魔法教師はやト!   作:沖彦也

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今週から更新を再開します。

過去編です。

宜しくお願いします。


第二十九話「さらば師匠。鬼が目覚めた日」

 世界が暗転して、再び現代へと戻ってくる。

 

「お父様、若かったなぁ」

 

 木乃香は自分の父親の若いころを見て微笑む。

 

「うーん。イケメンってやつね」

 

 ハルナは腕を組んで頷いた。

 

 隼人は過去の補足をする。

 

「あの鞍馬童子の事件以前から詠春とは知り合いだったが、あの一件で友と呼べる間柄になったな」

 

「それより、貴様の師匠の恋人。名前が『ヴェルガ』だったな。どういうことだ?」

 

 エヴァは険しい表情をした。

 

「エヴァちゃん。ヴェルガさんのこと知ってるの?」

 

 明日菜は尋ねる。

 

 エヴァは嫌悪するように言った。

 

「知ってるも何もその名前は、大戦を生き抜いた者ならば皆知っている名前だ」

 

 カモはそれに頷いた。

 

「ああ、その名前は俺っちも知ってる。同姓同名の別人ってことはないよな。この場合」

 

 隼人の目に怒りの炎が揺らめく。

 

「それはこれから先に見せる過去で分かる。だが、その前に師匠との別れを見せる必要がある」

 

「桜咲都子さんとの別れですか」

 

 刹那は悲しそうな顔をする。

 

「再開しよう」

 

 隼人は短く言って、魔法陣を再起動させた。

 

 

★

 

 

 再び時は過ぎ。隼人、十五歳の夏。

 

 ちょうどこの日は、都子の恋人、ヴェルガが亡くなった命日だった。

 

「え~と、これで良いな。あとは、急いで帰るだけだ」

 

 日差しが弱まった夕方。隼人は夕食の買い物をするために町にやってきていた。

 

 普段なら、都子が買い物に行き、隼人は修行をしている時間だ。

 

 しかし、今日は都子の大切な人が亡くなった日。今日ぐらいは一日ゆっくりしてほしいと思った隼人は、かわりに買い物に出た。

 

 日が傾き、影が伸びる。急いで帰ろうと走り出したそのときだった。急に後ろから呼び止められた。

 

「すまないが、君が煉城隼人君かな?」

 

「はぁ、そうですけど」

 

 訝しげに見る隼人。

 

 その人は初老の男だった。いくら気温が下がった夕方とはいえ、真夏なのに黒いコートを着て高山帽を被っている。明らかに不審人物だ。

 

「そうか。君があの煉城隼人君か。うん。よし。悪いのだが、この手紙を桜咲都子に渡してほしい。ヘルマンからだと言えば分るよ」

 

 警戒しながらも隼人は手紙を受け取った。手紙に視線を移し調べる。何の怪しいところも無い。

 

「あの、師匠とはどんな関係で?」

 

 視線を戻すと、そこには男は居なかった。

 

 隼人の頬に冷たい汗が流れた。

 

 

★

 

 

 隼人は帰ってきてから都子の部屋に行った。

 

「師匠、この手紙を」

 

 ヘルマンと名乗った男から受け取った手紙を渡す。

 

「ん? 手紙か。誰からだい?」

 

「ヘルマンといえば分ると言っていました」

 

 その名前を聞き、都子は一瞬だけ表情を険しくした。

 

 無言で受け取って、中身を確認する。

 

 暫く読むと隼人に言った。

 

「すまない、用事が出来た。ちょっと出かけてくる。夕飯はいらない。それから今日はもう外に出るんじゃないよ」

 

「え、ちょ、師匠。何かあったんですか?」

 

「ええい。うるさい。とにかく、今日は大人しくしておけ。外に走りに行っている悠馬と菫にも伝えといてくれ」

 

 そして、隼人は部屋から追い出された。

 

 なにか嫌な予感がした。

 

 それから夕飯を食べて、悠馬たちと都子の帰りを待っていた。時刻は夜の十時。

 

「遅いなぁ師匠。何してんだろ」

 

 悠馬は寝転がって呟く。

 

「師匠は何があっても大丈夫よ。大人しくしてろって言われたんなら、大人しく待っていようよ」

 

 菫は平静そうに言っているが、やはり心配なのか読んでいる本が逆さまだった。

 

「やっぱり、何か嫌な予感がする」

 

 隼人は立ち上がる。

 

 二人も釣られて立ち上がった。

 

 都子の部屋に何かあるような気がして向かった。

 

 部屋の机の上に「馬鹿弟子たちへ」と宛名が記された手紙が置いてある。

 

 三人は不審に思って中身を読んだ。

 

「な!?」

 

 書かれてある内容を読んで、驚愕。

 

「師匠!!」

 

 三人は血相を変えて外へ飛び出した。

 

 

★

 

 

 隼人たちが飛び出した丁度その頃。京都市某所にある「精霊の森」。付近に散らばる精霊達が、夜の間休むために集う森。穏やかな聖域だ。

 

 しかし、今夜は厳かで神聖な空気など一切なく、ただ、不気味なほど静かで、暗かった。

 

 そんな森を都子は一人、奥へと進んでいく。暫くすると開けた所に出た。

 

「今晩は、お嬢さん。待っていたよ。時間きっちりだ」

 

 初老の男が高山帽を脱いで挨拶した。

 

「久しぶりだね。ヘルマン」

 

 都子は凍てつく眼光でヘルマンと呼ばれた男を睨む。

 

「君が戻ってきてくれることを祈っていたけれど、その様子ではダメそうだね。では、覚悟は出来てるかね?」

 

 ヘルマンは弩級の殺気を発して都子と相対した。

 

 都子は一度目を瞑り、何かを振り切るかのように首を振った。そして腰に差してある三本の刀の内、赤い刀【煉獄】を引き抜く。

 

「過去の自分の過ち。ここで清算するよ。あの子達と一緒に前へ進むために、今日ここで貴様を殺す!」

 

 刀から炎が噴出して、戦闘準備が整う。

 

「では、始めよう、お嬢さん。帰りの心配はしなくて良いよ。ここでサヨナラだ」

 

 二つの力が同時に動いてぶつかり合った。

 

 

 

★

 

 

 

 慌てて外へ出たものの、都子がどこへ行ったか皆目検討がつかなかった。

 

「くそっ。早くしないと師匠が」

 

 隼人は歯噛みして辺りを見わたす。焦る気持ちが冷静さを失わしていく。

 

 手紙に書かれてあった内容は簡潔に言うと遺書だった。

 

 死ぬ前に彼らに宛てた伝言。なぜ、死ぬのかは一切書かれず、ただ、隼人達に向けての謝罪と、今後彼らの身の振り方が書かれてあった。

 

「こっちだ、隼人!」

 

 悠馬が促す。

 

「分るのか!?」

 

「なんとなくだけどな」

 

「ううん。私も感じるからきっと正解だよ」

 

 三人は駆け出す。

 

 はやる気持ちを押さえ込んで、ひたすらに駆ける。

 

 全力で走って一時間。

 

「ここよ。ここに師匠がいる」

 

 見上げた景色は暗い森だ。

 

「精霊の森だよな?」

 

 疑問を持たざるを得ないほど、邪悪な雰囲気が漂っている。

 

「行こう。師匠を止めないと」

 

 隼人達は森の奥へと歩を進める。

 

 森を抜けて広場へ。

 

「師匠!」

 

 広場に飛び込んで最初に目にしたのは、うつ伏せになって倒れている都子だった。

 

「おや、遅かったね、少年」

 

 ヘルマンが彼らに向けて笑いかける。

 

 隼人は倒れている都子を見て、急いで駆け寄った。

 

 悠馬と菫は地面を蹴ってヘルマンに攻撃。

 

「君たちは少し、寝ていてもらうよ」

 

 突っ込んできた二人を殴って吹き飛ばす。

 

「がっ」

 

「くっ」

 

 直撃してあっという間に気絶した。

 

「しっかりしてください! 師匠!」

 

 隼人は倒れている都子を抱き起こす。

 

 彼女はボロボロだった。体中の骨は折れ、あちこちに裂傷。腹に穴が開いて内臓も破裂しているようだ。まさに瀕死の状態。

 

「来るなと言っただろうに。馬鹿者」

 

 弱々しく答える。

 

「喋らないで下さい。今治療します」

 

 懐からありったけの治療符を取りだして張り付けた。

 

 札が発動したが、損傷が多すぎて焼け石に水だった。

 

「哀れだね。あの美しい彼女も、ここまで痛めつけたら台無しだな」

 

 ヘルマンが、本当に哀れんでいるように、悲しそうな目で見つめた。

 

 隼人は彼を睨みつけて立ちはだかる。

 

「お前何者だ?」

 

「私は悪魔だよ。名前はヘルマン・サンホラ・アビス・クリストフ・ジャンジャック・サン・ローラン。長いのでヘルマンと呼んでくれたまえ」

 

 大仰に手を広げて挨拶した。

 

「なぜ、悪魔が師匠を狙う!」

 

「答えは簡単。私は彼女との契約を果たしに来ただけだ」

 

「契約だと?」

 

 隼人は疑問符を浮かべる。

 

「ああ、知らないのかね? ふむ。では少し話そうか」

 

 そういうと、芝居がかったように語り始めた。

 

「昔、あるところに恋人を失った女剣士がいた。彼女が求めたのは死者を蘇らせる禁断の魔法。なにゆえ人は求めたがるのか人智を超えた魔法の存在を」

 

 

★

 

 

 ヘルマンが指を振ると、デフォルメされた都子の人形が現れた。

 

「彼女の名前は桜咲都子。悪魔や魔物と戦う剣士だ。ある時、彼女は恋人を失った」

 

 人形が悲しそうにうなだれる。

 

「彼女は悲しみの末に、自分を庇って死んだ恋人を生き返らせるため、悪魔を召喚することにした。召喚されたのは願いをかなえる禁断の魔人。この私ヘルマン・サンホラ・アビス・クリストフ・ジャンジャック・サン・ローランを召喚したのだ」

 

 ヘルマンは自分の人形も取り出した。

 

「彼女の願いは普通でなら叶わないこと。しかし、この私ならばその願いを叶えられるのだ。叶えるための条件はたった一つ。【楽園パレード】に参加すること」

 

 幾つもの人形が現れる。包帯を巻いた少女。鎌を持った少女。赤い服を着た少女。容姿は様々だったが、その表情は全て悲しみにあふれていた。

 

「私は悲しみにあふれた女性たちを、優しさに包まれた楽園へと誘うことを使命としている。その楽園へと至る道中をパレードで練り歩くのだ」

 

 ヘルマンの人形が、笛を鳴らして少女達を引き連れて行く。

 

「楽園は死んだ者とも出会える場所。そこへ行けば死んだ彼に会わせることが出来る。彼女は二つ返事で了承したよ」

 

 都子の人形が少女達の列へと加わって、ヘルマンの後ろを踊りながらついて行く。

 

 しかし、しばらくすると都子の人形は途中で列から抜け出した。

 

「だが、残念なことに彼女は途中でパレードを抜けてしまった。過去に囚われることなく未来へ行こうとしたのだ」

 

 ヘルマンの人形が怒りの顔に変わる。

 

「それは契約違反。来る者は拒まないが、去る者は決して許さない。それが楽園パレードの掟。だからこそ、私は彼女を殺そうとした」

 

 ヘルマンの人形は都子の人形に襲い掛かった。

 

「まぁ、返り討ちにあってボロボロにされたがね」

 

 都子の人形がヘルマンの人形を引き裂いた。

 

「以来、私は体を治す為に姿を消した。そして今、復活して彼女を殺しに来たというわけだよ」

 

 

★

 

 

 話し終えると一礼する。

 

「まさか、そんな」

 

 信じられない話だった。

 

「す、全て、本当だ」

 

 都子は立ち上がりながら言った。

 

「私は愚かだった。全てを捨てて悪魔と契約してしまうなんて」

 

 刀を構える。

 

「だが、いつまでも過去に囚われているより、未来を見て先に進んだほうが良いと気づいた」

 

 体中に気をみなぎらせる。

 

「だめです! 師匠!!」

 

 隼人は体を掴んで制止しようとする。

 

「だから、負けるわけにはいかない!」

 

 掴んだ手を振りほどいて、突撃。

 

「だあああああああああああああああああああああああああ」

 

 刀を振り下ろすが、それよりも早く、ヘルマンの拳が心臓を貫いた。

 

「残念だったねぇ。動きが止まって見えたよ」

 

「かはっ」

 

 都子は持っていた刀を落とした。

 

 ヘルマンはそのまま貫いた腕を振って放り投げる。

 

 放物線を描いて地面に着地。そのまま動かなかった。

 

「師匠ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 体が勝手に動いて、ヘルマンに向かっていく。

 

「少年ではまだ、敵わないよ」

 

 余裕で返り討ちにしようとした。

 

 が、隼人の拳がヘルマンの顔面を殴りつけた。

 

「な、に!?」

 

 脳が揺さぶられて一瞬、動きが鈍る。

 

 さらに隼人は地面に落ちていた刀を拾うと、そのまま切りかかった。

 

「でぃやああああああああああああああああああああ」

 

 袈裟斬りで相手を切り裂く。

 

「だああああああああああああああ」

 

 渾身の蹴りで飛ばした。

 

 吹っ飛んだヘルマンは地面に激突。

 

 すぐさま起き上がろうとしたが、膝が折れた。

 

「馬鹿な。私が膝を?」

 

 隼人を見る。一瞬、彼の体から立ち昇る気が、鬼の形に見えた。

 

「ハラショー。ハラショー!! ハラショォオオオオオオ!!!」

 

 ヘルマンは手を叩いて喜んだ。

 

「素晴らしい。まさか、ここまでとは。"予定変更"だ。君を私の敵と認める」

 

 嬉々とした表情で立ち上がる。

 

「だが、今はまだ足りない。まだ経験が足りない」

 

 体が揺らめくと隼人の背後に一瞬で移動した。

 

「今日は撤退しよう。いつか必ず君に会いに行く。それまでお別れだ」

 

 振り向いて反撃しようとする隼人に攻撃。

 

 隼人は腹部を殴られて倒れる。

 

「さらばだ、少年。剣を手に取り強くなりたまえ。それが君に残された唯一の生き方だ!」

 

 深々と礼をすると、夜空に消えていった。

 

 隼人は起き上がると、都子のところまでいく。

 

「師匠」

 

 心臓が破壊され、もう助からないことが一目瞭然だった。気の力が辛うじて都子をこの世にとどめていた。

 

 目に涙を浮かべて抱きかかえる。

 

「隼人。悠馬と菫は?」

 

 最後の力を振り絞って、喋ろうとする。

 

「気絶していますが無事です」

 

 ホッとして安堵の息を吐く。

 

「ここまでのようだ。情けないね。ここまできて、終わるなんて」

 

 精神力で命を繋ぎとめているだけで、いつ切れる分らない状況だった。

 

「すまないねぇ。勝つつもりだったのに」

 

「そんな! 俺は大丈夫です。必ずアイツを倒します。強くなります!!」

 

 ボロボロと涙を流しながら言う。

 

「馬鹿者、泣くな。泣く前に笑え」

 

 都子は血で染まった手で涙を拭ってやった。

 

 そして、隼人に告げた。

 

「隼人、あの日言ったことを忘れるな。どんなことがあっても前に進め。自分の追い求める答えは、常に進んだその先にある。それが、私がこの人生で学んだことだ」

 

 目の光が消えていく。

 

「戦い通しの人生だったけど、最期の最期でお前達と会えてよかった。あ、り、が、と……」

 

 糸が切れたように動かなくなった。物言わぬその顔は満足そうに笑っていた。

 

「師匠、師匠、師匠、師匠、師匠、師匠、ししょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 壊れるぐらいに都子を抱きしめて、天を仰ぐ。

 

 隼人の悲痛な雄叫びが夜空にこだました。

 

 桜咲都子。人生の最後まで戦い抜きこの世を去る。

 

 

★

 

 

 その後、都子の葬式や諸々の後始末は、近衛近右衛門がしてくれた。

 

 京都、六道の辻付近の墓所に葬られ、一段落が着いた。

 

 三人は墓の前で手を合わせる。

 

 葬儀の最中、涙を見せなかった菫は、始めて泣き崩れた。

 

 肩に手を置いて心配する悠馬。

 

「泣くな、菫。泣きたい時こそ笑え。それが師匠の教えだ」

 

 隼人は菫を見ることなく言い放つ。

 

「俺はもう泣かない。絶対立ち止まらない。だから師匠、見ていてください。必ず強くなってみせます」

 

 無言の墓にそう言って、悠馬と菫に振り向いた。

 

「悪魔どもと戦うために、俺は魔法界に行く」

 

 返事を待たずに隼人は立ち去る。

 

 悠馬と菫はその後ろ姿に、怒りの獄炎に燃える鬼を見た。

 

 後に紅蓮鬼と呼ばれる少年は、この日から悪魔との戦いに身を投じることになる。

 

 

 つづく

 

 

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