~小傘と関わりを増やす~
……そう。奴はやはり最初に気付いてくれた小傘になびいていった。恋……なのかは知らんが、里でちょくちょく話したりしていると、少年は表情の陰を無くしていったし、何より一人きりの時間が減れば里の子供らも手を出さない。彼も元の明るさを取り戻していった。
そればかりか、小傘は自分が一人の時も、里の子供らにこっそり接触しては件のいじめの事を問いただしていった。
小傘はさっきも言ったが人間たちと付き合いが長い。特に子供は世話を焼かれたりからかったり、なんだかんだ親しみがあったんじゃ。彼女に言われて流石にいじめっ子もばつが悪くなり、次第に一人、また一人と馬鹿馬鹿しい遊びをやめていった。
何故そこまでするか、疑問じゃろう? 儂も聞いた事があった。すると小傘はこう言ったんじゃ。
『大した理由なんて無いよ。役に立てるのが嬉しいから』
考えてみれば、あやつは元々傘だった。捨てられて元の持ち主も忘れて妖怪になったとはいえ、未だ他人に使われる事は喜びだったんじゃろう。人間に大した害を及ぼさないのも多分そのせいだ。
一方、小傘の内面はそんな健気なものだったが、肝心の少年はというと、少し困ったものでな。いじめが止み、ようやく平穏な暮らしが戻って来た頃、彼は小傘にこんな事を打ち明けた。
『皆が元に戻ってくれて嬉しいけど、元通りになったら、今度はあの事を忘れられたみたいだ』
早い話が、少年の中で鬱憤は晴れていなかった。問題の解決と溜飲が下がるかどうかは別じゃ。だからといって仕返しをしたなんて聞かなかったが、ここでまた小傘のお節介が始まった。
『じゃあ、溜め込む位なら良い事してあげようよ!』
良い事、ってのは皮肉では無いぞい。小傘はまず何をしたかというと、里に捨てられていたボロボロの傘を拾うとそれを少年に持たせ、戸惑う彼にこう言った。
『わちきと組んで皆に傘を差してあげるのです。さすれば君の心は慈悲の光が差し込んで虹がかかり晴れやかになってウンタラカンタラ』
『はあ……』
……大体こんな内容じゃったろう。折しもその時期は梅雨に差し掛かっていてな。里ではにわか雨に降られる童の姿が見られる頃じゃ。そんな奴等に毎年小傘は張り切って傘を貸していたんじゃが、その時は仲間が欲しかったのか少年の人柄を知っていたからなのか、彼に真似事をさせようとした。
それから少年の善行が始まった。土砂降りの中をお年寄りに、年下の子供に、妖精に傘を差してしていった。
良い事をすると気持ちが良いというが、彼の場合はどうじゃったろうなぁ。いや、儂だって見返りを欲しがるのが当然なんて、卑しい考えは持っとらん。ただ、相手によっちゃ葛藤もやむ無しだったんじゃよ。
元いじめっ子さ。少年にとってはしこりが残る相手。放っておいても風邪を引く程度の災難に手を貸すべきか、そこでどうしても二の足を踏んだ。
しかし隣には小傘がいる。目の前で見過ごす訳にはいかず、少年は結局何人ものいじめっ子に傘を差し続けた。
ところが、そうしてもらったいじめっ子たちはどうしたか。勿論最初は雨避けが出来るわけで、感謝した。二人きりではなく小傘がいるので、万が一またいじめてやろうなんて輩も居なかったらしい。これは小傘の目論見通りだった。このまま関係修復のきっかけになれば、そんな風に考えていたんじゃ。
だが、物事そう上手くはいかない。第三者がいる状況では、少年も怒ったりは出来ない訳で。いじめっ子はそこにつけ込んで"謝罪"をしだした。
例えば、金を強引に取り上げた事があれば
『この前借りたお金、本当に返さなくて良いの? いやー悪い、気ぃつけるわー』
無理やり女子便所に押し込んだ事があれば、
『お前何回も女のトイレ入ったよなー。すっかり有名になっちまってたぜ、ごめんごめん』
蜂の巣に向かって背中を押された事があれば、
『そういえば虫に刺された傷、大丈夫? お前自分より先に俺達を追っ払うんだもん。ビックリしたよ』
最初は小傘のいる安心からいじめっ子も取り敢えず謝った事にしたかったんじゃろう。少年は愛想笑いで誤魔化したが、いじめっ子が帰宅して二人きりになった所で、隣で苦笑いする小傘に苛立ちを覚える。『何も分かっちゃいない癖に』とな。
そして、何人目かのいじめっ子が何を思ったか、この時の少年の反応を『面白い』と言って仲間内で広めていった。そして他の連中もやがて面白半分に二人に会おうとしだしたのじゃ。中には明らかに傘を持たず、また何度も待ち構えた奴までいたそうだ。
少年はそんな奴等にも、分け隔てなく傘を差し出した。ヘラヘラ笑いながら親友面し、小傘にその様を見せつける奴等に、何度も何度も。
そんな事を繰り返す内に少年も変わっていき、終いにはあの天邪鬼の正邪にさえ同じ事が出来るようになった。
奴はこう漏らしたよ、
『文字通り"皆"の役に立つ、まるで聖人だよ。気色悪ぃ』
まあ、天邪鬼の言だから真に受けるのもなんだが、確かに少年の背景を知っていれば我が儘や選り好みもやむ無しじゃろうに。文句の一つも言わないのをやがて、小傘も気にするようになっていった。
……そして、梅雨が明ける頃。
小傘が青い顔をして少年と一緒に寺に飛び込んできた。
何事かと聞くと、小傘はこう言ったんじゃ。
『この子、皆の名前を忘れだした』
意味が分からず確かめてみると、元いた世界での話を振ると、両親の名に覚えが無いと言う。耳を疑って今度は義理の両親、寺子屋の面々、一人一人の事を尋ねたが、同じ。
ふざけているのでは無く、本当に忘れている。小傘が呆然としていると、少年は笑って言った。『貴女は、どなたでしたっけ?』と。
小傘は話す内に涙ぐみはじめ、少年は相変わらず何を言っているのか分からない様子でオロオロしている。儂もどうしたらえか分からず、何か変わった事は無いかと少年を観察した。
すると一つだけ妙な事があった。外はからりと晴れているのに、少年は例のボロ傘を持ち歩いていたんじゃ。
『……のうお前さん、その傘どうしたんじゃい』
なるべく平静を装って聞いてみる。すると彼はいつかのように屈託なく笑ってこう言った。
『ああ、これは雨に濡れる人がいた時の為に』
しかし、もう雨などあまり降らぬじゃろうし、特にお前さんが持ち歩いてまで備えることないじゃないか。そう言ったら、奴はこう返したんじゃ。
『でも、たまにでも役に立てたら嬉しいんです。僕にはどうせ誰も同じですし』
それを聞いて、儂は思わず小傘を見た。そういえば彼女も元の持ち主などすっかり忘れて、何だかんだ役に立ちたがっていたっけ……。
―
……それから、少年は方々にあれこれ理由をつけて寺で預かる事になったんじゃ。元の記憶を取り戻すまで……といっても、あまり芳しくないがの。
以前、小傘が焼く世話に『理由なんか無い』と言ったのを覚えとるか? あれは恐らく、本当に理由なんぞ要らなかったんじゃろう。誰であろうとな。
彼が何故ああなってしまったか、ボロ傘に取り憑かれただの考えようはあるが、儂は……『使われる』のが使命だった妖怪と人間との違いを意識しなかったツケが回ってきたように思えてならんのだ。
……まあ、どう捉えるかは任せるさ。先生も気が向いたら寺に来ると良い。割りと本格的に知り合いの手を借りたい状況まで来ているからな。
儂の話はお仕舞いじゃ。次はどなたかな?」