幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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六周目・火焔猫燐END-『七不思議』

「な……え?」

 

 目にした人物から目が離せず、倒れた体を起こすのさえ忘れていた。私を見下ろしている、自身と寸分違わぬ顔。鏡でしか見たことないようなそれが、罠にかかった獲物を見るように、残忍に口の端を吊り上げている。

 何者だろう。単なる変化の術ならいつまでもそんな目で見ていないで、正体を見せてくれればいいものを。

 

「こら、挨拶くらいしな」

 

 燐が何者かの頭をはたき、私もハッとなる。そいつはヘヘッといやらしく笑うと、私を見下ろしたまま妙に気取った口調で言った。

 

「やあ、どうも先生……。妹紅にお誘いをいただいた七人目だよ。私のイタズラは楽しんでもらえたかな?」

 

 イタズラ、と聞いて今までの奇妙な現象の数々を思い出す。目を開けた人形、弾く者がいない琵琶、家庭科室の血にまみれた肉塊……。

 全てはこいつのしわざだというのか? 楽しむなんてもんじゃない。悪趣味すぎる。

 いつもの意気があればそう言えただろう。だが、すんでの所で押し黙ってしまった。場の雰囲気、いや、もっとはっきりしたものが、私の体に重くのしかかり、自由意思を許さない。

 

「やり過ぎですって、あなたは」

 

 妖夢の声が形だけの軽い口調で諌める。怖がりだった彼女が遠慮なしに言い放つのを聞いて、軋むように痛む首をゆっくりと妖夢に向ける。

 その時、周囲を取り巻く重圧の正体に気づく。目の前の同じ顔をした人物だけではない。燐が、妖夢が、誰も彼もが同じように目を細め、口を歪ませ、いやらしく笑う仮面を被せたかのように私を見ている。ふざけ合う時のような生易しいものではない。子供たちがよってたかって蟻の巣を踏み潰す時の、ある意味純粋な、残忍な目つき。

 

「まあ、そんな警戒しないで。まずは座ってよ」

 

 燐の一声と同時にマミゾウ、メディスン、赤蛮奇が一斉に私を引き起こし、座ぶとんに無理やり正座させる。後ろでパタンと襖を閉める音がする。

 妹紅だ。それが分かった瞬間、私の中でこの部屋の面々を見る目が変わる。あの、五話までを語っていた今までの表情は偽りだ。この雰囲気の中で、誰もが戸惑いの色一つ見せないのは目に見えて普通じゃない。

 

 そんな私の思考を知ってか知らずか、燐は何者かを脇にどけ、私の真正面に座る。そして上半身だけをくっと倒し、妙に私に顔を近づけてこう切り出した。

 

「なぁ先生、あたいの話を覚えているかい?」

 

 言われてぐるぐると頭を回転させる。幻想郷や里を創る過程で怨霊などが祓われたこと、しかしまた力をつけ出す可能性もあること、そして幼くして死んだ魂が寺子屋の皆を妬んでいるかも知れないこと……。

 

「つまりはまあ怨霊の話だけど、まだ続きがあるんだ」

 

 私の答えが待ちきれなかったのか単に聞く気がないのか、燐は人さし指をピンと立てて話し始める。

 

「仮にだよ、寺子屋に怨霊が残っていて、力をつけ出したとする。原因はどう考える?」

 

「……何を言い出すかと思えば。子供たちが学ぶこの場で、そんな事があってたまるか」

 

 仮に、という前置きは到底信じられない。目の前の奴等が普通ではない以上、わざわざ嘘は口にすまい。

 それだけに答えに反発がこもる。これでも、生徒が妖怪から身を守れるようにと日頃教鞭をとっている身だ。その現に教えている場でみすみす危険を大きくするなど、ある訳がない。心当たりは欠片もなかった。

 しかし、燐は私の答えに失望するかのように天を仰ぎ、ため息をついた。

 

「やれやれ……やっぱり石頭だねぇ、先生は」

 

 バカにするかのような言い方にムッとしていると、燐は身を乗りだし「じゃあヒントをあげよう」と言ってこう続ける。

 

「怨霊もとい妖怪なんてのは、人間の負の感情……恐怖心なんかが大好きだ。微かなものでも嗅ぎつけて、何度も見つければいいエサになる。

 ……どうだい? そろそろ心当りは?」

 

 燐が声をひそめる。

 

 恐怖心……何度も……。言われた言葉を頭の中で反芻する。直後、背筋に寒気が走った。

 思い当たるものがある。しかしそれは、私が取り返しのつかない事をしたというのと同義であった。今まで、毎年夏に繰り返してきた……。

 

「……怪談大会?」

 

「ご明察!」

 

 震えた声で答えた私に、燐はパチンと手を打った。部屋中に響いた手の音が、心なしかやけに寒々しく聞こえる。

 

「最初は大したことなかったよ。でも夏になる度に子供たちが怖がって……」

 

「……それをエサにして、怨霊たちは力を取り戻したというのか?」

 

「流石に何年もかかったけどね。先生がもっとマシな話をしていたら、ちょっとは早く済んだんだけど」

 

 燐はケタケタと楽しそうに笑う。まるで我がことのように。おそらく、まさに燐たちが、彼女の語る怨霊たち本人なのだろう。

 私は眉をしかめる事しか出来なかった。何年も知らず知らず、寺子屋の危険を見逃していたという事実。それが胸に重苦しくしこりを残し、周囲でニタニタ笑う連中との温度差を大きくする。

 

 スカートの裾を握る手に力がこもる。もしこの場に誰もいなくなれば、私は歯噛みして大いに悔しがっただろう。内心では、自らの不甲斐なさに打ちひしがれていた。

 しかし後悔などはしていられない。今この場に、知人たちの姿を騙る何かがいる。それも毎年起こっていた怪談大会を控えて、だ。毎年が力をつけるのに利用していたそれらを前にわざわざ私の前に姿を現したのが、偶然とは思えない。

 

「私に、何をさせたい?」

 

「ひょ?」

 

「とぼけるな、今年に限って何かを企んだんだろう。じゃなきゃこんな真似はすまい」

 

 燐はわざとらしく首をかしげるが、構わず問い詰めた。油断ならない、いや、絶体絶命なこの状況で、せめて真相だけは知りたいと私は早口になる。

 燐はそれを見て皮肉っぽく笑った。

 

「意外と鋭い所もあるんだね」

 

「いいから答えろ」

 

 むきになって詰め寄ると、燐はささやくように言った。

 

「なぁに、難しい事じゃない。今年の怪談で、七不思議を話してくれたらいい」

 

「七不思議?」

 

「ああ、六つまでにしないと死んじゃうんだっけ? まあ、盛り上がればいいんだ」

 

 まるで単なる話の種のように言う燐。真意が掴めずにいると、燐はペラペラと続けて述べた。

 

「どうせ嘘っぱちの七不思議だからね。それよか、子供たちが噂にする方が大事なんだ」

 

 噂、その言葉を聞いて燐の話してきた内容が思い起こされる。外の世界でも七不思議というのは全国に広がり、怖がられていると……。

 

「その噂の恐怖で、更に力を増す気か? いや、まだ怪しいな……」

 

 七不思議には必ずといっていいほどジンクス、まじないが付け加えられている。

 いわく、"七つ目を知れば死ぬ"。

 先ほど確かに、七という数字には特別な力があると言っていた。その発言にもおそらく意味はあるはずだ。

 

「んー、ここまできたら、全部ばらしちゃおうかな」

 

 少し飽きてきたのか、コキコキと肩を鳴らす燐。とうとう私も覚悟を決める時が近づいてきたのだろうか。

 

「七不思議といえばさ、七つ目を知ったら死ぬってジンクスがあるじゃん」

 

「……ああ」

 

「私たちはいまだ弱った怨霊。大それた事をするにも限度がある。しかし……」

 

 そこまで言って、目の前の燐の口が三日月のようにパックリと裂ける。

 

「七不思議のジンクスの力を借りれば、殺していけそうなんだ。

 ……寺子屋の子たちを」

 

 最後の言葉で全身に怖気が走る。七不思議に込めた怨霊の狙いは、生徒たちだった。その昔、幻想郷には報われずに死んでいったたくさんの子供たちがいたという。その恨みを今こそ晴らそうというのか。

 

「七不思議を広めてくれたら、先生だけは見逃してあげるよ。さあどうする……」

 

「お断りだっ!!」

 

 燐の言葉を怒鳴って遮る。いくらなんでも、みすみす怨霊の殺戮の片棒なんぞ担げるか。そう怒鳴ってやりたいが、気持ちばかりはやって荒い息が漏れただけだった。

 燐はそれを見て、やれやれと肩をすくめ、言った。

 

「仕方ないねぇ……。じゃ、代わりに任せるとしようか」

 

 今まで黙っていた周囲の怨霊の一人、私と同じ顔をした奴を指さす。その瞬間、部屋の七人が一斉に音を立て、青白い炎のような塊に姿を変えた。ついに本性を現した怨霊たちは、脚がすくむ私を有無を言わさず取り囲んだ。

 

「姿を真似れば人殺しも呆気なくできるものだね」

 

「どのみち、真相を聞いた先生は生かしてはおけないよ」

 

 口々に恐ろしい事を言う怨霊たち。その声は低いうなり声のような響きが絶えず混じっていた。ハチの大群に囲まれたような耳障りな声と威圧感が、肌をフツフツと焼くようで、汗が否応なく滑り落ちる。

 

「一つ目は、着物部屋の人形が勝手に動く」

 

 ふと一人が言う。そしてもう一人、また他の一人が。

 

「二つ目は、音楽室の琵琶が勝手に鳴り出す」

 

「三つ目は、家庭科室に血まみれの肉が置いてある」

 

「四つ目は、夜中に三番目の個室に入ると閉じ込められる」

 

「五つ目は、運動場を草履だけがひたすら走っている」

 

「六つ目は、終わることのない廊下を永遠にさまよう事になる」

 

 七不思議のジンクスの力。それを借りれば、こいつらは人を殺せると言った。今ここで七つ目を知ったら、私も死ぬ事になるのだろうか。

 私と同じ顔をしていたやつが、心なしかやけにゆっくりと口を開く。

 

「七つ目は……」

 

 両目をぎゅうっとつむる。視界が真っ暗になる。

 その時、後ろでバタン、と襖が開く音がした。

 

「なぁっ!?」

 

 思わずすっとんきょうな声をあげて振り返る。目をしばたかせると次第にぼやけていた視界がハッキリし、襖を開けて入ってきた誰かが見えてきた。

 

「……妹紅?」

 

「……慧音? 何やってんだ?」

 

 そこには長年の友人、藤原妹紅がポカンとした表情で立っていた。私の驚きようのせいか口調も困惑気味だが、私にとっては随分と久々に聞くような、暖かく懐かしい声だった。

 

「いや、さっきまで例の怪談大会の練習を……あれ?」

 

 言いかけてふとおかしな事に気づく。目の前にいるのは明らかに本物の、見知った妹紅だ。しかしさっきまで、怨霊たちが集まって長いこと怖い話をしてくれていた。呼び出した時間からは随分経っている。

 以前『怖い話を知っている連中を集めてやる』と言ってくれた妹紅は、確かにおかしな所もなかったと思うが……。だとしたら、何故今さら本人が現れたのだろう。

 

 一人で混乱していると、妹紅が訝しげに立ちんぼうしているのに気づいて、ハッと顔を上げる。その時、決定的なものを目にした。

 

 襖の上に掛けた時計が、八時過ぎを示している。怨霊たちの話を聞くあいだ、体感的には数時間は経っていたはずだが、せいぜい二、三分しか経っていなかった。もはや物理的にあり得ない。

 

「なにボヤッとしてんだよ。呼んでも出てこないで」

 

 痺れを切らした妹紅が呆れた口調で問う。「いや……」と生返事をして、ごまかすように質問を返す。

 

「……すまない、今日はなんだったっけ」

 

「いや、お前が怖い話を聞くっていうから、わざわざメンバー連れてきたんだよ。忘れたのか?」

 

 苛立たしげに説明する妹紅。それを聞いて私は天を仰いだ。ああ、妹紅はちゃんと時間通りに来ただけだ。私が見たのは夢か幻か。さっきまで殺される瀬戸際にいたなど、どだい話しても信じてはもらえまい。私自身さえ先ほどの記憶が曖昧になっていくようだ。

 

「それよりさ、お前……」

 

 ボーッとしている私をよそに、妹紅はまた不審そうな声を出す。見ると、上半身を前のめりにし、首を伸ばして私の背後を何やらチラチラと窺っている。後ろにはまだあの怨霊たちがいたのだろうか。それにしては妹紅も呑気だし、私だって不気味な気配からは一挙に解放されているのだが……。

 

「……座布団に骸骨なんか置いて、何やってんだ?」

 

「……え?」

 

 その台詞にあわてて振り返った。さっきまで怨霊たちが座っていた七人ぶんの座布団。その上には。

 うっすらと茶色くなった生々しい骸骨が、いつのまにかそれぞれ鎮座していた。目玉のあった場所の暗く大きな眼孔は、残らず私の方を向いていた。

 

 

 

 

 ……その年、怪談大会は中止になり、代わりに老朽化した寺子屋の改修工事が行われた。

 もっとも、改修というのは建前で、本当は残留している怨霊たちのお祓いが目的である。

 

 大部屋の床板を剥がし、土を掘り返すと、なんと大量の人骨が出てきた。その中には確かに七人ぶん、頭蓋骨の取れたものがあったという。

 

「一体なんちゅう寺子屋よ、ここは……」

 

 そう呆れる霊夢に念入りにお払いをしてもらい、ついでにお寺の和尚まで呼んで供養をしてもらった。

 その上で寺子屋は場所を移すことになり、急を要するため古い校舎の取り壊しも待たず、別の場所に大急ぎで新校舎をつくり、生徒たちはそこで二学期を迎えたのだった。

 

 もうあの場所に子供が集まる事はない。改修工事のすぐ後に取り壊しの話が持ち上がるのを怪しむ子も何人かいたが、いずれそれも風化していくだろう。

 人々が忘れ去ってしまえば、あの怨霊たちも目を覚まさない。

 

 しかし、最近……。

 

「旧校舎が取り壊しになる記念に、学級新聞で七不思議の特集を組もうぜ」

 

 そんな話がどこからともなく、生徒たちの間で盛り上がりはじめたのだった……。




とりあえずこれで完結です。お読みいただきありがとうございました。
また出会うことがあればどうかよろしくお願いいたします。
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