魔法教師はやト!   作:沖彦也

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過去編です。長かった過去編も後2、3話で終わります。
もうしばらくお付き合い下さい。

宜しくお願いします。


第三十五話「未来の俺のために。燃え盛る狂戦士」

 過去の映像が止まる。

 

 意識が現代へと戻ってくる。

 

「これが隼人のトラウマ」

 

 明日菜が涙をぬぐって言う。

 

 隼人は目を細めて遠くを眺めた。

 

「今でも夢に出てくる。俺の人生はほとんどあのヴェルガの掌の上だった」

 

「ふん。あの大戦がこんなくだらない理由で始められたことだったとはな」

 

 エヴァは呆れかえるようにため息をつく。

 

 大勢の命が奪われた大戦が、退屈しのぎで始められたことに空しさが去来した。

 

 カモはヴェルガのおぞましさに震える。

 

「ヴェルガってこんな奴だったんだな。色々な人物になって混乱を招く。まさに正真正銘の悪魔だな」

 

 夕映は自分のアーティファクト【世界図絵】でヴェルガのことを調べ上げる。

 

「ヴェルガはこの大戦で判明した新しい魔王だったそうです。付いた二つ名は【命を弄ぶ貌】。魔王級にして厄災と混乱をもたらす悪魔。確かに魔王にふさわしい悪魔です」

 

「それで、先生。この後どうなったんですか?」

 

 刹那が心配そうに尋ねる。

 

 隼人は険しい表情をした。

 

「それからの俺は、全てを賭けてヴェルガを倒すことにした。歳を取らない理由や【爆熱真紅】を会得した経緯はここからの話で分かる」

 

 魔法陣が起動して、映像が回り始める。

 

 

★

 

 

 隼人が悠馬と菫を殺してから一週間。悠馬と菫が死んだという情報は人類軍を震撼させた。

 

 彼らの死体は近衛近右衛門により、極秘裏に回収されて丁重に葬られた。

 

 真実は伏せられ、代わりにトライブレードに潜り込んでいた魔王級の悪魔に殺されたという情報が公表された。

 

 一方、隼人は病院の個室で廃人同然の様相で入院していた。

 

「おう、コラ。ちょっとは食べねぇと、いつまでも動けねぇぞ」

 

 ゴウは心配そうに隼人に話しかけた。

 

 隼人は出された食事に手をつけず、ボーっと眺めるように本を読んでいる。

 

 その様子に仲間はため息をついた。

 

「目を覚ましてもこの状態。本人が動かないと私はどうしようもないです」

 

 軍医のアニエスは頭を振った。

 

「まぁ、あんなことがあったしねぇ」

 

 近右衛門は、隼人と付き合いの長いゴウ達には真実を伝えていた。

 

 抜け殻のような隼人を見て、自分達はどうすることも出来ないことに表情は曇る。

 

「ねぇ隼人君。何を読んでるの?」

 

 アンリは努めて明るく振舞おうと話題を振る。

 

 隼人は無言で背表紙を見せた。

 

 そのタイトルを見て驚愕。

 

「『時界研究記』って! 何て物を読んでいるの!?」

 

「ここは病院だ。少し静かにしろ」

 

 低く、暗い声で隼人が口を開く。

 

「何の本だ?」

 

 重蔵が尋ねた。

 

 背表紙を見て、同じく驚いていたギンガが言った。

 

「あれは、時間の女神『クロノメモリ』と契約するための禁断書だ」

 

「時間の女神だぁ? そんなのが居るのかコラ」

 

 アンリがゴウの無知さに呆れつつ解説する。

 

「バカなゴウにも説明すると、時間の女神は、女神の中でも最高クラスの神様よ。契約すれば不老の力を得られる。他にも時を司る魔法を使うことも可能になるわ」

 

 ギンガが説明を引き継ぐ。

 

「そして『時界研究記』は時間の女神を呼び出して契約するための本だ。国際図書館の閲覧禁止の封印本指定になっている」

 

「封印本? そんなに危険な代物には見えないが」

 

 重蔵が本に目を向ける。古ぼけたハードカバー本だった。

 

「その本自体は危険じゃない。問題は呼び出し方法が書かれていることよ」

 

 アンリは読書に集中している隼人を一瞥する。

 

「クロノメモリは存在が発見されてから今まで、誰一人契約できた者はいないのよ」

 

「そこまで難しい召喚なのですか?」

 

 アニエスが訊いた。

 

「いいえ。難しくはないわ。召喚には成功できる。でもクロノメモリと契約する際に、召喚者の生涯を査定されて、不適格と見なされたら魂を奪われて死ぬ」

 

「なんだそりゃ! 悪魔と変わんねぇだろコラ」

 

 ゴウが驚いて叫んだ。

 

「そうよ。危険な女神だから召喚できないように、『時界研究記』は封印本指定になったのよ」

 

 アンリは本を取り上げた。

 

 隼人は睨む。その瞳は鬼の目だった。

 

 アンリは気配に圧倒されつつも言う。

 

「隼人君。不老の方法は大勢の魔法使いが試して失敗してきたのよ。時の流れからは誰も抜け出せない。それは世界の真理よ」

 

 無口なギンガも険しい表情で言った。

 

「総隊長。止めるんだ。それは人を捨てる行為だ。悪魔になるつもりか」

 

「今の状況じゃヴェルガには勝てない。勝つには肉体の老化を止めて鍛えるしかない。何年かかっても確実に奴を殺す」

 

 隼人は拳を握って説明する。

 

「馬鹿野郎。お前一人で戦わせるかよ。俺達がいるだろコラ!」

 

「黙れ。奴は俺が殺す。他の誰にも邪魔はさせない」

 

 そう言ってゴウを睨んだ。鬼の目が燃え盛る劫火で煌々と光っていた。

 

 その姿を見て、全員が言葉を失った。

 

 かつて勇ましく燃えていた瞳の炎は、暗い憎悪と怒りを糧に燃えていた。

 

 そこにいるのは自分の命すら捨てる紅蓮の鬼だった。

 

「もう帰れ。邪魔だ」

 

 一言切り捨てると、別の本を取って読書を再開した。

 

 隼人の圧力に耐え切れず、ゴウ達は病室から出て行った。

 

 

★

 

 

 退院後。隼人は、十七歳の誕生日にすぐさま時間の女神クロノメモリを召喚した。

 

『貴方が私を呼んだのですか?』

 

 美しくも厳格な女神が隼人を睥睨する。

 

「ああ。そうだ」

 

『何か用ですか?』

 

「俺と契約しろ」

 

『愚かな。私と契約して不老にでもなるつもりでしょう。ですが、それは無理です。時は等しく皆に降りかかるもの。それを抜けることは誰も許されません』

 

 女神は哀れむように拒否した。

 

「黙れ。さっさと契約しろ。俺は奴を殺すために必要なんだ」

 

『は?』

 

 怪訝そうな顔をして隼人を見つめる。そして理解した。

 

『なるほど。随分と悲しい時を過ごしてきたのですね。ですが復讐は復讐の連鎖しか生みません。貴方の友も望みませんよ』

 

 諭すように語りかける。

 

「ふん。当たり前だ。悠馬と菫が復讐など望まないことは分っている」

 

 意外な言葉が返ってきた。

 

『では何故? 復讐などするのです?』

 

「復讐とは取り残された者が、己自身で決めて行うことだ。死んだ人間がどう思おうと関係ない」

 

 女神はその答えに驚いたように目を瞬かせる。

 

『なるほど。他人のためではなく、自分のためにするのですか』

 

「ああそうだ。そうでもしないと、俺は体の奥から湧き出す劫火で燃えてしまいそうなんだ。この炎で奴を殺す。その先に死が待っていたとしても、俺は必ずやり遂げる」

 

『人は死を逃れるため、幾度となく不老を求めて私を呼び出した。けれどまさか死ぬつもりで、不老になりたいと言ってきた人間は初めてですね』

 

 呆れるように言った。

 

「長話はここまでだ。契約しろ」

 

 女神はじっと隼人を見る。

 

 それは隼人の生涯を見定めている目だった。

 

 そしてフッと笑って告げた。

 

『なるほど。どうやら私との契約を期間限定で考えているようですね。面白い人間です』

 

 隼人は力強く頷く。

 

「当然だ。俺は奴を倒すときまで肉体の老化を防ぎ、時間を司る魔法が使えればいい」

 

『良いでしょう。契約しましょう。ただし条件があります』

 

「なんだ? 魂はくれてやらんぞ」

 

『あれは無理矢理、私と契約して時を抜け出そうとした愚か者が勝手に失くすものです』

 

「では、なんだ?」

 

『私が出す条件は一つ。復讐が終わったらそのときは必ず前を向いて人生を歩みなさい』

 

 今度は隼人が驚いた。

 

「なに? そんな簡単で良いのか? てっきり契約完了したら今まで止めていた時間が降りかかって、一気に老化して死ぬと思っていたが」

 

『失礼な! 私は悪魔ではありません。女神ですよ。基本的に優しいんです』

 

 憤慨したように女神が頬膨らます。

 

 そのしぐさが妙に可愛かったため、隼人は毒気を抜かれてしまった。

 

「俺は前向きに生きることなんてこの先出来るのか?」

 

『大丈夫です。私は過去、現在、未来と様々な時間を見ることが出来ます。貴方がこの先諦めずに人生を歩き続ければ、必ず前を向いて生きることが出来ます。そういう未来が見えました』

 

「そうか。それなら俺は戦える。未来の俺のために」

 

『未来の貴方だけでなく、大勢の命を救ってください。ヴェルガと言う、命を愚弄する悪魔を倒すために、私、クロノメモリは煉城隼人と契約を結びます』

 

 女神が隼人の体に手を入れ、体内から心臓の形をした時計を引き抜いた。

 

 それを丁重に懐に入れると言った。

 

『これで契約は完了です。これで貴方は不老になりました。貴方の時間を返すときは、ヴェルガを倒したときです。それまで、私が大切に預かります』

 

「感謝する」

 

 隼人は一礼する。

 

『それでは、貴方の未来に幸多からん事を』

 

 にっこり笑って姿が消えた。

 

「さてと、ここからが本番だ」

 

 隼人は自らの拳を握り締めた。

 

 

★

 

 

 それから隼人は道場に篭もって、ひたすら体を鍛え続けた。それは修行と呼ぶにはあまりにも凄惨で過酷なものだった。

 

 ボロボロになっても止まらず、筋肉はちぎれ、骨が折れてもなお、ひたすら動き続けた。

 

「総隊長! やめてくださいっ! それ以上やったら死んでしまいます」

 

 アニエスが止めに入ろうとする。

 

「よせ、アニエス。隼人を止められる奴なんて誰もいないぜ」

 

 ゴウが制止した。

 

「でも、ゴウ。これでは体が持たないですよ!」

 

 アニエスは訴える。

 

 アンリが首を振った。

 

「私達だって止めたいわ。けど、私達に止める力はない。あの時間の女神クロノメモリとさえ契約した。もう神様だって止められないのよ」

 

 重蔵が険しい表情で言う。

 

「俺達が出来ることは、隊長を影から支えることだ。そうだろう?」

 

 全員が複雑な表情で隼人を見つめ続けた。

 

 月日は流れ。隼人がクロノメモリと契約してから二年と半年。

 

 悪魔軍の攻撃も激しさを増し、準魔王級、魔王級の出現も相次いだ。

 

 防衛に付いたトライブレードも再び前線へと投入されて戦った。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおるうううううううううううおおおおおおおおお」

 

 最前線の戦場に隼人の雄叫びがこだまする。

 

 その姿は燃え盛る鬼。左手に自分の刀【煉獄】を持ち、右手に悠馬の形見刀【渦潮】を持ち、気力で伸長した髪の毛を束ねて菫の形見刀【雷霆】を持っていた。怒髪が【雷霆】を天へと突きだす。

 

「があああああああああああああああああああああああ」

 

 鬼の慟哭に応じて【雷霆】の力が発動。雷が周囲に落ちて悪魔を焼き払う。

 

「ぐおおおおおおおおおおおがあああああああああ」

 

 右手に持った【渦潮】が濁流を生成して押し寄せる悪魔軍を洗い流す。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 左手の【煉獄】から爆炎を飛ばして濁流に着弾。水蒸気爆発で悪魔達を粉々に吹き飛ばす。

 

 だが、それだけでは収まらず、【煉獄】の刃が割れて赤熱した刃が現れた。

 

「燃えろ煉獄」

 

 短く言い放つと辺りを一瞬にして灼熱の地獄へと変えた。

 

 大地は焼け、石は溶けてマグマに変わる。天は赤く燃え上がり、周囲の温度が際限なく上がっていき、もはや生物が活動できないほどの熱量。

 

 巻き込まれた悪魔軍は苦しんでのた打ち回る。

 

 だが、容赦なく隼人は暴れまわる。恐れをなし逃げる悪魔を追いかけて切り裂き、苦しみのた打ち回る悪魔を踏みつけ、襲いくる悪魔に噛みつき肉を引きちぎる。

 

 悪魔よりも悪魔な隼人を見て、戦線が崩壊して悪魔軍は逃げていく。

 

「ニゲルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 最早、人間の言葉か怪しい怒号を上げて魔法を発動させる。

 

 それは時間の女神の力。相手の動きを一斉に停止させる時間魔法。

 

 動けなくなった悪魔達は驚愕の表情で悲鳴を上げる。

 

「死ね。くたばれ。地獄に落ちろ。苦しめ。泣け。喚け。うがああああああああああああ」

 

 万の恨み言を吐き出しながら、動けない悪魔達を仕留めていく。

 

 それでも、動ける悪魔もいる。

 

 魔王級の悪魔だった。

 

「よくも俺の仲間を殺してくれたな。この【踏み割る右足】ボルゾリガが相手を……」

 

「仲間を殺したのはお前達だろう! クソ悪魔ああああああああああああああ」

 

 隼人の逆鱗に触れて、ボルゾリガは解体される。

 

 左右の腕が相手の体を掻っ捌き、髪で持った刀が悪魔の頭をかち割る。それでも飽きたらず、生き物のごとく三本の刀がボルゾリガを攻撃していく。

 

 魔王級は魂を殺さねば死なない。それを逆に利用して、延々と続く地獄の痛みを与えていく。

 

「ぎゃああああああああああああああああああ」

 

 ボルゾリガは耐えきれず発狂する。

 

「死ねええええええええ。がああああああああああああああああ」

 

 そして時間魔法で相手の魂の寿命を一気に減らして絶命させた。

 

 魔王級すらたった一人で倒す。その圧倒的力に悪魔軍は絶望した。

 

 灼熱の地獄で暴れまわるその姿は、まさしく紅蓮の鬼だった。

 

 味方すらその圧倒的暴威に近づけず手を出せない。

 

 こうした隼人の狂戦士ぶりはどの戦場でも見られた。

 

 そしていつしか【紅蓮鬼】という二つ名で呼ばれ、敵味方双方から恐れられる存在となった。

 

 そんなある日、隼人はゴウ達を道場に呼び出した。

 

「おう、隼人。呼んだかコラ?」

 

「ああ、集まってもらって悪い。遂にたどり着いたんだ」

 

「たどり着いた?」

 

 アンリは首を傾げる。

 

「見てくれコレを」

 

 隼人が力を込める。

 

「があああああああああああああああああっ」

 

「隊長、その姿……」

 

 アニエスは愕然とした。

 

 隼人から立ち昇る気配は、殺気、怒気、熱気。髪は燃え上がるような真紅に染まり、鬼の瞳は焼け付くような波動を発していた。

 

「究極技法【爆熱真紅】だ」

 

 隼人が死神の顔で言った。

 

「なんてものに手を出した!! それは死の究極技法だぞ!」

 

 重蔵が怒鳴る。

 

 強大な力を出せる代わりに、【爆熱真紅】はいずれ魂すら燃やして尽くして、使用者を灰にすると言われている技だった。

 

「だが、これで俺は戦える。奴を殺すまでは俺は死なないさ」

 

 破滅に全速力で向かう隼人を見て全員が言葉を失った。

 

 

★

 

 

 映像が止まって、再び現代へと戻ってくる。

 

 かつての隼人の姿を知って、過去の者達と同じく、明日菜達は言葉を失っていた。

 

「これが昔の俺だ」

 

 隼人が口を開いた。

 

 エヴァはため息をついた。

 

「やれやれ、紅蓮鬼の噂は聞いていたが、ここまで化け物じみた狂戦士だったとはな」

 

「まぁな。あのころは目に入った悪魔が全て憎くて、怒りをぶちまけていた。でもそうしないと俺は自分の自我を保つことが出来なかった」

 

「けどよ。アニキが、ここまでの力を持っていたから、あのヴェルガを倒せたんだよな」

 

 カモが納得したように言った。

 

 隼人は首を振る。

 

「違うぞカモ。俺はいまだにクロノメモリとの契約が切れていない」

 

 エヴァは険しい表情をする。

 

「つまり、生きているんだな」

 

「そうだ。俺は結局、アイツを仕留め損なった。それが今から見せる、人魔大戦の結末だ」

 

 映像が再び動き出す。

 

 つづく

 

 

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