幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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六周目・二話目-魂魄妖夢

 「あちゃ、ついに私の番が来ましたか……。といっても二番目ですけどね。魂魄妖夢といいます。上手くみなさんを楽しませられるか分かりませんが、ひとつよろしく。

 

 さて、先程私が落ち着きのないように見えた方がいらっしゃるかもしれません。確かに、怖いのは多少苦手で怯えていた面もありますが、それだけではないのです。

 話のネタだってちゃんと前もってご用意してきましたよ。ただ……それを披露するのにやや、躊躇しておりまして。

 というのも、これは一歩間違えばシャレにならない……危ないものでしてね。現物を見ていただいた方が早いでしょうか」

 

 妖夢はそう言うなり、ポケットから白い紙を取り出した。それはパサパサと広げると手の平二つ分くらいの大きさになる。床に置いて延ばされた紙には、五十音順のひらがなや数字が書かれている。

 ……なんだっけこれ。どっかでこういうの見たような……。

 

「こっくりさん、って知っていますか?」

 

 私が頭をひねっていると、妖夢が問うてきた。

 

「外の世界で流行っているらしい都市伝説なんですが……。こういう紙の上に十円玉を置いて、狐の神様を降ろすんです。そこで質問をすると十円玉が勝手に動いて文字を示し、何でも答えてくれる、というものです」

 

「神様を、ねぇ。遊び半分でやっていいものなのか?」

 

 赤蛮奇が口を挟むと、妖夢は不意に怪しげな笑みを浮かべ、輪の中心へ身を乗り出した。そして声をひそめる。

 

「良いところに気づきましたね」

 

「何が」

 

「その通り、実はとても危険なものです。儀式の手順を間違えたり、失礼な事をすれば祟られます」

 

 ……そうだ、思い出した。寺子屋の皆が一時期熱中していたっけ。狐の低級霊が寄って来て危ないからって、霊夢が止めさせたが。

 

「おい、大丈夫なのかそりゃ」

 

「だからこそスリルがあるんじゃないですか。大丈夫、ルールは教えて差し上げます」

 

 怪訝そうな妹紅に、妖夢は得意気な笑みを返す。妙だ。外の世界でも危険性のあった儀式なら、幻想郷では一層脅威を増してもおかしくはない。それをあの怖がりな妖夢がリスクを承知で儀式に乗り気だなんて、どういう心境の変化だろう。

 

「む?」

 

 黙っていたマミゾウがふと眉をしかめ、紙のある一点を指さした。

 

「なんじゃこれ? 儂の知る限りじゃ、ここは鳥居のマークじゃったが」

 

 皆の視線がマミゾウの指先に集中する。紙の上部、『yes』『no』の間の真ん中。そこにはふにゃふにゃしたよく分からない、妖夢の半霊にそっくりなマークが描かれていた。

 

「こっくりさんのやり方は地域差もあったが……こんなマークは記憶にないぞ」

 

「ああ、まだ言ってませんでしたね」

 

 妖夢は頷くと急に胸を張り、奇妙な名前を口にした。

 

「今回呼び出すのはこっくりさんに似ていますが、別物なんです。

 その名も……"シラタマ様"」

 

 

 

 

「シラタマ様ぁ?」

 

 メディスンが眉をしかめる。妖夢は人さし指をピンと立て、相変わらず得意気に話し出した。

 

「やり方はこっくりさんと一緒ですが、この半霊のマークが目印です。狐より更に高貴な方なのですよ」

 

 妖夢は見たことがあるかのように言い切ったが、私はシラタマ様なる名前に全く覚えがない。妖夢に限ってデタラメを言ったりはしないだろうが、周りは胡散臭そうな目で彼女を見ている。

 

「知らないのも当然です。本来は冥界におりますから」

 

「冥界じゃと?」

 

「はい。魂魄家の血筋である私だけが降ろせる、特別な神様なのですよ」

 

 特別な、と口に出したあたりから頬を緩ませる妖夢。対して他の連中はふと思い当たったように彼女を見つめて、何とも言わずに黙っていた。しかしその目は半信半疑、いやむしろ疑念の色が濃い。

 

「なあ、それは誰が教えてくれたんだ?」

 

「幽々子様と紫様です。相談したらこの日の為にと」

 

「実際に確かめたのか?」

 

「はい、お二人とその場でやりました。本当に答えてくれたんですよ!」

 

「…………」

 

 幽々子、紫。その二人の名を聞いた瞬間、私は半ば実情を掴んだ。あの二人が妖夢にただ遊びを教える訳がない。大方嘘っぱちだろう。というか、シラタマ様だかなんだか知らないがそんな大層な存在を、それも唯一コンタクト出来る人間へ怪談大会にかこつけて教える事に、彼女は疑問を抱かないのだろうか。

 ……だが、それをこの場で言えば妖夢の面目が丸潰れになる……。

 

「さ、さ、時間がもったいないですから始めましょう! 十円玉は私が出しますから!」

 

 私が悶々とするのにはまるで気づかず、妖夢は仕切りたがりの子供のようにはしゃいでいる。他のみんなも無粋な口出しははばかられたのか、無言で面倒そうに紙へと距離を詰め、置かれた十円玉に手を伸ばす。

 

……

 

「……妹紅、お前タバコ吸ってきただろ」

 

「あー、うん。出かける前に一服」

 

「マミゾウ、お前も」

 

「ほっほ、分かるかの? すまぬなぁ」

 

 両肩付近からヤニの匂いが漂う。というのも距離が近いのだ。近すぎる。せいぜい試験用紙程度の大きさのこの紙の上の、たった一枚の十円玉に七人が一緒に指先を置くのだ。必然的に前のめりになって肩を寄せ合う結果となり、両脇に顔があって振り向くのもままならない。皆で後ろを向けばおしくら饅頭に早変わりだ。

 

「これ七人全員でやらなくても良かったんじゃないか?」

 

「うーん、かもしれません。でも離しちゃダメですよ。その人祟られちゃうんで」

 

「はぁ……」

 

 耳元で妹紅のため息。普段ならあからさま過ぎると叱るところだが、今回ばかりは大目にみた。なんせやってみれば分かるのだが、机もなしに床の一点に指を置いて固定するというのが意外にきつい。しかも場所が紙の真ん中ではなく上部の半霊マーク、非対称な場所なのが不公平感を増す。

 メディスンなどは腕が届かないので寝そべって十円玉を押さえている。膝を折って足先を退屈そうにぶつけているのを見ると、うっすら申し訳なくなった。

 

「そうだ、万が一イカサマでもしないか、私が見張っておいてやるよ」

 

 赤蛮奇は調子の良い事を言って、首だけ逃れて妖夢の背後にふよふよと留まる。半霊がもう一個増えたみたいだ。

 

「さて、まずはシラタマ様をお呼びしなければ始まりませんね。いきますよ……」

 

 妖夢一人だけが興奮冷めやらぬといった表情で息を吸い込む。周りとは対照的だったが、幸か不幸か気づいてはいない。頬が触れるほど間近にあるのに……。

 

「シラタマ様、シラタマ様。いらっしゃいましたらおいでください……。

 ふんだばだった、ふんだばだった、ふんだばだった、かーーっ!」

 

 何だそのかけ声。

 口をついて出かけた言葉を押し留め、指先の十円玉に目を落とす。ものは試し、とでもいうように一同のあまり期待しない視線がしばし集中する。そして……。

 

 ……

 ………

 

 動かない。何秒たっても、動かない。十円玉は相変わらず半霊マークの上でピクリともせず鎮座している。

 

「あれ、おかしいですね……。ふんだばだった、……かーーっ!」

 

 二度目のかけ声。結果は同じである。お燐がほんの微かに指を浮かせて妖夢の顔を窺うのが、一瞬だけ見えた。口もとがニヤついている。

 対して妖夢は十円玉を見つめたまま、うーん、うーん、と悩ましげに小さく唸っている。一同の視線はほぼ総じて白けていた。その状況はまるでうろたえる詐欺師のようだったが、この場においてシラタマ様なる高貴な神様を信じているのは、むしろ当の妖夢一人だけである。

 

 ここにきて流石の私も確信した。妖夢の信じたシラタマ様の言葉は、実は幽々子と紫が十円玉を動かしていただけだったのだ。お互いの付き合いが長い彼女たちの事だ、妖夢の知っている事は他の二人も大抵知っているだろう。二人で示し合わせて十円玉を介し質問に答え、妖夢が『すごい……! 正解ですよ!』などと無邪気に驚く図が目に浮かび、私は涙も出なかった。

 やっぱり神様なんていなかったね。

 

「前は動いたんだよね?」

 

「ええ、引っ張られるみたいにすぅーっと滑っていったんです」

 

 燐のからかうような口調に、弱ったように話す妖夢。「実際に引っ張られたんだよ」とは誰も言わなかった。言う気も起こらないのだろうか。

 指を置いたままぼんやりしていると、急に妖夢がキッと私を見た。そして何やら手の平をズイと差し出す。

 その手の意味が分からずしばし妖夢の顔と手を交互に見ていると、妖夢はこんな事を言いはなった。

 

「多分金額が足りないんですよ。慧音さん、五百円くれませんか」

 

「ええ?」

 

 唐突な借金の申し込みだ。戸惑いながら目を見返したが、当人は至って真剣である。しかしまさか、こっくりさんまがいのお遊びで金を要求されるとは思わなかった。

 

「あいにく私手持ちがないんです。さあ、早く五百円出してください」

 

「ま、待ってくれよ。今は出先じゃないから、財布は部屋だ」

 

 容赦ない催促につい仰け反ってしまった。というか、五百円ってそれはそれで安上がりすぎやしないか。

 ぼやきそうになるのを堪えて腰を上げようとすると、横から妹紅が待ったをかけてきた。

 

「私が出すよ」

 

 妹紅はもんぺのポケットから、継ぎ当ての入った財布を無造作に取り出した。その口を開けて中身を神妙な顔で見つめ、観念したように硬貨を突きつける。

 ここに来てもやはり妖夢である。「すみません」と頭を下げ、ポトリとそれを置いた。

 

「ちゃんと後で返せよ」

 

「使った後は処分せにゃならんかったと違うか?」

 

「あっ」

 

「え」

 

 マミゾウがぼそっと呟いた途端に妖夢がはたと顔を上げ、妹紅の眉が歪む。慌てて私と妖夢が止めに入ろうとしたが、それより早くマミゾウ、燐、メディスン、赤蛮奇が次々と指を置き、「早く始めさせろ」と目で催促してくる。

 なぜこんな時にばかり団結するんだろう。私は思わず顔を覆った。しかし妹紅が物わかりよく指を置くのをみて、私もそれに倣う。今度何かおごってやろう。

 

「では……シラタマ様、おいでください……」

 

 本日三度目の呼び出し。二度ある事は三度ある、というか無理なものは無理。そう誰もが諦めかけていた、その時……。

 

 なんと! はじめて硬貨が動いたのだ! そして……。

 "いいえ"に止まった。

 

「…………」

 

 これはどうした事だろう。断られたのだろうか。

 

「シラタマ様、いらっしゃいましたら教えてください……」

 

 妖夢が質問を変えてみる。また"いいえ"。

 

「ねえ、これって誰が答えてんの? シラタマ様来てないじゃん」

 

 メディスンが硬貨を眺めたまま尋ねる。妖夢はむぅ、と短く唸り、自信なさげに答えた。

 

「多分、仲介人のような方がいらっしゃるのでしょう。ここで失礼があってはいけません」

 

「ふーん……」

 

 メディスンの返事は棒読みだった。恐らくメディスンが硬貨を動かしているのだと、その場の妖夢以外が察した。

 

「では今度こそ……。シラタマ様、いらっしゃいましたら……」

 

 四回目。いじらしい程の祈りだ。その念が通じたのか、硬貨が初めて別方向に移動する。

 

 『う』、『ん』。

 

「やった! 来てくれましたよ!」

 

 『ち』。

 

 妖夢は指だけ離さず器用に膝で跳ねて喜んだ。硬貨が最後に『ち』を示したのも、メディスンがなんとなく残念そうな顔をしたのも、気づいていないようだった。周りは「良かったねぇ」と形ばかりの賛辞を送っている。

 

「こうなればこっちのものです。仕事恋愛お悩み相談、とりあえず慧音さんどうですか」

 

「私か? ふーむ……」

 

 とりあえず妖夢が騙されているのは都合が良いにしても、いざ質問となると急には出てこない。どんなのが無難だろうか。

 

「じゃあ……私が結婚できるかどうか、なんて分かるかな」

 

「結婚。まあいいですけど……。貴女ならそんか心配しなくても。むしろ他の方々のほうが……」

 

「いや、構わん。私について、だ」

 

「はい。では」

 

 内容は適当に言った。とりあえず他人については触れない方が良いだろう。勝手な回答を出されて『五百円玉を動かしたのは誰だぁ!』などと怒りだす者が出たりしかねない。私なら多少ふざけた答えでも我慢すればいいだけの話だ。

 

「シラタマ様……慧音さんは将来結婚できるでしょうか……。教えてください……。

 ほんにゃらまか、ほんにゃらまか、ほんにゃらまか、くわーーーっ!」

 

 ……もう突っ込まんぞ。

 

 心の中で呆れて、どうせ誰かが動かすのだからと放心していた。しかし、いきなり腑抜けた私の体を引っ張る程の勢いで指先の硬貨が滑っていく。我にかえって視線を戻した時には、硬貨は既に移動を終えていた。

 かくして、"いいえ"に。

 

 ……私は生涯独身でいる運命だというのか。いやそれはともかく、あんな強引に動かすだなんて、一体誰だろう。七人もいては感覚で犯人を掴むのはまず無理だ。そう思ってキョロキョロ視線を巡らせると、妹紅の横顔が目に入った。なにやら苦悩に満ちたすごい顔をしている。眉にシワを刻み、口はきつく結んでシラタマ様の紙を凝視している。

 ……思うところでもあるのだろうか。私の結婚が妹紅に何故そんな表情をさせるのか、首をかしげたがついぞ分からない。

 

「あれ……? これは予想外の結果ですね」

 

「はは、可愛いげがないとかよく言われるよ」

 

 ただ一人真に受けて目を丸くする妖夢を、笑ってごまかす。ハナから答えなど気にしていなかった。

 しかしそこでマミゾウが横から口を挟んでくる。

 

「高望みでもしてるんじゃないか? 謙遜はプライドの裏返しとも聞くぞ」

 

 結婚問題を引っ張るのが楽しそうだと思ったのか、マミゾウはいやらしく笑っている。妖夢はそこでハッとなって姿勢を正し、私に向けてこう言った。

 

「知らず知らずに、殿方に無茶なものを要求しているのかもしれませんね」

 

「いや、もういいよ。気にしてない」

 

「そう言わずに。こんな機会ですから。えーと、シラタマ様。慧音さんは殿方にどんな理想を……」

 

 ニコニコしておせっかいを焼く妖夢。ちなみに自分ではそこまで高望みはしていないつもりだ。少し知的で家事を手伝ってくれたら言う事はない。なんなら生活の中で合わせていくのも一つの手だ。

 あまりこだわらない。最終的にそう言えば丸く収まるだろう。そう思っているうちにまた誰かが硬貨を動かしていく。

 

 『ふ』。

 

 ……不倫しない?

 

 『と』、『い』、『ち』。

 

 ふといち、布都と一輪のように仲良く? ……いや、まだ動く。

 

 『ん』、『ち』……。

 

 『ん』。

 

「太いちん……ち」

 

 妖夢が声に出そうとして言い淀み、うつむいて真っ赤になる。気づけば誰もが気まずそうにしながら好奇の目で私を見つめてくる。

 

「うわぁ……先生、ひくわー」

 

「……ま、無意識な願望じゃろうし、そう言うな」

 

「い、意外ですね……」

 

「待て、待て! これは何かの間違いだ!」

 

 口々に勝手な事を言われる。いくら答えは気にしないといっても、これはあんまりだ。よりによって各所から人を集めたこの場で風評被害も甚だしい。

 

「私は男性をそんな不純な目で見てはいない!」

 

「そうだそうだ、慧音はそんなスケベじゃねえぞ!」

 

「だってー、天下のシラタマ様が言っとるんじゃしー」

 

「神様が嘘をつく訳ないじゃーん。ねー」

 

 妹紅が援護してくれるが、シラタマ様の威光を前に私の弁解はまるで通じない。所詮お前たちも信じちゃいない癖に、こんな時だけ……。

 仕方ないので誰彼かまわず恨みを込めた視線を送ると、笑いを押し殺す燐の姿が目に入った。犯人はお前か!

 

「えぇっくそ馬鹿馬鹿しい! 何がシラタマ様だよ!」

 

 とうとう妹紅が怒りだし、シラタマ様の紙を払いのける。それを見て血相を変えたのは妖夢だった。

 

「ちょ、何やってんですか!儀式を勝手にやめたら祟られますよ!」

 

「んな訳ねーだろ。こんなもん皆信じちゃいないよ」

 

 頭に血が上ったせいか、ついに妹紅がぶっちゃけてしまった。青ざめていた妖夢の顔が虚をつかれたそれに変わり、皆がそろそろと顔を見合わせる。

 妖夢が未だ事態を呑み込めずに私の方を見つめてくる。これは私が説明すべきだろうか。どいつもいざとなると口を閉じて事実を白状すまいとする。

 

「すまん、妖夢……。私たち、シラタマ様がいると見せかけていただけなんだよ……」

 

「そ、そんな。じゃあ始めから騙していたんですか?」

 

「お前があんまり純粋に信じているから……つい……」

 

 手をついて詫びたが、妖夢はなかなか戸惑いが抜けきらず、自分が用意した紙を見つめていた。妹紅はさっきまでの怒りようと打って変わって大人しくなり、最後に笑って種明かしするつもりであっただろう連中もいざこうなるとかける言葉が見つからないようだ。

 

「……うそだ」

 

 不意に妖夢がぼそりと呟く。肩を落とし意気消沈したかに見えたが、その声にはまだ意地が残っている。

 

「貴女たちには、ぜーったいバチが当たりますからね! そろって私をバカにして!」

 

「ああいや、悪かったって……」

 

「きっとシラタマ様が出ますよ! 生け贄にされても知りませんからねっ」

 

 妖夢はやけになってまくし立て、口を尖らせる。生け贄とはまた物騒な負け惜しみだ。表情と全く不釣り合いである。

 やれやれ、こりゃ帰ったら幽々子も大笑いするだろう。いまやシラタマ様とやらの不気味さは一人も感じておらず、拗ねた妖夢をどう宥めるか、言わずともそんな思考が皆の頭に浮かんでいたのが分かった。

 

 しかしその時。不意に。

 

 ドスンッ! と畳に全く遠慮しない、何かが落ちたような音がした。皆が朗らかに笑っていたその顔を一変させ、音のした場所に注目する。妖夢の隣、赤蛮奇が体を投げ出したように倒れている。

 貧血か? そんな考えが形になるよりも早く。

 

 続けざまにごとんっ、とさっきより小さな音がした。今度は妖夢の真後ろで。

 

「きゃっ!」

 

 妖夢が高い悲鳴をあげる。背後で浮かんでいた赤蛮奇の首が、突如落っこちて動かなくなったのだ。支えるものの無い生首は無機物のようにゴロゴロと、生気なく畳を転がる。

 一体、どうしたというんだ? 部屋の中には始めから今までこのメンバー以外いなかった。そして誰もが目を見開き、演技ではない困惑を見せている。

 

 まさか、本当に祟りが? 儀式を途中でやめたからか、神様を侮辱したからか……。まるで本気にしちゃいなかったが、この状況を見ると赤蛮奇は本当に生け贄になったのかもしれない。

 全員が息をひそめ、動かない赤蛮奇の体と頭を見つめている。悪ふざけの反動か、メディスンなどは青くなって燐にしがみついていた。

 

 その重苦しい空気が一分、二分と続き……。

 

 赤蛮奇の首が、ひとりでにグルンと視線を動かす。

 

「うわっ!」

 

 妹紅がカエルのように飛び退いた。私は気を引き締め、赤蛮奇の首とにらみ合う。起きたからといって油断はならない。怪異がとりついていたりする可能性もあるのだ。

 時計の針の音がやけに大きく聞こえる。首すじをつぅっと汗が伝った。赤蛮奇はそんな私をどろりと暗い瞳で見つめ、口をがばりと大きく開けると……。

 

「ふあぁ」

 

 そんな気の抜けた声を出し、こんな事を言った。

 

「ごめん、退屈でつい寝ちゃってたよ。

 ……もう次の話かい?」

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