霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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さぁ、今月も気合入れて行きましょう!


陰からの支援

迷宮核が砂漠の奥地に大規模なオアシスを形成してから二十数年、砂漠を生きる民が集まりなけなしの作物の種子をまいて育て態勢を立て直し、岩山オアシスを発見する前とは比べ物にならないほど食糧事情は改善していた。

 

しかし、それでも依然として砂漠は過酷な環境であり、砂嵐や野生動物の食害などで作物が枯れてしまい、岩山オアシス周辺の集落でも度々食料不足になる事がある。

大抵は、巡回するキャラバン隊から齎される物資で賄いその時に種子や種芋などを補充するのだが、岩山オアシスから外緑部に位置する集落ではそれが間に合わないときがある。

砂漠の民持ち前の忍耐力で畑を耕し直し成長の早い野菜の栽培や小動物を狙った狩りで自給自足をし、僅かな保存食と水でキャラバン隊が回ってくるまで耐えるやり方が砂漠の民の生き方である。

 

開拓初期の頃では飢餓で弱った所を狙われて魔物や盗賊に襲われて集落が壊滅する事もあったが、事実上砂漠の民の軍事力でもある守り手が巡回することで魔物の住処や盗賊の拠点を潰し、安全性は高められていた。

魔物の住処は砂漠の民が崇める神が設置したと思われる物も存在するので、対処する場合は慎重に行うが、盗賊の拠点は残すだけ百害あって一利なしなので容赦なく叩き潰された。

その過程で再利用された盗賊の拠点跡地や魔物を駆除した水源などに村を起こし、交易や物資生産の拠点として利用される。

 

砂漠の民の生存圏が広がれば広がるほど人口は膨れ上がり、水や食料の需要は雪だるま式に増えて行くが人口が増えた分労力も確保され、現在も農地は拡張され続けている。

 

(ん、私の分身体が村の食料不足を検知したな?)

 

(巨大蠍に砂芋畑を荒らされてしまったのか、災難だね)

 

(でも、逆に巨大蠍を返り討ちにして保存食に加工したか、砂漠の民は相変わらず逞しいな)

 

(とはいえ、巨大蠍の肉も一時しのぎにしかならない、キャラバン隊の巡回も砂嵐で遅れ気味だし少し不味い状況だね)

 

(隠し畑で育てている作物も増えてきたし、少しくらい分けても問題ないだろう。大河で主食の穀物をコンテナに詰めて分身体を向かわせよう!)

 

岩山オアシスの隠し扉が開き、麦に似た穀物を満載した履帯型フレームが独特な跡を付けながら目的地へと向かう。

広範囲に草花が絨毯のように広がっているため、足を取られにくく快適に進める様になっていたが、岩山オアシスの外側に行けば行くほど植生はまばらとなり、目的地の村周辺に近づく頃には完全に砂地となっていた。

 

(ここまでは地下水路も伸びていないから村に水生生物は運べていないし、泉にも藻類しか生えていない筈、やはり旧式のパッケージ型砲弾でのオアシス形成には植生に問題があるな)

 

(食料のほかに水モロコシやパピルスの種子を持ち込んだから後でこっそり植えておこう)

 

時折岩山オアシスの上部から射出される魔石パッケージされた従属核が新たなオアシスを形成するが、初期型では土地をある程度保湿できるように改良した後に陶器の椀に水を満たす仕組みで、植生は自然発生や陸路での持ち込みに頼っていた。

現在は、衝撃に耐えられる植物の種子を衝撃吸収保水ゲルに包んだうえでパッケージに詰め込み従属核と共に射出しているので、オアシス形成と同時にある程度植物を生やすことに成功している。

 

(いずれ地下水路を繋げる予定だから稚魚の持ち込みはしないけど、これである程度は食料不足も解消するだろうね。距離が距離だから弱ってしまう可能性が高いのもあるけど)

 

(砂芋は瘦せた土地でも育つから砂漠の民の主食でもあるんだけど、水場で育つ水モロコシも外せない、元は大河の国の作物だけど天然オアシスのある村で古くから育てられているし収穫量も折り紙付きだ)

 

そもそもこの小オアシスの村は迷宮核の支配領域拡張の一環で打ち上げられた従属核によって作り出されたオアシスであり、水源の空白地帯を埋める目的でもあり、休眠状態のサボテンの種子などが発芽して定着し自然発生した植物で占められていて元から植生が少々歪なのである。

そこに、道に迷ったキャラバン隊が空腹をしのぐためにサボテン目当てに近寄った事で発見に至った経緯がある。

つまりは、まだ開発途中のオアシスが開拓され村が運営されている状態なのだ。

 

(まだ生物が定着していないから魔力供給に少々難があるな、私の支配領域のかなり外側だから仕方がないが、少し地下水路の延長を速めたほうが良いかもしれないな)

 

(砂漠の民側にも水モロコシの種子が不足している時期だったのが痛いな、今なら開拓団に複数種類の作物の種を持たせることも出来たがままならないものだ)

 

(根本的に慢性的な物資不足が原因なのは分かっている、村長宅は干しレンガで作られているが、あの村の多くの住居は未だに天幕ばかりだ)

 

(食糧支援後に村が落ち着いたら、木材兼油脂用の苗木を持ってくるか、繊維用の草も必要だな?ふふふ、その後どのような景色になるんだろう?楽しみだ)

 

履帯を回転させ続け、ついに目的地の集落にたどり着くとコンテナを開き従属核をさらに小さく切り分けて作業用の小型フレームをその場で合成し泉の底やその周辺に持ち込んだ種子を植え始めた。

作物の植え込みが終わったら村人たちに気づかれないように地形操作能力を応用して地下経由で食料の入った箱を泉の祭壇に移動させ、最後の仕込みを行う。

 

コオオオオォォォン・・・・キュオオオオォォォン

砂漠の砂の成分を凝縮して作り出した水晶に魔力を込めて振動させ、独特の音を祭壇から放つ

 

「なんだなんだ?この音は一体?」

 

「見ろ!祭壇が、祭壇が光っている!!」

 

奇妙な音が鳴りやむと、今度は地響きと共に祭壇の床が開き、大きな箱が地の底からせり出してくる。

そして、かちりと音を立てて箱を止めている閂が開き、蓋が僅かばかりに揺れる。

恐る恐る近づいてきた村人が意を決して箱の蓋に手をかけ開くと、中には黄金色に輝く見事な穀物の山が入っていた。

 

「見ろ!食料だ!食い物が箱いっぱいに詰まっているぞ!」

 

「おおっ!岩山の主様!ありがたや!ありがたや!!」

 

「砂芋や水モロコシじゃない!大河で育つ上質な穀物だ!」

 

「岩山の主様万歳!感謝の祈りを!!」

 

その日、辺境の小さなオアシスの村は砂漠の神から授かった穀物を炊き、ささやかな宴と神へ捧ぐ舞を踊り、感謝の祈りをした。

砂漠の神から齎された穀物の一部は、村の中でも一番土壌改良が進んでいる一角に植えられて、隣接する辺境の村々の食事事情を改善させ支えるのであった。

 

(砂漠の民が喜んでくれて何よりだ、それに沢山の作物が植えられているからその生命力の余剰分も効率よく吸収出来てあそこの分身体もやれる事が沢山増えたよ)

 

(まぁ、依然として魔物の襲撃があるから油断はできないね)

 

(しかし、なんで巨大蠍がやたらとあのオアシスを襲撃してくるんだろう?近くに巣でもあるのかな?)

 

一仕事を終えた従属核が村の周辺の調査を行うと、村からやや離れた岩地に小さなサボテンの群生地があり、そこに無数の巨大蠍の幼生がサボテンに群がっていた。

 

(ははぁ成程、ここに巨大蠍の生息地があったのか、でもサボテンも小ぶりで一部が枯れてしまっているな、慢性的な食料不足で群れからあぶれた個体があのオアシスの村を襲っていたんだな)

 

(砂漠の民があのオアシスを発見するのが一歩遅れていたら彼らの縄張りになっていたかもしれないな、それはそれで面白いんだけど、このままではお互いに不幸になるだけだし、後でここにも追加で分身体を送っても良いな)

 

(今はオアシスを形成する程の余裕もないし、後で追加で種子を搭載した分身体を送っておこう、取り合えず応急処置にため池だけ作って帰還するか)

 

巨大蠍の小さなコロニーに風呂釜程度の小さな水たまりを形成して、サボテンに霧吹きの要領で水をかけると、反転し履帯を回して従属核は岩山オアシスへと帰還する。

 

そしてそれから数日後、岩山オアシス上部から新たにパッケージ砲弾が射出され、外緑部オアシスの村よりも少しずれた位置に着弾し、履帯型フレームを形成して巨大蠍の生息地へと向かった。

 

(お、あったあった。例のサボテン群生地だね)

 

(?なんか気持ちサボテンが大きくなっている気が・・・・・色味もなんか鮮やかになっている様な)

 

風呂釜程度の水たまりの水位はすっかり底の一部が見えるくらいに減ってしまっていたが、巨大蠍と名も知れぬ小動物が群がり水を飲んでいる姿が見えた。

サボテンの群生地は相変わらず虫食いが目立ったが、砂地や岩の割れ目から新しいサボテンが芽吹いており、水たまりの周辺の個体は大きく成長している様であった。

 

(食料不足なのは何も人間だけじゃないか、考えてみれば当たり前だね。でも、こんな事も有ろうかと今回は大河の植物の種を沢山持ち込んでいるんだ!)

 

(まだ分身体を設置するほどの余裕もないから少し手を加えるだけだけど、仮設オアシスの要領で土地を改良してしまえば良いんだ、さぁやるぞー!)

 

まずは周りの砂地を地形操作能力で固めて大きな陶器の椀を形成し、それを水で満たし人工の泉を作ると、従属核の代わりに敢えて魔力結合を弱めた水の魔石を中央部に差し込み、水分が少しずつ滲み出るような仕掛けを施した。

そして、保水ゲルの成分を含んだ粉末を合成して泉の周りの砂と混ぜ、従属核フレームに格納していた植物の種子を等間隔で植えていった。

後は、巨大蠍が好む岩場を泉を囲うように合成して設置し、日陰になる大きめの穴倉付き岩場を数か所作り、作業を終えて岩山オアシスに帰還した。

 

(ふぅ、作業中に巨大蠍に何回か毒針でつつかれたけど、砂漠の生物用の仮設オアシスが完成したぞ)

 

(砂鮫もそうなんだけど、襲って来たら水をかけておけばそれに気を取られて攻撃してこなくなるんだよね)

 

(でも、変な事を覚えさせるとつつけば水が出ると思われちゃうからなぁ、分身体で直接砂漠の生物に接触するのは避けて、避難場所を作るだけに留めておいた方が良いね)

 

(あの泉は水の魔石を仕込んだから次の雨期までには干からびないだろうけど、永続するものでもないから、その内ちゃんと私の分身体を設置しないとね)

 

(人間も砂漠に生きる動物たちも、我らと共に繁栄してゆこう、そして皆で翡翠の大地を拝もう)

 

それから暫くして、砂漠の辺境にて緑に覆われた小さな丘が発見された。

そこは、遠く離れている筈の大河の植物で覆われており、色とりどりの草花と砂漠に生きる小動物たちが生息しており、その小動物やサボテンなどを糧に巨大蠍が群れ単位で生息していた。

中央部に澄んだ泉があり、パピルスをはじめとした様々な水草も生えている。

有毒の物や有用性のあるものを問わず、ただただ植物が群生し、この小さな丘は危険な場所でありながら、近隣のオアシスの村にとって貴重な資源地として利用されるようになった。

自然発生的に形成されたとは考えにくく、砂漠の神が砂漠に生きる生物を憐れんで生み出したものと考えられ、彼らに敬意をもって開拓される事なく一歩離れた距離でその地の人々は付き合って行くことになる。

 

 

 

 

 

陽光麦

大河で主食とされる穀物の一種。

大量の水が必要だが、日差しの強さだけ成長し、穂が垂れるほど実る。

太陽光線が強烈な砂漠の環境では実りすぎて茎からへし折れてしまうほど成長するが、元から土壌の栄養が乏しい砂漠の環境では程よく成長に歯止めがかかって、収穫前に折れることは無い。

基本的に水が無い所では砂芋などの作物が主流になるのだが、水源が豊富な岩山オアシス付近の集落ではちらほら大河から種が持ち込まれ育てられるようになる。

艶のある麦穂は太陽光を反射し美しく黄金色に輝き、上質な穀物粉へと加工される。

 

 

 

 

蠍ヶ丘

 

ある日忽然と姿を現した小さな丘で、その中央部にさほど広くないものの足が付かないほどの深さの泉がある。

魚などは生息していないが、パピルスなどの水草が群生しており、いずれも大河原産のものが殆どである。

泉を囲うように岩場に覆われており、日陰となる小さな丘が何か所か存在し、その丘の下に巨大蠍の群れが生息する穴ぐらがある。

奇妙な植生をしており、食用サボテンや腹痛サボテンなど砂漠でよくみられる植物から、大河で見られる色とりどりの草花も生えており、大河から遠く離れた砂漠の外れでは考えられない植生の事から、砂漠の民が崇める砂漠の神によって作られたという説が有力である。

大型の捕食動物も徘徊しているので危険な場所であるが、狩り用の毒や薬草、珍味など様々な資源が入手可能なので、辺境の守り手の修行の地として利用される事も有る。

この地に生える有毒植物を摂取しているからか、この丘の巨大蠍の毒は特別強力で、岩山オアシスや大河の国々に毒腺が高値で取引されている。

のちに力を付けた迷宮核によって地下水路が接続され、魚が取れるようになった。

 

 

 




程よく頑張りながら執筆を続けます。

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