霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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修復の奇跡

砂漠の民が本拠地としている岩山オアシスは魔石などの資源に恵まれた土地であるが、金属資源は極僅かしか産出せず、鉄などの金属は輸入に頼っていた。

それ故に金属製器具が破損してしまった場合、細かく砕け散った破片すらかき集めて逃さないように節約しつつ修理される。

だが、小さなオアシスの集落では設備も整っておらず、修理の為に岩山オアシスまで持ち込まなければならない事が多かった。

 

「あぁっ!?」

 

「どうした?」

 

「はぁ、硬い石にぶつけて鍬が折れてしまったよ。」

 

「よくある事だ、時々埋まっているから上手く衝撃を逃さんとな。」

 

「大河の国の職人の腕は良いし、木製の鍬に比べたら丈夫だけど限界があるからねぇ。」

 

「ま、仕方あるまい。折れた奴は箱に入れて置いて前の鍬を使いなさい。」

 

「アンタが取り寄せてくれた大切な鍬なのに悪いねぇ。」

 

「旦那が妻の為に出来る事をしただけだ、君が気に病む事は無い。」

 

中年夫婦が折れた鍬を散らばった金属片の混じる砂ごと拾い上げ、干しレンガに木製の蓋を取り付けただけの簡素な倉庫に入れて、古びた木製の鍬で畑を耕し始める。

 

(大河の国から鉄器が持ち込まれて大分利便性が向上したけど、設備が整っていると言えないから、壊れてしまったらそのままか。)

 

(倉庫にしまいっぱなしになるのは、ちょっと勿体ないなぁ。)

 

(ふむ、しかし見た所これは鉄製の鍬みたいだな。)

 

(確かに木製に比べて丈夫だし耐久性も高いけど、思ったよりも不純物や鉄の純度に偏りがある部分があるな、生前の世界と比べるのもあれだけど製鉄技術はそこまででもないのか。)

 

(岩山オアシス周辺は金属に乏しいから意外と鉄ってあまり触ったことが無い鉱物なんだよね、確か鉄って純度が高すぎても強度が落ちるんだったよね?)

 

(取りあえず不要な不純物は取り除いて、ちょっとだけ炭素量を調整して‥‥こんな感じかな?)

 

折れた鉄鍬が倉庫内で光り輝き、散らばった金属片と融合しながら新たな刃が形成され、不純物が取り除かれた分幾らか小さくまとまった鍬に変化する。

 

(ふーむ、不純物を取り除いたら小さくなっちゃったから少しだけ鉄を生成して継ぎ足したけど、水と比べてとんでもない魔力消費量だなぁ。)

 

(土の魔石を作る要領で思いっきり魔力を込めれば金属を生み出す事が出来るのも知っているけど、やはり元から存在している鉱物を弄る方が魔力消費は少ないね。)

 

(砂漠の砂とかも成分を弄れば資源にはなるんだけど、金属では無いからなぁ。)

 

(まぁ、取りあえず今は農作業を終えた彼らが驚くのを楽しみにしておこう。)

 

 

汗をかきつつ日が暮れるまで歌いながら畑を耕し、肥料と砂芋の種芋を植え、木製の鍬を倉庫に戻そうとする。

ふと中年夫婦は、倉庫に違和感を感じると、折れてしまった筈の鉄鍬が修復されており、しかも美しく黒光りしている事に気付く。

 

「はれまぁ?こりゃぁ一体どうした事か!」

 

「折れちまった鍬が元に戻っている!」

 

先ほど使っていた木製鍬を倉庫に置くと、壊れたはずの鉄鍬を取り出し、まじまじと検分する。

 

「なんか刃先が小ぶりになった気がするけど、その割に前よりズシリと重いねぇ。」

 

「そもそもこんな黒い光沢の鉄なんて見た事ねぇなぁ。」

 

「なぁ、君、試しに耕してみないか?」

 

「あ、アンタぁ、仕事が終わったばかりなのに人使い荒いねぇ。」

 

文句を言いつつもまんざらでもない表情で、鉄鍬を振り上げる中年農婦。

手慣れた動作で鉄鍬を振り下ろすと、さくりと音を立てて硬く固まった砂を易々と耕し、それ程力を入れている訳でもないのに縦一列耕し終えてしまう。

 

「こ、こりゃぁ凄いよ!こんなに丈夫な鉄鍬は初めてだぁ!」

 

「む・・・むむむっ!?良く見ると刀身に砂漠の主様の紋章が彫り込まれてねぇか!?」

 

「ほ、本当だぁ!砂漠の主様が奇跡を起こしてくれたんだぁ!」

 

その翌日、日が登ると同時に子供達を起こした中年夫婦たちはオアシスの泉の祭壇へ向かい鉄鍬を掲げながらお祈りをしていた。

 

(ふふふっ、これだけ喜んでくれたのなら修理した甲斐があると言う物だよ。)

 

(まぁでも、岩山オアシスの工房の技術力を維持するためにも鉄器の修理はさせないといけないし、器具を修復するのも支援が必要なオアシスの集落に留めておこうかな。)

 

それから迷宮核は、度々小さなオアシスの集落で魔力に余裕がある時に砂漠の民の器具を修復する事があったが、その中で折れた剣を泉に落としてしまった守り手が翌日完全修復された状態で砂漠の神を祀る祭壇に鞘付きで愛剣が納められていたのを発見した話が広がり、破損した道具を泉に沈める習慣が出来てしまった地域もあった。

 

(う、うーん。状況によって修理しているつもりだったけど、どういう風に解釈されたんだろう?)

 

(とは言え、実際問題金属製品を調達するのも簡単ではない集落もあるし、場合によっては魔物に対抗するための武器だったりするし、金属資源の不足は死活問題なんだよね。)

 

(現物があるなら金属は地形操作の応用で簡単に成型できるけど、木材は生物由来素材だから修復は難しいな。)

 

(まぁ、砂漠の民がこの法則に気付く可能性は薄いかな、木材を砂で合成した固定具で繋いで応急処置は出来るけど、生物素材をくっつけるのは出来ないみたいだ。)

 

(金属の鉱脈が私の領域に纏まった数あれば、もう少し研究できそうだけど、本当に地下洞窟は金属が少ないなぁ。)

 

(砂漠の長距離移動と行商路の横断は私が自力でやろうとすると膨大な魔力を必要とするし、やはり材料調達は砂漠の民に任せるしかないか。)

 

迷宮核が従属核を通じて陰ながら器具や施設などの補修を行っている所、敏い砂漠の民は、神の奇跡によって修復された器具や武具の強度が以前よりも増している事に気付き、改めて砂漠の神の偉大さに信仰心を高めていた。

 

「はぁ!!」

 

黒光りする長剣を振り回し、巨大蠍の外殻の関節部分に食い込ませ、切り落とす守り手の剣士

 

「鋏を切り落したな!畳みかけろ!」

 

「うおおおおおぉぉぉ!!」

 

腕を切り落とされた巨大蠍は守りが崩れた隙を狙われ、剣や槍、棍棒や斧などが容赦なく叩きつけられ、反撃する間もなく体を痙攣させ絶命する。

 

「しかし、随分と強度の高い剣だな?どこで手に入れたんだ?」

 

「いや、ずっと使っていた剣が折れてしまって、修理できないまま腰にさしていたんだが、固定が甘くて泉に落としてしまってな、その日は夜で暗くて探すのは途中で諦めたんだが翌日妙な所で見つけたんだよ。」

 

「妙な所?」

 

「砂漠の神を祀る祭壇に修復された状態で鞘ごと置かれていたんだ。」

 

「何だと!?」

 

「罅一つ無く、前よりも密度と言うか重みのある刀身になっていて、強度も高くなっている様だ。」

 

「それではその剣は村長家の神剣と同じ・・・・。」

 

「あぁ、残念ながらジダン様の砂神剣みたいな出鱈目な切れ味を誇っている訳でも刀身が伸びる訳でもないぞ?武器としては常識の範囲内だ。」

 

「そ・・・そうなのか?」

 

「他にも近くの村で鉄の鍬がいつの間にか修理されていたという話もあるぞ?俺の剣もその類の奇跡なんだろう。」

 

「成程な、これも砂漠の神の思し召しか、運が良かったじゃないか!これからも砂漠の神により一層強く祈りを捧げなくてはな!」

 

「そうだな、だが罰当たりかもしれんが、この鉄剣がどのように変異してこの強度になっているのか気になるところでもあるな。」

 

「あー、お前の親父さん鍛冶師だったな、そう言えば。」

 

「そもそも、俺の剣は元は親父が大河の国で修行中に打った一振りを岩山オアシスで打ち直した物だからな、親子二代で思い入れのある剣だったんだ。」

 

「そんな大切なもんを落っことすのも大概だと思うぞ。」

 

「ははは、違いない、しかし親父もこの鉄剣には興味を示すかもしれんな、鍛冶師としては自分が打った剣が別の誰かに修復されたと言うのは思う所はあるだろうがな。」

 

「まぁ、直してくれたのは恐らく砂漠の神であるがな。」

 

「むしろ、神の奇跡を再現してやろうと言い始めるかもしれんな、親父ならやりそうなことだ。」

 

「腕利きの職人は神の腕とも呼ばれるし、その領域に到達するのは多くの職人の夢でもあるからな。」

 

「どんな物もそれがそれである為の本質が存在する。この恐ろしい強度を持つ鉄剣もその強度を持たせている構造がある筈だ。」

 

「そいつを解明するためにその鉄剣が必要って訳か、場合によっては解体したり鋳つぶすかもしれないと?」

 

「多少罰当たりに感じるかもしれんがな、だが、いつまでも神頼みと言う訳にも行くまい。その神の御業を少しでも再現し、神の手を煩わせないよう人間は自分の足で歩み続けなくてはならないのだ。」

 

「頼もしい限りだ、もし新たな発見があって良い武器が作れるようになったら俺の武器も作って貰いたいものだな?」

 

「止めとけ止めとけ、あの偏屈親父は自分の気に入った人間か身内にしか剣は打たん。」

 

「そうか、ならば親父さんに気に入られるように精進する事にするか。しかし、砂漠では燃料の調達が難しいから研究には金も資源も沢山必要になるだろうな。」

 

「木炭の代わりに火の魔石が洞窟から採掘されるから燃料自体は手に入るぞ?ただし、扱いは木炭とは大きく異なるし、仕上がりも違いが出てくるから大河の技術とは違った方向性になるが。」

 

「大河の連中からしたら火の魔石を鍛冶に使う事自体、とんでもない贅沢な使い方だろうがな、改めて我らの生活は神の奇跡前提で成り立っているのだな。」

 

「有難いのやら、情けないのやら、しかし我らは神から自立しなくてはいけないのだ。」

 

「そうだな、何時か萌ゆる翡翠の大地を共に見るその時までには。」

 

「違いない。」

 

時折、大河や他の地方から入手した金属製品が修復される現象が確認され、その修復された金属製品は岩山オアシスの研究機関に集められ、工学的な観点と魔術的な観点から精密に調査が行われた結果、理想的な配分で構成された合金となっている事が確認された。

大河の国ですら知り得ない金属と不純物の比率は、砂漠の民の技術水準を引き上げ、再現が困難なものの試行錯誤を繰り返す事で大分形になって行った。

 

原始的ながら砂漠の民にマテリアル技術の種が育ちつつあった。

 

(砂漠の民が大河の国々から色々な技術を吸収しているけど、素材関係の技術が最近伸びているなぁ。)

 

(私が用意した各種魔石の鉱脈に結構依存しているとは言え、土の魔石をベースに鉱物の加工が行われて、疑似的ながら折れた金属製品の燃料を使わない結合法を編み出しているし、もしかしたらその内私を超えるかもしれないな。)

 

迷宮核が感慨深げにつぶやく。

 

(自分の体が魔力や生命エネルギーで構成されているとは言え、魔法技術もまだまだ未熟な私だ、才能のある砂漠の民が私も思いもよらぬ魔術の利用方法を思いついても何もおかしくはないだろうな。)

 

(少しだけ地底湖の洞窟の魔石を増産してみようかな?あれは、大河の国への貴重な交易品にもなっていた筈だしね。)

 

その後、地底湖の洞窟の奥地に壁が崩落して顔を出した新たな魔石鉱脈が確認され、益々魔石採掘業が盛んになり魔術研究が進み大河の国々との交易材料が増えるのであった。

新たに発見された魔石鉱脈は砂漠の民の発展に大きく影響を及ぼしたが、その過程で魔術研究所と鍛冶師組合などが魔石の配分で少しだけ揉めて有力者会議で種類は若干偏るものの平等に配分される事に決定された。

 

 

 

 

 

修復の泉

 

緑の帯や岩山オアシス周辺に点在する神の祭壇が設置されたオアシスの泉に、破損した器具を沈めると暫くして祭壇に修復された状態で安置されているという噂が広がり、局所的であるが壊れた器具を泉に沈める習慣が出来た集落が現れ始めたという。

しかし、別に泉に沈めなくても倉庫に仕舞ってあった農具が修復されている事もあるので、情報を精査した第三者機関から疑問の声も上がっている。

偶々緑の帯を訪れていた大河の国の商業キャラバンの物品も時々修復されている事があり、少数ながら地母神教徒に宗教を鞘替えする者も現れ始めている。

 

 

神の黒鉄

 

余り質の良くない鉄製品でも、神の奇跡によって修復された鉄は、一回り小さく美しく金属光沢を放つ様になるが、鋼材として研究機関から注目が集まっており、神の奇跡によって祝福を受けた鉄がどのようにしてその強度を持っているのか岩山オアシスで研究が進められている。

土の魔力を多く受けた痕跡があり、通常の鉄に比べてやや強めに魔力を帯びているが、何よりもその材質があまりにも均一に出来ており、改めて人知を超えた神の奇跡の偉大さに信心深い研究者は、一度鋼材の前で祈りを捧げてから取り掛かる者も居る。

その過程で、土の魔石を使って熱を使わない金属の製錬方法が編み出されており、ごく僅かながら砂や土に含まれている微量な金属を凝固させる事に成功した。


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