幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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六周目・五話目-藤原妹紅

 「……ん、次は私か? これで、えー……五人目か。少し自信ないが、まあやってやるさ。

 私の名前は藤原妹紅。普段は迷いの竹林に住んで、道案内なんかして気ままに暮らしている。とはいえ、暇じゃないんだぜ。迷いの竹林ってのはその名の通り道に迷いやすくて、案内だけでもわりと仕事になるんだ。

 ま、あの場所は一面竹だらけで同じような景色ばっかりだし、おまけに竹ってのはすぐ成長するからさ、道がいつのまにか竹に塞がれたりして、慣れた奴じゃなきゃ確実に出られなくなるんだ。あげくに妖怪に食われてあの世行き……。そんな危ない場所だよ。

 

 で、そもそも。そんな竹林になんだって入りたい奴が何人もいるかというと、だ。

 奥の方に腕の良い薬師がいるんだ。八意 永琳って女なんだけどさ。そいつが永遠亭って大きな屋敷を竹林に構えて、一種の病院みたいな仕事をしているんだ。

 以前はあんまり他と関わらないようにしていたんだがな。今では人間とも少しは交流を持とう、なんつって……里の医者には治せなかった病人や怪我人を、得意の医術であっさり治してみせた。それだけでなく、小間使いに薬の訪問販売までやらせて、おまけに低価格、支払い延期も可、ときた。

 こうなれば評判は良くなるに決まっている。最初は怪しんでいた里人たちも段々と頼りにするようになって、私の仕事も増えているって訳よ。

 

 ただ、数が増えると変な事も起きるもんでさ……。いや、実際にあったんだよ。

 有名な話じゃない、噂にもなってないけどね。……その理由は聞いてもらえたら分かると思う。

 お化けの一つも出ない話だが……。

 

 

 

 

 あれはもう……四ヶ月くらい前か。その日は案内の依頼がない日で、のんびり竹林で筍でも採っていたと思う。

 迷いやすい場所といっても私にとっちゃ隅々まで通った庭みたいなもんで、人間が普段、滅多に立ち寄らない場所まで踏み込んで筍を採りまくった。実際そんなに好きじゃないんだけど、その辺に採り放題ってくらいにたくさん生えていたら、根こそぎ持っていきたくなるじゃない。案内がなくて時間も余っていたから、ここぞとばかりにあちこち集めて回っていった。

 

 で……昼の二時を回ったくらいかな。いいかげん籠もいっぱいになって帰ろうとした。

 が、振り返ったら広がっているのはまるで道なき道。夢中になっていたから気づかなかったけど、竹やぶは場所によっちゃ笹や丈の高い草に囲まれて、昼間でも薄暗いもんなんだ。日もそこからは落ちる一方となれば、慣れた場所でもなるべく踏み込みたくはなかった。

 

 だから、一旦広い道に戻ったんだ。人間を案内する時にも使う、本道へ。里からの通り道に繋がっていて足跡もまばらにあるくらいの場所に、藪を抜けて私が出た時だった。

 

「きゃっ!」

 

 自分のではない、甲高い悲鳴がした。まさか誰かいるなんて思いもしなかったから、私もビックリして目の前を見直す。

 そこには、20そこそこの若い娘が、一人で立っていた。見たところ妖怪と戦えそうにもない、か弱そうな子だった。

 

「悪い……アンタ何してんだ?」

 

「ああすいません、妹紅さんですよね?」

 

 質問とは関係ない言葉が返ってくる。とりあえず自分は妹紅だと名乗ると、娘はわざとらしく縮こまって、頭を下げてこう言った。

 

「永遠亭への道を教えてもらいたいんですけど……」

 

 その頼み自体はよくある内容だった。しかし、妙なのは、見るからに一般人であろう娘が、一人で竹林にいることだ。里に住んでる人達って、例外もあるけど大抵は慧音を介して依頼を送ってくる。理由は言わずもがな、竹林の私の家を探して迷子になったら本末転倒だからさ。現にこの時も私が見つけなきゃ一人きりのままだったんだぜ。

 

 念のため連れがいないのを確認して、永遠亭に行きたい訳を聞いた。娘いわく、『貧乏で永遠亭しか頼れそうにないから、いざという時の為に道を覚えておきたい』とのこと。現時点では怪我も病気もしていないから、慧音の手を煩わせるのは遠慮したかった、という事だった。

 呆れた事に、私に偶然会わなければ自分で竹林に入って道を覚える気だったというんだ。

 

 私は怒りそうになった。一人で竹林をうろつくっていうのが、どれだけ危険か分かっているのかって。そうしたらショボンとしょげて泣きそうな顔になる。まいったなぁと思いながら、『次は絶対に慧音と私を頼れ』と念を押して、とりあえずついて来いと言った。追い返す訳にもいかないからね。

 

 筍の籠もそのままに、娘を連れて本道を歩き出す。モタモタしていると夜になる。そう思って早足になるけども、さっきまで付き添いもないしにフラフラ入り込もうとしていた娘の事を考えると、ただ案内するだけじゃ気が収まらなかった。もっとこう、しつこいくらいに里の外の危険性を教えておかないと、いざという時に大事になりそうな予感がしたんだ。

 

 四分の一くらいまで来た頃に、脇の茂みを指さした。娘の視線がそっちに向いたところで、一番目の危険を説明する。

 

『なあ、あそこでちっこいのが手招きしてるの、分かるか?』

 

 探せば周りにちらほらと、幼児みたいな背丈の羽根が生えた女の子がいる。それを見ると、娘は飼い犬を見た時のように頬を緩ませた。

 

『わあ、妖精ですね! 可愛い~』

 

『可愛いもんかい。アレにつられて道に迷った奴もいるんだぞ。悪気がない分タチが悪いぜ』

 

 やっぱコイツアホだ、と思いながら妖精を指差して早口に言う。

 

『竹林で迷えば下手すりゃ死んじまう。女の子の姿をしてようが、パッパと追い払った方がいいんだ』

 

 言葉の勢いのままに火の玉を投げてやると、妖精は悲鳴をあげて逃げていった。それを見て娘はクスクスと笑う。

 

『そんなムキにならなくても……いざとなればコレがありますよ』

 

 娘は懐から数枚の紙を取り出した。表面には何だか難しい漢字が書いてある。どうやら妖精よけの御札のようだった。

 

『まあ……油断しなけりゃ、文句はないけどさ』

 

『さあ、行きましょう!』

 

 乱暴な事をしただけにバツの悪い私を尻目に、娘は意気揚々と駆け出した。その背中が曲がり角に隠れそうになって、私は慌てて止めた。

 

『待て! 離れるんじゃない!』

 

『大丈夫ですって……いえ、ごめんなさい』

 

 未だ気楽でいるみたいでため息が出る。先がどうなっているか分かんねえんだからと、強引に手を引いて歩いた。娘はそれが気に入らないのか少し眉をしかめたが、私からすれば何故軽い気持ちで走ったりできるのか、分からなかったんだ。

 

 そうこうしている内に永遠亭にも近づいてきて、私は再び立ち止まる。キョトンとする隣の娘を一瞥して、地面を指さした。

 よーく見なければ分からないが、かすかに土が盛り上がり、その上に草が被せてある。皆はピンとくるかもしれない。あのトラップさ。

 

『これ、何か分かるか?』

 

『落し穴ですよね?』

 

 永遠亭の子兎が竹林のあちこちに作っているトラップ。悪戯好きなのは構わないんだが、いくら言ってもやめてくれないから、案内する時も必ず注意を促していた。

 

『よく知ってるな』

 

 あっさり答えられた事に私が感心すると、娘は何故かハッとなって、わたわたと両手を振る。

 

『あ、その、里でも噂になっていたものでして』

 

『……? そうか』

 

 別に気にしてはいなかったけれど、何故か丁寧に説明する娘。ちょっとその態度に首を傾げたが、その時は案内の方を優先した。

 

『ちょっと分かりにくいけど、あの隠すのに使っている草があるだろ? よく見ると根が抜かれて乗っかっているから、それで見分けな』

 

 私が喋る間、娘は熱心に頷いて聞いてくれていた。やっと素直になったかな、と思っていると、娘はふと片手を上げて、質問をしてきた。

 

『でも、この程度の悪戯なら気にしなくても……』

 

 無邪気に落し穴を見つめる娘に、『そう思うよなぁ』と相づちを打つ。実際、大抵なら這い上がって笑い話で済むんだ。元々は永遠亭の仲間に向けたトラップだし。でも、相手は普通の人間。そこも念を入れて話した。

 

『けど、そうもいかねえんだ。希にだけど、落っこちた拍子に怪我をする奴とかいるんだよ』

 

『軽い怪我でも不味いんですか?』

 

『おうともよ。例えば捻挫したとするだろ? 決して分かりやすくない道のりで歩くのも大変だったら……』

 

『日が暮れちゃう……ですか?』

 

『あとは、妖怪が出るリスクだな』

 

 竹林には迷いこんだ人間を狙う奴等がウヨウヨいる。逃げているつもりで気づいたら元の場所に戻っちまう、そんな状況に戸惑う人間は奴等にとって格好の獲物だ。

 

『ああそうだ。ちなみに忘れちゃいけないのが出血だな。小さな怪我で油断していたら、血の匂いを嗅ぎつけた妖怪が……』

 

『……うわあ……そんな事まであるんですね』

 

 ちょっと凄みをきかせてやると、娘は大袈裟に震えあがる。少しは危険を分かってくれたかな、と安心していたら、娘はなんだかキョロキョロと視線を泳がせて、俯いた。

 

『どうした?』

 

 声をかけると、娘はおずおずと顔を上げる。何かを考え込んでいたのか、神妙な顔で眉を寄せていた。

 

『あの……』

 

『うん』

 

『もし連れの人が怪我をしたりしたら……置いていった方がいいんでしょうか?』

 

 その問いに少し言葉に詰まってしまった。いくら危ない場所だからって、置いていくと口に出されると、どうにも答えづらい。娘は私の方をじっと見ている。しばし考えて、言葉を濁した。

 

『いやぁ……そういうの考えない方が……』

 

『でも、いざって時があるかも知れないじゃないですか!』

 

『む……』

 

『せめてどの位の時間で妖怪が寄ってくるか、とか……』

 

 娘は意外なほど強い口調で詰め寄ってくる。しかし正直な所、妖怪に対抗できる力がなければ対策にも限界がある。人間の居場所じゃない竹林で半端な目安なんて、邪魔になると言っても過言じゃない。

 

『教えたってどうにもならないよ。気をつけるしかない』

 

『……わかりました』

 

 ハッキリと答えて欲しかったのか、娘は落胆してそっぽを向いてしまった。頼りない所を見せちまったか、と思ってつい付け加える。

 

『方角を確かめられたら逃げるのも楽になるさ。例えば……』

 

『知っていますよ。これでしょ?』

 

 娘はつっけんどんに言って懐から、東西南北をすぐ確かめられる道具……コンパスを取り出した。方位磁石とも呼ぶあれだよ。

 さっきの御札といい、最低限の備えはしているようだった。私はこれ以上センパイ面はすまいと思って、余計に話さず永遠亭まで送ってから、流れで挨拶を済ませて、また出口まで案内した。

 結局、その日は何も怪しいとは思わなかったんだ。ただ……。

 

 

 

 

 ……それから、一週間くらい経ったある日の事。いつものように竹林でぶらぶらしていたら、永遠亭のメンバーの一人とばったり会った。

 鈴仙・優曇華院・イナバって奴でね。永遠亭で小間使いみたいな事をしているんだが、里へ薬を売る仕事をしていて、里から永遠亭への道中で比較的顔を合わせやすい奴だった。

 

『よう』

 

『ああ……妹紅』

 

 軽く挨拶すると、ウドンゲは何故だか気の毒そうな顔をした。どうしたんだろう、と思っていると、『バカな人間っているものね』なんて呆れた目付きで言った。

 

『なんの話?』

 

『あれ、アンタ知らないの?』

 

 聞き返す私に、ウドンゲは意外そうな顔をした。そして、声をひそめて意外な事を口走ったんだ。

 

『……一週間くらい前に、女の人を案内したでしょ? あの人の彼氏、死んだのよ』

 

『えぇっ!?』

 

 あの道中の注意を逐一した娘は記憶に新しかった。それにしても、彼氏に何かあった時の為と言っていた矢先に、なんでまた。

 

『どういう事だよ!?』

 

『なんでも、彼氏にアレルギーが出て……』

 

 ウドンゲいわく、彼氏が苦しみだして焦った娘は、一度私に道を教わったからと、慧音に取り次ぐ時間も惜しんで、彼氏を連れて竹林に入ったらしい。

 でも思うようにはいかず……という訳なんだが、話を聞くと少々妙な経緯だったんだ。

 

 竹林を進んでいると、彼氏が妖精に惑わされたのに始まり、落し穴にはまって、脚を折ってしまった。

 悪い事にその拍子にコンパスが壊れ、一切迷わないのはほぼ不可能、彼氏を連れていくなら更に時間がかかるというリスクを避けられない二択。しかも彼氏はその時血まで流していた。

 やむを得ず彼女が一か八か永遠亭もしくは里を目指したんだが、間に合うはずもなく……彼氏は妖怪に食い散らかされほとんど体が残っていなかった。

 

 違和感の正体が分かるだろう。私が教えた危険の数々をなぞるように、悪い方にばかり状況が動いている。

 ただの偶然かもしれない。けど、案内した時に妖怪が寄ってくるまでの時間を尋ねたりしてきたのが、どうしても頭に引っ掛かる。思えばコンパスを壊したからこそ到着は遅れ、その間に彼氏は血を嗅ぎ付けた妖怪に食われた……。

 

 けど、いくら怪しんでも確証はない。本当に悪戯をした妖精がいたのか、一匹残らず確かめられる訳がないし、落し穴にどんな風に落ちて、どのように怪我をしてコンパスが壊れたのか、見た奴は当の死んだ彼氏と娘しかいない。そして彼氏は妖怪の餌食で死体すら残らなかった。

 真相を知るのは、今やあの娘だけ……。

 

 なあ、話の中でさ、娘が先に歩いて行こうとした、って下りを覚えているか? あれ、当時は気にしちゃいなかったが、今思うとどうも歩き慣れていたような感じがあるんだよ。来るのが初めてじゃない、何度も歩いた事があるような……。本人は道を知らないと言っていたけど。

 

 ……これはただの勘繰りだけど……。彼女、本当は竹林に一人で何度も来ていたんじゃないだろうか? コンパスや御札を用意して、誰にも見られずに彼氏を始末する方法を考えながら……。

 んで私に見られて案内をして欲しいとごまかし、逆に殺害の筋書きに利用した……。

 

 失礼な想像だと思う? しかし、ウドンゲが例の娘を里で何度か見かけているんだけどさ。

 最近いかにも金持ちそうな美男子と、よく一緒に歩いているんだって。

 

 私の話は終わりだ。残りは……お燐か」

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