「おや、次は私かい。ま、呼ばれたからには話すよ。私は赤蛮奇。よろしく。里で暮らしてはいるけど、寺子屋にくるのは初めてだな。
知り合いは一応いるんだけどねぇ、お互い、普段ひっそり暮らしているからあちこち出向いたりはしないんだよ。用事でもない限りは。
特にあの神社なんてのは、ね。あのおっかない巫女にはとてもじゃないが会いたくない。妖怪の私にはありがたみなんて全然分かんないんだ。
……でも、実は以前一度だけ行った事があったんだ。それでちょっとゾッとするものを見てさ。
巫女に襲われたんだろって? いや、これがまた、そうじゃないんだ。もっと別の……多分聞いたら驚くだろうさ。
もう、しばらく会っていないあの子の話……。
―
皆、逆さ城の異変の事を覚えているかい? もう何だかんだ昔の話だけど、私にとっちゃ印象的な日だった。なんたっていつもは傍観を決め込んでいた異変騒ぎに、曲がりなりにも参加しちゃったんだからね。巫女や魔法使いに挑むなんて、後にも先にもアレだけだろうさ。
もっとも、私も自分の意思で参加した訳じゃない。あの異変の裏で動いていたのが、少なくとも二人いたんだ。
一人が少名 針妙丸(すくな しんみょうまる)。一寸法師の子孫らしくてね、何のお節介か、打ち出の小槌とかいう秘宝を使って弱小妖怪を凶暴化させたんだ。
真意では弱い連中が下剋上できるように、なんて考えていたらしいけど、知っての通り失敗に終わった。捕まってみると血筋のせいかちっこい姫様でさ、とても一人で異変を考えつくような子には見えなかった。
そう、吹き込んだ輩がいたんだ。そいつが天邪鬼の鬼人 正邪(きじん せいじゃ)。こいつがまた大層な野望を持っていてさ、『幻想郷をひっくり返す』なんていうんだ。結果は散々なものだったが、本人は本気だったようで、例の小槌の力も入念に計画して使わせたんだ。
まずは少名に幻想郷を『弱者が虐げられる厳しい世界だ』と一方的に吹き込んで味方に引き込んだ。もちろん正義感からなんかじゃない。小槌の力は小人の一族しか使えないものだから、大袈裟に伝えたのさ。
しかも、小槌の力には代償がある。一度は幼児くらいになった少名の背丈が、今じゃすっかり小人に戻ってしまっているのもそのせいだ。正邪の奴、そのデメリットの事を黙っていたんだよ。少名はいつそれを思い知ったか知らないが、結局何も得られずに小槌の反動を受けるはめになった。やっぱり素直すぎたんだろう。正邪も恐らくそれを見越して利用して……最後は一人で逃げ出しちゃった。二人とも今どこにいるんだか、私には分からない。
しかし、少名の方には一度会った事があるんだ。異変が済んですぐは、彼女は博麗神社に居候していたからね。私も小人ってのが気になって、巫女の留守を狙ってこっそり見に行った。
最初は警戒していたよ。いくら噂でもう力は無いと聞いているとはいえ、会うのは初めてだったし。もし巫女のいない状況で凶悪な本性を見せられたらどうしよう、そんな事まで考えていたんだ。
こっそり裏手に回ると、縁側に小さな箱が見えた。虫かごを豪華にしたような……いやむしろ、お人形の家に似ているかな。そんなのがポツンと置いてあった。
恐る恐る近づいて、箱を叩いてみる。さあ鬼が出るか蛇が出るか、と身構えていたら、箱についていた小さな扉がキィ、と開いた。
現れたのは、まあ可愛らしい手の平サイズのお姫様。着物はハンカチから作れそうなくらい小ぢんまりしていて、オシャレか分からないが頭に被ったお椀が重そうなくらいに頭をスッポリ覆っていた。その下からまん丸い瞳をクリクリ動かしながら、初対面の私をじぃっと見る。
『だぁれ?』
キョトン、とした様子で、警戒心はほとんど感じさせなかった。件の異変で疑心暗鬼にでもなってるかと思ったが、思い過ごしだったようだ。
気を取り直して、天邪鬼にお世話になった一人だよ、と自己紹介すると、少名は意外なほどすんなり打ち解けてくれた。その節はご迷惑をおかけしました、なんてチョコンとお辞儀して、自然と最近はどうしているか、なんて世間話を振ってきたんだ。
革命の重荷が解けたからか、神社以外の自分が知らない場所はどんなのがあるのか、人懐こく聞いてきたよ。私も人里以外あまり知らないんで、おざなりな受け答えになっちゃったけど、それでも彼女は楽しそうに聞いてくれた。
『いいなぁ、私も普通に出歩けたらなぁ』
少名は惜しそうに呟いた。巫女が出してくれないのか? と尋ねたら、『小槌の魔力が消えたから、大きくなれないの』と笑った。以前は体を人間並みの大きさにして自分の足で歩いていたらしいけど、小槌で一緒に異変まで幻想郷規模で起こしちゃったからね。しばらく小槌は使い物にならない上、少名は手の平サイズのままだ。
『後悔してない?』
ふと気になって聞いてみる。あの天邪鬼に関わらなきゃ、大事は起こさず平和に暮らせていたかもしれない。まだ幼いのに、嘘をついて裏で利用した正邪を恨んだりしていたら、気の毒だ。
ところが、彼女は事もなげに言った。『気にしていない』って。
きっと穏やかな子なんだろう。お人好しとも言えるかもしれないけど、それは私が立ち入るべき所じゃない。『そうか』とだけ返して、ちょうど日も落ちて来たし帰ろうかと腰を上げた。
その時だ。
少名の住んでいた箱に、ガンと手がぶつかった。存外勢いがあってね、当たった拍子に箱が転げて、中の小さい家具とかがポロポロ飛び出した。
『あ、ごめん!』
慌てて謝り、拾い上げる。少名が使うサイズだからうっかり欠けていたりしないだろうかと思って、一つ一つ慎重に全面を確かめた。少名は『いいよいいよ』なんて言ってたけど、はいそうですか、って訳にもいくまい。
そうして帰り際にいちいち豆粒みたいな家具をじっくり見ていた。すると、最後に一個だけ、妙な物が転がっているのを見たんだ。
『なんだこれ?』
それは一見、何に使うのかよく分からなかった。壊れたにしては周りに破片もないけど、箱を半分に割ったような形をしている。よくよく見ると、未完成ではあったけど、最初に見た少名の家を小さく小さく……ちょうど少名から見た虫かごくらいの大きさの箱だったんだ。
一体何に使うんだろう、と再度首をかしげる。その大きさのカゴに入るなんて、ダニかシラミか……まさかそんなものを飼ったりはしないだろう。指で摘まんだカゴを目を凝らして、穴の空くほど見つめていると、少名が待ちぼうけしているような表情で見上げている。
我にかえって返してやろうとすると、少名は不意にニヤリと笑って、こんな事を口にした。
『ね、その中。誰を入れると思う?』
『は?』
誰、というからには人を入れるんだろうか。しかし私にはついぞ親指程度もない人物なぞ思い当たらない。『さあ』とだけ答えると、少名はただでさえ小さいのに声をひそめるようにして言った。
『正邪だよ。あの天邪鬼』
『えぇ?』
その言葉に私は面食らった。いくらなんでも、小人でもない妖怪がこんな中に入る訳ないだろう。そう思って、『冗談?』と聞いたら、少名の奴、その反応を予想していたのか妙に楽しそうにこう言ったんだ。
『今は無理だけど、小槌を使えば小さくできるよ。何年かかるか分からないけど……』
空想じみた話だったけど、妙に落ちついた少名の声色は、かえって本気なような不気味さを感じさせた。確かに小槌で体を大きくは出来たんだ。逆も無理ではないかもしれない。けど本当にやる気かどうかは、とうとう聞けなくて、代わりにこう質問してみた。
『何故、そんな事を?』
朗らかでいるように見えて、実は虫かごに閉じ込めるほど恨んでいたのか。そんな予想がそぞろに浮かんで冷や汗をかいた。
だけど、少名の答えは、予想だにしないものだった。ふっと寂しそうに虫かごに目を落として、こんな事を言ったんだ。
『この中にずっと閉じ込めて、ずっと見てるの。そうしたら、もう隠れてひどい事できないでしょ?』
そう言って、少名はニッコリ笑った。私は何も言えずに、夕陽に照らされて陰のくっきりできたその顔をただただ眺めていた。
―
それからほどなくして、少名は神社からもいなくなった。私はあれ以来何をしているか、特には知らない。
まあ、どこかで平和に暮らせているとは思うんだよ。今でも、恐ろしい事を実際にするような性格には思えないし。
ただ……今まさに、少しずつ魔力を回復しているあの小槌……。いつまでかかるか分からないけど、もしアレが完全に元に戻った時、彼女がどんな行動に出るか。
それがちょっと、私は気がかりさね。
私の話は終わりだよ。これで半分くらいかな」