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第三十八話「隼人の問いかけ。少女達の決意」
記憶の映像が止まり暗転する。
そして全員の意識が現代へ戻ってきた。
「これが、俺が経験した過去だ。この後は、日本に戻って刹那に出会って、それからまた旅に出て、今に至る」
隼人が静かに告げる。
壮絶な過去。それは中学生の彼女たちにとってショックな話だった。
誰も言葉を発せず、ただ無言の時間が過ぎる。
「ふん。お前も相当、他人に振り回されている人生を送ってるようだな」
一番初めに口を開いたのはエヴァだった。
「まぁな。結局、俺の人生はあのクソ野郎の掌の上だ。それを断ち切ろうとして取り逃がした」
懐かしむように目を細める。
「だが、後悔はしていない。俺が選んだ道が誰かの思惑の上だったとしても、この復讐心と培ってきた力は本物だ」
「なるほど、確かにな。で、鬼の力は手放せたのか?」
エヴァは尋ねた。
隼人は頷いて答えた。
「ああ。手放せた。クロノメモリが言っていたように相当強力な力だった。その力はいつか取り戻すために、切り離して魔法界の学園都市アリアドネーの地下に封印した」
エヴァは修学旅行の時を思い出す。
「修学旅行の本山決戦の時、お前は昔の俺なら何とかなったと言っていたが、確かにその通りだな。あの力があれば、もっと楽に解決できただろうな」
「ああ、まぁな。でも往時に近い力は手に入りつつある。今はその方法を練習中だ」
「そういえば、お前『アレ』を練習してたな。そういうことか」
エヴァは明日菜達に視線を向ける。
「で、お前達。どうした? いつもの騒がしさが無いな。さすがにショックだったか?」
エヴァの指摘通り全員、言葉をなくしている。
隼人は明日菜達に語りかける。
「俺の人生は復讐の日々だ。それはこれからも変わらない。俺のパートナーだと言ってくれるのならば、力を貸してくれ。けれど、無理だと思うなら構わない。この世界から手を引いてくれ」
隼人は優しい目をして彼女達を見た。それは「この世界にいる覚悟はあるのか?」という問いかけだった。
「エヴァの騒動や、修学旅行のような事件ならまだ良い。だが、ヴェルガが活動を開始したということは、この先、どのようなことになるか分からない。ここからは命懸けの世界だ。非日常を楽しみたいと思うだけなら止めておいたほうが良い」
全員、思案するように俯く。
重たい言葉。けれど、大切な言葉。
「まぁ、結論は急がなくてもいい。今日はもう解散にしよう。もうすぐ別荘の扉が開く時間だ」
今日はそこで解散となった。
「それじゃ、また明日」
エヴァの自宅前で明日菜達を見送る隼人、エヴァそして茶々丸。
「さぁて、俺も帰るか。邪魔したなエヴァ、茶々丸」
「ああ、またな」
「また学校で」
隼人も家路についた。
エヴァと茶々丸は彼を見送る。
「修学旅行で先生が豹変した理由が分かりましたね。マスター」
「ふん。あれくらいの悲劇、そこらへんに転がってる。それより問題はヴェルガだな。てっきり死んだと思っていたがまさか、仕留め損なっていたとは」
「やはり、生きているとマスターもお考えですか?」
「あの大戦時、クロノメモリと人類軍の手で悪魔は絶滅した。私も今の今までそう思っていた。修学旅行の事件にヴェルガが係っていると詠春から聞いたが、その時は残党か何かだと思っていた。だが、確信した。奴は生きている。隼人の過去は真実だろう。だからナギも奴を追いかけて姿をくらました」
エヴァは厳しい表情を浮かべる。
「奴が生きているならば、必ずもう一度、大戦のような混乱が起こる。その時が隼人とヴェルガの決着の時かもしれんな」
エヴァはそう言うと、踵を返して家に入った。
★
帰り道。明日菜達は寮に向かう。
時刻は夕刻。夕立が降っていたが上がって、空がオレンジ色に輝いている。
「あああああああ! なんかすごくモヤモヤする!!」
明日菜が叫ぶ。
「どないしたん。明日菜」
木乃香が首をかしげる。
「だってそうでしょ。友達が死んだのは、全部あのヴェルガって悪魔の所為なのに、まるで自分が悪いって思ってるじゃん」
「それは、そう思うに決まってるです。原因が悪魔にあるとはいえ、直接手を下したのは先生ですから」
夕映が反論する。
「でもさ、なんか後ろ向きでモヤモヤする」
「それは同意する。隼人先生って結構暗い性格してるよね」
和美が言った。
「拙者はそうは思わないでござる。足掻いて足掻いて、前を向こうにも自分のしてきたことがそれを許さない。だから前に進む前に過去を清算することに決めたのでござろう」
楓が顎に手を当ててしみじみと言った。
「この世界に足を踏み入れるかどうか。そんなのワタシには関係ないアル」
くーふぇは難しい顔をする。
「ワタシのモットーは『強者と戦い、己を鍛える』アル。だからそのために踏み入れる必要があるなら迷わず飛びこむアル」
難しいことを単純に解釈して決意を表明した。
刹那はそれに同意する。
「自分のために拳を振るう。自分で決めたのなら、そういう理由でも良いと思います」
そして、続けて言う。
「私は踏み入れるも何も元々魔法世界の人間です。そして、先生に拾われなかったら死んでいた。木乃香お嬢様にも会えなかった。だから先生と木乃香お嬢様を守るために私はこの世界に居ます」
「せっちゃんらしい答えやね」
木乃香はギュッと体をくっつける。
「それに、私はもう二度と先生と離れたくない。来るなって言っても私はついていくことに決めました」
吹っ切れたように刹那は言った。
「それだったら、私は楽しそうだからついていくわ」
ハルナが拳を突き上げる。
「復讐に燃える男。切った張ったの物騒な世界。これほど魅力的な状況を無視なんて私にはできない。たとえ死んでもついていく」
「あはは、私も先生の行く末が気になる。ジャーナリストの端くれとして私はついてこっと」
和美は笑いながら宣言する。
「私はこの平々凡々とした日々は退屈です。自分の力を試せるのならば、どんな危険があろうとも承知の上でついていくです」
夕映は魔杖剣を入れた筒を担ぎなおして言った。
「わたしは、先生が心配だからついていく」
のどかが、ぽそっと呟いた。
「ま、結局そこに行き着くよね。先生が心配だからついていくってさ」
明日菜が意見をまとめる。
「中学生に心配されるなんて、相当ダメ人間やね」
「元からですよ、お嬢様」
「ふむ。隼人殿が聞いていたら怒りそうでござるな」
どっと笑いが起こる。
そもそも「命を懸ける覚悟はあるか?」という問いは、そんな経験をしたことがない彼女たちに聞いても無駄だった。
それよりも、彼の過去を見て思うことは一つ。放っておけないということ。このまま放っておけば燃え尽きるまで突っ走ってしまう。だったら、足を引っ張ってブレーキをかけるために彼についていくことにする。
それが、彼女たちが出した結論だった。
「さぁて、難しいことはこれで終わり。お腹すいたからさっさと帰ろう!」
明日菜はそういって走り出す。
「賛成!」
つられて全員走り出す。
夕日が輝く空に、彼女たちの笑い声が響いた。
★
時を同じくして。ここは麻帆良学園女子寮。村上夏美、雪広あやか、那波千鶴の三人が暮らす一室。
「まぁまぁ。倒れている犬を?」
あやかは夏美が拾ってきた犬を見た。
「息があるし、このまま雨ざらしってのも可哀想だから連れてきちゃった」
「とりあえず、手当だけでもしてあげないと」
千鶴は犬をタオルで拭いてあげる。
「あら? なにかしらこれ?」
犬の腹に怪しげな模様の札が貼り付けられていた。
なんとなしに、剥がす。
「え!?」
すると、犬が見る見るうちに大きくなり、人の形になる。
「少年……?」
千鶴が言葉をもらす。
そこにいたのは裸の少年。散切りの黒髪、犬耳、尻には尻尾。
「オオカミ少年?」
夏美が首をかしげる。
「いや、そんな場合じゃないですわ!」
あやかが慌てる。
「どーなってるんですの? 犬が人に!?」
あまりのことに混乱する。
「落ち着いて、あやか。とにかくお医者さんを呼んだ方がいいわね」
肝が据わってるのか、千鶴は冷静な態度で電話に向かう。
その瞬間だった。
少年が目を覚まして、夏美に飛びつくと羽交い絞めにして、首筋に鋭い爪を突き付けた。
「動くな!」
「え? え?」
彼女達はさらに混乱する。
「動くな!」
少年はもう一度言った。
「誰にも連絡するな」
「ちょっと、あなた夏美さんを放しなさい」
あやかが叫ぶ。
「黙れ! 食い物と着るものを持ってこい」
少年が声を荒げる。
「ねぇ、ちょっと落ち着いて。あなたは誰?」
優しく千鶴が語りかける。
「うるさい! 質問するのは俺や。ここはどこや?」
「ここは麻帆良学園よ」
努めて優しく千鶴が答える。
「麻帆良学園? ほな俺はたどり着いたんか」
「たどり着いた?」
「せやったら、早よぉ知らせなアカン。俺はあいつに……」
少年は意識が朦朧としたのか、体がグラついた。
「危ない!」
千鶴が駆け寄る。
「ち、近寄るな!」
夏美を放して、千鶴を引っ掻いた。
「きゃっ」
つぅーっと血が出る。
「千鶴!」
あやかが駆け寄る。
「あ、その」
少年は傷つけるつもりはなかったのか、突然のアクシデントでたじろいだ。
千鶴はあやかの手を払いのけると、少年に近づく。
「大丈夫。どういう事情か分からないけれど、あなたに危害を加える人間はいないわ」
ギュッと抱きしめる。
「す、すまん」
少年はがっくりと力尽きて気絶した。
「何なんですのこの子!」
あやかが怒るように言う。
「さぁ。でも意識がはっきりしてなくて混乱したようね」
そっと抱き上げると、少年をソファに寝かせた。
「ちづ姉、大丈夫?」
心配そうに夏美が訊く。
「ええ、かすり傷よ。それよりこの子に何か着るものと毛布持ってきてあげて」
「う、うん」
夏美は寝室に向かった。
「寮長に連絡しないでいいんですの?」
「誰にも連絡するなって言ってたし。もう少し様子を見ましょう。この子は他人を平気で傷つけるような怖い子じゃないわ」
夏美が持ってきた着替えを慣れた手つきで着せると、毛布を掛けた。
「さすがちづ姉。慣れてるね」
「近所のワルガキ相手で鍛えてるからね」
「それより、その傷の手当よ」
救急箱を取ってきたあやかはてきぱきと手当をする。
それから一時間後。
「んあ?」
少年は目を覚ました。
「あら? 起きたの?」
千鶴が少年の額に手をやって熱を確かめる。
「うん。熱があったみたいだけど、それも下がってるわね」
にっこり笑う。
「ここはどこや?」
ぼーっとした顔で尋ねる。
「麻帆良学園よ」
「麻帆良学園?」
「あなた覚えてませんの?」
あやかが怒った。
「え? 覚えてないって?」
思い出すように俯く。
そして思い出したのか、みるみるうちに顔が青ざめた。
「あ、そや! 俺、アンタを怪我させてもーて」
「いいのよ。ちょっとした事故だったんだから」
「それでも、すまん。ホンマすまん」
思い切り謝った。
「それで、君の名前はなんていうの?」
夏美が恐る恐る聞いてみる。
「俺の名前は犬神小太郎」
「小太郎君か。あなたはどうして犬になって倒れてたの?」
千鶴が質問する。
「それは、分からへん。ただ俺は麻帆良学園に行かなアカンかってん。それで誰かに何かを」
思い出せないのか頭を抱える。
「記憶喪失ですの?」
あやかが首をかしげた。
「俺は狗族やから犬に変化するんはわかるねん。でもなんで俺は倒れてたんか思い出されへん」
「狗族ってなに?」
「え、ああ狗族っていうのは」
そのときぐーっとお腹が鳴った。
「あらあら。お腹空いているのね」
千鶴が微笑む。
「詳しい話はご飯食べてからにしましょうか」
そういうと立ち上がって台所に向かう。
「何から何まですまん」
「いいのよ。これも何かの縁でしょう。あやか手伝って。夏美は小太郎君を見ていてあげて」
指示を出して夕飯づくりに取り掛かる。
小太郎はソファに寝転ぶ。
「ねぇ、小太郎君。そのペンダントは何?」
夏美が興味津々で尋ねてくる。
「ペンダント?」
自分の首にかけてある物を手に取る。
チェーンの先には銀色に輝く天使の姿を模した人形がぶら下がっている。さらにその天使には赤い宝石がはめ込まれていた。
「なんやろ? やっぱ思い出せへん」
悔しがるように頭を振る。
「まぁゆっくり思い出せばいいと思うよ」
「ああ、そうやな」
ペンダントを仕舞った。
その後、夕飯ができるまで取り留めもない会話をして過ごした。
★
ところ変わって。学園長室。近右衛門は仕事を片付けていた。
ひと段落ついたころ、電話が鳴る。
「ほいほい。なんじゃ?」
電話の内容を聞いて顔が険しくなる。
「なに? 関西呪術協会が襲撃された? それで、被害は? ふむ。ふむ。なるほど」
メモを取る。
「え? 襲ってきたのは悪魔? 何!? ヘルマンと名乗ったのか!」
驚いてペンをへし折ってしまった。
「それで奴らのアーティファクトを狗族の少年に持たせて逃がしたじゃと」
新しいペンでメモを取っていく。
「分かった。大至急、隼人に知らせよう」
電話を切ると、続けて隼人に連絡を取った。
『はい。もしもし』
コールが三度鳴ってから隼人は出た。
「隼人か? 良いか、落ち着いて聞け」
『あん? なんだよ、もったいぶって』
「今から二時間ほど前、関西呪術協会が悪魔の襲撃を受けた」
『なに? 被害は?』
「それほど大した被害にはなっておらん。が、襲ってきた悪魔の名前がとんでもなかった」
『まさか、ヴェルガか?』
電話越しからドスの効いた声がする。
「いや、ヘルマンと名乗ったそうじゃ」
『なるほどな。奴か』
「何故、奴が関西を襲ったのかは分からん。じゃが、目的がお前さんならばここに来る可能性も十分にあり得る」
『おそらく俺がまだ関西にいると勘違いしたんだろう。この間の修学旅行で派手に暴れたしな。それにいつか必ず会いに行くって言っていた。今がその時なんだろう」
「くれぐれも独断で動くなよ。良いな」
『おいおい、爺さん何言ってんだ。そんな話聞けるわけがないだろう。必ず殺してやる』
ブチっと電話が切れた。
近右衛門はふーっとため息をつく。
「やれやれ、仕方ない。急いで手を打たねばな」
関係各所に連絡を入れるために動き出した。
つづく