幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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六周目・四話目-二ッ岩マミゾウ

 「お、四番目は儂か? よしよし、ならば話させていただくとするか。

 儂は二ッ岩マミゾウ。命蓮寺という寺で普段、居候しておる。弟子でも何でもないという立場ゆえ、すこーし浮いているというか、身内として見られたり見られなかったりしとるんじゃがな。

 

 とはいえ、それほど疎外感を感じとる訳でもない。なんたってあの寺、住職の人柄のせいか知らんがやたらと変な奴が集まっていてのう。自称御仏の使いのネズミやら山彦やら、外からは飛鳥時代の聖者たちとか抜かす輩が蘇り、ちょっかいをかけて来よる。

 お陰で毎日やかましいが、退屈しない日々さ。狭い幻想郷じゃ熾烈な縄張り争いがあるわけでもなし、外の世界から来た身としてはノンビリしておるくらいさ。

 

 暇な時は寺の外の者をからかったりしたものじゃ。中でもさっき話した飛鳥時代の聖者たち、その一人に物部布都(もののべのふと)という奴がおってな。今は豊郷耳神子(とよさとみみのみこ)という仙人に付き従っておる。生前は道教を信奉し、当時権勢を奮った物部一族の中でもちょいとした曲者だったらしいが、まあ儂にはそんなのどうでもよくて。

 そいつ、結構な怖がりでな。自分ももはや人間ではないというに、妖怪やその力、呪いや祟りに毎日飽きもせず震え上がるんじゃ。海坊主の話で怖がり、トイレの花子さんで怖がり、赤い部屋、なんて話でも腰を抜かしていたのう。

 ある方法で時を経て、仲間と共に幻想郷に生き返ったらしいが、噂では昔からそうだったんじゃと。仲間もクスクス笑っておったよ。

 

 で、つい先日もふと懐かしいオカルトを伝えた。

 『ノストラダムスの大予言』を知っておるか? 元々は外国の医師が中世に書いた予言なんじゃが、それが時代の流れをピタリと言い当てているとして、ある日本人が訳してまとめてから全国を巻き込む勢いで広がっていった。

 後の時代に騒がれる予言なんて、得てしてこじつけだらけのヨタ話だと思うんじゃが、当時の昭和の社会背景のせいなのか、ちまたでまことしやかに語られた。中でも、知らぬ者がおらず、誰もが恐れた、衝撃的な一説があったのじゃ。

 

"1999年、七の月。恐怖の大王が空から降ってくるだろう。アンゴルモアの大王を蘇らせるために。"

 

 これが世界の滅亡を示しているとして、皆が突然の終末を想像した。恐怖の大王とは何なのか、と人々は恐れおののき、様々な憶測を巡らせた。彗星の激突、公害、核ミサイル……。時が経っても狂乱は消えず、それどころか20世紀末には世界人類が死ぬと思い込んで、財産を使い果たす阿呆まで現れる始末じゃ。

 

 ……で、結論からして、世界は滅亡しなかった。1999年なんぞもう20年近く昔じゃ。未だに本当は○○年の事だ! なんて騒ぐ輩もおるが、流石に大多数の人々はいつまでも覚えているほど暇ではない。結局カビの生えたオカルトって扱いに落ちついたよ。

 

 とにかくこんな経緯を話して、最後に『現代人が忘れ去った恐怖の大王が、今度は幻想郷に降ってくるかもしれんぞ』なんて脅かしてやったのよ。

 

 そうしたら、じゃ。いつものようにひえぇ、と青くなるかと思った布都が、その時に限ってふと思い出したように深刻な顔になり、口を結んで目を伏せた。

 なんじゃ? と思って首を傾げたが布都はいつまで経っても顔を上げようとしない。まさか真剣に恐れているのか? と眉をひそめていると、布都は不意に儂をおずおずと見つめ、不安そうにこう言った。

 

『なあ、こんな話をしたら笑われるやも知れぬが……』

 

 そう前置きし、ポツリと、こう聞いてきた。

 

『我の昔話を、聞いてくれぬか?』

 

 

 

 

 ……まだ、仏の教えが海の向こうから伝わり間もない頃。布都の一族を含めた権力者たちが日本の神々と大陸の仏をそれぞれ掲げて争いあっていた。そんな時代の話じゃ。

 厩戸皇子、聖徳太子と呼ばれた天才がおった。十人の話を同時に聞き、鋭い洞察力で未来まで見通す。そのおとぎ話じみた人物が、他でもない豊郷耳神子じゃった。

 表向きには仏教を広めた功労者で、反面その数々の伝説から実在そのものまで疑われておる神子じゃが、実態は少しダーティなものじゃった。

 彼女……いや、彼か? 神子の奴は生前から人並み外れた能力があったが為に、誰もが平等に死ぬ事に不満を抱いたという。そこで大陸から訪れた邪仙に仙術を学び、死を免れ人外の力を得ようとした。

 むやみに欲をかくなと教える仏教とは相容れない姿じゃ。所詮神子にとって、仏は人々を操る手段に過ぎなかった。為政者として仏教で国を治めつつ、自分は大陸の道教の修行を着々と進めていった。

 

 そしてついに、神子は不死になる方法を手にいれた。一度自ら命を絶ち、魂を別の器に移して復活する……尸解仙となる法じゃ。それも奴はただ復活するつもりではなかった。神子は当時は国中に広まり穏やかに信じられた仏教も、そう遠くないうちに民の心からは離れていくだろう、と見込んでいた。

 その時こそ、自分が救世主として復活し、不死のまま改めて世を治めよう。それまではいつまでになるか分からないが、長い眠りにつく……。以上が神子の計画じゃった。

 

 その計画に、他族の者もこっそりと乗っかった。それが件の物部布都じゃ。布都は対立していた物部の一族でありながら神子に心酔し、共に尸解仙として復活したいと持ち掛けた。神子もそれを受け入れ、政治や宗教の動乱の裏で、彼女らは次なる世界を夢見て眠りについた。

 

 ただ、布都はやはりその当時も怖がりだったようじゃ。眠りの直前になって、神子に向けてこんな事を言った。

 

『太子様、我らが次に目覚める時、世界はどうなっておるでしょう?』

 

 期待が半分、恐れが半分。そんな気持ちで問うてみる。次に目にする世の中は、果たして自分達を暖かく迎えてくれるか、はたまた降って湧いた邪神のごとく拒絶するか。いつになるかも分からぬ復活ゆえ、布都の頭には理想とその正反対の事態まであらゆる予想がごった返していた。

 きっと私がなんとかします。そんな風に言えば安心もしたじゃろう。ところが神子は表情をこわばらせ肩を小さくする布都が面白かったのか、よせばいいのにちょっとからかいおったのじゃ。

 

『さあ。乱れた世なのは間違いないでしょうが……。ひょっとしたら、世の破滅の間際だったりして……』

 

『や、やめて下さいよぉ!』

 

『はっはっは、冗談ですよ』

 

 子犬みたいに叫ぶ布都を見て笑いながら、神子は眠りの儀式の為にその場を去った。布都にはその背中が、最後に見た生前の太子の、最後の姿となる……。

 

 それから目を覚ますのは、実に千年以上も先。幻想郷に流れ着いた時じゃ。

 しかし、布都には依然として不可解な、奇妙な記憶があるのだと言う。

 

 ……眠りについてからどのくらい経ったか。布都は一人、ぼんやりと目を覚ました。起きぬけの意識の中、何度かまばたきしたが光は入ってこない。

 背をつけていた体を起こすと、油を差していない機械のように重い。それでもこらえて踏ん張ると、ドロリ、と手に泥を掴むような感触がした。

 

『ひっ!?』

 

 慌てて地面を見ると、そこには草の一本も生えておらず、ただ黒々とした大地が広がっていた。目を擦って間近に睨んで見ても、石ころすらない。手で恐る恐る触れてみると、墨が腐ったような黒いドロドロしたものがまとわりついて、しかしいくら触れても手のひらや体のあちこちに、一片たりともその黒いものが付着した様子はなかった。

 脚を震わせながら立ち上がると、辺りには同じように自然の気配がしない、ただ黒く塗り潰したような異様な地面が。いやそれどころか、空も同じように闇に埋もれ、太陽も、雲もちらりとも顔を見せず、地平線、大地と空の境目すら見えない。光の差さない穴の中に落ち込んだかのような、底冷えする空間がそこにはあった。

 

『なんじゃ、これは……。そうじゃ、太子様は!』

 

 混乱する頭の中で、自分が目覚めているなら神子もいるはずだと、布都は闇の中を走り出した。相変わらず足にはぬかるむ感触が伝わるものの、足音は少しもしない。ただ段差も高低差もない平坦な道が、代り映えせずに続いている。

 景色もずっと黒いまま。人影も見えてこない。布都は泣きそうになりながら、どこに向かっているかも分からず脚を動かし続けた。

 

 その時。急に。

 

『うっ……!』

 

 頭をつんざくような頭痛がしたかと思うと、天地がひっくり返るかのように体の重心が失われていく感じがした。前触れもなく空高くに放り投げられたかと思うほどに意識が空転し、全身を弄ぶ空気にあばらが二、三回軋んだ後、布都はドサリと背中から投げ出された。

 

『ぐはぁっ!?』

 

 腹から濁った悲鳴が飛び出し、布都はひっくり返ったカエルのような格好でしばらく目を回していた。いまだ意識はハッキリとせず、チカチカする視界がイヤでしばらくまぶたを力なく閉じていた。

 そうしていると、耳の方に何やら久しい感覚が届いた。ヒュウヒュウと寂しげな音がして、耳たぶが冷たくなってくる。

 風の音。そういえばさっきまでの空間には風一つなかった事を思い出し、意を決して再び目を開ける。するとその先には、分厚い雲に覆われてはいるが、確かに見覚えのある空があった。

 しかしどうした事か、砂がかき回されるようにネズミ色の雲が蠢く中には、太陽も月も顔を出さず、夜か昼かも分からぬほど暗い。

 

 嵐でもあるのだろうか。そういぶかしみながら体を起こす。今度はちゃんと土の手触りがした。とりあえず現実には違いないと辺りを見渡す。すると、手にコツンと固いものがぶつかった。

 布都は妙な感じがした。最初は石かと思ったが、どうも違う。視線を移さず手だけでペタペタとそれを確かめると、手のひらに収まらないほど大きく、あちこちに凸凹や穴がある。

 ふっ、と嫌な予感がして背筋が強ばった。薄気味悪いが、思い当たるものがある。

 生唾を呑みこみ、ソロソロと触っているものを見ると、ぽっかりと開いた骸骨の眼孔と目が合った。作りものではない。薄汚れて生々しいシャレコウベ。

 

『ひいっ!』

 

 途端に悲鳴をあげてバタバタと駆け出す。駆ければ駆けるほど目の前にはいくつも骨が写った。全身やら顔や手足の一部やら。中には無惨に砕かれたものまで野ざらしになり、周囲には埋められた跡さえ見つからない。

 更には、それに群がる人間のような者達まで目につき始めた。引き裂いて野にさらしたボロのような布をまとい、その隙間からはだける体は今にも倒れそうなほど痩せ細り、あばらが浮き出て、手足が枯れ枝のように弱々しく、誰も彼も髪が無造作に伸びて顔を隠している。

 その髪に隠すようにして、人々はうつ向き土に汚れた骨をかじっていた。

 

『おい、お主! 答えんか!』

 

 布都が声の枯れるほど呼びかけても、人々は目もくれない。布都は焦燥感にまみれ、必死にその場から走っていった。

 頭に浮かぶのは飢饉、天災、戦争……貴族の屋敷にいようが決して逃れる事の出来ない苦難、穢れの数々。

 どこかに神子がいる筈だ。彼ならなんとかしてくれる。それだけを思って足を進め、先々にうずくまる餓鬼のような人間を押し退け、蹴飛ばした。そうしてついに、布都は目の前に見覚えのある姿を見つけた。

 

『太子様!』

 

 そこには物憂げな目で自分を見つめる神子がいた。何故だか体つきは変わっていたけど、消えない面影と漂うカリスマはしっかりと本人だと教えてくれる。

 

『太子様! ご無事ですか!』

 

 叫びながら取りすがる。しかし神子は小さく頷くものの、何も言わない。あたりは相変わらず日の光も見えず死にかけた人間達が這いずり回っているのに、それについて憐れみの言葉一つかけなかった。布都も段々と不安になってくる。

 

『……太子様? どうかなされましたか?』

 

『……布都。どうやら、私たちの予想は甘かったようです』

 

 やっと口を開いたかと思えば、要領を得ない言葉。布都が首を傾げると、神子はどんよりとした空を見上げ、独り言のように呟いた。

 

『いつか言いましたね。次に目覚める時は、世の破滅の間際かも、と……』

 

 確かに、聞き覚えがあった。しかしそんなもの、お互いに冗談のつもりだったはず。だがどうにも、その時の神子の目は諦めきったような、見たこともないものだった。

 

『……ご、ご冗談を。元々世を変えるために、我々は目覚めようと……』

 

 布都は笑顔をひきつらせながら、あの時のような冗談を期待していた。しかし神子は首を横に振り、一言だけ、こう言った。

 

『もう、遅いのです』

 

 その瞬間、地平線から闇を突き破るようなまばゆい光が差し込んだ。布都は目が眩むのをこらえ、どうにかその光を捉えようとする。しかしその目に映ったのは、信じられない光景じゃった。

 

 さっきまでうずくまっていた人達が、次々と光に呑まれ、跡形もなく消えていく。骨すら残らずただただ白い眩しさが広がり、迫ってくる。

 

『た、太子様!?』

 

 慌てふためく布都をよそに、神子は清々しいほど微動だにせずに、まっすぐ光を見つめている。

 どうしたらいい。そんな判断をする暇もなく、布都は光から逃れようと踵を返し、走り出していた。しかしその直後、布都は地に伏す人に躓いて、転んでしまった。

 

『あうっ!』

 

 血が出たのか、膝に生暖かいものが伝う。その痛みをこらえて立ち上がろうとするのを瞬く間に光が包み、布都は思わず目をつむる……。

 そのまま、意識が遠退いてしまった。

 

 

 

 

 

 ……それから、長い時が経ち……。

 

 布都は幻想郷に目覚めて直後に、同じように復活した神子や邪仙、怨霊の仲間達に迎えられた。最初は、あの悪夢のような光景を夢だと思っていたらしい。あまりにも荒唐無稽すぎたからの。

 

 しかしある時、布都は膝の部分に古傷を見かけた。あの時、光に呑まれる直前に転んで負った、小さな傷。

 自然と当時の風景を思い出して、神子の側近だった仲間達にふとこう漏らした。

 

『あの復活は、一体なんだったのじゃろう……』

 

 するとその時、談笑していた仲間達が、一斉に目を丸くした。あれだけの凄惨な光景だ、無理もあるまい……。布都はそう思ってため息をつく。しかし。

 

『復活って……いつの事ですの?』

 

『まだ寝ぼけているのか?』

 

『な、なぬ?』

 

 意外にも返ってきたのは要領を得ないという返事。キョトンとする彼女らに、布都は記憶を元に問いただす。

 

『いや、他に一度目を覚ましたはずじゃ。お主らも知っとるじゃろ』

 

『……いえ、存じ上げませんわ。仏教は存外長続きしましたし』

 

『だから寝ぼけてんだって』

 

 再度確かめても同じ。しかしその側近たちは怨霊や邪仙という、尸解仙とは別の存在たちで、眠っていた自分とは違い絶えず歴史を見続けていたはずじゃった。しかも自分達の復活を前もって知っていた仲間である以上、神子が目覚めるであろう情勢を見逃すなど、考えにくい事だった。

 

『しかし、我は確かに……』

 

 尚も言い張ろうとしたその時。

 視界の隅に神子が映った。彼女は人さし指を口に当て、微笑んでみせた。『あの時の事は秘密にしましょう』とでもいうように。

 神子は確かにあの風景の中にいた。しかし他人には話しても無駄だというのだ。どこまでも、覚えがないという者達に……。

 

 それから久しく、布都はその目覚めの記憶を口外しなかったという。しかし心の中では、ある恐ろしい推理が生まれていた。

 

 もし、目覚めた時代が、世の破滅の時期だというのが本当だったとしたら。

 あのまばゆい光は、世界が終わって『作り直される』場面だったのでは、という事だった。

 無茶な想像ではあったが、自分達が一度復活したにも関わらず、その事実を自分と神子の二人だけが共有している。その限り布都は、破滅した方の世界が無かった事にされたのではないか、という疑惑が抜けないのだという。

 

 ……さて、この話を信じるか信じないかは任せる。まあヨタ話と思ってくれて構わないがの。

 ただ……例のノストラダムスの予言な。あれを信じて予言の日を過ごし、『おお、世界は滅びなかったぞ!』と安心した奴らがいたようじゃが……。

 

 ほんの少しも、事実が入れ替わっていたり、無かった事にされてやしないじゃろうか? 同じ世界が変わらず続いているだなんて、一体誰が保障できるかのう?

 恐怖の大王は、本当に世界を滅ぼしていたかもしれんぞ……? ま、お主らには関係ないか。

 

 儂の話はおしまいじゃ。少しは涼しくなったかの」

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