幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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一周目・六話目-藤原妹紅

 「お、もう六つ目か。アイツ、結局来ないのかなぁ……。

 

 ああ、すまん、こっちの話だ。

 で……ん~、ちょっと話す内容が被りそうで心配してたんだが、この時間まで来なけりゃ心配要らなそうだな。

 

 ちょっと、永遠亭であった話をしようか。

 

 まず、永遠亭って何かと言うとな、あの迷いの竹林の奥にある屋敷で、沢山の兎と、平安から生きている不死のかぐや姫、後は怪しい奴だけど、何でも出来そうな頭の良い薬師がいる。

 それだけ聞いたら訳の分からん場所だが、その薬師は付き合いの一環で人々に薬を売っていてな、これがよく効くんだ。目論見通り信用を築いて、今では病人や怪我人を治したり、頼りになる病院みたいな立ち位置になっている。

 

 実は私も竹林の中に住んでいて、割と近所なんだ。その縁で永遠亭に用がある奴を案内したりしてる。本当は、屋敷のかぐや姫と物騒な因縁もあるんだが……。

 

 それは今回どうでも良い。私が話したいのは、以前案内した一人の男の話だ。

 

 

 

 

 私の住む近くは『迷いの竹林』の名の通り、幻想郷の連中も迷いやすくてな、私も人間妖怪問わず色々会って来たんだが、ポツンと立っていた件の男は事情が違った。

 

 見たとこ三十そこらの彼は、道だけじゃなく、迷いの竹林自体、更にその周りの景色も全く覚えが無いと言うんだ。その表情は目を丸くして困惑そのもの。よく見たら男の服装なんかは私の方が覚えが無かった。

 ははあ、外から来た外来人だな、と分かって、とりあえず相手の事を知っておこうと名前を聞いてみた。

 すると分からないっていうんだ。変に思って年齢、元の住所、仕事なんかも尋ねてみたが、同じく首を横に振るだけ。

 

 困った事に、外での今までの記憶も無いらしい。幻想入りしちまった上に記憶喪失。こうなると厄介だったが、見つけた以上放っとけば男は死ぬか、竹林から出られないだろう。やることは山積みだが、まずは記憶からだと永遠亭に向かった訳だ。薬師ならそういうのも詳しいかと思ってな。

 

 未だ右も左も分からない男に付いて来いとだけ言って歩き出した。自己紹介もしない私を最初は怪しんでいたが、結局は置き去りが怖くて駆け寄って来た。

 その怯えっぷりは道中も健在でね。藪から兎が飛び出したり、落とし穴に嵌まったり、果ては風で竹林がざわめくだけでも肩を震わせていた。

 言っちゃ悪いが、昼間に見ると滑稽だったなあ。いや、自身も周りも知らない事だらけだから、心細いのは当たり前なんだけどさ。

 

 え? 幻想郷の事を教えてあげなかったのかって? ああ、その辺は薬師に丸投げしたかったんだよ。どうせ永遠亭に行くんだから。

 

 そうやっておっかなびっくりな彼を引き連れて十数分。見えてきたドでかい屋敷にあんぐり口を開ける男を尻目に、さっさと戸口で事情を話して中に連れていった。中にいる兎が二人にかぐや姫や薬師の出で立ちにも驚いてたけど、もう無視。

 

 で、もう少し相手の状況に気を遣いなさいと怒られてから、あれこれ確かめるとやっぱり記憶喪失だとの見立てだった。知能や会話は問題ないけど、そのまま外に放り出せばトラブルを起こしかねないし、長くなっても幻想郷で治すしかないらしい。

 

 しかし人里に一から住み処や仕事を用意するのも骨だからって、そいつはそのまま永遠亭に住み込む事になった。いちいち通う手間が省けるし、どうせなら小間使いでもしてもらおうってな。

 

 それからちょくちょく私も様子を見に行ってたが、しばらくは何も起こらなかった。薬学とか専門的な事はともかく、掃除や洗濯やら、家事なら一通り問題なかったからね。

 そのうち永遠亭に住んでからの日々も長くなって、訪れてくる患者たちも男を従業員のように認知していった。記憶はなかなか戻らなかったけど、大きなトラブルもなく順調に過ごしていた。

 

 表向きは、な。身内の中には、実はあまり良く思っていなかった奴もいたんだ。

 

 例えば、あの屋敷に鈴仙・優曇華院・イナバ、あだ名はウドンゲって妖怪兎がいるんだが、そいつが永遠亭で作った薬を里で売る役目をしていた。

 それであちこちの家を廻る訳だが、中には定期的に決まった家に売らなきゃいけなかった。そういう家は大抵、病気や怪我が重く、治療に長い時間がかかったりあるいは一生モノの持病があったりで、永遠亭までは行けないけれどそれでも薬師の薬に頼らざるを得ない、そんな人々が多かったんだ。

 

 後は数は少ないけど、心を病んだ人とかな。嫌な話だが、そういうのは家族が外に出したがらない。それに迷いの竹林ではぐれちまったら一大事だから、訪問して効く薬を渡すんだ。

 あんまり興奮した時なぞは、薬以上の荒療治もする。これはウドンゲならではの手なんだが、奴の瞳には精神の波長? とかいうのを見透かして操る力があって、それで相手を大人しくさせられるらしい。逆に不安定にしたりも出来るらしいが、奇妙な能力だ。

 

 まあそんな風にして、彼女は使いに出されてはへとへとになって帰る事が多かった。仕事とはいえアイツも聖人じゃなし、むしろ人間と深く関わるのは避けるタイプだったから、永遠亭に帰るとしょっちゅう愚痴を溢していた。私が行ってかち合うと、愛想なく出迎えられたもんさ。

 

 そこで例の男が登場する訳だ。立場が似ていて話しやすかったんだろうが、ウドンゲが苦労した患者の事を話す際、決まって訳知り顔でこう言っていた。

 

『そういう人らの相手は苦労しますよねぇ、ウドンゲさんも疲れません? 猿みたいな連中の相手をさせられて』

 

 確かに苦労はしたし、仕事だと割り切らなきゃやってられない部分もある。けど参っている横でわざわざそんな言い方する事ないじゃないか。そう思うのを堪えて相づちを返すと、男はますます饒舌になる。

 

『いや実際、ウドンゲさん凄いですよ。相手は何も出来ない奴か、何するか分かんない奴等ですもん』

 

『…………』

 

『安い値で売っているのに、更に苦労させて。たまにはぶん殴る位してもバチ当たりませんよ。

 その方が良いクスリですって』

 

 もしかしたら労うつもりだったのかもしれない。それでも彼の良い様はどうも患者を軽んじていた。普通の生活に支障をきたす人々を苦しむ人間としてではなく、どこか厄介な、不気味な存在としてみるような……。

 幻想入りしてから直接そういう人を見た事はない筈なんだが、所々頭に残っていたんだろうな。その知識も吹っ飛んでくれたら良かったのに。

 

ウドンゲは適当にあしらっていたが、何度も続くと流石に鬱陶しくなって、いつしか早く記憶を取り戻せと念じるようになった。さっさと現代に行っちまえとね。

 

 けど、何事もなくとはいかなかったんだ。

 

 ある日、二人連れの客が永遠亭を訪れた。私が案内したからよく覚えてる。それだけでは何て事ないんだが、男が偶然その二人を見て、目を丸くした。

 その二人は手を繋いだカップルだったんだが、両方男だった。異性を恋愛対象にしない、いわゆるゲイって奴さ。付き合う上で病気のリスクとか里での目とか色々あったから、永遠亭の薬師に世話になっていたんだ。

 

 私は何度も会って慣れていたが、初めて見た男は二、三歩後退りして、何も言わないにしろ露骨に顔を歪ませて嫌悪の色を露にした。

 

 私は、こりゃまずいとカップルを薬師の部屋へと追いやった。けど二人は男の態度から覚えのあるものを察して、すごすごと去っていく。

 その背中が完全に見えなくなった頃、男が慌てて私に耳打ちしてきた。

 

『も、妹紅さん! 何ですか今の!』

 

 男の口調に驚きと恐れと好奇心と、キワモノ扱いする時の感情が皆こもっていた。そんな騒ぐ事かと閉口したよ。大体"何ですか"とは何だ。人をモノ扱いしやがって。

 普段の言動がちらついてウンザリしたが、我慢して事情を話してやった。すると今度は『えぇ~っ……』と大袈裟に肩を竦めてひきつった笑みを浮かべた。

 

『そういう人らも来るんですね。ビックリしちゃった』

 

『お前な、やっちゃったのはともかく、この先あんな態度は……』

 

『で、でも!』

 

 諫められかけた事に気づいてないのか、男はまくし立てた。

 

『妹紅さんとかは平気なんですか? すぐそばで男同士がイチャイチャしてんですよ!』

 

『何ともねえ、何回も案内してる』

 

『えっ……』

 

 私の返事に今度は絶句しだした。今度は何だと思ったら、また元の調子で詰め寄ってくる。

 

『って事は、何度もここに来るんですか?』

 

『……うん、だろうな』

 

 事実、睦みの対策なんてのはパッタリ止めるもんじゃないし、あの二人は特段病気を治している訳じゃ無かったからな。

 だけど、男はやたらと長い溜め息をついた。

 

『マジすか……。俺、男なんですが……』

 

『だったら何だよ』

 

『分かるでしょう! 俺いま、竹林で妖怪に会った時ばりにビビってますよ!』

 

 分かるでしょう、って、何も分からん。目の前でヘラヘラする男がすこぶる失礼だって事以外はな。大体、男ってだけで怖がらなきゃいかんのなら、里の連中はどうなるんだ。何人の男が住んでいると思ってやがる。

 もう聞いているのがアホらしくて、さっさと退散しようとした。

 

 その時、男の後ろでゆらりと影が動く。

 

『ウドンゲさんが治したり出来ないかなー、あの人の魅力にかかれば、女の子が好きにも……ん?』

 

 男は独り言の途中で背中の気配に気付いた。振り返ると、そこには独り言の中の当人、ウドンゲが立っていたんだ。

 

『あ、どうしました?』

 

 男は酷い事を言っていた自覚もないのか、あっけらかんとして首を傾げた。対してウドンゲは無表情で目を閉じて伏せ、『ねえ』とだけ呼び掛ける。

 

『……へ?』

 

 その雰囲気に男は一瞬たじろいだ。ウドンゲは少しずつ、少しずつ目を開けながら、平坦な声で言った。

 

『あなたの性根、治してあげましょうか?』

 

『え?』

 

『あ』

 

 その瞬間、ウドンゲが何する気か感づいて止めようとした。けど彼女はそれよりも早く、自身の目を開いた。

 

 精神の波長を操る瞳。時には発狂させる事も出来る狂気の瞳が彼を見据える。その真紅の兎の瞳を前に、男は石になったかのように、立ったまま硬直した。

 しばらく、部屋の中から音が消えていた。男以外も、私は歩を止めたまま動けず、ウドンゲは身動ぎ一つしない。

 何だ? これから男はどうなる?

 頭の中と視線だけが忙しく、ウドンゲと男へ交互に向く。しばらくしてウドンゲが目を逸らし、ふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らした直後。

 

 男が突如悲鳴をあげた。

 

『ギャアアァァーーッ!!』

 

 金切り声、数分ぶりの音に思わず耳を塞いだ。見ると男は後ろ向きに頭からぶっ倒れて、手足がそれぞれ塩をかけられたナメクジみたいに痙攣しのたうち回り、口からはアァアァと声にならない声をあげている。

 

『おい、何をした!?』

 

 我に返って私が叫ぶと、ウドンゲはスタスタと男から離れ、事も無げに言った。

 

『こいつの精神に巣食う恐怖を増幅させた。こいつは想像の中の、"おっかないゲイ"に犯されるのよ』

 

 そう言われてウドンゲの視線の先を見ると、男は床に突っ伏してくぐもった声をあげながら、私達に向けた尻を震わせている。手足は指先まで突っ張らせてみるみる汗が浮かび、口からは零れたヨダレが飛び散って、床に煌めく滴を落としている。

 

 あんまり苦しそうな様に、私の頭にふとある仮説が思い浮かんだ。男は記憶喪失だったけれど、もしかしたらゲイに嫌な思いでもした記憶が、うっすら残っていたんじゃないか。具体的な記憶が無いだけで、彼の嫌悪感にも理由があったのかもしれない。

 

 恐る恐るウドンゲにそう伝えてみた。けれど奴はそれでも全く動じずに言う。

 

『で、里のあの二人が何かしたの?』

 

『は? いや……』

 

『それを偏見と言うんでしょうが』

 

 突き放すような口調に私は何も返せず、後は二人でただただ男が悶える様を眺めていた。それは結局、三十分は続いていた。

 

 …………ようやく収まった頃、彼は魂でも抜けたようだった。

 死体のように四肢を投げ出し、顔は真っ青で白目を剥いて舌を出しながら、目鼻から涙と鼻水とよく分からない液体を垂らし、ヒィヒィ喘ぎながらグッショリ全身に汗をかいている。

 腰回りは骨でも抜かれたように砕け、芳しい匂いが漂っていた。想像だけで脱糞する奴初めて見たよ。

 

 変わり果てた姿に苦笑いしながら、ウドンゲを見て『お前も容赦ないな』と呟いた。するとウドンゲは急に私の方に振り向いて、久しぶりに笑った。口の端を吊り上げて、こう、ニヤリとね。

 そして言ったんだ。

 

『こいつが勝手に怯えていたのよ。妖怪ばりにね』

 

 

 

 

 それから、私は永遠亭であの男を話題に出さない事にしてる。向こうも教えちゃくれないからな。今はどうしているのか、分かりゃしない。

 アイツは良い奴って訳でも無かったし、運が悪かったんだと諦めているよ。ただ……

 

 里とか見ているとな、"たまたま"あんな目にあったのは正直気の毒だと思う。それだけだ。お前らも気を付けろよ。

 

 ……七人目は、とうとう来なかったな」




語り部が一巡するまでに二回も脱糞する男が登場するとはどういうわけなんだろう。
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