六周目・一話目-メディスン・メランコリー
「えー、私が最初? いきなりねぇ。いや別に嫌ではないけどさ。これって、順番は指名していくスタイルなの? ……ふーん。じゃ、まだネタ作りしてなーい、なんて人もいつ自分が当たるか分からないわね。……ね、妖夢。
おっとごめん、自己紹介からしなきゃいけないのね。メディスン・メランコリーよ。無名の丘って場所で気楽に暮らしてるわ。まあよろしくね。
で、まあ、私の事はこの際重要じゃなくて、怖い話よね。ええと、この日の為に収集した良さげな話があるわ。
皆、河童の事は知ってる? 妖怪の山に固まって住んでいる、泳ぐのが得意な妖怪。あと相撲も得意なんだっけ。そこまで外交的な種族じゃないから、あんまし顔は見ないかもしれないけどさ。
でも、内輪の結束が強いからこそのロマンもあるわ。その一つが機械の数々よ。私は、永遠亭の永琳なんかが薬の知識に限らず色んな分野で幻想郷随一だと思っているけど、河童の技術も噂ではすごいものでね。工場の機械、工事現場の機械、実験場の機械……。少なくとも幻想郷では群を抜いて文明的でしょうね。
でも、その中の一つ……最近病院でも機械を導入しだしたんだけど、それが不調を起こしだしたんですって。特に産婦人科の、お腹の赤ちゃんを診る機械や、産むときに手助けする道具が、映像がおかしくなったり、肝心な時に故障したり。
最初は手入れが甘かったんじゃないかって言われて、何度も検査したんだけど、また同じような事が続くのよ。それも、決まって産婦人科でね。
ついにあわや赤ちゃんが死亡……なんて事もあったらしいわ。原因は今も分からないまま。河童たちも見当がつかず頭を抱えてる。
……でもね、噂では原因らしきものも囁かれているのよ。ちょっと不謹慎なんだけど、霊的な……ね。
―
もう私が生まれるよりずっと前。まだ幻想郷が結界に覆われるより昔って言ったかな。
その時も、河童は山の中でひっそりと暮らしていたんだって。
人間たちもまだ妖怪を怖れていて、個人で自己防衛したりするのが精一杯だった。そのせいで、妖怪側は人間を馬鹿にして、怖がらせる為の存在としか見ていなくて……。早い話が、深ーい溝があったんだって。それも今みたいな人間の里やスペルカードルールや、色々な建前も無いから、想像以上にギスギスしていたんでしょう。例えば今日みたいに集まるなんて、考えもつかなかったでしょうね。
でも、いつの時代でも予想外の出来事って起きるのよ。
ある日、河童のある一家にとんでもない事実が発覚した。その家の娘が結婚も交際すらしてない筈なのに、子供ができたっていうの。
特に持病もなかったのに、食べ物の匂いなんか嗅ぐと決まって吐くようになった。つわりってやつよ。それで分かったの。
親は当然、相手は誰だって問い詰めたわ。そしたら答えを聞いて仰天した。相手は"人間"だって、娘が泣きながら言ったの。多分山によく立ち入る木こりかなんかだったんじゃないかな。結局殺されたのか、父親の事はよく分からないけど。
とにかく当時、妖怪と人間なんて食うか食われるかの関係。仲良くなるなんて一族の恥、ましてや子供をつくるなんて厳格な家なら心中してもおかしくない時代だった。
山には河童以外にも天狗や、当時は鬼までいたからね。よけい体面やらが重要だったんでしょう。
それに、山の中には変なお化けを生むんじゃないか、なんて笑い者にする奴等までいたそうよ。人間の昔話にも、妖怪の子を身ごもっててんやわんやする話があるけど、異種族やよそ者の血を気味悪がるのはどちらも変わらなかったのでしょう。
噂になっているのを薄々知りながらも、こっそり天狗の呪術師などにも相談した。そしてお腹が少し大きくなり始めた頃、やっと対処法を聞けたの。
三月三日に桃酒を、五月五日に菖蒲酒を、九月九日に菊酒を飲む事。そうすれば腹の中の子は下る、と。
どれも端午の節句にちなんだもの。娘の一家は藁にもすがる思いでその方法を、長い時間をかけて実行した。そんなまじないで子供が死ぬのか疑問に思うかもしれないけど、精神が第一の妖怪だからか、娘は助言の通り、小さな赤ん坊を産み落とした。
混血だからか、髪が青と黒のまだらで痩せ細り、河童にも人間にも似つかない子供だった。娘はその子に未練を見せたけど、周りは聞く耳も持たずに子供の首を絞めて殺し、川に投げ捨ててしまった。
酷い話よね。娘はうかつだったかもしれないけど、子供には何の罪もないじゃない。
……でもね、話はここで終わりじゃないの。 騒動もとりあえず収まって、娘が例の事件のショックから立ち直りつつあった頃。
娘は夜中に、トイレに行きたくなって目が覚めた。当時は多分、下水道とか整備されてなかったんでしょうね。川の真上に小屋をつくって、小も大も全部川に流しちゃう、っていう原始的な作りだった。
家から少し離れたトイレまで、夜中の山の中を歩く。明かりは手に持った提灯のみ。木々に囲まれて、月の光さえ差し込んでこない。一歩一歩、ほんの僅かな距離でも茂みがザワザワと音を立てる。一瞬別の足音がついてきている気がして、一人で震え上がった。
やっとの事でトイレに踏み入り、足早に中に飛び込む。でもそこで、妙な事に気づいた。
川に通じる便器のあたりから、ぱちゃ、ぱちゃぱちゃ、と小さな水音がする。最初は川が流れる音かな、と思ったんだけど、どうも違う。水しぶきが床まで飛んでるのよ。水音がする度に。
川が真下にあるって言っても、結構距離あるわよ。手をめいっぱい伸ばしてやっと届くぐらい。魚が暴れているにしても、ちょっと奇妙じゃない。
娘は不気味に思う反面、どうもそれが気になって、便器へと近づいていった。音と飛沫は止む事がなく、ついに寝巻きの裾に水がかかる。
真上から覗ける場所まで来て、娘はそうっと、川の中を提灯で照らしてみた。直後……。
「きゃああぁぁ―ーっ!」
娘は悲鳴をあげた。中には、大きな頭をした人間のようなものがいた。全身がずぶ濡れで、髪は不自然な二色のまだらに染まり、黄色く濁った瞳がかっと見開かれて青白い肌の上に浮き彫りになっている。
似ている。かすかに見ただけだったけれど、それは確かに娘が産んだ子供にそっくりだった。
棒立ちになって動けない娘に、その赤子は彼女を見たまま小さな手を伸ばして……。
そこで後ろのトイレの扉が勢いよく開かれた。娘の悲鳴を聞きつけた両親が来てくれたの。
その拍子にへたりこんだ娘は、震える声で目にしたものを訴えた。でも両親がいくら探しても、赤子のようなものなんて見つからなかったんだって。
―
それから何年も経って、例の娘が住んでいた場所に病院は作られたの。だから産婦人科の機器の不調はその祟りらしいわよ。……あくまで、噂だけどさ。
え? 全部つくり話じゃないかって? さあ、私には何とも。でも確かに、昔の事がそんなに細かく語られるもんかい、てな気はするけど……。
でも、その病院でね。毎夜に赤ん坊の泣き声がするんだって。何度見ても、誰もいないのに……。
なんなら確かめてみたら? その子がかわいそうだし……なーんて。
私の話は終わりよ。次は誰?」