今回はちょっと短めです。
宜しくお願いします。
隼人の両親が殺された事件は、魔法使いにとって大きな出来事となった。
この日の事件で被害にあったのは川原だけでなく、周辺の村にまで及ぶものだった。周辺の住人と駆けつけた討伐隊あわせて死者30名。
この数字はひとつの事実を示唆していた。
『悪魔の人間界進行』それは魔法を使うものが最も恐れていた事態であった。
それまで小規模な争いが起こってはいたが、ここまでの被害を出す事件は久しく、実に六十年ぶりだった。
この事件を境に各地で悪魔による被害が広がる。
そしてこれより約三年後、第二次人魔大戦が起こることになる。
★
隼人はこの事件の唯一の生存者として、関西呪術協会に保護された。
その後の処理として、親戚に預けることも出来たが、唯一の生存者で今後、悪魔が彼を狙ってくる可能性があったため、協会で預かるという方向に落ち着いた。
本山で育てることも出来たが、もともと西洋魔術の使い手であった彼の父親の事があり、本山に入れるのは反対された。
「本山で育てられないなら、私が育てるよ」
そう言って快く引き受けたのは、隼人を助けた女性、桜咲都子だ。
周囲の人間は彼女が引き取ることを反対したが、近衛近右衛門の後押しもあり、結局彼女の家に引き取られることになった。
あの事件から一週間後、隼人は都子に連れられて、京都の某所にある彼女の家にやってきた。
「ここが、私の家だ」
そこは、古くなった寺を改築して建てられた広い敷地を持つ家だった。
「お前のほかに、あと二人、私が引き取って育てているんだ」
大きな門をくぐって、敷地に入ると竹刀の音と元気な声が聞こえてきた。
「やぁあっ」
「うりゃ」
一人は長い髪をツインテールにした少女。
そしてもう一人はツンツン頭の少年だった。
「お~い。ただいま戻ったよ」
都子が練習している二人に呼びかける。
「あ、師匠お帰り」
ツンツン頭の少年が一礼する。
「あれ? その子誰?」
ツインテールの少女が首をかしげた。
「この子は今度ウチで引き取ることになった、煉城隼人だ。ほれ、挨拶しな」
隼人は目をそらして、頭だけさげた。
「なんだコイツ。態度悪ぃな」
少年が気分を害したように睨む。
「まぁまぁ。落ち着いて悠馬。きっと何か事情があるんだよ」
少女が隼人の前に行き、にっこり笑って挨拶した。
「私の名前は
「…………よろしく」
隼人はぼそりと答えた。
「テメェ、こっちが挨拶しているのに、その態度はなんだ。ぶっ殺されてぇのか」
ガンを飛ばして隼人を睨む。
しかし、睨まれた隼人は光の宿らない目でただボーっと見つめるだけだった。
その様子に都子はため息をつく。
「すまないね二人とも。隼人は一週間前に起きた大量殺戮事件の生き残りなんだよ。悲しい出来事が起こって気持ちの整理が付いていないのさ」
菫が悲しそうな顔をする。
「そっか、それじゃ仕方ないね」
そして胸を叩いて宣言した。
「じゃあ、お姉さんとして、私が何とかしてあげる」
「おいおい。お姉さんって。コイツのほうが年上かも知れねぇぞ」
「いや、隼人は十二歳だから、悠馬と同い年で菫の一つ下だ」
都子の説明で彼女は勝ち誇ったように笑う。
「ほら、みなさい。私がお姉さんじゃない」
「けっ。よく言うぜ」
くだらないとばかりに、悠馬は竹刀を持って練習に戻っていった。
こうして、隼人は桜咲家で過ごすことになった。
★
引き取られてから暫く、隼人は悠馬たちの練習風景をボーっと眺めるか、一人部屋に篭もって泣くかの二つだけだった。
悠馬は、その態度に業を煮やしてぶち切れた。
「だぁあああああ。うっとおしい! テメェそれでも男か!! グチグチ泣きやがって」
物置から竹刀を持ってきて隼人に投げる。
「拾え! それで俺と勝負しろ!!」
隼人は転がった竹刀をみる。
「はん。拾わねぇのかよ。拾ってぶん殴るぐらいの気概を見せてみろよ」
鼻息荒く睨みつける悠馬を隼人は見つめた。
その目は全く物を見ず、ただ虚空を見つめているようだった。
「お前、そんなんで、よく生き残ったな」
挑発しても乗ってこない隼人を不思議がる。
「隼人の父親は魔法使いでな、この子を守るために身を挺して戦ったそうだよ」
それまでのやり取りを見ていた都子が説明した。
「へ~。じゃあコイツ魔法使いかよ」
「いや、隼人は何も教えられてなかったようだ」
未だボーっとしている隼人を見る。
すると、隼人から涙が零れ落ちた。
「うううう。父さん。母さん。なんで殺されたんだ……」
うずくまって泣き出した。
その態度を見て悠馬は絶叫する。
「だああああああああ。また泣き出した。腹立つぅぅぅぅぅぅう」
「ちょっと、悠馬。まだ、心の傷が癒えてないのよ。そんくらい分りなさいよ」
菫が駆け寄って慰める。
「けどな、菫。俺たちだって両親が居ないんだ。居ないもん悲しんだって仕方ねぇだろ。こいつそれをいつまでもグチグチ、グチグチ。いい加減、前向いて進めってんだ」
「いや、それはそうだけど。まだ気持ちの整理がついてないのよ。私たちのように捨てられたわけじゃなくて、目の前で家族を殺されているのよ。無理ないじゃない」
「殺されたんだったら、復讐するとか、いくらでも行動できるだろ。動かねぇから腹立つんだよ」
「復讐って。そんな馬鹿げたこと。だいたいアンタは昔から」
都子は、言い合いを始めそうになった二人に割ってはいる。
「そこまでだ。二人とも」
そして、うずくまって泣いている隼人の頭を撫でる。
「隼人。確かに目の前で両親を殺されて悲しいのは分るよ。けど、このままじゃダメだ。いつまでもそうしていると、前に進めない」
彼女は力強く語りかける。
「いいかい、世の中は前に進まない限り何も始まらない。進んだ先に答えがあるんだ。どうして両親が殺されたのか。この先どうしたら良いのか。全ての答えは進まないとわからないんだよ」
隼人は顔を上げる。
都子は優しく笑った。
「それに、そうやって泣いてばかりじゃ人生楽しくない。人は笑わないとダメだ。笑う門には福来る。泣きそうな時ほど笑わなきゃね」
彼女は隼人の頬をムニッと上げる。
それまで無表情だった隼人の顔が僅かに動いた。
そして、隼人は質問する。
「僕が、いや俺が強くなったら、前に進んだら、あの青い悪魔と黄色い悪魔に復讐できる?」
光の宿らない目が僅かに輝く。
「今の私には分らない。けれど、その答えも進んだ先にある。もちろん復讐を止めるつもりはないよ」
その答えを聞いて目を瞑る。
「だったら、俺に戦い方を教えてくれ。俺があの二人の悪魔を殺す。必ず殺してやる」
彼は立ち上がって宣言する。
見開いた目は、火が灯っていた。それが復讐の炎だとしても、前に進むには充分だった。
「わかった。それじゃ、そこに落ちてる竹刀を拾いな。今からみっちり鍛えてやる」
不敵に笑って都子は自分の竹刀を手にとった。
「私の修行は地獄だよ。それと、私のことはこれから師匠と呼びな」
隼人はゆっくりと頷いた。
★
映像が暗転して一時停止する。
意識が現代へと戻ってきた。
「魔法の世界に足を踏み入れたのは、これがきっかけだった」
隼人は静かに語る。
明日菜達は誰もが口を開かず黙っていた。
「それから、俺は血反吐を吐きながら鍛えた。小学校に通いながら体を鍛え、帰宅したら竹刀を振り続けた」
隼人は思い出すように言う。
「それで、学んだのは【流派・花鳥風月】か」
エヴァは隼人に尋ねた。
「ああ。師匠である桜咲都子は唯一の使い手だった」
「そもそも、花鳥風月ってどんな剣術なの?」
ハルナは首を傾げた。
隼人は説明する。
「太古の時代、まだこの国が神と人が一緒に暮らしていた時代。人は神を殺す呪いを編み出した。そしてその呪いが時代を経て剣術として変化したのが【流派・花鳥風月】だ。神殺しの呪いは花、鳥、風、月の四つの章に分かれて、それぞれ色々な技へと派生した。使い手は四つの中から一章を選び極める。四つ全てを極めるには時間と才能が必要だ。俺も当時は、花の章を学ぶので精いっぱいだったよ」
「へぇ、なるほどねぇ」
和美は頷きながらメモを取った。
「じゃぁ、続き行くぞ」
隼人は魔法陣を起動させる。全員の意識が再び過去へとさかのぼる。
★
隼人が引き取られてから一年。
今日も桜咲家には気合いの声が聞こえる。
「でぇやあああ」
広い道場に悠馬の気合が響く。
「うらあああああ」
隼人は彼の攻撃を紙一重でかわして、がら空きになった腹に竹刀を叩き付けた。
その衝撃で膝をつく悠馬。
すかさず、隼人は竹刀を突きつけた。
「俺の勝ちだ」
「くっそー。また負けた。反則だろ」
悠馬は歯を喰いしばって悔しがる。
「俺達が五年かかったことをあっという間に追いついたんだから、トンデモねぇな」
「いや、まだまだ。これじゃ足りない。まだ相手を殺すにはまだ力が足りない」
隼人は竹刀を握る手を見つめる。
「へっ、だったらもう一本いくか」
悠馬は立ち上がって竹刀を構えた。
「おう。頼む」
お互いがにらみ合い、同時に動いた。
「でゃあああ」
「しぇえああああああ」
互いの攻撃が交差する瞬間、別のところから攻撃が飛んできた。
「隙あり!! えいっ」
菫が二人の頭を同時に叩いた。
「いってぇええええええ!!」
「うおおおおおお!?」
頭を押さえてうずくまる二人。
「えへへ。突然の攻撃に対応できないようじゃ、お姉さんにはまだ勝てないぞ」
菫は勝ち誇ったように胸を張る。
「てめぇ、反則だ!」
「真剣勝負の邪魔をするとは、許せないな」
二人は一瞬目を合わせて、菫に襲い掛かる。
が、次の瞬間、二人の体は一回転して道場の壁にめり込んでいた。
「風の章【台風陣】」
菫は爆風を起こして二人を吹き飛ばしていた。
「まだまだ、あま~い」
「俺はまだ負けてないぞ」
隼人は素早く体勢を整えると立ち向かっていった。
そんな三人の戦いを都子と近右衛門は眺めながめている。
「ほっほっほ。三人とも元気じゃの~」
「ふん、元気すぎるぐらいさね」
都子は疲れたように溜め気を吐く。
「それにしても、隼人は元気になってよかった、よかった」
「ああ、元々が明るい性格だったんだろうよ。この一年で元に戻ったようだ」
「それにしても、あの強さは異常じゃの」
隼人の動きを見て近右衛門は目を細める。
都子は腕組みをして言った。
「まったくだ。おそらく、その異常とも言える才能は、先天的なものではなく後天的なものだろうな。あの事件がきっかけで、本人の中の能力が発現しているんだろう」
「強いショックを受けて、人が一生発現しない力が目覚めているようじゃな。常に火事場の馬鹿力が出ている状態じゃ」
「成長期であるのも起因しているだろうね。馬鹿力で壊れた体が、より強靭になるように成長しているようだ。しかも、あの子は驕らず常に鍛え続けている。あの執念深さは一つの才能だよ」
「天才とは天から与えられたものではなく、努力し続ける才能を持つ者のことを指す。今のあの子はまさに天才じゃな」
三つ巴の戦いは隼人が制したようだった。
三人は笑いながらじゃれあう。
「ときどき、恐くなる。あそこまでの才能を、私みたいのがちゃんと導いてやれるのかどうか」
その楽しげな情景を見て、都子は呟いた。
「私は復讐を止める資格もないし、それが間違ってるとは思えない。けれど、あの力が暴走した時のことを考えると不安でたまらないよ」
近右衛門は長い髭をしごきながら都子にアドバイスする。
「たしかに、願わくはあの力を正しいことに使って欲しいが、そこまで気負う必要はないじゃろう。復讐者だったお前さんだからこそ、導いてやれるんじゃ。復讐の大切さ、空しさ、悲しさ、その気持ちは、それを知っている人間でないと教えることは無理だからのぉ」
そして、ふさふさの眉毛を持ち上げて笑う。
「それに、お前さんも師としてはまだ半人前。これからあの子達と一緒に成長していけばエエじゃろ」
その意見に苦笑する都子。
「ふん。確かにその通りだね。私もまだまだ、これから。いつまであの子達と一緒にいれるか分らないけど、頑張ってみるよ」
そういって、彼女はじゃれあっている三人のところへ歩いていった。
「師匠!」
「近衛じいちゃんと話は終わったの?」
「丁度良かった。隼人の馬鹿ヤロウを叩きのめしてくれ」
「バカいってんじゃないよ。自分でしなさい」
「げ~。やっぱりか」
「ふふん。俺は師匠と戦ってもいいけど?」
隼人の一言に、都子が獰猛な笑みを浮かべた。
「上等だよ。隼人。骨の髄まで私の強さを叩きこんでやろう」
「望むところだ。俺は強くなる。師匠を越えて見せる!」
互いに気をぶつけて戦い始めた。
それを見て悠馬と菫がヤジを飛ばす。
近右衛門はその情景をみて満足そうに頷いた。
かけがえの無い時間。幸せな時間。それは悲しみにくれて、泣くしかなかった隼人にはとても楽しい時間だった。
しかしその幸せは、次の悲劇が起こる嵐の前の静寂でもあった。
つづく