霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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水の届かぬ場所へ

ホトリア王国の従属核によってパイプラインが引かれて大河上流の広範囲の水位上昇に成功したが、その出力に限界があり、大河全域に水を行き渡らせることは出来ていなかった。

その為、水の届いていない国同士で水の利権をめぐって小さな対立が起こり、不満が高まっていた。

現状、小競り合いと言う程の物には発展していないとは言え、大河連合の連携が崩れるのは好ましくなく、水不足が解消していない国の負担する兵站の軽減と言う処置が一時的に取られる事になった。

とは言え、根本的に慢性的な水不足とそれに伴う作物の生育不良と言う問題は何も解消されておらず、このままでは派兵どころか国民全員が飢えてしまう可能性もあった。

 

そんな時、水の不足した大河の国々に同時期に奇妙な物体が目撃されるようになった。

 

(ふぅ、やはり水運は消費する魔力が少なくて済む、ホトリア王国で大河の連合の状況報告書を勝手に盗み見してしまったけど、やはりこの程度では水不足は解消しないか。)

 

(私本体より力は大幅に劣るとは言え、分身体でも水の魔石は作れるんだ、ちょっとエネルギーロスは激しいけどね。)

 

(焼け石に水だろうけど、コンテナに水の魔石を詰め込めるだけ詰め込んで水不足の国に置いて行けば今年分の作物くらいなら何とかなるかもしれない。)

 

(作物も生き物なんだ、季節に間に合うように植えないと生育が間に合わなくなるし、時間との勝負だな。)

 

従属核は大魚で知られる沼鮫の3倍程の大きさの魚型フレームを形成し、その胴体部分をコンテナにして水の魔石を満載し、大河を遡るのであった。

 

(ふむ、大分水量が減ってきたな、水脈の水が届いていない地域まで来たみたいだ。)

 

魚型フレームは半ば座礁する形で沢と成り果てた大河上流へと到達し、外殻を変化させてハーフトラック型フレームへと改造する。

 

(これだけ大型の外殻を運用するのは大河では初めてだ、私の存在があまり知られていない大河の国では恐れを与えて攻撃される可能性もあるな。)

 

(何にせよ、この巨体は確実に目立つ、せめて識別用の紋章でも刻んでおくか。)

 

大型のハーフトラック型フレームは、泥水を跳ねながら陸路を通り、地形操作能力を応用し比較的目撃されにくい道を通り、時には丘すらもくり抜き、水不足に喘ぐ集落に向かって最短距離で進んだ。

 

「な、なんだあれは?魔物か!?」

 

「なんと奇妙な!虫か?獣か?一体何なんだ!?」

 

「それにあの紋章は一体・・・・。」

 

目撃されにくい道とは言え、ハーフトラック型フレームは大きく目立ち、集落に近い場所では目撃数は大きく増えた。

従属核側も目立つのは仕方がないと割り切っており、コンテナ部分や従属核格納部分にはでかでかと迷宮核の紋章を刻んでおり、ご丁寧に光る水晶を薄く固めて明滅する様にしていた。

 

(まぁ、そりゃ目立つよね。取りあえず宣伝の良い機会と考えて設置するコンテナにも紋章を刻んでおいたよ。)

 

(しかし、大分大河から離れてきたな、水脈も随分と細まってきているし、水不足と言うのは思ってるよりも深刻なのかもしれないな。)

 

大河から上陸して暫くしてハーフトラック型フレームが農村に最接近した時、村は物々しい雰囲気に包まれていた。獣除けの柵越しに木の棒に粗末な刃を巻き付けただけの即席槍を構えた男たちが松明に照らされていた。

 

「な、なんでこんな所にあんなに巨大な魔物が現れるんだ。」

 

「唯でさえ水不足で苦しい時に何故こんな事に・・・。」

 

「くそっ、畑に居座ってやがる、頼むから何処かに行ってくれ、まだ種植えもしていないのに!」

 

異形の岩石の様な虫の様な怪物は、畑の中央部に地面を削りながら移動すると、頭部が突如青白く輝き、光が波紋の様に地面を伝わり畑の土がかき回され、地表に小さな石が浮き出てくる。

異形の怪物から放たれていた光の波紋が収まると同時に、畑の土がじわじわと黒ずみ水気を帯び始めポコポコと気泡を吐き出した。

 

「なっ!?畑が!?奴は一体何をしているんだ!?」

 

「あの光っている部分、良く見ると何かの模様に見える、いや紋章か?」

 

畑の土をかき回し泥一歩手前まで濡らした異形の怪物は、突如体の一部をちぎり落し、集落の人間には興味ないと言わんばかりに森へと戻って行った。

 

「男達を集めろ、何をしたのか判らんが畑の様子を見に行くんだ、無論、奴の腹の一部もだ!」

 

「近づくときは慎重にしろよ、得体のしれない奴の一部だ、何が起きても不思議じゃない。」

 

異形の怪物の残した体の一部らしきものは、生物の体組織と言うよりも壺や鉄箱の様な人工物に近い物であった。

ご丁寧に閂付きの扉が備えられており、その殆どが異常な硬度を持つ陶器の様な物体で構成されていた。

 

「何だこれは、人間が作ったものか?魔物じゃなかったのか?」

 

「見た事も無い紋章だ、もしかしたら何処かの国の魔導兵器の類なのかもしれん。」

 

「開くのは簡単そうだが気を付けろよ。」

 

「よしっ!まず俺がこれを開く、下がっていろ。」

 

石の擦れる音を立てて閂が引き抜かれ、慎重に扉が開かれる。

 

「なっ、これは・・・まさか、こんな事があるなんて!」

 

「間違いない!水の魔石だ!こんなに大量に!」

 

「見てくれ!畑が全て耕されている!小石も取り除かれているし、雨が降ったみたいに湿っている!種植えが直ぐに出来るぞ!」

 

農村は夜から朝まで大騒ぎであった、陶器で出来た怪物が残していった大量の水の魔石と、一瞬で耕し水やりを終えた状態になった畑に驚き、驚愕から立ち直らないまま上の空の様子で種植え作業を進めた。

それから暫くして、村人たちは陶器の怪物をむしろ神の使者だったのではないかと考えるようになり、国の役人が騒動に気づくと慌てて水の魔石を首都まで運ばせた。

そこで判明した事は、大河の国々の彼方此方で似たような出来事が起きており、何れも水不足の深刻な地域で集中して異形の怪物が活動していると言うのだ。

 

怪物が目撃された地域では、ほぼ全て井戸水や水源が僅かながら復活しており、当面の活動をするには十分な量の水の魔石も残されていた。

 

「しかし、残されていった箱に刻まれた紋章、一体どこの国の物なんだかな?」

 

「判らん、だが少なくともこちらに敵意は無いし、決まって水不足の地域で目撃される、結論するには早計だが好意的に解釈してもよさそうではあるな。」

 

「あの紋章が何処の所属を指しているのかは判らんが、悪意が無さそうなのが逆に探し出す気が進まないな。」

 

「あれだけの量の水の魔石の出処を探るために、例の魔物を探さねばならん。我らが生き残るために。」

 

通常なら得体のしれない魔物が目撃された地は調査隊が派遣され、状況によっては討伐隊が組まれ駆除されるのだが、どちらかと言えば今回の場合は捕獲が目的であった。

 

しかし、陶器の怪物はその巨体から考えられない程の速度で移動し、そして神出鬼没であり、仮に行き止まりの地形まで追い詰め包囲できたとしても、そこに存在しなかった筈の道を通り、その通路ごと姿を消してしまう。

暫くして水不足の地域と言う地域に現れ、痕跡を残した後に足取りは唐突に途絶えた。その行方を完全に晦ませたのだ。

 

「一体何が起きたのだ?本当に神の使者だったのか?」

 

「何れも高純度の水の魔石だ、しかもあの量、研究資料としての価値も高くそのまま使用するには惜しいものだ。」

 

「あの紋章について一刻も早く調べ上げさせろ、わざと紋章を見せつけた以上は何かしらの意図がある筈だ、何処に所属するのか知る必要がある。」

 

出処の怪しい水の魔石であったが、背に腹は代えられない大河の国々は、溜め池に水を適時継ぎ足して農業用水として使用し、本のごく一部のみ研究資料に回された。

 

それから暫くして、まいた種が発芽したころ、意外なところでその紋章の所在が判明した。

最近、水不足が解消しそこよりも下流域の水量が増えるという奇妙な現象が起きていたホトリア王国、その王城広間前の大噴水に大河を騒がせていた紋章が刻まれていたのだ。

 

大河の国々は大使館を通じてホトリア王国を質問攻めした。

あの奇妙な怪物はホトリア王国が魔術で生み出したのではないのかと、だが、ホトリア王国側の返答は驚くべきものであった。

砂漠の民が祀る地母神の力を宿す御神体である秘石が神の託宣によりホトリア王国に持ち込まれ、大噴水と一体化したと言うのだ。

 

「まさか、本当に地母神の使者だというのか?」

 

「そんな馬鹿な、ホトリア王国は神に祝福されたというのか?あの小国が?何故・・・・。」

 

「あの渇きの大地に地母神が降臨したと言うのは本当だったのか?」

 

馬鹿げた話であった、信用に足る話では無かった、正気を疑う。

だが、確かに大河で奇妙な現象が頻発しているのは事実であった。ホトリア王国の下流域の水量が増え、暫くしてから大河の上流域の水量が増え、そして枯れていた大河跡地が再び水で満ち溢れ分流へと加わった。

 

・・・・・・・ただ事ではない、何かが起きている。

そう、以前からホトリア王国に注目が集まっていたのだ。

 

「ほぉぉ、おおぉぉ・・・・まさかこれ程美しいとは、これぞ神の宿る噴水、この目で見て初めて理解した、噂は本当だったのだと。」

 

「嗚呼、有難や、有難や・・・・。」

 

元々噂を聞きつけて集まっていた地母神信者が、更に集まり、大河中の神官がその重い腰を上げて自らホトリア王国に訪れるようになった。

その青白く、薄っすらと虹色の光沢を放つ大噴水の秘石は、美しさのあまり神官たちの心を揺れ動かし、帰国した神官の言葉を聞いた大河の民が聖地巡礼の為にホトリア王国に集まり始めるのであった。

 

(間違いない、ほんの僅かだがホトリア王国の分身体が大きくなっている。)

 

(暫く水不足の国に潜ませて補充した魔力で魔石を合成していたけど、此処に戻ってくるまで居残り組の分身体は此処まで大きくなかった。)

 

(少し目立つ行動をした覚えはあるけど、人が集まれば相当な量の魔力が集まるんだな、石の体ながら私も成長するものなのだな。)

 

(やはり、私の仮説は正しかった、砂漠の民の為に体を何度も切り分け、砂漠の水源を増やして行ったんだ、それなのに私本体の結晶体はその質量をあまり減らす事は無かった。)

 

(つまり、砂漠の民から貰った力で、私と言う結晶体は少しずつ成長していたんだ。)

 

(大河に住む民は、砂漠の民とは比べ物にならない程の人口がある。小国に部類するホトリア王国でさえ本拠地の岩山オアシスの村を圧倒する人口なんだ、得られる魔力が桁違いなのも不思議ではない。)

 

(元々、大噴水の分身体は岩山オアシスの私本体から目をそらすための囮みたいなものであったが、ホトリア王国に負担をかけてしまったな、だがもう時は戻らない、大きな挑戦を決断する時が来たのだ。)

 

(少しでも力を蓄えて、この干ばつの災禍の影響をこの地から完全に排除する!岩山オアシス全体を霧で覆うことが出来た事から薄々察していたんだ。)

 

(私本体程の出力があるなら天候操作すら可能だと言う事に。)

 

(ホトリア王国に派遣した分身体の出力では到底天候操作には及ばない、でも、人が集まり分身体が大きく成長するならば・・・。)

 

(天飛ぶ風雲よ!四方の国へと散れ!雨をたたえし黒雲よ!大地降り注ぎ地平を満たせ!)

 

(嗚呼、地母神よ!偉大なる大地の化身よ!我に力を与えたまへ!)

 

迷宮核は、大河へと派遣した分身体たる従属核を大きく動かした。

それが大河の国々をどのような影響を齎すのか今は誰も知る由は無い。

ただ、無数の魂たちは、この地で力尽きた生命たちは、慈雨を願った。


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