ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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20 インディビジュアリストの孤独

 

 

 時刻は夜中の一時過ぎ。既に城廻先輩はペンションに戻り、今は広いリビングのソファーに一人身体を横たえている。

 寝不足のせいか熱中症っぽくなったせいか、夕方まで眠ってたくせにもう眠くなった。

 

 愚考の海から抜け出して、そろそろ寝ようかと灯りを落としてソファーに横になった拍子にスマホが鳴動する。

 まさにバッドタイミング。

 俺の眠りを妨げるのはどいつだ。

 

 身体を起こし、テーブルの上のスマホを掴む。送信元だけ確かめるつもりでスマホを確かめると、その羅列の一番上には不吉な名前が──無かった。

 名前の代わりにアドレスが表示されている。

 けっ、迷惑メールかよ。

 続けてスマホが鳴る。

 同じアドレスだ。しつけぇなおい。

 まあ、見るだけなら詐欺などにも遭う事はあるまい。メールの件名を見る。

『材木座だが』

 あいつかよ。件名を見て、ほっとしたような残念なような気持ちになる。

 内容は、他愛のないものだ。帰ったら新作のプロットを見てくれだの、面白い設定を作っただの、捨て置くに相応しい内容。

 ふと、魔が差す。

 

「外へでて、電話寄越せ」

 

 スマホに打ち込んで返信。

 二分ほどで着信。

 

「──は、八幡、か?」

「なんで電話でキョドってるの? 死ぬの? 帰るの?」

「か、か、帰ったのはお主だろうが。身体は大事無いのか?」

「うるせ。いいか、ペンションを背に、向かって右に30秒走れ」

「ど、どういうことでおじゃるか?」

「いいからとっとと行動しろ。ダッシュ!」

 

 そう告げて電話を切り、俺も外へ向かう。

 外で様子を見ていると、ペンションの方から暗闇を切り裂いてゼェハァと走ってくる肉塊がひとつ。ほう、思ったよりも腹の肉が揺れていない。こいつ力士タイプか。

 ともあれ材木座のお出ましだ。材木座は俺の顔を見つけるなりキョドリ出す。

 

「はあはあ……は? え? お主、帰ったんじゃないの?」

 

 つーか、こいつ馬鹿だな。俺が帰ったと思ってたなら、何で俺の指示通りにここに来たの?

 

「もちつ──いや落ち着け、キャラ統一しろ」

 

 俺はここに居る理由を簡潔に説明する。

 

「──なるほど。事情はわかった。ならば一緒に戻ろうではないか。心配するな、我も一緒に蔑まれてやろうぞ」

 

 なんだこいつ。気持ち悪く肩で息してる状態のくせに俺の心配かよ。嬉しかねーぞ。

 

「まあその話は……な。とりあえず行こうぜ」

 

 俺はオーナーの自宅へ材木座を案内する。

 

「八幡よ……いくら夏だからと云って、空き巣は良くないぞ」

「馬鹿か。ここはペンションのオーナーの自宅だ。平塚先生に貸してもらった」

 

 え。夏の解放感って、空き巣の理由になるの。馬鹿なの?

 玄関を開け、材木座を先に上がらせてリビングへ押しやる。

 

「メシ食うだろ。デブだから」

「は、はちまんっ、ひどいっ」

 

 こいつを呼んだ目的はひとつ。平塚先生が大量に買い込んだ弁当やおにぎりの処理だ。賞味期限が短い弁当類は、この酷暑では早く食べないと傷んでしまう。

 喚くデブ音源に見向きもせず、平塚先生に買ってもらったパンやおにぎりをテーブルに並べる。その瞬間、材木座の目の輝きが変わった。

 引きニートデブ最有力候補のこいつが、夕食だけで満足できる訳が無い。

 

「ムフン、ではまずはツナマヨから頂こうか──」

 

 ほらデブ、やっぱ食うんじゃねぇか。いや実際食べ切れないから助かるんだけどね。若干の謝意を含めて冷蔵庫から烏龍茶を二本出して、一本をおにぎりの海苔の組立作業に没頭する材木座の前に置く。もう一本は自分の分だ。

 

 ソファーに腰を下ろし、烏龍茶のボトルキャップを開封しようとした俺に、材木座がもごもごと話し出す。やめろ、飯粒が飛びそうだ。おい、まだツナマヨ残ってるじゃねーか。なんで炒飯にぎりも開けるんだよ。

 

「ところで先程、先代の生徒会長殿に遭遇したのだが──」

 

 そういえば、めぐり先輩に口止めするのを忘れてたな。

 まあいいか。バレてあいつ等が来ても俺が会わなければ済む話だし。

 でもでも八幡ったら、やっぱ気になるのよね。

 

「先輩……なんか云ってたか?」

 

 左右の手に持ったおにぎりを交互に口に運びながら答えるなデブ。炒飯にぎりをおかずにツナマヨおにぎりって、さすがデブだな。

 

「いや、散歩中とのことで、何も……我、嫌われてるのかな。勇気を出して声を掛けたのだが」

 

 そうか、めぐり先輩は口が固そうだし、大丈夫か。

 そして俯くな材木座。おまえに掛けてやれる言葉は、一つしかないぞ。

 

「大丈夫だ。おまえが好かれることは滅多に無い」

「辛辣だっ!?」

「何なのそれ、由比ヶ浜の物真似なの?」

 

 思わず由比ヶ浜の名前を口にして、身が固まる。そして目の前に居る材木座もぼっちだ。つまり常時ビクビク過ごしているだけに観察眼だけは秀でている。

 つまり。

 

「──むふん。何かあったようだな」

 

 バレるよなぁ、やっぱ。

 

「ああ、大した事じゃない。俺が正真正銘のぼっちに戻ったってだけだ」

 

 主旨をぼやかして結論だけを伝えてやると、材木座のおにぎりが空中で動かなくなった。

 

「……ほむん。して、その心は?」

「勝手に謎掛けにしてんじゃねぇよ。ただ奉仕部を辞めたって話だ。だからおまえの駄文は直接俺のとこに──」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った。お主、正気か?」

 

 うわっ、メシ粒を飛ばすな。汚え弾幕張るんじゃねぇ。

 散らばった米粒をティッシュで拾いながらぶっきらぼうに答える。

 

「ああ勿論だ。正気すぎてむしろ清々しいまである」

 

 ティッシュを丸めてポイっとダストボックスにシュートすると、縁に当たって外に落ちる。

 忘れてた。左手は添えるだけでしたね安西先生。落ちたティッシュを拾ってゴミ箱に捨て直す。

 

 そうだ、何度だって捨てられるんだ。何度だって一人になれるんだ。

 そんな愚考を知らずに材木座は「ムフゥ」と唸り声を上げている。相変わらず両手はおにぎりに支配されているが。

 

「──お主がそれで良いなら、我が口出しすることでもなかろう」

 

 ああ、こいつもぼっち。俺の気持ちは理解出来るのだろう。

 

「だがしかーしっ!」

 

 ──心臓が口から出るかと思った。

 この馬鹿、びっくりさせんじゃねーよ。

 怒りを込めておにぎりの包装ビニールを丸めて投げ付けると、軽くおにぎりで弾かれた。ふむ、中々やるな。なんて云ってる場合じゃなさそうだ。

 

「八幡よ。貴様本当にそれでいいのか?」

 

 出た。こいつが貴様呼ばわりする時は相手を見下す時だ。つまり、俺は今ブタに見下されている。

 

「うるせぇ、ブタっ、カスっ、下痢っ。もうおまえの落書きは読まねぇぞ」

「わ、わ、ごめんなさい八幡大菩薩さま〜」

「わかりゃいいんだ」

 

 大仰に踏ん反り返ってソファーに身を沈め、小さくなるブタ将軍を一瞥、すぐに視線を逸らして言葉を吐く。

 

「さっきの話だけどな……実際のところ、俺にもわからん」

 

 烏龍茶で喉を潤して続ける。

 

「ちょっとだけ……無駄話を、聞いてくれるか」

 

 両手におにぎりを持って、再び交互に食べ始めた材木座に呆れつつ、視線を向ける。

 

「ムフン、珍しいな。よし、苦しゅうない。聞いて進ぜよう」

 

 おにぎりをオカズにおにぎりって、もう白いランニングと下駄で線路とか歩いたらいいよ。リュックサックに赤い傘とスケッチブック詰めて。

 で、そのままどっか放浪の旅に行けよ、大将。

 

「ありがとよデブ。でだ──」

 

 俺は昨日からの事の顛末を話した。まあ、こいつが絡んでる事もあったが、それも踏まえて喋った。

 

「──で、俺は奉仕部は辞めた。やっと自由になれるんだ」

 

 三つ目のおにぎりに取り掛かっていた材木座が、その手を止めて俺を見る。

 

「八幡よ、こんな言葉を知っておるか」

 

 また出たよ。なんか名言っぽいことを云いたい顔。くそっ、殴りたいのをぐっと堪える。

 

「幸せは不幸の中にあり、自由は不自由の中にある」

 

 何だよその使い古された様な言い回し。

 

「俺はな、俺界随一の読書家だぞ。似たような言葉は何度も目にしてるわ」

 

 ちなみに俺界には俺しかいない。最近は──そうでもなかったのかも知れないが。

 

「では、お主はそれをこれから身を以って経験することを承知なのだな」

「巫座戯るなよ。俺が自由を手に入れたら──」

 

 自由を手に入れたら。

 誰にも邪魔されること無く受験勉強が出来る。

 誰にも邪魔されること無く読書、主にラノベが読める。

 誰にも邪魔されること無く深夜アニメが見放題。再放送だって見放題。

 誰にも邪魔されること無くダラダラ出来る。

 誰にも邪魔されること無く……あとなんだ。

 ──ちっ、なんだもう弾切れか。

 

 じっと腕を組んだ材木座が、思考が停まった俺を見据えてニヤリと笑って鼻を鳴らす。

 

「ふむ。では貴様にわかるように説明してやろう」

 

 コンビニ袋を漁って、弁当をひとつ取り出した。

 

「いいか、目の前にカレーがある」 

「あっ、てめー、それ俺が明日食おうと思ってたカツカレーだぞ!」

 

 とん、とテーブルに置かれたのはカレー弁当。しかもそれはワンランク上のご馳走である、カツカレーなのだ。

 

「いいから聞けぃ。別に食するつもりは無い」

 

 その割に手にスプーンを持ってるのは、一体どういう了見なんだろうな。

 

「カレーはな、器に入っているからカレーでいられるのだ」

 

 はあ?

 どんな状態だろうがカレーはカレーだろうが。

 

「直にテーブルの上にメシを置き、そこにカレーをかけたとしても、誰も食べようとはしないだろう」

 

 こいつ、何言ってんだ。そんなモン、カレーじゃねぇ。ただの溢したメシだ。

 

「当たり前じゃねーかよ」

「だが、器に盛られたカレーならば、誰もが口に運び、その刺激的で芳醇な味に愉悦を感じる」

 

 芳醇の使い方が若干違うが、まあいい。そういう細かい間違いにいちいち突っ込んでいたら話が終わらなくなっちまう。

 

「自由とは、不自由の中で描く夢だ。理想だ。願望だ。叶った瞬間に、その自由は実感出来ない内に消えて無くなるのではないか?」

 

 夢は、叶った瞬間に夢で無くなる──か。

 って、カレー関係無いじゃん。

 

 俺の夢ってなんだ。

 一人でいることか。まあそれもある。あとは自由になる時間か。

 究極は、独りになること。

 ──いや、違う。

 俺が望んだのは、大事なものを守ること。

 独りの時間。小町との時間。そして、あいつらとの時間。

 去年からで言えば、奉仕部の関係の修復、維持。その為に俺は策を労し、間違って余計に拗れた。だけど結果的に彼女等は俺を許容してくれて、共に奉仕部であることを受容してくれた。

 

 それは何故か。

 ──俺が本心を見せたから。

 誰にも云えなかった胸の内。言葉にしたこともなかったくらい仄かではあるが、確かな願望。

 それを彼女たちに告げたから、なのか?

 ならば何故俺は奉仕部を守りたかったのか。

 雪ノ下がいて由比ヶ浜がいる、あの空間が居心地が良かったのもある。雪ノ下と由比ヶ浜、どちらが欠けても俺の守りたい奉仕部ではない。

 俺が本当に守りたかったのは、あの二人だ。

 ならば、やはり今回も俺は──間違っている、のだろう。

 

「貴様が女子たちの攻撃から逃れて自由を手にしたその先には、何があるのだろうな」

 

 何も無い。きっと俺の抜け殻が転がっているだけだ。

 それが、俺が選んでしまった未来。

 自由という名を与えられただけの、何も無い空っぽの世界。

 思い描いてみて、思わずぞっとする。

 

 嗚呼、俺は失いたくないのだ。

 

 あれだけの啖呵を切って自分から絶縁宣言しておいて、その舌の根も乾かぬうちに惜しくなる。自分勝手にも程がある。

 確かに腹は立っていた。だが、それは何に対してだ。

 自分の時間が欲しい。そう主張し切れなかった根性の無い自分に対して、なのではないのか。

 だが、もう遅い。解は出してしまったのだ。今さらどの面下げて撤回するのだ。

 

「あ、あの……八幡?」

「あ、ああ、悪い。なんだ」

「カレー、もらってもいいかな」

 

 材木座の手の中には、いつの間にかレンジでチンされたカツカレーがあった。

 

 

 

 

 偉そうに弁舌を交えながらカツカレーを平らげたブタ将軍を追い出し、ソファーに身体を横たえる。

 仰向けのまま、 シーリングの照明に手を伸ばす。

 何をしているのだろう。いくら手を伸ばしても、寝たままの姿勢では天井まで届く筈は無いのに。

 

 材木座は言っていた。

 本当に大事なものは、失うことでしか見出せないと。

 その喩えがカツカレーだったのは失笑ものだったが、それを俺は実感しつつあった。

 

 感情に任せて荒げてしまった、声。

 その時の、あいつらの表情。

 その顔を見た時の絶望感。

 

 だが、もう戻れない。

 後悔先に立たずとは、先人は良く言ったものだ。

 その通りだった。

 材木座の言う事も正しかった。

 感情に流されてあいつらに口舌の絶縁状を叩きつけ、少し冷静になってみればこのザマである。

 

 ふと昨年の、高校二年生の頃の記憶がフラッシュバックの如く蘇る。

 

 初めて奉仕部の扉を開いた日は、自分の不幸を呪ったな。

 それが今では、それを手離したくないと思っている。

 

 由比ヶ浜の依頼は、結局俺へのお礼の為だったな。最初のクッキーは木炭みたいなダークマターだったのに、二月に貰ったのは少々形は歪ながらも味は美味かった。

 

 思えば由比ヶ浜には酷いことをしてきた。

 職場体験の時は、俺の勝手な思い込みで拒絶した。

 花火大会の帰りでは、由比ヶ浜の言葉を聞くのが恐くて逃げた。

 そして、今回。

 俺は三回も由比ヶ浜を拒絶しちまったんだな。

 

 それでも由比ヶ浜は奉仕部を守る為に頑張っていた。雪ノ下と由比ヶ浜、そして俺のいるあの空間を繋ぎ止めてくれた。

 

 雪ノ下は雪ノ下で、抱える悩みの正体が解らない状態で試行錯誤していた。

 いつから俺は、あいつを完璧超人だと決めつけていたのだ。

 文化祭ではやり方を間違え、一色の生徒会選挙の時には、唯一無二の友人である由比ヶ浜とも反目し合った。

 一段高い所から俯瞰しようとする俺なんかより、よっぽど「人間」をやっていた。

 

 俺は、あいつらが笑い合う穏やかな空間が好きだった。そこには雪ノ下が淹れた紅茶の香りが漂い、たまにお茶請けに持参してきた由比ヶ浜の菓子はいつも少し的外れで。

 

 ──楽しかった。

 その居心地の良さに、感謝もしていた。

 だからこそ俺は。

 

 

 もうよく一度考えろ。

 勝手なのは誰だ。

 自分の時間が欲しいと言わずに理解して貰おうとしていた、俺じゃないのか。

 話せば分かるなんて、全てがそうじゃない事くらい知っている。だけど、それでも、言わずに理解して貰おうなんて烏滸がましいにも程がある。

 いつから俺はそんなに傲慢になった。

 

 そんな俺が全てを失くしたとしても、それは当然の報いだ。

 最低だ。最悪だ。本当に気持ち悪い。反吐がでる。

 

 俺なんて、このまま自家中毒を起こして消えて失くなればいい。

 

 ──でも。

 

 もしも。

 

 もしもこの先があるのなら。

 

 謝ろう。

 愚考しか出来ない、価値のない頭を下げて、赦しを乞おう。

 特に由比ヶ浜には、いくら詫びても足りないくらいだ。

 

 その上で、俺は己の罪に対する罰を受けよう。

 その罰が──

 

 

 そこで思考は眠りの闇に落ちてしまった。

 

 

 




八幡はまた間違えてしまいました。
さて、何を間違えたのでしょうか。

更新頻度ですが、今週は月水金の三回、次週からは日曜と木曜の週二回投稿とさせて頂きます。
では次回、また水曜日に。
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