なお、今後も毎週月、水、金曜の週3回の投稿をさせていただきますので、何卒よろしくお願いします。
海沿いのレストランでお昼を食べたあたしたちが平塚先生に連れてこられたのはペンションの近くの……普通の家?
状況が理解出来ていないあたしたちを代表して、ゆきのんが平塚先生に説明を求めてくれる。
「で、ここは何処で、私たちはどういった活動をすれば良いのでしょうか」
明確な説明を求めるゆきのんの声は、いつもよりもちょっぴり弱く感じる。
「ここはペンションのオーナー夫婦の住まいだ。キミたちには此処の仕事をしてもらう。制限時間は二時間だ」
仕事に制限時間?
どうゆうことだろう。この後また何かあるのかな。
あ。
そういえば、今日はあの計画があったんだっけ。もう材料も買ってあるけど、でも主役が……ヒッキーがいないんじゃ──無理じゃん。
「あと注意事項だが、部屋にあるもの、いるものには極力触らないように」
部屋にいるモノって、ペットでもいるのかな。犬かな、猫かな。犬だったらいいな。
あ、ゆきのんがそわそわしだした。やっぱ猫かな。
そんなあたしたちを尻目に、先生が玄関のドアに手をかける。
「さあ、覚悟は出来たか」
覚悟って、そんなに大変な仕事なのかな。
ううん、この仕事はヒッキーを怒らせた罰だもん。どんな大変なことでもちゃんとしなきゃ。ちゃんとして、千葉に帰ったら謝るんだ。
あたしはゆきのんと頷き合って、その目を平塚先生に向ける。
「よし、いくぞ」
玄関を開け、みんなで中に入る。
あれ? なんか涼しい。まさかペットのためにエアコンつけっぱなし?
冷気が漏れているドアを開けるとそこはリビング。
その真ん中のソファーには。
「……は?」
昨日家に帰ったはずじゃ……なかったの?
ヒッキー。
「どうだ、驚いたか。実は比企谷はここに監禁されていたのだよ」
驚いた。本気で驚いた。
目の前でカップラーメンを啜ってるヒッキーも驚いた顔をしてる。
ハトが大砲で撃たれた顔だ。あれ、違ったっけ。
「……これって監禁だったんすか先生。つか打ち合わせでは昼過ぎって──」
ちゅるん、と口から垂れ下がった麺を啜ったヒッキーが問う。ていうか、打ち合わせって……。
「私達を……騙していたのですか、平塚先生」
今度は怒った顔でゆきのんが問う。
「騙したのはお互い様だろう。キミたちも比企谷小町を巻き込んで、比企谷を騙したのだから」
そうだった。それが、ヒッキーが帰るって言い出した直接の原因だったんだ。
痛いところを突かれたゆきのんとあたしは、もう何もいえない。
でも、それより何より嬉しかった。
ずっと……心配だったんだよ。
昨日、熱中症で倒れたのに、それなのに一人で帰るって言い出して。
メールも返信無かったし、ちゃんと家まで帰れるのかな、途中でまた倒れたりしてないかな、って。
あたしが、あたし達が無理をさせちゃったから、何かあったらあたしの所為だって。
そう思ってたんだよ。
だから、ここにいた事の疑問よりも、まず無事でいてくれた事のほうが嬉しかった。
喜びが胸を満たす。想いが四肢を、衝動が全身を駆け巡り、加速する。
衝動が躍動へと、変わる。
「……ヒッキー!」
「ぐえっ」
思わず飛びついてしまった。
「おい、やめろって。汁がこぼれるだろうが」
もう止まらなかった。ヒッキーに触れて、ヒッキーの匂いを嗅いだら、涙が止まらなくなった。
「心配したんだよ。何度もメールして、電話して、何度も、心配で、すごく心配で……」
支離滅裂。だけど、言葉なんてどうでも良かった。
ただ、伝えたかった。
それが自分勝手でも、独りよがりでも。
「わ、わかったわかった。とにかく離れろ、な?」
くしゅ、っとヒッキーの手があたしの頭を撫でる。しかも、箸を持ったままの手で。
「……せめてお箸くらい置いてよ。バカヒッキー」
ヒッキーの胸元にぐいぐいと顔を押し付けながらも悪態をついてしまう。
嬉しいのに。バカなのはあたしなのに。
「安心しろ。俺にも食べ物とそうでない物の区別くらいは判る。食あたりはしたくないからな」
何てこと言うの、いくらあたしの料理がひどいからってあたしを食べても食あたりなんか……って、あたしを食べるって、えへへ。
そこへ水を差すのは平塚先生の声だ。
「少し落ち着け由比ヶ浜。さっき私が言ったこと、覚えているな?」
そうだった。気持ちを押し付け過ぎちゃ、ダメなんだ。
「……はい」
名残惜しいけど離れると、ヒッキーは疲れたように項垂れる。
箸を持ったままの手でがしがしと髪を掻き、あたしを見据える。
「ふう。大体だな、おまえは行動が
そう言いながらヒッキーはあたしの後ろに視線を移して、怪訝そうな顔をしている。
振り返ると、みんな涙を零していた。
ゆきのんだけは顔を隠していたけど、でもバレバレだった。
「なんだよそれ。揃いも揃って泣くとか、新手のイジメか?」
ひとりを囲んでみんな泣くって、どんなイジメなの。みんなこんなにヒッキーを心配してたんだよ。
ただ一人、平塚先生だけはにやりと笑って。
「な? 比企谷はこういう奴なんだ。相当なリハビリが必要だとは思わないか?」
「リハビリってなんですか」
平塚先生はゆっくりとヒッキーに近づいて、横に座る。
「な、な、なんでしゅか……」
むう。ヒッキーったら動揺なんかしちゃって。
「……これも、リハビリだ」
そう告げると、平塚先生はゆっくりとヒッキーに身体を預けて、ふわりと抱きしめた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ……」
うわぁ、平塚先生、大胆。あ、そういえばあたしもさっき抱きついちゃったっけ。
でも目の前の平塚先生の抱擁は、あたしのなんかと全然違う。もっとこう、優しいっていうか、柔らかいっていうか。
あと平塚先生の顔。今までに見たことのない優しい顔だ。これが大人の女性の顔なんだろうな。
なんて感心してる場合じゃない。
「せ、先生っ、ずるいっ」
いろはちゃんが何か喚きだした!?
「いいじゃないか。ほら、第一夫人の特権だ」
割と本気で言ってそうで怖いですってば先生。
「私達はハーレムなどという爛れた制度に賛同した覚えは無いのですが。とにかく離れてください先生」
ゆきのんの冷たい目、見るの今日二度目だ。ヒッキーは、ハーレムって何だよとか言いながらキョドってるし、なんかキモいし。
でもちょっとだけ可愛いし。
「ケチくさいことを言うな雪ノ下、減るモンじゃなし。すぐ代わってやるから。んー比企谷ぁ~」
「いや減ってるんですよ、俺のSAN値がゴリゴリと」
だからヒッキーにスリスリしないでください平塚先生っ!
ヒッキーも訳わかんないこと云ってキョドらないのっ!
そんなぐちゃぐちゃな光景にピリオドを打ったのは、ゆきのんの強い咳払いだ。
「──目的はこの男ではなく、この家での作業なのでは」
ゆきのん、そんなこと言ったらまたヒッキーが。
「おお、そうだったな。では比企谷。キッチンへ行ってろ」
平塚先生に解放された途端、逃げるように走り去るヒッキー。でもカップラーメンだけは手放さないんだね。
そして女子だけになったリビングで平塚先生の指示が始まる。
「さて、作業だが……キッチンを担当してもらう」
ということは、またヒッキーはどこかの部屋にお引越し?
「ひとりの持ち時間は30分だ。掃除をするもよし、比企谷に謝るもよし、気持ちを伝えるもよし」
ん? それって。
「つまりそれは、一人ずつ比企谷くんと面談しろと?」
「その通りだよ雪ノ下。いつまでもギクシャクはしたくないだろう。ここで蟠りは終わらせてしまえ」
そういうことか。平塚先生……やっぱり生徒思いのいい先生だ。
「ちなみにこれは、今朝比企谷が頼んできたことだ。話す機会が欲しい、とな」
え?
ヒッキーが?
……なんだろ。急に恐くなってきちゃった。平塚先生も真剣な顔してるし。
「それから、1個だけ小道具を許可する。使えそうなものを探して持参するといい」
さっきのナシ。やっぱ先生、ちょっと楽しんでるし。
「比企谷小町、キミにはここで私の話し相手を命ずる」
「か……かしこまちぃ~っ」
こうして、あたしたちの命運を賭けた謝罪面談が幕を開けた。