いよいよ最終決戦が始まります。
宜しくお願いします。
関西呪術協会本山。近衛家宅。
日はすっかり落ち、月が夜空を照らす。
あれから、豪華な食事が出された。明日菜達はその美味しさに驚き、楽しげな夕食になった。
そしてその後、刹那と隼人を除いたメンバーが、大部屋でトランプをして遊んでいた。
「あ、私ちょっとトイレ」
そういって、明日菜は立ち上がる。
「あ、じゃあウチも」
木乃香も立ち上がった。
二人連れ立って部屋を出た。
ハルナたちはババ抜きを中断する。
「いや~、今日は色々あったね」
ハルナがしみじみと言う。
「です。世の中にはまだ興味深いことがあるです」
夕映は今日の出来事を思い出しながら、首肯する。
「けど、もう襲ってきて欲しくないなぁ」
不安な顔をして、のどかはため息をついた。
「先生も大丈夫だって言ってたし、きっと大丈夫だよ」
カメラの手入れをしていた和美が話に加わる。
「ま、あの先生は無敵っぽいからねぇ」
「現に、英雄だとカモさんがいってたです」
「そこらへん、詳しく聞きたいよね」
わいわいと会話する。
急に、障子を叩く音がした。
「ん~。はいどうぞ」
ハルナが呼びかけた。
しかし、入ってくる気配がない。
「?」
不思議に思いながら、立ち上がって障子を開けた。
そこには、白髪の少年が立っていた。
「あれ? 君は……」
その少年はフェイトだった。
★
近衛家屋敷東棟。刹那の部屋の前。
外に面した廊下に座って、隼人と刹那は月を見ていた。
座っている位置は、手が届く距離だけれど微妙に離れている間合いだった。
「おまえ、皆と遊ばなくて良いのか?」
隼人は、刹那に聞いた。
彼女はうつむきながら答える。
「私は、今まで人とあまり関わってきませんでしたから、少し疲れちゃって」
「おいおい。それは引きこもりの思考だぞ」
すると、刹那は少し照れながら言う。
「本音を言うと、先生と二人きりで話がしたかったんです」
「俺とか?」
隼人は軽く驚いた顔をする。
「いや、その。えっと、奈良観光のとき先生と回っていた、のどかさんが羨ましくなっちゃって。それで今はお嬢様の護衛をしなくても良いですし、先生を独り占めできるかなぁなんて思って……」
顔を真っ赤にして返答した。
「なんだそういうことか。しょうがない奴だな」
頭を撫でられてさらに赤面する。
照れ隠しに庭に下りる。
「先生。私との約束を覚えていますか?」
隼人は頷く。
「ああ、モチロンだ。大切な約束だからな」
かつての記憶を思い出す。
「俺が旅に出るってことになって、お前が号泣したんだったな」
「ええ。大好きな先生が居なくなってしまう、そう思ったら無性に悲しくなってしまったんです」
あのとき、刹那は九歳だった。旅に出ようとする隼人を必死で引き止めるために、泣きに泣いた。
親代わりとして、刹那を育ててきた隼人にとっても旅に出るのは心苦しかった。
しかし、どうしても行かねばならなかった。旅に出るのは刹那を拾ってから、すでに決まっていたことだった。
ところが彼女は、どれだけ言葉を重ねても頑として納得してくれなかった。
そこで、隼人は彼女と約束をする。
『お前が誰かを守れるぐらいに強くなったら、俺と同等に戦えるようになったら、必ず戻ってくる。お前の前に必ず』
そういって、強くなるために必要なことを書き記したノートを約束の証に渡した。
「私の強さの原点は、その約束と先生が教えてくれたことです」
部屋に戻って、あの時渡されたノートを持ってくる。
何度も何度も読み返されたためボロボロになっている。
「これがなければ私は強くなれなかった」
刹那は愛おしくノートを見る。
隼人は苦笑気味に言った。
「よせよ。俺はどれだけ取り繕っても、お前を育てることを放棄した最低の人間だよ」
「いいえ! それは違います!!」
刹那は激しく首を横に振る。
「正直、先生が私を置いて旅に出た理由は今でも分からない。居なくなってとても寂しかった。でも生まれて間もない私を拾って育ててくれた。前にも言いましたが、その恩は感謝してもしきれないです。それに私のようなモノが人間の中で生きていくには、一人でも生きていけるように強くなるしかなかった。それを導いてくれたのは先生です」
さらに続ける。
「なにより、先生はちゃんと帰ってきてくれた。たった五年くらいの別れだった。だから、そんな風に自分を責めないでください……」
最後の言葉は泣きながら言った。
隼人は刹那の言葉を噛みしめる。そして叫んだ。
「強くなるための第一条!」
「え?」
刹那はきょとんとする。
「おい、どうした。あのノートに書いてあったろ。言ってみろ。強くなるための第一条!」
もう一度言う。
「強くなるための第一条! 『常に笑顔で過ごして、どんな時でも泣かないこと!』」
刹那が唱和する。
隼人は満足そうに笑う。
「そうだ。どんな時でも笑顔を忘れるな。泣く前に笑え。それが強くなるための第一歩だ」
泣いていた刹那は、涙を拭って笑顔を浮かべた。
隼人は月を眺めて言う。
「たしかに、ずっと負い目を感じるのは良くないよな。こうしてまた会えたんだ。別れていた期間の埋め合わせはこれからすればいいな」
「はい」
彼女はとびっきりの笑顔で頷いた。
隼人は思案するように顎に手を当てる。
「んじゃ、麻帆良に帰ったら、剣術の稽古つけてやる。言っておくが俺の稽古は地獄だぞ」
「望むところです」
気合充分だった。
互いに笑って、再び一緒に座る。
今度は本当に近く。すぐ隣だった。
「静かな夜だな」
「本当ですね」
聞こえるのは互いの小さな呼吸音だけ。
本当に静かな夜だった。
それが違和感に繋がる。
「……静か過ぎないか?」
隼人は辺りを見回す。
「確かに妙ですね」
夜だが、寝るには早い時刻。まだ屋敷内で働いている人たちも居るはずだった。
そのはずなのに、物音一つしない。
「なにか、あったな」
二人は急いで立ち上がると、状況を確認しようとした。
そのときである。
隼人の頭の中に、明日菜の念話が響いた。
『大変よ!! 皆が……!』
★
時間は少し前にさかのぼる。
トイレを済ますと、明日菜と木乃香は部屋に戻った。
部屋の前にくると灯りが消えている。
「あれ? 静かだな?」
「皆、寝てもうたんやろか?」
互いに顔を見合わせて部屋の障子を開ける。
「な!?」
二人は驚いた。
そこに広がっている光景は信じられないものだったからだ。
「な、なんで皆、石になってるん?」
木乃香は唖然とした。
彼女たちの目の前に広がっているのは、石化したハルナたち。
「誰がこんなことを」
明日菜は言葉を失う。
戦おうとしたのか、のどかはパクティオーカードをかざしたまま石化されている。
すると、部屋の奥にある窓の外からガサガサっと音がした。
「っつ!」
二人は油断なく構える。
「わ、私です。明日菜さん」
ごそごそと窓をよじ登って夕映が現れた。
「夕映ちゃん」
「無事やったんや」
一人でも無事な者が居てホッとする。
「何があったの?」
聞かれた夕映は、暗い顔をして答えた。
「一瞬でした。この部屋に彼、白髪の少年が現われて、応対したハルナが真っ先に石化されて。応戦しようとした、のどかが石化されたです。とっさに朝倉さんが私を突き飛ばしていなかったら私も石化されてたです」
「カモ君はどないしたん?」
「俺っちはここに居るぜい」
そう言って夕映の胸元から出てきた。
「ちょ、カモ君どっから出てきてんの」
木乃香がツッコミを入れる。
「こまけぇことはいいんだよ。それよりアニキに急いで連絡を」
「うん。分ったわ」
明日菜はパクティオーカードの能力の一つ「念話」使って隼人に連絡を入れた。
★
『大変よ!! 皆が……!』
明日菜からの念話を受け取って、隼人は急いで指示を出す。
「そうか、襲撃してきたか。よし、ここからなら大浴場が近い。そこに集合しよう。いいか、敵がどこにいるか分らん以上、慎重に行動しろ」
『了解』
通信を切って、刹那に言った。
「刹那、敵襲だ。浴場に集合することになった。行くぞ」
「はい」
二人は走って浴場に向かう。
向かう途中、石化された本山の人がいた。
「くそっ。西洋魔術師が混じってたのか」
隼人は悔しそうに歯噛みする。
そして角を曲がると急停止。
「詠春!」
「長!」
そう。角を曲がった先にいたのは詠春だった。
「は、隼人。刹那君」
ふらふらと足取りがおぼつかない。よく見ると、石化されていた。
「お前、その足」
隼人が険しい表情になる。
自嘲気味に詠春が言う。
「本山の結界を過信してました。まさか破られるとは。『赤き翼』として恥ずかしい」
そう言いながらどんどんと石化が進む。
「隼人。気をつけてください。あの白髪の少年は危険だ。おそらくアレは……」
「もういい。喋るな」
隼人が静止する。
「娘を、木乃香を、頼みます」
石化が完了して、石像になった。
かつての友が目の前で石なるという状況。
隼人は額に青筋を浮かべて唸る。
「先生。急ぎましょう」
刹那が促す。
無言で頷くと、二人はさらにスピードを上げて集合場所に向かった。
★
「隼人はまだみたいね」
先に浴場に到着したのは明日菜たちだった。
「せっちゃんもまだやね」
「敵は居ないみたいです」
夕映が緊張するように言った。
明日菜はハリセン型アーティファクト「ハマノツルギ」を出して、警戒する。
背後に気配。
一瞬で体転換して横薙ぎの一閃。
白髪の少年・フェイトに直撃した。
後退するフェイト。
「ほう。驚いたね。まさか気づかれるとは。歴戦の戦士みたいな反応じゃないか」
軽く驚嘆して笑みを浮かべる。
「木乃香には指一本触れさせないわよ」
ハリセンを構える。
しかし、フェイトは警戒もせず、サラリと言った。
「でも、お嬢様を守る騎士にしては力不足だね」
少年の手が光って魔法が発動。
「石化して眠れ」
石化の光が明日菜を包む。
「明日菜ぁ!」
「明日菜さん!」
木乃香と夕映が叫ぶ。
ところが、服が石化して破壊されただけで、明日菜は無事だった。
「何だって? 対抗じゃなく、無効化された?」
今度は本気で驚く。
服が破壊されて裸になった明日菜は、胸を隠しながらフェイトを睨む。
「この、変態! 何するのよ!!」
無事だったことにホッとして、木乃香は駆け寄ろうとした。
だが、大きな魔物が木乃香の背後から急襲。彼女を羽交い絞めにする。
「きゃっ」
それを一瞥するとフェイトは言った。
「よくやった。ルビカンテ。先に行け」
ルビカンテと呼ばれた魔物は頷くと、木乃香をつれて飛びさった。
「木乃香さん!!」
夕映は慌てて追いすがろうとするが届かなかった。
「残念だけど、縛らせてもらうよ」
浴槽の湯が溢れて、透明な手が無数に現われた。
「【水妖陣】よ。彼女たちを縛れ」
少年の命令に従い、出現した数多の手は夕映と明日菜に襲い掛かった。
「こっのぉぉぉおおおおおおおおおおおお」
明日菜は襲い来る手に向かってハリセンを振るう。
すると衝撃波が発生して、水の手が消滅した。
「うそ。やった」
「凄いです」
思いがけない技の発動に喜ぶ明日菜と夕映。
「やはり、無効化した? 君は何者だい?」
フェイトは明日菜を見つめる。
「何者もなにも、私はただの一般人の神楽坂 明日菜よ!」
明日菜はハリセンを向けて名乗った。
「アスナ? それに魔法無効化? まさか、君は……」
フェイトが何か言いかけたそのとき、風の章【
「ちっ」
舌打ちして後退する。
「待たせたな、お前たち」
「無事ですか!」
隼人と刹那が到着した。
「先生!」
「隼人!」
二人は援軍の到着にホッとした。
隼人は辺りを確認した。
「木乃香が居ないと言うことは、連れて行かれたか」
「すみません。あっという間に連れて行かれて」
夕映が申し訳なさそうに言った。
皆を石化された。
明日菜は裸になっている。
木乃香は連れて行かれた。
この状況に隼人は鬼のような形相になる。
「貴様。俺の大切な生徒に随分なことしてくれたな。殺すぞ」
凄まじい殺気を放つ。
しかし、フェイトは涼しい顔をして言う。
「ふん。君を相手にするのは骨が折れそうだ。退散しよう」
近くにあった水溜りに足を入れると、一瞬で姿が消えた。
「水の転送陣。西洋魔術じゃねぇか」
カモが驚いた。
「このまま追いかける。刹那と明日菜は俺について来い」
そういうと、隼人は脱衣所にあった浴衣を持ってきて、裸の明日菜に渡した。
続いて、ポケットから携帯を出して、夕映に渡す。
「夕映。この携帯でエヴァンジェリンに連絡を入れてくれ。『本山が襲撃を受けて壊滅。木乃香が連れ去られた。大至急応援求む』と言えば分る」
「分ったです」
夕映は携帯を受け取って、頷いた。
明日菜は浴衣を素早く着る。
「準備オッケーよ」
それを確認すると、隼人は駆け出した。
「行くぞ!」
刹那と明日菜も隼人の背中を追っていった。
残された夕映は急いで携帯で連絡を入れる。
コール三回で相手が出た。
『なんの用だ。隼人』
気だるげなエヴァの声が聞こえてくる。
「あ、あのエヴァンジェリンさんですか」
『ん? その声は綾瀬か』
「はい。そうです。実は……」
隼人に言われたとおりに用件を伝える。
『なるほど、分った。ところで綾瀬、月は出ているか?』
妙な質問をしてきた。
夕映は夜の空を見上げる。
煌々と月が浮かんでいた。
「出てるです」
その答えに満足そうに言う。
『なるほど。ならば、お前の足元から影は出ているか?』
足元を確認。
「はい。ちゃんと出ているです」
『よし、だったらお前の影を転送陣に使う。すぐ行くからそこを絶対に動くなよ』
一方的に電話が切れた。
★
旅館のロビー。
エヴァは電話を切ると、茶々丸に命じた。
「緊急事態だ。今すぐ出る。支度しろ」
「了解です。マスター」
茶々丸は了承すると、急いで部屋に向かった。
ロビーを見ると、楓とくーふぇと真名がいた。
エヴァは邪悪な笑みを浮かべると、彼女たちを呼ぶ。
「おい、そこのバカ三人組。ちょっと手伝え」
三人は呼ばれて振り向く。
「なんでござるか?」
「何アルか?」
「私は馬鹿ではないのだが」
三者三様の反応。
エヴァは手招きをして言う。
「いいから、来い。隼人がピンチだ。ちょっと手伝え」
怪訝そうに首をかしげる三人。
茶々丸が準備を整えて戻ってきた。
ご丁寧に、楓たちの武器まで持ってきた。
「マスター、準備が出来ました。いつでも行けます」
準備完了の合図を聞くと、エヴァは困惑する三人の腕を掴むと、外へ出る。
「とりあえず、話はあとだ。行くぞ」
彼女たちが文句を言う前に、目の前に転送陣を出現させて、飛び込んだ。
つづく