様が』とかアイツなりに気を遣った。輝夜までそれに賛同したんだ。
だが、ただ一人……薬師の永琳だけは違った。
『寝ていたら分からないでしょうけど、外と比べてここはずっと危険なのよ』
『食料も思うようには手に入らない。それどころか味覚も違いすぎる』
『衛生事情だって発達してないわ。いつでも病気を治せる保障もない』
そんな野暮な意見をいくつも、素っ気ない態度で淡々と言うんだ。確かに重要な事ではあったが、みずから死ぬまで追い詰められていた二人の心に響く訳がない。生活上の問題はどうあれ、まず心の整理をつけて前向きになってくれなきゃ始まらない。それを周りの大体の連中は分かっていた筈なんだが、永琳だけは別だった。
そんな風に言われて二人はますます頑なになった。食事を運ばれれば恵まれなかった境遇を訴えて、説得しようとすれば布団をかぶって聞こえない振りをする。
特に女の方は感情的になった。私には彼氏しかいないんだ、の一点張りで生半可な言葉じゃ耳も貸さないし、キツく言えばヒステリーを起こして泣きわめいた。その様子には彼氏さえ時々うんざりして見えたとさ。
そこまできて永遠亭の連中も頭を悩ませて、せめて永琳に気の利いた事は言えないかとウドンゲが進言した。正論を言えば良いというものではない、もうちょっと男心と女心をくすぐってやらなきゃ、人っていうのは意固地になって凝り固まっちゃう。そうやんわりと伝えたんだ。
ところが、永琳は顔をしかめて俯き、しばらくしてこんな事を言った。
『そういうの、よく分からないのよね』
『へ?』
ウドンゲが首を傾げると、永琳は続ける。
『二人の言い張るような、不合理よ。妖怪に襲われた時点で、自分たちがバカな事を言ってるのは察せるでしょうに』
そして、終いには肩をすくめ、参ったと言いたげににため息をつく。
『自由になりたいとか、愛があれば大丈夫みたいな事を言うけど、根拠もなく言える神経を疑うわ』
……なんて風に、冷たいというか丸っきり考えが機械みたいなんだ。気の迷いで無茶な事を口にするとか、嫌な事から目を逸らしたくて夢みたいな事を言うとか、そういう機微への理解が全然ない。それも悪気がある訳じゃない。本当にキョトンとして、分からないって顔をするんだ。
そのうち、彼氏までがウドンゲその他に同調して、外の世界に帰ろうと言い出した。気弱そうな顔で、覇気のない声で、周りの奴らの忠告にいちいち頷く。あからさまな手の平返しだ。
その辺は私もこの目でいたから分かる。ありゃ自分の気持ちに嘘をついて、その場だけでもやり過ごそうとする、そんな態度だ。恐らく彼女のワガママに付き合いたくなくなったんだろう。あるいは、元々そんな性格なのかもしれないけど。
呆れたのは、永琳が男の手の平返しに同調した事だ。彼もこう言ってるんだし理にもかなっているから、彼女さんも納得してちょうだい、とね。端から見りゃ、いくら理屈は正しくても無責任な言葉にかこつけて、厄介払いしたいという図にしか見えなかった。
でも、それも永琳には読み取れてない様子だった。感情に任せてわめき散らすにしろ、本心を覆い隠して利口ぶるにしろ、結局は不利益になりそうな行動をするのが想像出来ないみたいでな。
まあアイツ、言ってしまえば冗談抜きで天才で常識外れの、おまけに宇宙人だからなぁ。そういう所は鈍いのかもしれない。医者としちゃある意味向いているかもしれないけど。
でも、彼氏の本心を知ってる身としちゃダメ人間にすら見えてくる。いつだったか永琳たちが居らず、彼女も眠っている時に、彼氏に話しかけられた時があったんだ。
夕暮れ時に茜色の陽に照らされながら、ベッドの上で膝を抱えている彼氏。私が部屋に入ると、大袈裟に驚いた顔をした。誰も見ていないと思えば塞ぎ込む。悩みを抱え込んでいる奴にありがちな事だ。
相手は悩む姿を見られてうろたえていたが、気にせず話しかけた。同情はするが私も同意見だ。幻想郷に住むのはよした方がいいって。
ただし、お前の本音はどうなのかと念を押した。どうあってもお前だけは本心を語らないと、彼女は誰も信じなくなっちまうぞ、と言った。
彼氏はバツが悪そうに目を逸らして、足元を見つめたまま黙りこくってしまった。情けない野郎だと思いながらもずっと、私が呆れて去るのを待っているかと思うほど長い時間を待ってから、彼氏は呟くように言った。
『なあ、俺はいい子かね』
『は?』
『自分ひとり、いい子になろうとしてるのかね』
何を今さら。そう言いたくなるのをグッとこらえて、『んなもん自分で考えろ』と言って帰った。後悔を厭わない、ってのは言うが易しと思われるかもしれないけど、他人にはやっぱり優柔不断な様子なんて見せられたくないもんさ。少なくとも私は、帰るにしろ残るにしろ、譲りたくないなら無理強いしないつもりだった。二人の事情を深く知らないし、押しつけが一番まずいと思ってたんだ。
それから、三日くらい経ってからだったかな。永遠亭に出向いてみると、なんだか広い屋敷の中からドタバタと、騒がしい音が聞こえてくる。
すわ何事、と駆け寄っていくと、妖怪ウサギの一人が私を見つけるや、事情を話してくれた。曰く、永琳はこれ以上ズルズルと滞在を延ばしてもメリットはないと判断して、強引にスキマ妖怪に運ばせようとした。しかし、その時に及んで大人しかった彼氏が急に豹変し、彼女を連れて逃げ出したというんだ。
私にも捕まえるのを手伝えというんで中に入ろうとすると、彼氏の方から目の前に飛び出してきた。彼女を背負って額に汗。息急き切らして、私をまっすぐ見る。
『帰らないのか』
真剣な眼差しを見ながら問いかけた。捕まえるような気は起こらなかった。
『はい、今は少なくとも、二人とも帰りたくないんです』
彼氏はいつになくハッキリとした声で言った。背中には彼女が力一杯しがみついている。こう言っちゃなんだが、記憶の中じゃ一番はつらつとして見えたよ。あの面でずっといられるなら、弁護してやっても、なんなら幻想郷での新生活を手伝ってやってもいいとさえ思った。のちのち後悔するかもしれないが、確かにそう感じたんだ。
でも、その時。
後ろに、ゆらりと誰かの影が現れた。私が気づいた瞬間に、背負われていた彼女がズルッと背中から滑り落ちる。
急に重さがなくなり彼氏が振り返ると、その首すじに何かが刺さった。すると瞬く間に、彼氏まで彼女と同じように地面に崩れ落ちた。
私は目を見張った。そこにいたのは、手に注射器を持った永琳だったんだ。注射器の中には何かよく分からない液体が入っている。
その薬品が何なのか、私が聞こうとする前に永琳は表情一つ変えず、妖怪ウサギたちに二人を運ばせていた。運ぶウサギも怪訝な顔をしていたが、やはり永琳は動じてない。
『おい、何をやったんだ?』
『ああ、来てたの』
永琳はつまらなそうに振り向いた。私が後ずさるのも気にせず、手元の注射器を眺めて言う。
『眠らせたのよ。言う事を聞いてくれそうに無かったから』
『そう……か……』
毒薬とかじゃなくて良かった。そう思うと同時に、結局やつらは外の世界に戻るのかと釈然としない気分だった。せめてもう少し後味の良い別れはできなかったのかと、小さく尋ねてみる。
『でも……あいつら、大丈夫かな。帰りたくなかった、って、思ったりしないかな』
仕方のない事、そう返されると予想できても言わずにはおれなかった。最後の多少は男らしい姿を見ていただけに、永琳を止められなかったと悔やんでしまう。
でも、その時の永琳の返答は、予想していないものだった。
『気にする事ないわ。あの二人、もう記憶がないし』
『……え?』
『これ、強い薬でね。記憶を全部吹っ飛ばしちゃうのよ』
顔色をちっとも変えず、さらりと恐ろしい事を言う。私が思わず掴みかかると、奴は初めて驚いたようだった。
『なんでそんな勝手な真似を。他人の人生だぞ!?』
『その他人の人生が大変だったって、散々聞かされたじゃない。この際しがらみを忘れた方が良くなくて?』
永琳は戸惑いながら手をわたわたと振った。奴から見ればおかしいのは私らしかった。渋々離れると、永琳は襟を正して、長々とこう述べる。
『まず、幻想郷の事は忘れてもらった方が都合がいい。未練も邪魔になるでしょう。
記憶喪失なんかに対するケアも、向こうの方が発達しているわ。それに、もし万が一記憶が戻れば、それこそ元の社会にいた方が対応しやすい。
……それにどのみち、幻想郷は好き好んで人間が暮らす場所じゃないわ。分かっているでしょう?』
そうつらつらと損得を語る様子は、ちょうど彼らを説得する様子にそっくりだった。その表情はやっぱり、正しい理屈を疑わないような……。
どこか冷たい顔に見えた。
―
今さら、永琳のやった事が間違っているとか言う気はない。いつでも冷静で、大抵の事は最適解を用意できると、今でもそれは疑わないさ。
でも、アイツがもし万が一、リスクも厭わないような行動に出るとしたら……。
きっと、さっきの内容が比じゃないような事をしでかす。だって、奴は昔……。
……いや、やめとこう。ただひとつ言えるのは、アイツに軽々しく近しい関係になろうとしない方がいいのかもしれない。お互い、そんな距離感が丁度いいだろう。
私の話は終わり。次でもう四人目か」