しかし本編は一切関係ないのです……
なんなら季節感もゼロ。
「それに、こうしているほうが私……」
雪ノ下の言葉を遮るように突然部屋のドアがノックされる。
「……ヒッキー、起きてる?」
由比ヶ浜の声だ。もう花火は終わったのか。でもまだ帰ってくる時間じゃ──
「──!?」
膝を引き抜いて俺を床に軟着陸させた雪ノ下は、何を思ったか慌ててロフトの梯子をどたどたと昇っていく。
「何、今の音──って、ヒッキー!?」
足音に反応してドアを開け、飛び込んできた由比ヶ浜が見たのはベッドから床に落ちている(ように見える)俺だ。由比ヶ浜は駆け寄って、俺を抱き起こす。
「あー、ベッドから落ちちゃったんだね。待ってて、今ちゃんと寝かせて……んしょっ」
ま、ベッドから落ちたのはかなり前なんですけどね。
由比ヶ浜は、背後から羽交い絞めにするように俺の両脇に腕を入れて、そのままぐいっと引き上げられる。必然的に後頭部から首筋に2匹の巨大スライムが圧迫され、その感触が伝わる。
おお、こいつ意外と腕力が強いな。あと柔らかいなスライム。
ぷにぷにだぁ。
とりあえずベッドの上に戻された俺の姿勢を整えようと、由比ヶ浜が体のあちらこちらを押したり引いたり触ったり良い匂いがしたり柔らかかったり。
あふ、そこはダメだってばっ。
思わず腰の奥に邪悪なムズムズを感じてしまった俺に、由比ヶ浜はタオルケットをかけてくれた。
「……ふぅ。もう落ちちゃダメだよ、ヒッキー」
そう云いながらベッドの端に腰を下ろした由比ヶ浜の微かな熱が伝わってくる。
「──さっきはごめんね。あたし、強く言い過ぎた」
耳をくすぐる由比ヶ浜の謝罪の言葉で、頭と胸を覆う霧が少しだけ薄くなる。
「ヒッキーもゆきのんも、素直じゃないからさ、ちょっとだけイライラしちゃたんだ」
たはは、と頭のお団子をいじりながら笑う由比ヶ浜を見て、笑みが零れる。
「あれ、そういえばゆきのんは?」
ロフトの上に隠れてしまった雪ノ下の様子を窺いながら、俺は知らない振りで首を傾げる。
「ゆきのんね、ヒッキーの看病をするって一人でペンションに残ったんだよ。ヒッキーが倒れたのは自分のせいだから、って」
ロフトの奥でピキッって音したよな、今。
「そ、そうか」
「うん、あたしも残るって言ったんだけどさ、『贖罪は罪を犯した者の義務だから』とか言っちゃってさ」
再びロフトから謎──でも何でもないラップ音。
「だからさ、その、出来たらでいいから、ゆきのんが謝ったら、ヒッキーからも謝ってあげて?」
聞いてるか上空の雪ノ下。おまえの友人はすごくいいヤツだぞ。友達想いだぞ。
「あ、ああ。そうする」
「うん。じゃあ、この話はこれで終わりっ」
ふう。
助かったと思っているのは俺だけではない。きっとロフトの上でも安堵の息を洩らしているはずだ。
しかし用を済ませた筈の由比ヶ浜は部屋を出ようとはぜずに、何なら俺との距離を少しずつ詰めてくる。
「じゃあ、今度は、あたし達の話……しよ」
由比ヶ浜の雰囲気ががらりと変わる。こわっ。女子って多重人格か何かなの? スタンドとかなの?
いきなり怒ったり突然甘えたり、穏やかな顔から急に寂しげな顔になったり……多彩な変化球を投げてくる。あ、これは全部小町のことな。俺に他の女子とのそんな経験がある筈はないのだから。
とにかく女子の表情や感情の切り替わりにはビクビク、いやドキッとしてしまう。特に今、目の前にあるような甘い香りを伴う表情には殊更に弱い。
「ヒッキーはさ、あたしのこと、きらい?」
そんな訳ない。そんな訳あるか。むしろ……いや、この先は暗黒地帯だ。心を抉る猛獣が闊歩するジャングルだ。俺ごとき雑兵がうっかり足を踏み入れたら最後、二度と生きて戻れまい。
「しょろ、そんなこと、ない」
噛んだ。思いっきり噛んだ。きっと寝不足のせいだな。
「そう、なんだ。じゃあ……少しだけわがままさせて」
何が”じゃあ”なんだよ。いわゆる炊飯器の事か?
IHか? 五合炊きか?
愚考空しく横たわる俺に、由比ヶ浜の体重が圧し掛かってくる。重くは無い。が、重い。
「ヒッキー……」
「おい、ちょ」
寝ている相手にスキンシップを図る。まあそこまではギリギリ許そう。
問題は、その上半身を預けている箇所だ。
どうしてだ。どうして腰の辺りに頭を乗せちゃってるんだよ由比ヶ浜。
俺、仰向けだぞ。布地を何枚か取っ払ったらダイレクトな位置だぞ。
静止衛星から見たGPSの座標だけでいえば、もう”すっぽり”の位置だぞ。どこに何がすっぽりかは云えない。恥ずかし過ぎる。
「あたし、ヒッキーに無理させちゃってるのかな……」
だからその質問の前にさ。どうしておまえの頭が俺の腹というか腰というか腿というか、その、こ、股間にだな、乗せられている理由をだな、説明……あ、馬鹿、急に動くなよっ。
布数の枚を隔てて、由比ヶ浜の顔と俺の……の距離は何センチか、などと思春期丸出しの愚考をめぐらせていると、不意にロフトの上からの冷たい視線に気づく。
「──ひっ」
うわぁ、雪ノ下さんの目が超こわいんですけど。ネコ科の大型肉食獣の目なんですけど。
別に俺が頼んでやらせてる訳じゃないんですけど。
つーかおまえさ、なんで隠れる必要があったの?
そもそもおまえが隠れたりしなければ、こんなことには……だから由比ヶ浜、不意に動いて刺激を与えるんじゃないっ。さりげなく肘でくりくりこりこりしないでくれ。
ボッチがボッキ……って、ダジャレでも笑えねぇからっ!
「由比ヶ浜、その……せめてそこに身体を乗せるのは止めてくれないか?」
寝不足で熱中症なのに……反応だけはしちゃうのね、男の子って。
「えっ、ヒッキー何言って……どぅわっきゃっ! ひゃういっご──」
由比ヶ浜は自分が頭を乗せている箇所の強張りを確認し、顔を真っ赤にしている。
つーかこいつ、叫びながらHere We Goって云わなかったか、今。
ナニを始める気だ、ナニを。
「え、えへへ、あたしったらこんなとこにスリスリしちゃって……って、ええっ!?」
再確認して、何故またすりすりするのかねキミは。そして再度慌てふためいた由比ヶ浜のじたばたする手がチョップとなって、ボクの股間にクリーンヒット!
「……※sf①h♂絵hrっ!!」
声にならない、高三男子の惨めで悲痛な叫びが部屋中に響く。
「だ、大丈夫!?」
身構えられなかったせいで超痛い。こんなんじゃもう俺はお嫁に行けない。
すまん戸塚、せめて財産分与だけでも──
はっ。いかんいかん。
「大丈夫な訳あるかっ」
あれ? 声だけ聞いたら相当回復してんじゃん俺。さっきの経口補水液が効いてきたか。
「ご、ごめん、痛かった……よね」
だからって擦るな由比ヶ浜。本当にやばくなるからっ。
「あ、大丈夫そうだよ。だってヒッキーの……えへへ」
あかん。もうやばい状態だった。体がこんな状態なのにそこだけ臨戦態勢って、無駄だよな。
無駄勃ち。略して”むだち”。
こら、こんのビッチめっ。つんつん触って確認とかしてんじゃねぇよっ。
そういうのはせめて雪ノ下が見てないとこで……って、雪ノ下は見てる、よな? やっぱ。
げ。
大型肉食獣。いや、肉食竜か。あの雪ノ下の目は。
殺される。本気でそう思った、高3の夏。
「だから由比ヶ浜、触るんじゃねぇよ」
「だってヒッキー、今動けないんでしょ? チャンスだもーん」
何がチャンスだよ。こちとら大ピンチだっつーの。あ、ピンチはチャンスって、こういう意味だったのか。違うな、絶対。
もし明日俺が消えてたら、一碧湖の底を探してくれ。結構マジで。
「ん~、ヒッキー♪」
その時、例の如く一人の太った勇者が現れた。
「ムフゥン、ただいま生還したぞハチマン……あ」
頭に何か良く解らないヒーローみたいなお面を載せて、綿菓子のでっかい袋を振り上げた太ったオトコが、ドアを開けたまま固まっている。何だこの合宿でのお前の役割。ある意味本当に"材木座クラッシャー”だな。
「……おじゃましました~」
そろーりとドアを閉めにかかるなよ材木座。材木座のクセに空気なんか読むなよ!
「ざ、材木座っ!」
急いでその曲者を呼び止める。不本意だが今はこのブタ将軍だけが頼りだ。
「……ムフン?」
「の、喉が渇いたんだが……食堂の冷蔵庫から飲み物を持ってきてくれ。俺はまだ立てないから。勿論おまえの分もだ。いいか、全員分だぞ!?」
いや立ってるんですけどね。正確には半分勃ってる、かな。
「あい判った、では飲み物4人分、取って参るぞ~!」
え、4人分……?
恐る恐るロフトを見てみると、雪ノ下の頭が見切れている。
あいつ……しっかり雪ノ下の分までカウントしていきやがった。
やだっ、ぼっちって無駄に洞察力高すぎ。
「み、見られちゃった……ね」
幸い由比ヶ浜はアホの子だ。自分が動揺している状態では材木座が云った4人分の飲み物という言葉も頭に入ってはいまい。
「おまえが変な悪ふざけをするからだろ」
「うん、ごめんね。ちょっと……止まんなくなっちゃった」
上目遣いで由比ヶ浜が呟く。何これ超可愛い。
ふとロフトの雪ノ下を見遣る。何あれ超こわい。
「おまたせハチマーン! ほいコーラ。これは由比ヶ浜殿。で、紅茶だが、これは……ロフトの上に届けるのか?」
ばか────!!!
ロフトの上でどたばたと慌てる音がする。
「え、ロフトって……え? ゆ、ゆきのんっ!?」
恐る恐るロフトの梯子から顔を出した雪ノ下の一言。
「……や、やっはろ……」
あーあ、やっちまったな。
感想は一週間分まとめて拝読させていただきます。