とある右方の英雄学園 作:弥宵
戦闘訓練、第二戦。その開幕を彩ったのは、ビルを覆い尽くす莫大な冷気だった。
「これで身動き封じたか?……いや、まだか」
『半冷半燃』。右で凍らせ、左で燃やす。訳あって今は左の炎を封じているが、右だけでもその実力はトップクラス。ビルの一つや二つ、氷漬けにすることなど造作もない。
そんな大氷結を放った張本人である轟焦凍は、一瞬浮かんだ楽観を即座に打ち消した。
右方神威。先日の個性把握テストにおいて複数の種目で圧倒的な記録を叩き出し、推薦入学の自分や八百万を抑えて総合一位に輝いた生徒だ。
有する『個性』は不明。一見すると今回のパートナーである障子のそれと似ているが、単純に腕を増やしただけでは説明がつかない現象が度々見受けられた。
「あの時見ただけでも爆風、閃光、瞬間移動。出力も相当のもんだ。何にせよ、今の氷は防がれてると思っとくべきだな」
直後、ゴッバァァアアア‼︎ という轟音が建物の中から響いてきたことがその推測を裏付ける。
「どうする、轟」
もう一度同じことをやったところで、同じ結果に終わるだけだろう。ならば取るべき行動は決まっている。
そう結論付け、轟は端的に答えを返す。
「行くしかねえだろ」
モニタールーム。ビルを丸ごと凍らせるというスケールの狂った技が初手から飛び出し、生徒の多くが騒然となっていた。
「おいおいマジかよ……」
「流石は推薦組ってとこか」
「もしかして、これ一発で勝負あり?」
氷に足を取られれば碌に動くこともままならず、核に刺激を与えることもなく確実に制圧できる。今回の条件下において、ヒーロー側として最善に近い手法と言えるだろう。
とはいえ、実際にそれができるのは非常に高い実力あってこそ。同じ新入生でありながら、これほど明確に力量差を示されては落ち着いていられないというものだ。
その喧騒は、侵食する氷が腕の一振りで薙ぎ払われたことで更に勢いを増した。
「うっわ、アレを一撃かよ!」
「やっぱチートじみてるよなあの腕」
「余裕綽々って感じね。全然底が見えないわ」
悠然と。あるいは傲慢にすら見えるほどに、フィアンマは不動だった。
迫り来る冷気を一瞥し、『第三の腕』が閃光を放つのを認識した次の瞬間には、既に部屋の半分を覆っていた氷は一掃されていた。
派手な攻防に生徒達が沸く中、オールマイトは感心と同時に疑問を抱く。
(Hmm……火力がすごいのはわかるけど、結局ありゃどういう『個性』なんだ?)
曰く、個性名『聖なる右』。何とも抽象的というか、実際に何が起こるのかがまったくわからない。
入試で圧倒的な実力を見せつけた彼の『個性』は、相手に応じて最適な出力を発揮していた。確実に一撃で倒し、それでいて無駄に破壊を撒き散らすこともない絶妙な加減。
それが本人のコントロールによるものならば凄まじい技量の一言だ。あるいは『個性』の特性であっても破格と言える。
故に、気がかりが一つ。
先日の個性把握テストにおいて、ソフトボール投げや握力の記録に大幅なブレがあったことだ。
(あれほどの微調整を効かせられる『個性』で、単純な威力の制御をミスるとも思えないんだが……)
というか、そもそもあのテストの目的は自身の『個性』の最大限を知ることだ。数や指向性はともかく、出力に関しては抑える必要性がまるでない。
(ふざけていたって訳じゃないはずだ。右方少年は授業はかなり真面目に受けてるみたいだし。となると―――)
思索に耽るオールマイトを余所に、両者の対峙の時が迫っていた。
そしてもう一人、心穏やかではいられないのが爆豪勝己だ。
(クソが……!)
爆豪は自他共に認める天才だ。幼少期からやろうと思ったことは大概できたし、周囲の誰よりも上手にできた。当然プライドは肥大化し、自分こそが頂点だと信じて疑わなくなった。
そんな自分が、轟の大規模氷結を見て「勝てないかもしれない」と思ってしまった。では何だ。それを事もなげに蹴散らしたあの野郎には、万に一つも届かないとでもいうのか。
(ざっけんじゃ、ねえぞ……!)
先程の敗北も尾を引いている。今まで
(このままで、負けっぱなしで終われるかよ!)
幸いだったのは、彼がそれを糧として前進できる精神性の持ち主であったことか。
雄英での高校生活は始まったばかりだ。成長の余地は、まだ十二分に存在する。
食い入るようにモニターを睨む爆豪の視線の先で、現時点でクラス最上位であろう二人が遂に衝突した。
「来たか」
道中には妨害の一つもなく、ヒーローチームの二人は五分とかからず核の置かれた部屋へと辿り着いた。当然、そこにはヴィランチームが待ち構えている。
室内を一通り見渡すと、氷の破片らしきものがいくらか確認できた。
「……あれを力技で吹き飛ばすとはな」
「ヒーロー側であればまた別の方法を採っただろうが、生憎とヴィラン側なのでな。ここは効率を優先させてもらった」
やはり、先程の攻撃は余裕を持って防いでいたようだ。少なくとも、立場によって別の選択肢を検討できる程度には。
相手の実力の高さを再認識しつつ、轟は考察を重ねていく。
(あれだけの『個性』を無尽蔵に使い放題とは考えにくい。回数制限か、発動条件みてえなもんがあるはずだ)
緑谷は強大すぎる出力に身体が耐えきれず自壊していた。麗日は許容限界を超えると酔いに襲われる。爆豪でさえ、無理に『個性』を行使すれば汗腺を痛めてしまう。『個性』は身体能力の一部である以上、限界は必ず存在する。
轟自身も、右を多用しすぎると身体に霜が降りて出力が下がるという制約を抱えている。もっともこれには解決策が存在するが、それに頼るつもりのない彼からすれば弱点と同義だ。
あの謎多き『第三の腕』も、よもや無制限に振るえるということはあるまい。何かしらの限界はあると見て間違いないだろう。
(問題は、それがどれだけ先なのかだ)
少なくとも、先日のテストでは五種目で複数回の発動を確認している。回数上限が一度や二度でないのは明白だ。
そして、ここで轟もまたオールマイトと同様の疑問に至る。
(出力の変動……何の意味がある?もしくは、
最大出力で固定しない、あるいはできない理由があるのだろうか。ランダムに変動するのか、もしくは何かに対応しているのか。まさか制御できていないということはないだろうが。
ともあれ訓練に制限時間がある以上、攻めないことには勝利はない。先程は広域に展開した冷気を前面のみに集中させ、密度を格段に跳ね上げる。
(これで倒せるとは思ってねえ。だが防御一つにも個人のクセってもんが出てくる。そこからあいつの行動を割り出して―――)
「ふむ。障害物込みとして―――こんなところか?」
そんな台詞とともに何気なく『第三の腕』が振るわれ、直後に生じた衝撃波があらゆる行動を無為に還した。間を阻む氷塊をあっさりとぶち抜いて二人を吹き飛ばし、背後の壁へと叩きつける。
辛うじて起き上がり横目で障子を見遣るが、どうやらほぼ意識が飛んでいるようだった。
「ふむ、これでは弱すぎるか」
それほどの一撃を放っておきながら、目の前の敵はむしろ恥じ入るように肩を竦める。
「まだ試行回数が足りんな。俺様の『個性』はこういう微調整が利きづらくていかん。叩き壊すだけならば楽なんだが、
「これが……小突くって威力かよ……!」
確かに、テストでの記録を鑑みればこれより上の出力があることは明白だ。だがそれにしても、様子見のジャブのような一撃でここまでやられるとは。
「ああいや、むしろお前の実力を褒めるべきなのか。俺様の想定よりも氷の強度が高かったとも考えられる」
白々しい、とは思わなかった。世辞でもなんでもなく、純粋に轟を賞賛しているのが伝わってきたからだ。
明らかに、自分よりも数段上の立ち位置から。
「くっ……!」
悔しさは当然ある。だが今はそれに呑まれてはならない。これは訓練であり、勝利条件は相手の打倒だけではない。ならば正面戦闘で及ばずとも、駆け引きで出し抜ける可能性は十分―――
「
「―――っ‼︎」
そうだ。
目の前の相手の実力に気を取られて、すっかり頭から抜け落ちていたが。
これは元々、
「とりゃー‼︎」
ここまで沈黙していた葉隠の奇襲。よりにもよって左後方から向かってきており、右側である氷の展開は間に合いそうにない。
(どうする)
突破口はある。左の炎を使えば、フィアンマはともかく葉隠の攻撃は容易に防げるだろう。
(どうする‼︎)
使わなければ負ける。だが使って勝ったとしても納得できない。そもそも使ったところで勝てる確率は決して高くない。
轟は逡巡し―――結局、左を使うことはなかった。
その決断を下す前に、既にリタイアしたと思っていた障子が二人の間に割り込んだからだ。
「障子……っ⁉︎」
「俺はもう碌に戦えん。お前に託す」
それだけ告げて、障子は葉隠へと突撃した。
「わわっ⁉︎」
「悪いな葉隠、俺で我慢してもらうぞ」
障子に捕縛テープを回避できるほどの余力はないが、大柄な体躯での突進を受けた葉隠は踏みとどまれずに倒れ込んだ。
「くっそー!なんかかっこいいじゃんかよもー!」
悔しがる葉隠だが、倒れる際にしっかり捕縛テープを巻きつけている辺り彼女も抜かりない。
ヒーローの卵の予想以上の奮闘を目にして、フィアンマは薄く笑った。
「これはまた、流石はヒーロー志望といったところか。それで、相方に希望を託されたお前はどうする?」
「……お前に勝つ」
「やってみろ」
開始前と同じようなやり取り。ただし、そこに込められた熱量は段違いだ。
「ただ、まあ。俺様の前に『ヒーロー』として立つのならば、もう少し大言壮語を吐いてほしいところだがな」
そして、結果は揺るがない。
『ヴィランチーム、WIIIIIIN‼︎』
当然、試合の後は講評の時間である。
「うん、言うことナシ‼︎」
「ないのですか⁉︎」
ぶった切ったオールマイトに飯田のツッコミが炸裂する。
「いや、細かいところはいくつかあるけど……正直、この試合の勝敗を分けたのは単純な実力差だからね!全員が最適な行動を取った結果、地力で上回ったヴィランチームが競り勝った。特に右方少年は頭一つ抜けてたな‼︎」
結果的には接戦とは言いがたい試合だったが、全員の動きが高水準のハイレベルな試合だったと評するオールマイト。
「ねー‼︎ 右方すごかった‼︎」
「轟の氷もヤベぇよな!ビル覆ってたし!」
「透ちゃん、ナイスタイミングだったわ」
「障子ガッツあったぜ!漢らしかった!」
観戦していた生徒達も、各々の注目したプレーについて盛り上がる中。
(最適な行動、ね)
オールマイトのその言葉に納得していない者が、この場には何人かいた。
(轟焦凍は明らかに手札を残していたが。あの場面で自力で葉隠に対処できたのなら、障子目蔵は自身を伏せ札として動くことができた。躊躇った理由は知らんが、もし使っていれば状況は多少なりとも変わっていただろうな)
一人は右方のフィアンマ。
(結局、俺は左を使わなかった。だが使わないだけじゃ意味がねえ。左を使わず、なおかつ勝てなきゃ証明にはならねえんだ―――次は勝つ)
一人は轟焦凍。
(ああは言ったが、轟少年のスペックは恐らくあんなもんじゃない。左の炎を使うのを避けているのには理由があるんだろうが……その辺りの解決を手助けし、生徒に最高のパフォーマンスを発揮させるのも教師の務めだ)
そして、一人は当のオールマイト。
(それから右方少年。動きに無駄はなく指示は的確、おまけに『個性』は底が知れない―――やはり、どう考えても
後継者たる緑谷出久だけを教えればいい訳ではない。教師という職に就いた以上、どの生徒も等しく導かなければならないとオールマイトは決意を新たにする。
新入生最高峰の二人が激突した戦闘訓練第二戦は、当事者にも観戦者にも多くの余波を生みながら幕を下ろした。