霊晶石物語   作:蟹アンテナ

86 / 92
編布

迷宮核は砂漠の土地開発を行うための技術開発に余念がない。

その為に日夜溜まった魔力を使って物質生成能力で何が行えるのか自身の能力の把握に努めていた。

長年の研究の結果、様々な物質を生成することに成功しており、多少魔力は必要だが汎用性に富むコモンメタルの類を安定的に生成することが出来るようになっていた。

 

(うーん、魔石の合成に比べると魔力消費はそこまででもないんだけど、鉄や鉛とかの金属は結構魔力を使わないと生み出せないんだよね)

 

(使った魔力に対する金属の量もたかが知れているし、実験用やどうしても使わないといけない部品の素材に使うくらいしか使えないなぁ)

 

(だから魔力の用途は水の生成や水の魔石の合成が優先されるんだけど、せめてもっと低コストで使いやすい素材が合成できれば問題は解決するんだけどなぁ)

 

(生糸とか麻とか合成できれば良いけど生物由来の素材はどうやっても合成に失敗するし、勝手に砂漠の民から貰っちゃうのは問題だしなぁ)

 

迷宮核は、従属核フレームを稼働させて偶然砂漠に落ちていた植物繊維の紐や布片等を回収して実験などに使用することはあっても岩山オアシスの村の工房から盗む事はしなかった。

経年劣化で千切れたり砂嵐で吹き飛ばされてきた植物繊維の再利用をしているだけなので強度は本来よりも低下していて用途は限定されているが、その柔軟性は無機物しか生成できない迷宮核に重宝するものであった。

 

(魔力を多量に使えば金属を繊維状に編み込んだワイヤーを作れるが、私の能力ではそもそも麻布一枚作ることも出来ない、歪なものだな)

 

(既に大河の国からパピルスを始めとした様々な繊維用の植物が持ち込まれて砂漠の民が紙や衣服などに利用しているというのに、歯がゆいものだ)

 

ふと迷宮核の脳裏?に電撃が走る。

 

(まてよ?そうだ、何故今まで思いつかなかったんだ!植物繊維の加工技術、砂漠の民から学べばよかったんだ!)

 

既に寝静まった岩山オアシスの村に多少のもどかしさを感じつつも、岩山の整備をしながら日の出を待った。

そして暫くして、朝焼けの静寂を引き裂くように目覚まし用に持ち込まれた茂み雉が甲高い鳴き声を上げる。

目をこすりながら農家が畑に肥料を撒き、雑草を引き抜く。

刈り取った後茹でて剥いてほぐしてから干していた作物を取り込み、手作業で繊維を捻りながら工具に引っ掛けて伸ばす。

岩山オアシスの村の一日が始まったのだ。

 

(砂漠の集落の様子は俯瞰して見回していたけど、こうやって工房をまじまじと観察することって意外と少ないんだよね)

 

(砂漠の野生動物に砂漠の民が襲われることも有るからあまり意識をそちらに向けすぎる訳にも行かないし、岩山の整備も同時並行で行わないとすぐに風化が進んじゃうし塩梅が難しい)

 

(成る程、大河の国の古くなった糸紡ぎの機材を組み立て直して再利用しているわけか、多少がたが来ているけど使用には問題無さそうだな)

 

(こうやって積極的に大河の国から技術を学んで吸収してゆく向上心は私も見習わないといけないな)

 

(ふむ、こうしてみるとやっている事自体は単純作業だな、これだったら移動用の外殻に使っている油圧機構を応用すれば効率的に木綿を作れるかもしれないな)

 

早速迷宮核は死の海近くにある動植物研究所に意識を向けると、油圧アームで栽培しているパピルスを幾つか伐採し、皮を剥いて繊維をほぐし始める。

 

(植物も絶命すると魔力を放出する、魂と呼べるほどしっかりと固まったものではないけど結構まとまった量を吸収できるな)

 

(とは言え、生育し続けたほうが総合的に得られる魔力量は多いんだけどね、申し訳ないけど糧になってもらうよ、そもそも魔力自体が目的じゃないし)

 

(ふふん、こうやって固定して引き伸ばしてから高速回転!人間の指じゃ真似はできないぞ!)

 

油圧機構で高速で繊維をほぐし引き伸ばした後、端っこを固定した後高速スピンし植物繊維の糸を紡ぐ。

 

(さて、とりあえずそれっぽく繕ってみたけどどうかな?)

 

見た目はほぐれた繊維が絡み糸状になっているが、過剰に捻りすぎたのか中間辺りから千切れて床に落ちてしまう。

 

(あらら、失敗か・・・でも、これは最初の一歩だ。いろいろ試して少しずつでも完成に近づけて行こう)

 

それから迷宮核はパピルスの繊維を潰したり干したり加熱したり、時には他の植物の繊維も試しながら無数の糸の失敗作を積み上げ完成を目指した。

素材の合成は迷宮核の能力に頼り切っていたため、物理的に生物由来の素材を加工する経験は殆どなく、苦戦しながらついに試作品の木綿を製造することに成功した。

 

(これはどうだろう?見た感じ結構太めだし、そこそこな強度があるし完成で良いのかな?)

 

(ねじった繊維を複数束ねて編み込むことで強度を高めたけど、これだけの強度があるなら弓の弦にも使えそうだね)

 

(炭素量を調節したしなる金属板で弓を合成してと、試作品の木綿糸をくくりつけて・・・・よし完成!)

 

弓本体と木綿糸の弦を引きちぎらないように慎重に油圧機構で弓を引き絞ると、載せられた岩石の矢じりが射出され、用意しておいた鉄板の的を穿った。

 

(柔軟性も強度も十分だ。はぁ、こんなに苦労するとは思っていなかったよ)

 

(育てているパピルスも大分減っちゃったし、もう少し繊維質の作物を増産してみようかな?)

 

(作り方さえ分かれば砂漠に転がっているお古を使い回す必要もないし、これで今までやりたくても出来なかった事が出来るようになったぞー!)

 

(油圧機構の改良も出来るし、柔軟性を生かしてあんなこともこんなことも出来ちゃうぞ?ふふふ楽しみだなぁ)

 

生物由来の素材の加工技術を砂漠の民から学んだ迷宮核は、隠し畑や動植物研究所などで育てた繊維植物を加工し、有機素材を使って各分野に応用した。

鋼線ワイヤーほどの強度はないが、十分な強度と柔軟性の有る木綿の弦は低コストでありながら砂鮫の鱗を穿つだけの張力を持っていた。

オアシスの村同士を結ぶ杭に通された綱は新品に取り替えられ、道標としての機能を高め遭難者を減らした。

荷車を牽引するための綱として従属核フレームに搭載され釣り針状の固定具にくくりつけられた。

 

迷宮核が今まで欲していた柔軟素材が手に入る様になって砂漠の地の開拓が大きく進み、作りたくても作れなかった施設を作ったり素材が手に入らず停滞していた実験も行えるようになったりと、迷宮核の技術を大きく向上させることが出来た。

 

今まで生物由来ではない無機物の素材を如何にして最大限活かすか研究を続けていたが、ふとしたきっかけで生物由来の素材の利用という道が開けた迷宮核は、改めて砂漠の民から学び、共に発展してゆこうと誓うのであった。

 

 

 

 

 

パピルス木綿

 

砂漠の民が大河の民から学び岩山オアシスの工房に製法を持ち込んだ技術の一つ。

大河ではパピルスだけでなく陸生の植物からも繊維を得ており、パピルス木綿はそこまで主流ではないが十分な強度を有しているお陰で何かと役に立っている様だ。

岩山オアシス開拓初期の頃に持ち込まれているので、パピルスの生息数自体は多く、畑で育てなくてもそれなりの数が自生している。

迷宮核は自分の能力によって生み出せる無機物系素材にばかり注目していたので、無意識に有機素材は自分は扱えないと思いこんでいた。

だが、砂漠の民を観察する内にその製造方法を真似ることが出来る事に気づき迷宮核は認識を変えるのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。