ここから人類軍の反撃が始まります。
次回、オスティア戦です。
宜しくお願いします。
人魔大戦開戦から四年半。長きにわたる悪魔軍との戦いは魔法界を疲弊させていった。戦況は人間軍が有利だったが、それは悪魔が本気で潰しにかかってこないからだった。悪魔はゲートがあればどこからでも現れる。つまり、市街地に人知れずゲートを設置されれば、そこから悪魔が溢れ出して一気に人類は敗北する。「かろうじて生かされている」それが今の人類の現状だった。
ただ月日が流れるばかり。このまま時が経てばいずれ人類は絶滅する。絶望と悲壮感が魔法界を覆っていた。
しかし、その泥沼の戦争に動きがあった。それは一つの凶報から始まる。
「なに! オスティアが悪魔に占拠された!?」
魔法界を取り仕切る賢老達は蒼白になった。
報告する若い事務官は震えながら続ける。
「し、市街地にゲートが設置されて、そこから悪魔が溢れてきたそうです。一気にオスティアの王宮を制圧されて今現在、オスティア中心都市『空中諸島』に住む住民十万人が人質となっています」
「なんということだ。よりにもよってオスティアが」
禿頭の老人が頭を抱えた。
オスティア。それは始まりの国と呼ばれている。この国は魔法発祥の地だった。
伝説によると千年以上もの昔、始まりの魔法使いと呼ばれた人間が、不毛な大地に緑を広げた。やがて命を生み出し、その命に魔法と呼ばれる技術を授けた。
「命を育み、栄え、生きよ」
魔法使いは生み出した命にそう告げて、この世から姿を消した。
魔法界に生まれた命たちは言いつけを守り、集まり、世界を繁栄させた。
そして、始まりの魔法使いが降り立ち、魔法を授けた場所を魔法使いの名前にちなみ「オスティア」と呼び、そこは国となった。
「オスティアは我々魔法界にとって全ての始まりであり、全ての故郷。まさかこの世界の中心であるメガロメセンブリアではなく、人類の心の中心オスティアを落とすとは」
実利ではなく、心を砕きにくる所業はまさに悪魔だった。
「それだけではない。オスティアの中心は空中諸島だ。これを各地に落下されたら被害は甚大だ」
白髪の老人が指摘する。
オスティアの中心は空中に浮かぶ巨大な島々からなっている。その数は全部で十。その特徴は自由に移動できることにある。ひとたび移動を開始すれば、空中諸島はそのまま巨大移動戦艦として機能する。それだけでなく、賢老が指摘した通り、悪魔軍がその島を各主要都市に落とせば被害は甚大なものになる。
「メガロメセンブリアに侵攻してくる悪魔に気を取られて、他国の守りが薄くなっていた。こんな単純な陽動に引っかかるとは」
賢老達は意気消沈した。
そんな最中に追い打ちをかけるような情報が入った。
別の事務官が血相を変えて入ってきた。
「た、大変です。この戦争の元凶であるヴェルガから通信が入りました!」
会議室は緊張とざわめきに覆われた。
賢老の一人である近衛近右衛門が静かに告げた。
「繋いでくれ」
円卓の中心からモニターが浮かびあがり、映像が映し出される。
「やぁ魔法界のクソジジイ共。ごきげんよう」
人を小ばかにしたような笑みを湛えてヴェルガは挨拶した。
「要件を言え」
近右衛門は短く言った。
その言葉にヴェルガは悲しそうな顔をする。
「おや、挨拶してくれないのか。コミュニケーションは大事だよ」
「要件を言え」
有無を言わさず、再び近右衛門は言った。
「分かったよ。要件はごく簡単だ。我々はこの戦争を終わらせる用意がある」
優雅に髪をかき上げて告げる。
「終結させる条件は三つだ。一つ、人類軍の全面降伏。二つ、魔法界の所有権の譲渡、三つ、年間で魔法界の人口約一パーセントを食料として提供しろ」
途轍もない要求だった。
「ふ、ふざけるな! そんな要求が飲めるか!!」
賢老達が叫んだ。
「何故だ? このまま戦争を続ければ人類は絶滅する。そうなる前に我々に降れ。我々が貴様達を管理する。なぁに心配するな。食料として減った人口は、男女のつがいを作って増やしてやる。絶滅はさせないよ。大切に育ててやる」
そこでいったん区切って、満面の笑みで言った。
「正しく、彼の魔法使いが言った『命を育み、栄え、生きよ』の実践だな」
「きさまあああああああああああああああああああああ」
禿頭の老人がブチ切れた。
魔法界に住む人類が心の奥に大切にしている精神を土足で踏みにじる行為だった。
「返答は一週間待ってやる。もしこの要求を拒否するのならば、我々はオスティアを各主要都市に落とす。そして、人類を喰い尽くす。貴様達を絶滅させる。良い返事を待っているよ」
通信が一方的に切れた。
悪魔軍からの最後通牒。人類滅亡のカウントダウンが始まった。
★
人類軍はヴェルガとの会談を秘匿するつもりだった。しかしヴェルガは、会談の様子を魔法界全土に中継していた。このことで、人類はさらなる絶望へと叩きこまれ、生きる気力を失った世界は、自殺が横行して、暴動や内紛まで起こる始末だった。
「もはや、我々に道は無い。これが終わりということか」
賢老達も打つ手なしで頭を抱えていた。
だが、その賢老達の会議室に煉城隼人がやってきた。
「賢老共。話がある」
颯爽と現れた隼人は入ってくるなりそう言った。
「何だ、いったい。この絶望的状況を打開する策が見つかったのか?」
賢老の一人が投げやりに言う。
「その通りだ。策がある」
自信に満ちた声で言う。
だが、その声も届かず賢老達は首を振った。
「言っておくが、もう人類軍は悪魔軍と戦う気力は無いぞ。気力があるのはお前達の部隊トライブレードくらいだ」
ため息が会議室に響く。
だが一人、近右衛門は静かに促した。
「隼人。話してみなさい」
隼人は頷いて説明を始めた。
「デウス・エクス・マキナって知っているか?」
「機械仕掛けの神。ご都合主義の物語で良く言われるモノじゃな」
近右衛門は答える。
「そうだ。そのデウス・エクス・マキナ級の魔法がある。結論から言おう。クロノメモリの力で魔界を消滅させる」
瞬間、老人たちは隼人の顔を見た。
「可能なのか?」
「クロノメモリに確認を取った。可能だ」
近右衛門は姿勢を正して尋ねる。
「方法は?」
「魔法界に住む全人類から寿命を一年だけ徴収して、クロノメモリに捧げる。寿命は魂、すなわち命の力だ。その命の力を魔力に変換して、魔界がある次元を無だった頃まで逆行させる。俺が魔王級に対して使う、魂の時間操作を次元に対して行うんだ」
賢老達に希望の光が射した。
「次元単位で消滅すれば、いくら不死身の悪魔でも生きてはいられない。魔界を消滅させれば後続の悪魔がやってこない。今こちら側にいる悪魔軍を倒せば、俺達の完全勝利だ」
近右衛門は冷静に言う。
「だが、今首根っこを掴まれているのは人類じゃ。オスティアを落とされたら人類も絶滅じゃ」
「その点も考えてある。ヴェルガと俺が話をする。奴に最終決戦を提案する。奴は基本的に暇を潰せればいいはずだ。ましてこの戦争も俺と戦うために起こしたものだ。俺との決着をつけられるなら、それを優先するはずだ」
「人質の救出。その後の展開も既に考えてある。あとはそれを実現可能なレベルに調整してほしい」
取り出した書類の束を円卓に叩きつけた。
「隼人、次元消滅の魔法の代償は何じゃ? 寿命一年間だけではないじゃろう?」
「代償は今言った通り寿命だけだ。ただし、この次元消滅魔法は一度きりしか使えない。一度使えたら十分だが、失敗は許されないということだ」
「なるほど」
問題は山積みだったが、それでも希望は見えた。
今の人類軍にはそれだけで動くに値する原動力だった。
★
一週間後。約束の日がやってきた。
緊張した面持ちで賢老達が円卓に座る。隼人も円卓の一席に座って会談の時を待つ。
事務官が念話で通知を受け取った。
「ヴェルガとの回線を開きます」
円卓の中心にディスプレイが出現。ヴェルガが映し出された。
「やぁ愚かな人類よ。返答を聞こうか」
隼人は立ち上がるとヴェルガを睨んだ。
「よぉ会いたかったぞ。ヴェルガ」
ヴェルガの整った顔が驚きに変わる。
「なぜ、隼人がいるのだ?」
「お前に提案があってこの会談に出席している」
一歩も怯まず堂々と言う。
「提案? おいおい。人類から悪魔に提案できることなんかあるはずないだろう」
「ある。なぁ関ヶ原の戦いって知ってるか?」
思わぬ質問にヴェルガは考える。
「たしか、元界の世界にある日本という国で、大昔に起こった内乱だったか」
「まぁ概ねその通りだ。その戦に勝てば天下を取れた。天下分け目の大合戦だったそうだ」
「それとこの会談に何か関係があるのかな?」
「もちろんだ、ヴェルガ。勝負をしようじゃないか。人類軍はこのまま行けば死ぬしかない。だったら、俺達は全てを賭けてお前達に決戦を挑む。人類軍の総力を挙げてお前達を倒す」
ヴェルガはにやりと笑った。
「おやおや。こちらには人質十万人がいることを忘れたのかな? それとも十万人を見捨てるつもりかな?」
隼人は首を振って否定する。
「いいや、違う。俺達の目的は二つ。まずは人質の救出。二つ目は悪魔軍を打倒すること。決戦の際、俺達は人質を救出するまでは一切悪魔に手を出さない。対してお前達は攻撃し放題だ。良い提案だろう?」
ヴェルガは目を細めて隼人の意図を探ろうとした。
「ずいぶん我々に有利なルールだな」
「有利かどうかは分からないぞ?」
不敵に笑ってヴェルガを見る。
「だが、決戦とは大きく出たな。我々を倒しても悪魔はまだ大量にいる。まして俺を倒しても、タガの外れた魔王級が各地で好き勝手に暴れるだけだぞ」
ヴェルガの指摘こそが、人類が敗北するしかない理由だった。
どういう方法かは分からないが、ヴェルガは魔王級と呼ばれる強大な悪魔を従えている。ヴェルガが指揮をとって統制がなされている。ここで、ヴェルガを倒せばその統制がなくなり、魔王級は好き勝手に暴れるだろう。魔王級同士が魔法界で争い、さらなる混乱を招く可能性もある。
また、悪魔は魔界から湯水のごとく湧き出してくる。ここで退けても次から次へと悪魔が侵攻してきて人類は蹂躙される。
唯一の生き残る道は悪魔に降り、家畜同然の扱いで管理されるしかなかった。
だが、それでは命はあるが、生きているとは言わない。結論から言えば八方ふさがりなのだ。既に人類は詰んでいる。
隼人はヴェルガを鬼の瞳で睨む。
「あまり、人間を舐めるなよ。悪魔は全て殺す。一匹残らずだ」
余裕の笑みでヴェルガは隼人を見下す。
「ほほう。では俺に見せてくれ、敵として仕立て上げたお前の実力を見せてくれ」
ワクワクして、ドキドキして、子供のように目を輝かせる。
隼人は目を瞑り、息を吸う。
そして目を見開いた。
「滅びろ、悪魔!」
短く、だが、力強く。憤怒の劫火を吐き出すように。隼人は告げた。
その瞬間。魔法界にいる人口約十二億人の寿命が減った。
世界中から光の筋が飛び交い、空を覆う。
流れ星のように煌めきながら収束していく。
煌めきの中心に美しい時間の女神がいた。
『契約の下、我、クロノメモリは魔界を消滅させます』
巨大な魔力がクロノメモリの力で、一つの魔法へと変化していく。
十二億人の命の力が魔界へ転送される。それは極大の太陽のようなモノだった。
太陽は魔界を照らす。悪魔の棲む世界が人類の命で明るく照らされる。
『魔界よ【無に還れ】』
神の宣告がなされて、太陽は爆発した。魔界は時間を遡り無へと還った。
あっけなく。唐突に。魔界は無へと還った。次元が一つ消滅した。
会議室の事務官が念話で報告を受け取る。
「魔界の消滅を確認。第一段階は終了です」
隼人はヴェルガを見た。
信じられない物を見るように目を見開いて口を開けている。
「どうした? 間抜け面をさらして」
隼人は鬼の目で睨んでヴェルガに尋ねる。
「貴様、本気で魔界を滅ぼしたのか」
震えるようにヴェルガは呟く。
「ああ、滅ぼした。増援はもう来ない。貴様たちは孤立した」
その事実を突き付けられて、ヴェルガは転げまわって大笑いしだした。
「クカカカカカカカカ。面白い。面白いぞ。煉城隼人! 貴様を俺の敵にしたことは正解だった。まさか、魔界を滅ぼすとは。一個人の恨みで次元を消滅させたのか! フハハハハハハハハハ。ヒャアアアアアアアアアアアアアハハハハハ」
ひとしきり笑うと隼人を見た。
「良いぞ! 隼人。良いぞ。決戦だ。決戦をしよう。貴様達は滅ぼすに値する生物だ。戦おう。存分に。充分に。満足するまで」
魔界を滅ぼしてもヴェルガは狼狽えなかった。むしろ楽しそうに嬉しそうにしている。
「さぁ決戦の日取りはどうしようか? 一週間後か? それとも一か月後か?」
ヴェルガの合意を得た隼人は、作戦を第二段階へと移す。
「当然。今からに決まっているだろう」
「は?」
ヴェルガは一瞬、理解できなかった。
だが、次の瞬間には理解した。
自分達が陣取るオスティア空中諸島を、人類軍の大艦隊が取り囲んでいた。
「バカな! どうやって!?」
ヴェルガはここで初めて狼狽えた。
人類軍の大艦隊が音もなく一瞬で現れたのだ。
『跳躍完了です』
隼人の隣にクロノメモリが現れる。
「お疲れ様」
ヴェルガはクロノメモリを見据えて言う。
「まさか、女神の力を使ったのか」
「そのまさかだ。人類軍の大艦隊を一分後の世界に時間跳躍させた。そして、ここからが本番だ」
隼人が手を挙げて合図する。
クロノメモリは無言で頷くと、美しい両手を天に掲げた。
『集え命の力よ』
女神の呼びかけに応じて、十二億人の寿命が一日だけ減った。減った寿命は光となって世界を流れて天空に集う。
『では、行きます』
クロノメモリは魔法を発動。それは時間跳躍の魔法だった。
オスティアの空中諸島が光り輝き、無数の魔法陣が展開される。
『一分後の世界へ跳躍!』
女神の一声でオスティアの住民は各地へと時間跳躍した。
跳躍した各地には、巨大な魔法陣があった。
現地に配置された部隊が、住民の跳躍を確認すると叫ぶ。
「跳躍確認。浄化魔法陣作動!」
「了解。浄化魔法陣作動!」
復唱して隊員が魔法陣を起動させる。
すると、強烈な聖なる力が溢れだした。
「ぎゃあああああああああああああああ」
「ぐああああああああああああああああ」
「ひぎゃああああああああああああああ」
強烈な力を浴びて人間に化けていた悪魔達が耐え切れずに消滅する。
「悪魔の消滅を確認! 魔法陣停止後、オスティア民の避難誘導に移れ!」
部隊長が矢継ぎ早に指示を飛ばして、行動を開始する。
このような状況が各地で展開された。これこそが人類軍の人質救出作戦。クロノメモリの時間跳躍魔法で人間のみを跳躍させたのだ。
人間と悪魔。二つの種族には決定的な違いがあった。即ち魂である。悪魔の邪気塗れの魂と人間の魂は違っていた。その差異を利用してクロノメモリは人類だけを選別して跳躍させたのだ。もちろんこれでも、人間に化けた悪魔は紛れてしまう。その問題を解消するために、跳躍させる場所に浄化の魔法陣を置いて対処した。浄化の光は、人間ですら三十分浴びたら死亡するほどの強烈な力。悪魔が浴びれば五秒と生きていられない。
この作戦の要は魔力だった。跳躍には莫大な魔力が必要になる。また、浄化魔法陣の起動にも莫大な魔力が必要だった。そこで、提案された案は再び寿命を使うことだった。十二億人の命の力を少しだけ集めて利用した。追い詰められた人類は文字通り命を懸けていた。
「まだ行けるか?」
隼人はクロノメモリに尋ねた。
『十二億の命の力。そうやすやすと無くなりません』
「では、やれ」
再度、クロノメモリは時間跳躍の魔法を使う。
今度は世界各地に居座る悪魔軍全体に魔法を使用した。
『さぁ、一分後のオスティアへ跳躍!』
悪魔軍が全てオスティア空中諸島へ跳躍してきた。
オスティアがあらゆる悪魔の坩堝と化した。各地に散らばる悪魔軍を一か所にまとめたのだ。
事務官が念話で状況を確認。
「第二段階終了です」
『第三段階へ移ります』
クロノメモリが告げて、残っていた命の魔力を全て使用して、オスティアに居る全ての悪魔の寿命を可能な限り加速させた。
下級悪魔、中級悪魔は一気に寿命を減らされて消滅。上級悪魔も寿命を減らされて弱体化。準魔王級、魔王級の悪魔は魂の力を減らされて不死身を奪われた。
事務官が状況を報告。
「第三段階終了。悪魔軍の数を大幅に減らせました」
ここまで怒涛の作戦展開。
映像の向こうのヴェルガは言葉を失っていた。
『隼人。私が協力できるのはここまでです。あとは人類軍の力で戦いなさい』
クロノメモリは役目を終えて消えた。
「ありがとう。これで人類軍は戦える」
隼人は時間の女神に感謝すると、ヴェルガに向かって言った。
「さぁ、決戦を始めようか!」
つづく