ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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01 いつも始まりは突然訪れる

 

 

 ノックもせずに部室の扉を開いた白衣のアラサー顧問は、声を張り上げた。

 

「夏だ! 青春だ! 諸君、合宿だっ!」

 

 唐突な言葉に雪ノ下雪乃は頭を抱え、由比ヶ浜結衣はハトが豆鉄砲をカラシニコフで連射されたような顔をし、俺は宮沢賢治短編集の文庫本をぽろりと落とす。

 

 あーあ、また平塚先生の悪癖が始まった。

 梅雨は明け、期末テストの答案は全て返却され、あとは高校生活最後の夏休みを迎えるだけという、終業式間近の猛暑日の放課後のことである。

 

「はぁ……あの状態の平塚先生には何も言っても無駄な様ね。貴方たちも観念なさい」

「ま、馬耳東風だろうな」

「ばじ……豆腐? って、合宿!?」

 

 顧問のいうことは絶対っ! と割り箸で決めた王様ばりに叫んだ平塚先生のその一言で決まってしまった奉仕部の夏合宿。

 その異論反論口答えを許されない決定事項を聞かされて、部長の雪ノ下雪乃は引き続き額を押さえて事態の収束に努め、俺――比企谷八幡は深い深い、印旛沼よりも深い溜息を吐いた。

 ちなみに印旛沼の水深は二メートルほどである。

 

 それとは対照的なのは、諸手を挙げてはしゃぐ由比ヶ浜結衣、そして部員でもないクセにちゃっかり自分の席を確保してしまった後輩の生徒会長、一色いろはの両名だ。

 こいつら、どうしてそんなに喜べるんだ。俺なんか不安しか抱けない。

 

 だってそうだろ。

 去年の夏休みは群馬の「千葉村」で小学生相手にボランティア的なことをするという役目があったが、今年はどんなことをやらされるのだろう。どんな使役、いや苦役が待っているのだろう。

 そういや「千葉村」って無くなるんだっけ。またひとつこの世界から千葉の名を冠する領土が消えていく……。

 

 そもそもである。俺たち奉仕部が全員受験生であることを平塚先生は憶えているのだろうか。普通ならば三年生の夏休み前で部活動は引退ではないのか。

 予備校では「大学受験直前夏期講習」などと銘打って受験生たちの危機感を煽っているというのに、それをこの時期に夏合宿なんて甘い。

 端的に纏めると、行きたくないだけ。何が哀しくて夏の盛りに合宿なんぞしなけりゃいかんのだ。

 

 だが、何故合宿を、とは誰も聞かない。その原因は発起人たる平塚先生にある。

 夕べ一晩中泣き明かしたであろう平塚先生の赤く充血した目を見たら、空気を読むことを得意とする由比ヶ浜は勿論、性根が捻じ曲がった俺や辛辣な雪ノ下でも口を噤むしかない。一色なんて直視すらできないレベルだ。

 今となっては、お見合い後初のデートを心待ちにしつつ、

『イタメシとか食べてぇ、夜景とか見に行っちゃうんだぁ♪』

 と、少女の様にはしゃいでいた昨日の平塚先生の姿が遠く偲ばれる。つーか、イタメシってなんだよ。傷んだメシかよ。腹壊しそうだな、夏場だし。

 ついでにそのルンルンな報告の数分後、先方の急病でデートがドタキャンされた時の、石化した平塚先生の哀れな姿も目に焼きついているのだが。

 

 そのような経緯もあって、折角梅雨も明けたというのに平塚先生の心は未だ雨模様なのだ。

 早く誰か平塚先生をもらってやってくれよ。結構格安……もとい、優良物件だと思うんだけどな。

 綺麗だし、スタイル良いし、たまに男らしいし。しかもこの人、年齢の割りにすっごく可愛いんだから。少年みたいに。

 ほら、少年誌は大体読んでるし、ゲームやアニメも詳しいし。ホント俺みたいな奴にぴったりの……いやいやそれは全力で拒否しなければ。

 それはそれとして、平塚先生の口から合宿と聞けば、いずれにしても嫌な予感しかしないのである。

 まあ、去年の千葉村の時みたいに事前告知が無いよりは幾分マシなのだけど。

 

「今年はなぁ、なんと伊豆だ。伊東だ。海だぞ。リゾートだぞぉ~」

 ……

 ……ちーん。

 明るく乾いた声が物悲しく、痛々しく部室内に響く。

 まあとりあえず行き先は判明した。しかし何故伊豆なんだ。遠いよ伊豆。

 

「……百歩譲って合宿を開催するのは理解出来ましたが、どうして伊豆なのでしょうか」

 

 雪ノ下も同じ疑問を持ったようだ。海なら我が祖国千葉にもあるのだから、それを差し置いて、わざわざ都や県を跨いでまで遠くの県の半島くんだりまで出向いて合宿する意味が解らない。

 

 なんなら房総半島を舐めるなと声を大にして叫びたい。犬吠埼や九十九里浜だってこの季節は超売れっ子だ。

 いなげの浜だってある。全長1200メートルにも及ぶ日本で最初の人工海岸だぞ。

  人類の知恵と汗の結晶だぞ。先人の叡智と労力を蔑ろにして、何が千葉県民だ。

 

 それにだ。高校三年生の夏休みは受験における最後の大チャンスでもあるのだ。

 曰く、長期休暇を制する者は受験を制する、のである。誰が言ったか知らんけどね。

 

「ヒッキーゆきのんっ、合宿だって。海だって! 楽しみだねっ」

 

 受験を制する可能性が最も低い由比ヶ浜が無理繰りテンションを上げる。こいつのことだから平塚先生に気を遣っているのだろう。

 つーかお前は人に気を遣う前に自分の学力を上げろよ、マジで。今回も赤点あったんだろ?

 そんな俺の心配など露とも知らぬアホの子由比ヶ浜結衣は無邪気にはしゃいでいる。

 それは良い。百歩譲ってだが可愛……けほん、微笑ましくもある。

 

「ですよねー結衣先輩っ。あ、じゃあ水着買わなきゃ。せんぱいはどんな水着が良いですかぁ?」

 

 問題はその後に続いた奴。部外者のあざとい後輩、我が校の生徒会長様である。

 

「おい一色。おまえサッカー部だろ。生徒会は無いにしろ、なんか大会とかあるんじゃないの」

 

 当然の問いに、ちっちっちっと目の前で人差し指を左右に振る。うわー超うぜぇ。

 

「馬鹿ですかせんぱいは。残念ながらですね、葉……三年生はもう引退なんですよぉ」

 

 だから何だ。おまえまだ二年生じゃん。お前のサッカー部は葉山の引退と共に幕を閉じるシステムなのかよ。

 嫌味のひとつでも言ってやろうと顔を向けると、再び一色は由比ヶ浜とワイワイキャッキャと楽しそうにはしゃ

 ぎ始める。それを横目に雪ノ下は印旛沼の二倍は深い溜息を吐く。

 しつこいようだが印旛沼の水深は二メートルほどである。

 

「ま、良いじゃないか。大勢で行くほうが嬉し……楽しいだろうし」

 

 今「嬉しい」って言いかけましたよね平塚先生。

 誰が嬉しいんですか。先生ですか。

 そんなに寂しいんですか見合いの相手に「お腹が痛い」という中学生のサボりみたいな理由でデートをドタキャンされたアラサーの独身女性って。

 気がつくと雪ノ下も不憫……失礼、不審そうな目を平塚先生に向けている。由比ヶ浜と一色は、引き続き笑い合っている。

 そしてついに、山が……もとい壁が、もとい雪ノ下が動いた。

 

「質問、よろしいでしょうか」

「なんだね雪ノ下」

「伊豆と仰ってましたが、合宿というからには宿泊するんですよね。その宿泊先の確保は?」

 

 そう。多分それが今回の合宿の核心のはずだ。でなければ、この独身教師から他県の観光地っぽい名称が出てくる訳が無い。

 あ、もしかしたら失恋旅行とか傷心旅行で行ったことあるのかな。

 

「あ、ああ。それなんだが。私の高校の同窓生が今年の春、ペンションを開いたんだ。それで招待を受けて、な」

 

 そういうことか。何となく読めてきた。

 きっと昨日のデートが上手くいったら、その彼を誘ってペンションで夏休みの「お泊りラブラブ既成事実作成ツアー」でも計画して予約してしまったんだろう。

 まあ、色々と焦ってらっしゃる平塚先生のことだから責めはしないけど。

 ところで──何だか平塚先生から寒気やら殺気を感じるけど、気のせいだろう。あと平塚先生の額に浮き出た青筋は見なかったことにしよう。

 

「伊豆のペンションだったら、夏休みはハイシーズンですよね。費用はどのくらいなんですか?」

 

 うん、それな。

 伊豆あたりは海水浴場も多いだろうし、夏休みは繁忙期だろうに。高校生の部活の合宿には不相応としか思えない。そもそも合宿が不必要だとしか思えないのだが、この際それは捨て置こう。

 

「費用は食費、交通費の実費のみだ。八月のお盆明けの五日間という期間限定だがな」

 

 これまた破格だ。いや破格なんてもんじゃない。実質宿泊はタダということなのだから。ということは必然的に、この話には他にも何か裏があると読み取れる。

 つーか合宿で五日間は長過ぎじゃないの?

 基礎から鍛えなおすの? 基礎ってなんだよ。あ、ヒトとしての基礎かな。俺的に何だか納得です。

 

「ただし、食事は自前で用意することになる。あと、その間ペンションはオーナーが不在だ」

 

 なるほど、裏が判明した。

 結局のところ、家主のいない間のペンションを友達という理由で借りた、もしくは不在の間の留守番を引き受けた、ということだろう。

  つまりだ。事が上手く運んでいればデートの相手と二人っきりで新婚生活のシュミレートでもしちゃえ、的な平塚先生の策略が潰れた穴埋めと云うことだ。

  おっと、何故だか涙か溢れてきそうですよ。

 

「要するに、オーナーがいない間のペンションの留守番をしろ、と」

 

 雪ノ下が簡潔に表す。こういう時、雪ノ下は代りに言ってくれるので便利だ。

 

「まあ簡単に言うとそういうことだ。誰か誘いたい奴がいたら声かけていいぞ。あと五人くらいなら同行可能だ」

 

 助かった。このメンバーで合宿なんていった日には、唯一の男手である俺がこき使われる苦役地獄しか見えてこない。いや、誰が一緒でも俺の扱いは同じか。

 そうなると、まずは苦役に耐えられるだけの張り合いというか、癒しが欲しいな。

 

「じゃあ、戸塚だろ」

「やっぱさいちゃんは最初なんだ!?」

 

 いいじゃねぇかよ。俺だって高校生活最後の夏をエンジョイしたいんだよ、戸塚と。

 由比ヶ浜のツッコミを右から左に受け流した雪ノ下も提案する。

 

「あとは、小町さんも一緒にどうかしら。合宿中の比企谷くんの監視体制は防犯上において最重要課題なのだし」

 

 先に言うんじゃねえよ雪ノ下。俺の口から小町って発音するチャンスを奪うな。

 あと監視される覚えは無いぞ。実績も前科もまだ無いぞ。まだ、な。

 

「ああ、勿論小町も誘う。小町もな」

「なんで二回言ったし!?」

「すっごく大事なことだからに決まってるだろ」

 

 さて、あと三人。この中で他に誘える人脈があるのは由比ヶ浜だけだ。

 一色? こいつは部員じゃないから誰かを誘う権利は無いだろ。

 さて由比ヶ浜は誰を誘うのだろうか。

 ふと、雪ノ下と目が合う。危険を察知してすぐに視線を反らす、が、遅かったようだ。

 

「……どうせ誘う友人なんて居ないだろう、という腐った顔で私を見ているそこのゾンビ谷くん。どうか大至急還ってくれないかしら、土に」

 

 バレた。そして責められて埋められた。ゾンビ扱いも含めていつもの事だけどね。

 

「ああ、勿論各自勉強道具は持参するように。合宿の間、午前中は勉強に充てるからな」

 

 ほう、ちゃんと勉強の事も考えてるか。さすが先生、まるで教師だな。

 

「ええっ!? そんなぁ……」

 

 何故驚くのかね由比ヶ浜さん。俺たち受験生だぞ? 高校三年生だぞ?

  お前は雪ノ下部長にみっちり勉学の何たるかを教えて貰いなさい。

 まあ、どうせ行かなきゃいけないのなら楽しい合宿になるといいけどな。

 期待はしないが。

 

 

 そして。

 待ちに待った高校生活最後の夏休みが到来して、小町のアイス調達係やら奉仕部員共の荷物持ちやら、色々と苦役を重ねてあっという間に八月中旬を迎えてしまう。

 あ、俺の誕生日は例年通り、安定のスルーでした。

 そしてあっという間に合宿に出発する朝がやってきた。うーん、気が重い。荷物も重い。対する小町は朝からテンションアゲアゲハッピーウェーイである。

 

「合宿楽しみだねっ、おにいちゃん!」

「いんや、別に」

「……おにいちゃん、これから楽しい楽しい合宿なのに目が腐ってるよ」

「楽しくないから目が腐ってんだよ」

「はあぁ、これだからコレは」

 

 大仰な小町の溜息が鼓膜に響く。

 ちょっと小町ちゃん? コレ扱いはひどくない? 英語に訳したら「THIS」だよ?

 ああ、つまりディスってるのね。納得。

 さて現状確認のお時間だ。

 

 どうしてこうなった。

 午前九時、集合場所の総武高正門前には俺、比企谷八幡と、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、それに顧問の平塚静先生がいる。

 

 問題はその後ろ、平塚先生が借りてきた9人乗りのワゴン車の横で談笑する面子だ。

 妹、比企谷小町と戸塚彩加はいい。俺たちが正式に招待したのだから。むしろ熱烈歓迎パーティーを催すまである。

 さあここからが問題だ。

 なぜ。なぜ葉山隼人がいる。その葉山にはサイドメニューのポテトやサラダ、コーラの如く三浦優美子と戸部翔、海老名姫菜のバリューセットが揃っている。つーか、童貞風見鶏とその他一名のモブ達はいないのな。それは重畳。

 まあ葉山たちは由比ヶ浜の友達だから渋々だが納得しよう。現状でも定員オーバーなのはこの際おいといて。

 

 つか、何だっけ。川……沙希、お前もいるのか。

 ま、一応同級生だもんな。去年の文化祭以降は由比ヶ浜や海老名さんとも交流があるようだし、川崎の参加はまだ不思議じゃない。

 では問う。川崎大志、おまえは何故いるんだよ。何故誰よりも大きなバッグを抱えてにこにこしてるんだよ。

 おまえの参加、いや存在は、千葉の兄の面目にかけて見過ごせないぞ。

 

「……由比ヶ浜さん、ちょっといいかしら」

 

 がるると唸りながら大志を睨んでいると、視界の隅では額を押さえた雪ノ下が由比ヶ浜を召喚している。その傍では平塚先生が呆れた顔を浮かべている。

 

「困ったな。宿の収容人数的には構わないのだが、レンタカーは9人乗りなのだよ、比企谷」

 

 なぜ矛先が俺に向くのだろうか。この面子を俺が誘える訳がないことは明白だろうに。そして何故ニヤけているんだ。答えてくださいよアラサー独女さん。

 

「知りませんよ。俺が声をかけたのは小町と戸塚だけですし」

 

 危うく語尾に「おすし」と続けそうになって、口に出す寸前でそれを飲み込む。さすがにこのネタは古い。

 ネタは鮮度が大事だからな、おすしだけに。フヒ。

 

 果てしなくどうでもいい、くだらない思考は放っておいて、現状を考える。

 現在此処に集いしは総勢12名。平塚先生が用意したレンタカーのワンボックス車は9人乗り。どう考えても3名は脱落となる。

 こうなったら予選でもやって篩(ふるい)に掛けるか、じゃあ予選はクイズがいいかな、そうなるとなんか高校生クイズみたいだな、でも三人一組を作るなんて俺には無理だな、じゃあ俺脱落じゃん、とか愚考を違うベクトルにスライドさせていると、さらに事態は悪化する。

 

「遅くなってすみませーん。お待たせですぅ、せんぱいっ」

「いや待ってないからね」

 

 やっぱり一色いろはも来やがった。これで13名かよ。

 車の乗車定員からすると、都合4人が脱落となる。

 いや、順序でいけば一色は平塚先生から直接話を聞いてるから優先順位は上位だ。少なくとも葉山たちや川崎姉弟よりも。部外者なのは同じだけど。

 雪ノ下からご高説、いや軽いお説教を賜ったであろう由比ヶ浜が力なく笑っている。

 

「あ、あはは……呼び過ぎちゃった」

 

 てへっ♪ じゃねぇよ。可愛くねぇよちょっとしか。つーかどう収拾つけるんだこれ。

 と、由比ヶ浜を責めても(らち)は開かないので何も云わずに溜息だけを返しておく。

 この合宿を一番楽しみにしてたのは由比ヶ浜だ。その笑顔にわざわざ水を差すほど俺は無粋ではない。

 だが現実問題、脱落者は4名となる計算である。

 まあ、いざとなったら俺と小町が泥をかぶるか。あとの脱落者2人は、じゃんけんでもして決めてもらおう。

 合宿を楽しみにしてた小町には申し訳ないけど、埋め合わせとして夏休みの課題の手伝いとアイス10個くらいの条件で説得してみよう。それくらいなら合宿の参加費用の浮いた分で賄えるだろうし。

 何より面倒な合宿に行かなくて済むし。

 

「だめよ比企谷くん。部員のあなたは強制参加。それに小町さんは私のゲストでもあるわ」

 

 あっという間に釘を刺される。しかしどうして雪ノ下はいつも俺の思考を読めるんだろう。そんなに俺って思考が単純なのだろうか。

 

「そうよー比企谷くん。雪乃ちゃんの言うとおりよ。大丈夫、車ならここにほら、もう一台あるから」

 

 ん? 雪乃ちゃん?

 その柔らかくも感情の無い声音に戦慄が走る。

 

「ひゃっはろ~」

 

 イオナズン、いやベギラゴンか。魔王ハドラーも得意だったし。とにかく極大呪文級の戦慄を抱かせる人工的な笑顔を貼り付けた魔王、雪ノ下陽乃が背後に立っていた。

 その陽乃さんがサムズアップで差し示す方向には黒くて大きなワンボックス車が停まっている。

 くそ、ポップのようにメドローアが使えたらなぁ。あ、雪ノ下と三浦が協力すれば一発くらい撃てるんじゃね? 炎と氷だし。

 

「……何故姉さんがいるのかしら」

 

 恨み節のような、嫌気たっぷりの雪ノ下雪乃の冷たい声音に極上のスマイルを返す魔王。

 氷の女王バーサス魔王。

 やっぱこの姉妹すげぇな。人智を超えた姉妹ゲンカを世界規模で繰り広げそうだ。

 刺々しさテンコ盛りの雪ノ下姉妹の応酬の間隙を縫ってみんなの顔を見渡す。その中で一人だけ視線を反らした奴が、この魔王を召喚した犯人だ。

 

「……おまえか一色」

 

 明らかに視線を反らした一色いろはに詰め寄るも、ぶんぶんと首を横に振って否定する。

 

「えっ? あ、いやいや……あ、あたしは城廻先輩には言いましたけどぉ」

 

 魔王の後ろからひょこっと、めぐり先輩が笑顔とともに手を振っている。

 うんうん。めぐめぐ☆めぐりん、今日もほんわかパワー全開だぜっ。

 こほん。

 ま、まあ、めぐり先輩から話が伝わったのなら仕方ないか。しかし。

 

「先生、こんな人数で押しかけて大丈夫なんすか」

 

 二台のワンボックス車に分乗は可能になったものの、今や総勢15名である。猛暑これはちょっとした団体さん。一個歩兵小隊規模。ゲートの向こうの彼の地にて斯く戦えそうな規模でもある。

 たとえ炎龍が出てきても大丈夫。だってこっちには魔王を始め、氷の女王も獄炎の女王も、ついでにリア充の王も揃ってる。

 何なら天使も二人いるし、拳で語る暴力アラサー教師も擁している。

 あと腐女子もいたな。主な武器はいけない妄想と鼻血だから戦力にはならないけど。

 

「んー、部屋は大丈夫だが、食事の用意が大変そうだな……」

 

 この人数を前に、平塚先生もようやく本気で考え始めたようだ。

 平塚先生の料理といえば真っ先に思いつくのは、肉とモヤシを炒めて焼肉のタレをぶっかけた、アレだ。即ちこの人、料理のスキル激低。嫁度も激低。

 だが各々方。ご安心召されい。

 ここには小町、雪ノ下、川崎、そして小町がいる。

 このメンバーがいれば、この人数の炊事も難なくこなしてしまうだろう。

 こらそこっ、小町を二回言ったのは気にしないように。兄妹愛が溢れ出しただけだから。

 あとは暗黒料理人である由比ヶ浜結衣をどう処理するかだな。下手したら全滅しかねない。ある意味最終兵器。炎龍なんかよりずっと怖い。

 

 でもさ。これって奉仕部の合宿だよね。でもでも、奉仕部の人数、全参加者15名のうちたったの3人だよね。顧問を入れても4人。

 フッ、多勢に無勢すぎるぜこりゃ。完全敗北。

 じゃあ奉仕部を代表して、俺は涙を呑んで不参加ということに──

 

「ま、まあ、とりあえずこれで全員乗れるな。では各自適当に勝手に乗り込めっ!」

 

 ──ならなかった。

 半ば自棄になったように叫ぶ平塚先生の号令と共に各々がそれぞれの車に乗り込む。

 平塚先生の手配した9人乗りのワンボックスのレンタカー、アラサー号には奉仕部の3人と、小町、戸塚、川崎姉弟が乗り込んだ。

 必然的に陽乃さん運転の魔王号には葉山、戸部、三浦、海老名、一色、めぐり先輩が乗車することとなる。

 

「あーん、せんぱいー、あたしもそっちがいいですぅ~」

 

 最後まであざとく愚図っていた一色だったが、めぐり先輩と魔王、またの名をアメとムチの波状攻撃によって渋々納得した。とどめの一撃は葉山のスマイルだったけど。

 

「よし、とりあえず東名高速道路の海老名サービスエリアまでこの布陣で行くぞ」

 

 斯くして、予定人数を大幅に上回って奉仕部の夏合宿は火蓋を切った。

 さてさて、どんな合宿になるのか。

 ……不安しかないな、うん。

 

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