幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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※妖夢はホラーから少し外れた話にしたいと思っています。
受け付けない方はスルーをお願いします。


一周目・三話目―魂魄妖夢

 「私が三話目ですか? うぅ~、ついに来たかあ……。

 

 冥界の白玉楼の主、幽々子様に仕えております、魂魄妖夢です。よろしくお願いします。

 さて皆さん、私はこんな刀なんて持っていますが、常日頃振り回しているわけではありません。

 普段は屋敷の草木を整える庭師をしております。枝葉が伸びすぎる樹や植え込みを調整し、雑草なんかも小まめに取らなきゃいけません。

 

 これがなかなか大変でしてね。慣れないうちは草取りで腰を痛めたり、枝を切りすぎてハゲ坊主にしかけたり、まあ色々ありました。あはは。

 

 それで、去る今年の初夏にも例によって枝を切っていたんですけど、その時、背中に妙な感覚を覚えたんです。

 

 こう、ゾワゾワと這い上ってくる、小さな何か。くすぐったさとも違う不快な存在感が肌に広がり、全身を強張らせます。

 やがてそれは首筋まできました。髪の毛を弾きながら進路を変更し、私の頬にまで顔を出しました。

 私は凍りついたように動けませんでした。その何かは毛羽立った毛糸のような体をウネウネと蠢かせ、私の顔周辺、感覚の鋭敏な場所を舐めるかの如く這い回るのです。

 それが私の唇にぴとりと口をつけた瞬間、やっと反射的に体が動き、私は手でその何かを払いのけていました。そいつは微かに弾力のある体を歪め、地面に転がります。

 

 その姿を見て戦慄しました。

 

 毛虫です。いつの間にか落ちてきたのでしょう。

 

 海老みたいに曲がった体をもがいて伸ばし、一頻り体を震わせると、あろう事か私に向かって来るじゃありませんか。

 

『やー! やー!』

 

 叫びながら地面を踏み鳴らしました。ところが奴め、目が見えないのか全く臆せずに私ににじり寄ってきます。

 ならばと私は横に避けました。なにも毛虫に恨みを買った覚えはありませんからね。道を譲れば自分の行くべき場所に帰ってくれるでしょう。攻撃して罪を背負うなど、それこそ慈悲を忘れた恐ろしい行為なのです。

 きっと、私が間違って地獄に落ちたら毛虫さんが糸を垂らして助けてくれるに違いない。えっへん。

 

 とか考えながら毛虫が通りすぎるのを眺めていました。全身を巧みに使いながらの歩みはゆっくりしたもので、何分もしてようやく直立不動で怯える私の靴の爪先に、お尻が差し掛かる所まできました。

 ああ、やっと去ってくれる。そう思って安堵のため息を洩らした間でした。

 

 毛虫がピタリと止まったのです。私の吐息も一気に引っ込みました。再び釘付けになる私の眼下で、そいつは石ころのように足元にずっとポツンと佇んでいます。

 どこにでも行ける。むしろ行ってくれと願っているのにどういうつもりでしょう。泣きそうになりながら、震える足先で微かに毛先を蹴ったりしていました。

 それを何度続けた頃でしょうか。

 

 毛虫がのそりと頭をもたげ、また私に向かって来たんです。私は思わず飛び上がって、海老のように素早く後退さりました。

 

 すると、毛虫はそれを追うように這ってきます。真っ直ぐではなく微妙に逸れながら向かって来られると、最長の距離を保ちたくて私も横に逸れます。それを繰り返す内に私は庭をグルグルと小躍りするかの如く、毛虫から視線だけは外さずに跳ね回っていました。

 

 だから頭は回らなかったんでしょう。

 程なく、背中に重い衝撃が走りました。私がさっきまで枝を切っていた樹です。

 すぐに察したわけではありません。最初は毛虫から逃れる事で頭が一杯で、お相撲さん紛いの巨体の曲者かと疑った程です。

 私が樹だと理解したのは、ぶつかった後の惨事が原因でした。

 

 ぶつかって樹が揺れたのでしょう。枝葉に巣くっていたであろう無数の毛虫が、真上からぼとぼと音を立てて落ちてきました。頭に、耳に、背中に、そして目の前に、五感を通じて毛虫のオンパレード。

 

『きゃあああぁぁ~~っ!!』

 

 自分でも驚く程の悲鳴をあげて、私はくっついた毛虫もそのままに屋敷の方に駆け出しました。もう庭仕事も恥もどうでもいいから幽々子様の顔が見たかったんです。

 

 いえ、実際、その時の私は化け物に追われ、冥界の主に助けを求めるのと変わらない程に怯えていました。

 今まで数えきれない位始末してきた虫が……いえ、だからこそかもしれません。現世にあり得ない何者かがとりついているんだと、その時ばかりは直感で信じていました。

 

 部屋という部屋をでたらめに開け、ようやく見つけた幽々子様は、私の恐慌状態など知る由もなく座敷で呑気にお茶を飲んでいました。

 

『あら、どうしたの妖夢、それ』

 

 幽々子様は私に気づくとお茶を吹き出しそうになりながら尋ねてきました。私はもう怖いやら悲しいやら、更に目の前で笑いを我慢されて悔しいやらで、土足で地団駄を踏みながら、涙声で訴えました。

 

『虫です! 虫のお化けです! なんとかして下さい!』

 

 ……正直あの時は思考が支離滅裂もいい所だったんですが、大体こんな事を叫んでいたと思います。幽々子様は呆れながら駆け寄って、私を撫でてくれました。

 髪の毛をふわふわと解されて、幾らか安心しながら私はしゃくり上げながら、また言いました。

 

『祟りです……。これは祟りですよ』

 

 言葉だけだと何言ってるんだと思われるでしょうが、早い話、私は甘えたかったんですね。それで『私はこんな風に思う程怖かったんだよ』と頓珍漢に祟りだなんて口にしたんです。

 幽々子様もそれが分かっていたんでしょう。毛虫を指で弾きながら黙って抱き寄せ、慰めてくれました。

 

 そうして、私も平静を取り戻した頃です。一歩下がって顔を上げると、いつもの慈母のような幽々子様の笑顔。それにつられて笑いかけた時でした。

 

 突如、幽々子様がカッと目を見開いたかと思うと、足元の畳に手をつき、鬼のような形相で床を睨み付けました。穴の開くほど凝視する先には、私からこぼれ落ちた毛虫が。

 まさか余程の毒虫だったか、と私が息を呑んだとき、幽々子様の呟きが聞こえてきました。

 

『タタリ……タタリ……』

 

 手をついた姿勢のまま微動だにせず、うわごとのように繰り返す幽々子様。その姿を見て、さっきまでの恐怖がぶり返してきました。まさか、出任せに言った祟りが本当に降りかかっていたのか。転がっている小さな虫がこれから災いをもたらすのか。

 

 また毛虫を先程のように見つめながら、冷や汗をかいて幽々子様の言葉を待ちました。すると、幽々子様は突然畳をガバッと持ち上げ、低く唸るような声で天に向け、こう叫びました。

 

『これはまさしくっ!』

 

 続けて一声。

 

『タタミじゃ~~っ!!』

 

 

 

 

 ……え? どういう意味かって?

 

 タタリとタタミをかけたギャグに決まっているじゃないですか。説明させないで下さいよ恥ずかしいなあ。

 私じゃないですよ。幽々子様が言ってたんです。怖い話なんて思いつきませんから、こう、ほのぼの路線で……行けるかなって…………」

 

 ふて腐れていた妖夢の口調が段々と勢いを失っていく。それも無理はない。私含めてほぼ全員が白けた顔を気まずそうに見合わせている。唯一燐だけが背を向けて爆笑していた。

 

「……すいません、話すのもダメなんです」

 

 しょんぼりと頭を下げる妖夢。どうやら本格的にホラー自体が苦手らしい。それきり口をつぐんでしまった。

 皆は黙ったまま。部屋を沈黙が包んだ。

 らちが開かんと気を取り直し、皆に呼びかける。

 

「……まあ、案外そういう路線で受けを狙えるかもな。

 ほら、次の人頼むよ」

 

 この寒々とした空気が、実は一番怖いかもしれない。

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