霊晶石物語   作:蟹アンテナ

3 / 92
救援物資

石が支配する領域に、村ごと避難してきた民は、岩山から湧き出る湖で作物を育て、岩陰に折り畳み式の天幕を張り、暮らしていた。

 

まだまだ作物は育つまでに時間はかかるが、水分を求めて岩山に集まる生物を狩る事である程度の食糧を確保できていた。

 

ちなみに、この一帯を支配する意思を持つ石は、地下に地底湖に繋がる無数の細い管を伸ばして、村の住民から得た[何かの力]を利用して水を生成し、岩山一帯を湿らせていた。

その甲斐もあってか、気化熱の作用で岩山付近の気温は僅かながら低下し、何処かからか吹き飛ばされてきた乾燥に強い植物の種子が岩の隙間で発芽し、少しずつ少しずつ岩山は緑に包まれていった。

 

 

「おい、見ろよ前はこんなところに水たまりなんてなかった筈だぞ?」

 

「ここ最近サボテンが良く生えるようになったと思ったら、こんなところに湧水なんて・・・一体どうなっているんだ?」

 

食料を調達しに岩山付近をうろついていた村の若者たちは、岩山の各所に小さな泉が湧いているのを発見し、喜ぶも、奇妙な地形変化に首をかしげていた。

 

「やはり、何かしらの地形の変化が起こっているのかもしれないな。」

 

「ラナとカシムの話では岩山もここまで大きくなかったらしいが、流砂か何かで埋まっていた部分が露出したんだろうか?」

 

「ふむ、この岩山の洞窟に地底湖がある事を考えると、何処かの水源と繋がって、その勢いで水が岩の罅などの隙間を通って湧水として地表に噴出したのかもしれん。」

 

「うーむ、あり得るな・・・ん?みろよ、恐らくこの足跡は岩トカゲの物だぜ?ここ周辺の生き物が水を求めてここに集まってきているみたいだ。」

 

「この場所は本来の交易路から外れた場所にあるからな、水が補充できずに干乾びるのを待つだけの危険地帯のはずだった・・・だが豊富な水源のお陰で、状況は変わりつつある。」

 

「砂漠と言っても年に何回か大雨が降るんだが、水を蓄えられる場所も限られているし、ほとんどは地表を流れ去ってしまう。今年はその大雨も降らず、井戸は枯れ作物も育たず、近隣の村は壊滅状態・・・水の奪い合いだって起きている、我々は本当に運が良かったんだ。」

 

「年に数回の大雨で孵化する砂鮫の卵がまだ休眠状態のままだったお陰で、村の大移動時の襲撃が少なかった。干ばつに助けられた数少ない面だが、このままでは人も動物も、魔物でさえも干乾びてしまうだろう。」

 

「この岩山の洞窟はかなりの地下水が見つかっているんだろ?近隣の村の住民を集めてこの岩山の開発を進めることは出来ないか?」

 

「どうだろうか?大移動時に立ち寄った場所の殆どは水不足で壊滅状態で、その生き残りが我々の大移動に加わって行き、此処への移民は相当数に上るが、未だに健在な集落がどれだけ存在するというのだろうか?」

 

「寄り道する余裕もなく素通りした村もあったが、今なら救援にも向かえるだろう?食料はこれからだが、水なら用意できるんだ。干乾びつつある村から離れられない頑固者は兎も角、助けを求めている者はこの岩山に招いた方が良い。」

 

「ふむ・・・まだ持ちこたえている場所の救援はした方が良いか、盗賊になられても困るしな。」

 

「余裕が無ければ奪うしかなくなる、我々もそうなっていたかもしれないのだ。大河を独占する隣国へ行っても奴隷よりもマシな程度の扱いしかされない、ならば砂漠の民同士で協力するしかあるまい。」

 

「皮袋や椰子の実水筒の数は、まだ余裕があるしラクダに乗せて運べば、それなりの量になる。食料の消費は痛いが、干し肉も救援物資に入れておけば暫くは耐えられる筈だ。」

 

「持ちこたえられているうちに雨が降ってくれれば、井戸水も復活するかもしれないが、希望的観測に過ぎんか。」

 

「ここ一か所に拠点が集中するのも考え物だ、今後の天候次第ではあるが、村の復興の目処が立てば、跡地を再建する事も考えねばならん。」

 

 

石は洞窟内はもとより、岩山周辺の様子を観察することが出来た。

不思議なことに、思考を切り分けてそれなりの人口まで膨れ上がった村の住民の会話を聞き分けることが出来るのだ。

 

水不足に悩む近隣の村の話、干ばつで魔物すら個体数を減らしている事、水の存在を感知して岩山に集結する生物たち、生存をかけて盗賊にならざるを得ない者たち・・・様々な情報を一気に汲み取り、同時に処理する、生身の人間には到底不可能な、機械じみた能力である。

 

根を使い地中から水分をくみ取り、ろ過して必要成分だけを抽出する、ある意味では植物にすら似ていた。

 

 

・・・・・

 

(なるほど、この地に集結した民によると、この砂漠はただでさえ乾燥しているのに、頼みの綱である年に数回降ると言う大雨が降らず、記録的な大干ばつに見舞われている訳か・・・。)

 

 

 

ラナとカシムの二人だけでは賄え切れなかった、[何かの力]も、この地へ集まった民の人数ならば余裕をもって備蓄に回すことが出来る。

 

しかし、急造で作り上げた地底湖だけでは、複数の村から集まってきた民の分の水を長期間賄えられるとは思えないし、そもそもこの岩山も辛うじて地盤と繋がっているだけで、砂の上に浮かぶ浮島の様な構造をしているのだ。地盤から切り離されたとき、何が起こるか分からないので、地盤の強化は必要課題である。

 

なので、少しずつ地底湖の水を増やすと同時に、地盤固めを行っていた。

砂を材料に岩石を生成して、頑丈な地層を形成し、岩山を中心に盆の様な形状で地下を合成岩で覆い、ダムの様に生成した水が岩山の外に流れないようにし、水を貯える地層も形成した。

 

それらは、砂の中に埋もれて、地表に暮らす民には感知されていないが、意思を持つ石の仕込みは時間をかけて効力を発揮してゆくだろう。

 

 

多少合成に[何かの力]は必要だが、ポリグルタミン酸の様な保水性の高い成分も合成できた。

砂漠の民が地底湖に持ち込んだ肺魚の卵の殻や粘液を参考に生成することが出来たので彼らは本当に良い仕事をしてくれた。

 

地表で暮らす民の農地にも密かに地形操作能力で保水性成分を加えることで地質の調整を行った。これで砂に水を撒いて育てるよりも大分良くなるはずだ。

 

 

ちなみに、地底湖に持ち込まれた生物の体組織に付着していた藻類の胞子が湖底に定着し、地底湖で大繁殖をしており、それらを食料に肺魚も産卵に備えて肥え太り始めていた。生物の気配のなかった洞窟は早くも新たな生態系を形成しつつあった。生物はとても逞しいのである。

 

 

・・・・・

 

 

(こんな過酷な環境なのに、それでも逞しく生きて行くこの地の生物と人々は美しいな。だからこそ、彼らの助けになるのは有意義に感じる。)

 

(そう言えば、水を生成する時に力を特別多く加えたときに、極少量生成される水色の結晶体は一体何だろうか?いや、水を生成する時だけではない、特別手を加えて岩盤を弄ったときにも色は違うが結晶体が形成されることがある。)

(それは、唯の美しいだけの宝石ではなく、私が加えた力を多く含むように感じる。)

 

(繁殖した肺魚を捕えるために地底湖に素潜りした砂漠の民が、水色の結晶体を見つけたとき大騒ぎをしていたが、結晶体に含まれる私の力は砂漠の民にとっても何かしらの資源として使えるのだろうか?)

 

(救援が必要な村に給水キャラバンを派遣するために部隊を分けているが、皮袋や椰子の実水筒の他に、地底湖で拾った水色の結晶体を砕いて小分けに持たせているが、一体何に使うのであろうか?)

 

(危険な砂漠を渡るため、キャラバン隊の家族は互いに抱き合い、無事を祈り、それぞれの目的地へと向かって行く。彼らの旅の無事を祈る。)

 

 

・・・・・・・・・。

 

 

「まさか、地底湖に水の魔石が生成されているとは・・・もしかして、地底湖は我々が考えているよりも深いところに繋がっているというのか?」

 

「水源に恵まれた地域の特に魔力が集まる場所でしか生成されない物なのに、なんで砂漠のど真ん中の、こんな乾燥した地域で水の魔石が?」

 

「確かに、この洞窟はかなり高い密度の魔力を感じたが、それでも水の魔石が存在する事自体不自然極まりない・・・まるで標高の高い山の頂上で海の魚を見つけたような違和感だ。」

 

「そう言えば、隣国の学術院で、ある学者がこの砂漠はかつて海の底であったという学説を発表したみたいですよ?もし、その仮説が正しければ、この岩山はかつて、海の底に存在し水の魔力が集まっていた場所なのかもしれません。」

 

「岩塩の類は少量産出してはいるが、あくまで仮説だろう?まぁ、しかし水の魔石のお陰で、幾つかの村の井戸を復活させる目処は立ったがな。」

 

「救援物資としては最上級のものです。次の雨期までは持ちこたえられるでしょう。」

 

「楽観は出来んぞ?干ばつがこの先ずっと続く場合は、最悪この地も干乾びるかもしれん。その時の為に備えておかなければ」

 

「そう・・・ですね。」

 

 

・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

(水の魔石・・・?どういうことだ?)

 

(それでは何か、水を生み出したり、岩盤を固めたりするときに使う力と言うのは[魔力]とでも言うのだろうか?)

 

([魔力]・・・か、確かに得体のしれない力と言う意味では、しっくりくる言葉だ。

この世界の生物は、生きて行く内に余剰エネルギーと思われるものを微量ながら放出しているが、それらを吸収して保持し、様々な形態で出力することが出来るのがこの世界に生まれ変わった私に持たされた能力であった。)

 

(もし、その特定の形態に変性したエネルギーがそのまま物質として凝固したものがあの魔石と呼ばれる結晶体なのだとしたら、私が地形を操作する時に行使した力と似たような処置をしたとき、水を生み出し、地面を固めたりすることが出来るのかもしれない。)

 

(私の体もそれに似た物質で形成されているのだとしたら、それらのエネルギーの集合体が私と言う存在なのかもしれない。)

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

救援物資キャラバンが、幾つかの村から移民を引き連れて、岩山に戻ってくるのはそれから暫くしての事であった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。