宜しくお願いします。
隼人は自分を見ていた。
それはかつての自分。
忘れることが出来ない、忌まわしい日の自分だった。
土砂降りの雨のなか佇んでいる。
手に握っているのは血が滴る刀だ。
足元には二つの死体が転んでいた。
そして、泣いていた。曇天に向かって吼えていた。
「ゆるさんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ヴェルガアアアアアアアアアアアアア」
腹の底から搾り出した怒りの慟哭だった。
「必ず貴様を殺す。何年かかっても。地の果てまで追いかけて貴様を殺す。必ずっ! 必ずだっ!!」
遙か彼方を睨むその目は血の涙を流し、ギラついていた。
煮えたぎる怒りを隠さず、周囲に撒き散らす。
その姿は鬼の様だった。
★
そこで目が覚めた。
気がついた隼人の目に飛び込んできたのは、懐かしい天井だった。
「知らない天井だ」
なぜか、そう言った。
すると、短く笑う声が聞こえる。
「アニキ、気がついたのか?」
「ボケをかませるだけ回復したなら大丈夫でしょう」
起き上がって声のするほうを見る。
心配そうに見つめるカモと、陰陽師のような格好をした男が座っていた。
「久しぶりだな、
隼人は旧友にあって口元がほころぶ。
「ええ、本当に」
詠春と呼ばれた男もフッと笑った。
★
あれから、明日菜たちは瀕死の隼人を運んで関西呪術協会(木乃香の家)に到着した。
迎えてくれた本山の人間が、隼人を治療部屋へ連れて行き、同じく怪我していた明日菜たちも治療を受けた。
その後、隼人は本山の治癒術師に任せて、彼女たちは昼食をとり、風呂に入り一息ついた。
案内された大部屋に着いた時、どっと疲れが出て、少し眠ることにした。
そうして今、彼女たちはスヤスヤと眠っている。
「なるほど、わかった」
隼人は詠春からこれまでの状況を聞いてホッと息を吐いた。
「無事にたどり着けてよかった。一時はどうなるかと思ったからな」
「全くだぜ、アニキ」
カモも頷く。
「ええ、本当にご苦労様でした」
詠春は頭を下げる。
隼人は軽く手を振った。
「なに、気にすんな。久しぶりの実戦。丁度良い運動になったよ」
「心停止するまで運動しないでください。本当に危なかったんですよ」
呆れたように言う。
「いちいち、突っ込むなよ」
顔をしかめて、苦笑い。
「カモ。親書だせ」
「がってんだ。アニキ」
隼人に言われてカモは親書を荷物から取り出し渡した。
隼人は詠春に向きなおると、恭しく差し出した。
「東の長、近衛近右衛門から預かってきた親書です。お受け取りください」
詠春は差し出された親書を受け取る。
「確かに、受け取りました。任務ご苦労様です。これで西と東の行き来が簡単になって、双方の友好もより深まるでしょう」
受け渡しが済むと、隼人は体勢を崩した。
「あ~。疲れた。これでとりあえず親書が奪われることはないか。後は木乃香の件をどうするかだな」
詠春は肯定するように頷いた。
「ええ、木乃香を捕らえて利用しようとする天ヶ崎一派はすでに調べが付いています。即刻見つけ出して処罰するつもりです」
危ない目つきになっていた。
「おいおい、あんまり無茶はするなよ」
「いいえ。愛娘を酷い目に合わせた屑など、この世から抹殺するぐらいでないといけません」
しばらく会わない内に、親バカを通り越して鬼の域に達していたらしい。
「だははは。まぁほどほどにな」
隼人とカモは引きつった笑みを浮かべて誤魔化した。
「それより、あの天ヶ崎千草ってのはどういう奴なんだ?」
彼は真面目な顔に戻って聞いた。
詠春も元に戻って、答える。
「天ヶ崎千草は「
「何!?」
隼人は驚いた。
「斎冥院の乱ってなんだ? アニキ」
カモが質問してきた。
「斎冥院の乱ってのは、二十年前ほど前に起こった反乱だ」
隼人が説明した斎冥院の乱とはこんな事件だ。
当時、日本から西洋魔術を排除し、再び東洋呪術だけの国にしようとして、反乱があった。
反乱の中心となったのは、平安の世から呪術師として活躍していた「斎冥院」と呼ばれる家だった。そして斎冥院家の家長「斎冥院 意次」の呼びかけに応じたのは、近衛家を除く呪術五大家「
だが、どれだけ優れた呪術師が居ても、関東魔法協会と関西呪術協会の連合軍には敵わなかった。
戦いはおよそ三ヶ月に及んだが、終始反乱軍が劣勢。最後のあがきで、意次は反乱に参加した全員の命を生贄にして、魔界より超高位魔人を大量に召喚。連合軍を追い詰めるが、一歩及ばず反乱軍は敗北した。意次も連合の特殊部隊に殺害された。
こうして、斎冥院の乱は終結した。
「……ってことだ」
説明し終わる。
「なるほど、とんでもねぇ事件だったんだな。俺っち知らなかったぜ」
「まぁ、日本の出来事だし、公にされたくなくて協会側が隠蔽したし、記録にはあんまり残ってないかもな」
「たしかにそうですね。呪術協会を運営していた呪術五代家が反乱を起こした事実は、諸外国の魔法機関にとっては格好の侵略材料ですから。公になることは避けたかった」
隼人がため息をつく。
「土着の魔法や呪術を駆逐して、自国の魔法技術を提供する。そうやってこの世界の魔法社会は出来ているからな。あの反乱も結局のところは文化を守るための戦いだった」
詠春は静かにうなずく。
「はい。当時は西洋魔法によって東洋魔法の文化が消えかけていた。彼らの行いを正しいとは思いませんが、あの反乱で主張して存在を示したから、今も二つの魔法文化が混在できているんです」
カモは難しい顔した。
「なるほどなぁ。修学旅行の嫌がらせも根の深い問題だったんだな」
「はい。その通りです。そしてこの親書には、互いの文化を尊重して仲良くしましょうという内容が書かれています。締結する条約もそういった問題を緩和するために立案されたんですよ」
隼人は顎に手を当てて言った。
「それにしても、そうか。あの事件の生き残りがいるとは思ったが、木乃香の利用も納得がいくな」
「そうですね。千草はあの当時、六歳だったようです。意次は反乱が失敗した時の保険を兼ねて、意志を継ぐ者として彼女だけを知り合いに預けていたようです」
「なるほど。スクナ召喚も斎冥院家ならば可能か。で、ほかのメンバーも同じなのか?」
隼人が尋ねる。
詠春は首を横に振った。
「いえ。違います。残りの連中はどこからか雇ったみたいですね。今回の事件は彼女一人が計画して、雇った人間が実行しているようです」
隼人は考え込むように顎を撫でる。
「なるほど。それで目的は意次と同じ、西洋魔法排除か」
「まぁ、そうなるでしょうね。それに加えて、双方の協会に家族を殺された復讐もあるでしょう」
そこで、会話が途切れた。
隼人は自嘲気味につぶやく。
「復讐か。俺も人のこと言えんが、ろくな事にはならないんだがなぁ」
今度は詠春が尋ねた。
「まだ、見つかりませんか?」
「ああ、見つからない。麻帆良に行けばなにか分るかと思ったんだが、ダメだったよ」
「そうですか。私のほうでも探していますが、さっぱりですね」
また会話が途切れる。
詠春と隼人の間に妙な空気が生まれた。
心配そうに見比べるカモ。
隼人は重い空気を振り払うように伸びをした。
「さ~て。任務も無事完了したし、俺も一風呂浴びてくるかね」
勢い良く立ち上がる。
「カモ、一緒に入ろうぜ」
いつもの隼人に戻ったのを見て、笑顔で応じた。
「おうアニキ」
彼の肩に飛び乗る。
「大浴場のほうなら湯が沸いていますよ。着替えも用意しておきましょう」
詠春もにっこり笑って立ち上がる。
「そういやカモ。明日菜たちが風呂に入ってたとき覗かなかっただろな?」
隼人はカモに疑いの目を向ける。
するとエロの鉄人であるオコジョ妖精は怯えたように体を震わせた。
「の、覗こうとしたら、詠春さんに殺されそうになったから、やめた」
「ああ、納得」
詠春のほうを見ると笑顔を浮かべているが、目に殺気が宿っていた。
「娘の裸を見た輩は、すべからく死、あるのみですよ」
「はははは……」
苦笑いしながら、隼人は思い出していた。
修学旅行一日目に偶然とはいえ木乃香の裸を見ていたことに。
詠春にバレたらマジで殺されると思った隼人は、とりあえずバレないことを祈りながら部屋を後にした。
★
大浴場は屋根の付いた露天風呂だった。
隼人は体を洗いながら、回復具合を確かめる。
「良し。完璧だ」
「アニキ、本当に大丈夫なのか?」
心停止して死にかけたのだ。カモの心配は当然だった。
「大丈夫。今度こそ完璧、完全に治っている。なんせ、本山の治癒術師は優秀だからな」
「でも、あんまり無理するなよ、アニキ。心臓止まった時はマジで泣きそうになったんだから」
カモが思い出して震える。本当に心の底から心配していた。
そんなカモを見て隼人は言った。
「そっか。ありがとうな。お前がいなかったら勝てていなかった。お前は最高の使い魔だよ」
「へへへっ。そういわれるとなんか照れるぜ」
隼人とカモは泳げるくらいに大きく広い湯船に浸かった。
ほっと一息。
「いや~、なんかここまでかなり長かったような気がするな」
隼人は手ぬぐいを頭に乗せる。
「たしかに、風呂に入ってても、二日連続で邪魔されたしなぁ」
湯船が大きすぎるので、カモは洗面器に湯を入れてそこに浸かっている。
二人はここ二日のことを思い出す。
一日目は敵に襲撃されて、二日目は和美の相手をして。
風呂に入っていても心休まる時がなかった。
しかし、今度は大丈夫。だれも入ってこない。
「……」
カモは何か言いたげに隼人を見た。
「ん? どうしたカモ」
「あのさ、アニキ。探してるものって何だ? 倒れた時も『アイツを殺すまで』とか言ってたし一体どうしたんだ?」
恐る恐る聞いてみた。
隼人は少し悲しそうな顔をして答えた。
「そうか、うわ言でつぶやいていたか。実は、俺はある二体の悪魔を探している」
「二体の悪魔?」
「そう。俺が一生かけて探し出して、殺さなきゃならない相手だ」
目つきが鋭くなる。
「俺の師匠を殺した悪魔と、俺の人生を狂わした悪魔だ」
心の奥底で煮えたぎる怒り。
それがにじみ出るような声だった。
「アニキ……」
ふっと気配が柔らかくなる。
「でもま、そう簡単に見つかる相手じゃないんでな。気長に探すさ」
「そうか、見つかると良いな」
カモが努めて明るく言う。
「ああ、そうだと良いんだけどな。あと、詳しい話はいずれ話すよ。それまでは聞かないでくれ」
「分ったよ、アニキ」
話題を打ち切って、隼人とカモはゆっくりと風呂を楽しんだ。
心の洗濯である風呂に入った後、風呂上りにフルーツ牛乳を腰に手を当て飲む。
「ぷはぁ~。上手い」
「そうだな。アニキ」
用意された着替えは、かつて自分がここに住んでいたとき着ていたものだった。
五年ほど前の服だが、成長していないのでキッチリ入る。
サッパリした気分で、明日菜たちがいる大部屋に行くと、彼女たちはカードで遊んでいた。
「私のターン」
「インスタント発動。ショック」
「いやいや、こちらは対抗呪文!」
「ぎゃああ、ウソぉ」
昼寝したのが効いたのか元気そうだった。
「よぉ、お前ら」
隼人が部屋に入ると、全員手を止めた。
「隼人! 大丈夫!?」
「先生、大丈夫ですかー」
「あんだけ出血してたのに、不死身の男だねぇ」
「回復記念に一枚」
「大丈夫そうで何よりです」
「先生、親書はどうなりましたか?」
「あや~、その服懐かしいなぁ」
口々に言うからサッパリ分らない。
「おい、一度に喋るな。俺は聖徳太子じゃないんだから」
全員を大人しくさせると、隼人は告げた。
「体のほうは大丈夫。完全に回復した。襲撃してきても遅れを取ることはない。親書は先ほど詠春に渡した」
「そっか。じゃあ任務完了ね」
明日菜が喜んだ。
「任務は完了しましたが、まだ敵が残ってます。そちらはどうなってますか?」
刹那が戦闘モードの顔で聞いた。
「本山が対処するらしい。俺たちが戦うのはここまでだ」
「でも、敵側の本拠地でもあるわけだし、ここ襲撃されないの?」
和美が首をかしげる。
「本山には強力な結界が張ってある。簡単に破られるものじゃないし、警備は旅館と比べものにならないぐらいしっかりしている。大丈夫だ」
「う~ん。でもそういう結界って、わりとあっけなく破られるよね」
ハルナが指摘する。
「あのなぁ、光子力研究所のバリアじゃないんだから」
隼人は呆れた。
「ま、ここの結界は結構丈夫やから、安心やと思うえ」
「ええ、そうですね。それに高位術者がいますしそう簡単に攻め入られることはないと思います」
本山が実家の木乃香と刹那の二人組みが太鼓判を押す。
それで全員が納得した。
「それじゃ、これからどうするですか?」
夕映が質問した。
隼人は腕組みをして考える。
「今から帰ったら、確実に門限は過ぎるし、木乃香が敵側に狙われている以上、旅館に帰るのは危険だし。どうしよう」
「それなら、ここに泊まると良いですよ」
詠春が部屋に入ってきた。
「すでに、身代わりの式神は送ってあります。ですから、皆さんは今日ここに泊まっていくといいですよ。木乃香を守るのにもここが一番安全でしょうしね」
「ま、そうだな。じゃあそれでいこう」
隼人が決断した。
木乃香が手を叩いて喜んだ。
「今日はウチでお泊り会やな。なんや楽しくなってきたなぁ、せっちゃん」
「はい、そうですねお嬢様」
刹那も楽しそうだ。
「夕飯の用意が整ったら、呼びます。木乃香、そのときになったら皆さんを案内してあげなさい」
「はい。お父様」
了承した木乃香に頷いて、詠春は部屋を出て行った。
「よ~し。じゃ、デュエルの続きするよ」
ハルナが手札を持った。
「負けへんよ。ウチ結構強いんやから」
木乃香は不敵な笑みを浮かべて、デッキからカードをドローした。
「お嬢様頑張ってください」
「木乃香、ハルナなんかに負けるな」
刹那と明日菜は応援する。
「ハルナしっかり」
のどかが励ました。
一方、隼人は質問攻めにあっていた。
「では、魔法が世間にばれないのは、そういったシステムが出来上がっているからですか」
「ああ、そうだ夕映。大昔、魔女狩りがあった時代に作り上げた先人達の知恵だそうだ」
「う~ん。真実を求める者としては厄介なものだなぁ」
和美はメモを取りながら悔しがる。
「へへっ。まぁこの世の裏側なんて知らないほうが良いぜ嬢ちゃん」
カモは詠春と隼人の会話を思い出してしみじみと言った。
こうして、夕飯まで思い思いのすごし方をした。
しかし、この本山で今、暗躍する者たちが居ることに彼らは気づかなかった。
★
本山の某所。
丁度、本山の広大な敷地に建っている屋敷が一望できる場所。
「間一髪、無事やったけど、ほんまにムカツクなぁ」
天ヶ崎 千草はヤケドの治療をしながら忌々しげに屋敷を眺めた。
「くそっ。油断してた。ボロボロでもやっぱり強いわ」
小太郎は悔しそうに地面に拳を叩きつける。
「まぁ、二人ともそうカッカしないで~」
月詠が間延びした声でなだめた。
刹那に腹を裂かれて、隼人の【焦熱の嵐】を受けたはずなのに、彼女は全くの無傷だった。
「ウチより重症のはずやのに、なんで無傷やねん」
千草は驚く。
月詠はクスクス笑いながら言った。
「私は斬られても、燃やされても平気なんですぅ」
斬られた腹をさすりながら、つぶやく。
「でも先輩に斬られた、ここだけは残しておいても良かったかなぁ」
彼女の態度に、自分で雇っておきながら戦慄した。
「結界破りの処置終わったよ」
フェイトが現われた。
「今夜、決行できる。でも、君たち三人では危険だから僕一人で行くよ」
「なんやて? 自分、いままで何もせんかったのに、出来るんかいな」
小太郎が怪しむ。
「出来るよ。小太郎君。見たところ平和ボケして警備がお粗末だからね。僕一人で壊滅できる」
「ま、ほな、お手並み拝見といこか。ウチらは待ってるわ」
千草が決断する。
四人は屋敷を見下ろした。
「首ぃ洗って待っとれよ。お嬢様」
沈む夕陽、不安を煽るかのように、一陣の風が吹いた。
つづく