ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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ちょっとした事件が起きます。

ここより数話、あまり好ましくない描写が含まれますが、物語の進行上で必要と判断し、掲載させていただきます。
ご気分を害された方はそのままブラウザバックをお願いします。



09 必要以上に太陽は燃えている

 やばい。

 完全に寝不足だ。

 昨晩、由比ヶ浜から解放されたのが夜中の0時。それから平塚先生に絡まれること約1時間。

 さらに決定的なのは、川崎沙希がいるであろう自分の割り当ての部屋に入れずに、夜明け前までエントランスでスマホのゲームをやってたこと。

 これがまずかった。

 だって二人きりじゃないにしろ、さすがに川崎沙希と同室で一晩過ごすのはアウトだろ。昨晩あんなことがあったばっかりだし。

 って、結局自分のせいじゃん。八幡の根性無しっ。

 

 目下の悩みの種は昨晩のその件だ。

 川崎沙希が積極的に接触してきた理由。

 不可解である。まさか夏という解放感にほだされたのか。

 いや、川崎に限ってそれは無い。あいつは外見で誤解されがちだが真面目だし、ブラコンだが身持ちはしっかりしている方だ。

 現に三年に進級してから二度、川崎は男子からの告白を断っている。俺はその都度依頼されて立会人をさせられた。

 そういえば昨日、小町がどうのとか言ってたな、あいつ。

 その後の由比ヶ浜もいつもと違ったな。刹那的というか。 

 夏ってのは対俺用決戦兵器量産工場かよ。

 超こえぇ。

 

 

 太陽が高くなるに連れて眠気や怠さは限界に近づき、午前の自習時間を終えて少々早めの昼食を摂る頃には、もう頭が逆上せたようにぼんやりしていた。

 食欲の湧かないまま、もそもそと昼食を詰め込んでいると、一色いろはが必要以上に顔を近づけてきた。

 ちなみに昼食は川崎沙希作のサンドウィッチ。パンは喉を通りにくいけど、食事自体は軽いのでまだ助かっている。

 

「せーんぱいっ」

 

 なに昨日からのこういう展開。今度は一色を攻略するの? されるの?

 何ゲーなの? 無理ゲーでした。

 てか川崎沙希も由比ヶ浜も攻略した憶えなんて無いんだけど。

 何なら返り討ちに遭う自信だけは満々だ。なので誰も攻略する気は無い。何にしても今日は放って置いて欲しい。

 超寝不足で頭が回らないし。

 

「悪いな一色、今日は独りにしといてくれ」

 

 寝不足と昨日の件で、今日は独りで平和に、ただ静かに過ごしたかった。だが、それが叶わないのがここ一年の俺だ。

 

「ダメですよせんぱい。昨日沙希先輩や結衣先輩とデートしたんですよね。じゃあ今度はわたしの番ですよ、ね?」

 

 だからあざといんだよ。そしてしんどいんだよ。大体いつの間に決まったんだよ、その順番制つーか当番制つーか。

 決して日替わりハーレムなどと言わない。言えば小町の目が光る。

 

「まあまあ、嫌とか気が乗らないとかはとりあえず置いといて、テニスしに行きましょ」

 

 テニスか。そういえば近くにテニスコートあったな。

 だが正直眠いし面倒だ。何が悲しくてこの炎天下にテニスなんかやらなきゃいけないんだよ。しかもあそこって確かクレーコートだろ? 更に暑いじゃねえかよ。

 と、ネガティブ要素満載の文句を吐く前に、どうしても確認せねばならない最重要事項がある。

 

「戸塚は……来るのか?」

「もっちろんっ」

 

 一色は、サムズアップで応えた。あざとい笑顔にウインクを添えて。

 ならば、無理を押しても行かねばなるまいて。

 

 

 

「はあ……」

 昼食後から始まったテニス。

 当初は戸塚とわいわいきゃっきゃとラブラブしながら楽しむつもりだったのだが、気がつけば俺は三時間以上も炎天下のクレーコートに立たされていた。

 戸塚との試合までは楽しかったんだ。でもそこからが地獄だった。

 一色に試合を申し込まれ、それが終わるとめぐり先輩のお相手。

 少しだけめぐりんパワーを補給したところで、平塚先生と奉仕部の二人が到着。

 平塚先生、由比ヶ浜結衣と次々に相手をさせられて、俺は都合三時間、コートの外へ出ることを許されなかった。

 

「はちまん、大丈夫?」

 

 テニスの王子様こと大天使こと戸塚。さすが戸塚だ。俺の体調と気持ちを解ってくれている。

 ぜひ嫁に。それか俺を婿に。

 

「悪い、まじで限界だわ。ちょっと休ませて、あと水を──」

 

 ふらつく足を踏ん張って、既にコートの中にスタンバっている雪ノ下雪乃を横目に休憩と水分補給を懇願する。

 

「ダメですよせんぱい、あとが(つか)えてるんです。このあとあたしと再試合なんですから」

 

 当然の如く、俺の懇願は一蹴される。

 おまえらはいいよな。交代で休んでるんだから。こちとら炎天下で休み無しだぞ。水分補給の暇もロクにありゃしないんだ。

 

「さあ比企谷くん、勝負よ」

 

 出た。勝負事になると必要以上に本気になる雪ノ下雪乃嬢。

 

「わ、悪い、5分だけ休ませてくれ」

「そう、では5分だけその場で休憩ね」

 

 その場……だと。炎天下で水分無しで立ったまま休憩かいな。何も回復できそうもないよこれじゃ。二年時の戸塚の依頼のときといい、どんだけスパルタなんだよ。

 

「――そういえば昨日の夜、川崎さんと一緒に出かけていたわね」

 

 どうやら普通に休ませてくれる気は無いらしい。ゆきのん超いけず。

 

「……あれは散歩だよ。食後の腹ごなしを兼ねてのな」

 

 疲労のせいか寝不足のせいか、少し言葉の端々が雑になる。

 

「では、由比ヶ浜さんと一緒に出かけたのは?」

 

 それは散歩を兼ねてドッグランを案内しただけ、と答えるが、雪ノ下の表情に納得した様子はない。

 

「挙句の果てに、平塚先生とは一夜を共にしそうな勢いだったと聞いたのだけれど」

 

 最後に放たれたのは純度百パーセントのガセネタだ。だれだよ情報源。

 

「そんなの知らねぇよ。どうでもいいから早く終わらせようぜ。とっとと終わらせて早く休みたいんだよ」

「答えになって無いわ。ゴミ谷くん」

 

 あーイラつくわ。

 

「誰とも何にもねえよ。これでいいだろ」

 

 まず、こいつに答える義務なんか無いはずなのに。

 つーか雪ノ下の質問の意図もわからんままだし。

 

「どうかしら。男子なんて皆一様に性欲の権化なのだから、何かあってもおかしくはないわ」

 

 しかし今日はやけに絡んでくるな、こいつ。

 

「馬鹿云え。俺がそんなに頻繁に性欲に支配されていたら、とっくにお前や由比ヶ浜に手を……迷惑をかけてる」

「そうね……それはそれで少し心配なのよね」

 

 は? 何が心配だよ。そんなんよりも俺の現状を心配しろよ。

 あーやばい、頭がくらくらしてきた。

 

「な、なあ雪ノ下……マジで少し」

「例えば、あくまで例えばなのだけれど……私が勇気を出しても、あなたは屈することなく耐えてしまいそうなのよね……」

 

 はあ? なんでそんなことを言うんだ?

 

「さあ、正直自信はないな」

 

 何ならもう立ってる自信すらない。

 もうね、早く水と木陰をくださいマジで。

 

「そ、それはそうと……小町さんに聞いたのだけれど」

 まだ続くのかよ。いいかげんもう……。

 

「あなた。寝言で私の名前を呼んだことがあるようね。一体どんな夢を見ていたのかしら」

 

 言えない。絶対に言えない。雪ノ下で──なんて口が裂けても言えない。なんなら言えない様に口を裂いてしまいたいまである。

 

「確か小町さんによると、その日あなたは下着を二回変えたそうね。何故なのかしら」

 

 小町……おにいちゃんの恥部を拡散するのはやめてね。お願いだから。特に雪ノ下には俺の情報を入れないで欲しい。どうせその分だけ罵詈雑言を浴びて傷つくだけなんだから。

 

 しかし、こいつはさっきから一体何をぐだぐだと言っているんだ。全く意図も目的も見えないどころか、発言に一貫性すら無いときている。

 即ち、今こいつは単に俺を責めて罵っている。俺を辱め、蔑み、地に落とし踏み躙るだけの行為。

 そこには害意しか感じ取れない。

 何故俺は、ここまでこいつに干渉されなければならないのだろうか。

 休ませてくれと頼んでも聞いてくれもしないのに。

 もうこっちはふらふらなのに。

 馬鹿馬鹿しい。そんなの理不尽だ。

 

「一体何なんだ雪ノ下。いくら部長とはいえ、干渉し過ぎだ。誰と買い物をしたとか、誰とメシを食っただとか……俺の勝手だろ」

 

 冷静でないのは俺の方だったのだろう。果たして暑さで逆上せで頭がうまく回らないせいか、それとも寝不足のせいか。気がつけばつい言い返してしまっていた。

 

「あ、あら、私は部長として部の備品の管理をしているだけ――」

 

 その言葉で俺を支えていた一垂れの糸は切れてしまう。ようやくいつもの雪ノ下らしい文句を聞いただけだというのに。

 この程度の暴言は幾度と無くさらりと流してきたのに。

 今日の俺は狭量甚だしいようだ。

 

「……へえ、もう本格的に人間扱いされなくなった、か」

 

 いい加減、嫌気が差してきたな。俺らしくも無いけど。俺らしさとかもういいや。ひとりになろう。もう休もう。

 そう考えた瞬間、強烈な諦観が俺を支配する。

 

「……そうね、もういいわ。所詮あなたの様な意思の疎通が叶わない相手には解らない事だったのね」

「……あ?」

 

 何なのこいつ。

 

「あなたはただ人語を解するだけの下等生物だと言ったのよ。その表面しか理解出来ない低能な頭から湧いて出た言葉なんか……これ以上聞きたくないわ」

 

 そうか。もう話す必要はないのか。ここにいる必要は無いのか。なら、やっと休める。楽になれる。

 

「……わかった。悪かったな。もう話しかけない。部活も辞めてやるから安心しろよ」

 

 拒絶の言葉を残した俺は、ラケットを放り投げて独りでペンションに向かった。誰かが何かを叫んでいたが、もう俺の耳にはぼんやりと響くだけだ。

 後ろを確認する。

 よし。誰も追いかけてこないな。上々だ。

 ようやく独りで思考の海に浸れる。身体を癒せる。水を飲める。

 

 ペンションに着くまでの10分ほどの道のりを半分ほど歩いて、自身の身体の変化に気づく。

 あれ、これやばいかも。

 頭がくらくらする。まっすぐ歩いてるつもりが斜めになってしまう。

 うっ、気持ち悪くなってきた。足に力が入らない。

 寝不足。いや疲労?

 まさか、熱中症……か?

 とにかくこのまま歩くのはまずい。

 幸いここは幹線道路からは外れている。進入してくる車も少ないし、轢かれる心配はほぼ無いだろう。

 とりあえず日陰に腰を下ろして少し休もうとしたところで、俺の意識は闇に落ちた。

 

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