俺への祝いの挨拶を済ませた面々は、既に俺なんかには見向きもせずにそれぞれ賑やかにやっている。
葉山グループは向こうの方でテーブルの一つを占拠し、料理を摘みながら四人でわいわいと談笑している。
「はあ……」
俺はといえば、ぽつんと独りお誕生席に残されたまま黙々とケーキやらカニやらエビやら鳥やらをもそもそと咀嚼してはコーラで流し込んでいる。
所詮、誕生会なんてこんなもんだ。
主役が主役でいられるのは、おめでとうと祝われる瞬間だけ。あとはそれぞれ個や群れで過ごすだけの会。祝われる側が人望厚い人物ならいざ知らず、俺のような人望の無い嫌われ者の主役は放置される定めにある。
食堂の隅に目を向けると、食堂の壁に寄りかかってグラスを傾ける川崎沙希と目が合う。
しかし……絵になるな、川崎とグラスって。
去年になるか。川崎の弟、大志に相談を受けて川崎沙希のバイト先のラウンジへ突撃した覚えがある。俺はその時の川崎の姿を思い出していた。
あの時も大人びていると感じたが、今は性格が丸くなった所為かよりオトナに見える。
俺の愚考など知る由も無い川崎は、主役がぽつんと取り残された状況を眺めながらくすくすと笑っている。気恥ずかしくなってぷいと目を反らすと、反らしたその先にいた由比ヶ浜と視線が交差する。
由比ヶ浜はその横にぴったりと雪ノ下雪乃を置き、その向こうの戸塚と話している。雪ノ下はというと、暑苦しそうな顔をしながらも時折微笑を浮かべて話に耳を傾けながらも場の状況を眺めている。
視線を流すと、早くも葉山グループは解体されていた。
海老名さんは、去年の体育祭で共に知恵を借りた材木座と腐った談笑を繰り広げ、そこに戸部が幾度かカットインを試みている。
葉山隼人は三浦優美子と笑顔で話しながらも、食堂の角を気にしている。
その食堂の角にはひとりグラスを手に立つ、雪ノ下陽乃。
陽乃さんは、最初からこの食堂の様子を冷めた眼差しで眺めていたことは気づいている。
うっかりその陽乃さんと目が合ってしまった。陽乃さんは、冷たい視線そのままに俺を見据えている。
きっと「こんなものが比企谷くんの欲しかった物なんだ」とか思ってるのだろう。勿論邪推であるし、もし本当に陽乃さんがそう思っていたとしても大きなお世話である。
陽乃さんは自身にこういう場面が用意された場合、喜ぶのだろうか。喜べるのだろうか。
常に人の心情を読み取り、その裏を読み解く。それって疲れるだろうな、と感じるも、俺だって大してやってる事に違いないことに気づいて自嘲してしまう。
陽乃さんが訝しげな視線を送ってきた。なんだかその様子が堪らなく可笑しくなって、思わず笑みを零す。陽乃さんも同じように笑うが、その目は変わらず冷ややかだ。
小町と一色は、厨房と食堂を行ったり来たりしながら追加の飲み物を用意している。その小町の横には甲斐甲斐しく手伝う大志。その大志に殺意を込めた視線を送っていると、再び川崎の怒気が込められた視線を感じて縮こまる。
ま、傍観するのも悪くはない、かな。趣味が人間観察って超ラクだし。
うるさい、騒々しい、いや騒がしい、もとい賑やかな誕生会も幕を閉じ、めぐりん先輩や陽乃さん、葉山の一味たちは各々に散っていった。
そして、ここに残るのは俺に近しいと思える者たち。
「ヒッキー、二次会やろ。二次会っ」
例の如く俺の返事を待たずに、由比ヶ浜結衣はポテチの袋の背面を開き、一色いろはは新しいグラスを並べる。小町と雪ノ下は厨房で洗い物をしているようだ。
その厨房からコーラのでっかいペットボトルをうんしょと抱えた戸塚がとてとてと駆け寄ってくる。
あ、そんなに走ったら危ないよぅ。
「はい、はちまん。冷たいコーラだよ」
「おう、悪いな」
嬉し涙を心に隠し、平静を装って戸塚のお酌を享受する。戸塚にお酌をしてもらえる日が来るとは……生きてて良かった。
よし、今日という日を”戸塚記念日”と名づけよう是非そうしよう。そんで日めくりカレンダーの六曜の横に印刷しよう。
「はちまんの誕生日をみんなで祝えるなんて、ホント来てよかったよ、ぼく」
天使の啓示のような戸塚の戸塚ヴォイス。それを帳消し、何ならマイナスにまで落としてしまうのは、いつの間にか戸塚の隣に立つ材木座の泥のような笑顔。
つーか材木座、いつものコートはどうした。厨二病のくせにちょっと日焼けしてんじゃねーよ。
焼豚かよ。タコ糸でぐるぐる巻きにコーディネートしてやりたい。
「さてさて、二次会は奉仕部主催で始めたいと思いまーす」
おい。奉仕部主催なのに、何故一色が音頭を取るんだよ。
「おい一色いろは、おまえ部員じゃないだろ」
思わずフルネームで呼んでしまったのを華麗にスルーした一色は、にゃはっと笑いながら言葉を続ける。
「まあまあ、カタいことは抜きにして。どばぁっと盛り上がりましょー」
盛り上がる? どうやって? しりとりでもするの?
あっ、もしかして山手線、いや総武線ゲームか?
だがな一色よ。あまり俺たちを侮るなよ。
「ばかやろ、面子を見てものを云え。盛り上がれると思うのか」
現在食堂に残っているのは、由比ヶ浜結衣、一色いろは、川崎沙希、戸塚彩加、焼豚もとい材木座なんとか。あとは──俺。
つまり、川崎、材木座、俺と「ぼっち」が半数を占めているのだ。
ぼっちの辞書には”盛り上がる”という言葉はない。何より俺自身に盛り上がる術が無い。そんな考えを察したのか、辺りをぐるりと見回した一色は溜息を漏らす。
そして四分休符ひとつ分の
「あー、では、雑談ターイム……スタートっ!」
ははは、こいつ諦めやがった。
「ま、まあ、よかったじゃんヒッキー」
何が良かったんだよ。雪ノ下お手製の美味いケーキを食べられて良かったってか。つーかおまえも盛り上げるのを諦めたんだな。まあ、この面子なら仕方ないけどな。
ふむ。
では一つ策を弄するか。
俺は、材木座の近くに移動を試みる。
普段なら御免こうむるのだが、せっかく由比ヶ浜や雪ノ下、一色が俺の為に立ててくれた計画だ。その顔に泥を塗るわけにはいかない。
顔に泥はこいつ、材木座だけで充分だ。
「お、おほう? め、珍しいな。八幡の方から我に寄り添ってくるとは」
気持ち悪い言い方するんじゃねぇよ。こうして嫌われぼっちの男子二人を切り離せば、あとは同級生の女子たちと戸塚、それにコミュ力の高い一色だ。放って置いても盛り上がるだろう。そのうち雪ノ下や小町も食器などの洗い物を終えて食堂に来ると言ってたし、それまでの我慢だ。
しかし、である。これが最上策と思ったのだが、そうは問屋が卸さない。卸さない問屋は由比ヶ浜だった。
「ダメ、ヒッキーは真ん中なのっ」
材木座の横に着席しようとする俺の腕は、お誕生席にこだわりを見せる由比ヶ浜によって強く引き戻される。抱きかかえる様に腕を掴むものだから、必然的にオレンジ色のキャミソールの胸元が俺の腕に押し付けられる。
──嘘だった。
正解は、俺の二の腕が由比ヶ浜の二つのお山に挟まれている、だった。
こうなると、どうしても由比ヶ浜の胸元に目がいってしまう。ぐにぐにと潰れている柔らかい二つの大きな山、もしくは超ビッグなメロンパン。
いや、巨大スライム、もはやキングスライムか。
つーか、やばいぞ。これはやばいですよぉおおおお。
頭の中で警報音が高らかに鳴り響く。
緊急事態。第一戦闘配備発令だ。
左舷弾幕薄いぞ! 砲撃手何やってんのっ!?
脳内でブライト艦長に怒鳴られながら、この非常事態宣言発令下からの脱出を試みる。
「ゆ、由比ヶ浜。自分の状況と服装を確認しろ、大至急だ」
鬼軍曹よろしく俺が捲くし立てると、次第に由比ヶ浜の視線が自分の胸元へと下りていく。
そして、夏用の薄手のキャミソールと俺の腕との接触箇所を確認した巨大メロンパンナこと由比ヶ浜二等兵は、瞬時に赤面して俺を突き飛ばす。
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒッキーのえっちっ、どへんたいっ」
想定外だった。柔らかい拘束から逃れなければとは思ったが、脱出経路がカタパルトデッキからの射出なんて聞いてないぞ!?
モビルスーツ隊は散開してラーディッシュの援護に回れ!
アーガマはハイメガ粒子砲用意っ!
「俺のせいじゃねえだろ、このビチヶ浜っ」
「そ、そーだけどっ、う〜っ」
射出の勢いによろけてたたらを踏みつつも、反論だけはきっちり行う。さすが俺。
「あー、結衣先輩ばっかりずるいです~、えいっ」
体勢を立て直したばかりの俺の背中に、何故か一色のボディアタックが炸裂する。
「うがっ」
一色のささやかな胸から発射されたメガ粒子砲に突き飛ばされた俺は、少し離れて座っていた川崎沙希の胸元へ顔面から軟着陸する。
ぱふっ。
おおっ、ここがゼダンの門か。その門の谷間に挟まれた──俺。
「ぶふぁっ」
うわぁー、なにこれちょうやわらかいんですけどー。ゼダンの門って超ふわふわっ。
いや違うって。なんでこうなった!?
「は、は、は、はぁっ!? いやぁあああ──!」
胸元に顔を突っ込まれて混乱した川崎は、何を思ったか両腕で俺の頭をがっちりホールド。胸に顔面を挟んだまま叫び出した。同時に俺の顔面は由比ヶ浜に勝るとも劣らない巨大なお山に挟撃される。
ふと。
脳裏に「おっぱいバレー」という言葉が浮かんで、すぐ消えた。ちなみにこの場合の”バレー”は日本語でいう”峡谷”のほうね。
つーか、息が……ぐるじい。
高山病の如く酸素が足りなくなって、仕方なく川崎の胸の峡谷の隙間で甘い香りをスーハーしていると、峡谷の陰から料理を手にした雪ノ下がちらりと見えた。
「……何をしているのかしらチチ谷くん」
人をおっぱい好きみたいに呼ぶな雪ノ下。嫌いじゃねぇ、むしろ大好きだけど。
ぶっちゃけ天国なんですけどっ!
……ふう、いかんいかん。興奮してもうた。俺のハイメガ粒子砲もエネルギー満タン状態だ。
うん、身体は正直。さすが健全なる男子だぜ。だが苦しい。
「川崎さんも、そろそろ彼を解放してあげてはどうかしら」
冷静な一言によって現実に帰還した川崎は、ようやく自分の現状に気づく。
「えっ!? あ……ご、ごめん……」
手をバタバタさせて解放を訴える俺に気づいて、その頭部を解放した川崎が俺の頭から胸を離す。ふう、天国と地獄をいっぺんに味わった気分だぜ。
この後、雪ノ下の冷たい視線を全身に浴びながら正座させられる俺を除く全員でしばらく盛り上がっていた。
やっぱ誕生会なんて……嫌いだ。
柔らかかったけど。でゅふふ。だって、おおきなすらいむがよんひきもいるんだぜ。
「比企谷」
雪ノ下が中座したことで正座が解かれた矢先、声をかけられる。もしやこの声は、もう二匹のスライムの主、平塚先生ではないか。つーことは、あと二匹でキングスライムに──あ、もうスライムの飼い主がいないや。
平塚先生は、件のノンアルコールビールを片手に食堂を覗いている。
「……なんだ比企谷。主賓がハブられるとは、さすがだな」
何にどう感心したのか、俺の隣へ腰を下ろした平塚先生は高笑いを上げる。
再び現れた雪ノ下の手にあるのは、見覚えのあるスマホ。夕食前に取り上げられた俺のスマホである。そしてあろうことか雪ノ下は、あの動画を「証拠品です」といって平塚先生に見せ始めた。
平塚先生は、うわ、すご、ええっ!? などと喚きながら、しばしその動画を食い入るように見て、しばし放心。
耳まで真っ赤にして若干汗ばんだ独身アラサー教師は、問われてもいないのに何故か感想を漏らす。
「複数にローソク……な、なかなかコアな趣味だな」
だがそのすぐ後、にやりと笑う。
あれ。教師の顔じゃない。これ、いじめっ子の顔だ。小学校のとき俺を「ヒキガエル」と呼んだ瀬戸くんと同じ目だ。
「比企谷……この女優達の痴態を見ながら、何をしていたんだ?」
ナニって、そりゃ決まってる……ぐはぁ!!
徐にヘッドロックを極めた独身平塚アラサー教師は、ロックした俺のヘッドをぐいぐいと締め上げる。
うぎゃっ。痛い痛い痛い柔らかいでも痛い痛いちょっと煙草臭いでもいい匂い痛い。
きゃああああ、これ以上締め付けたらスライムがっ、スライムがぁあああああ!
「はぁ、はぁ……」
ようやく解放された俺に、更に厄災は降りかかる。ヘッドロックを解いて教師の顔に戻った先生は、ちょうどキッチンから戻ってきた小町に 無情の指令を下した。
「比企谷小町。この動画は私に転送後、消去しておくように。いいな」
「かしこまりいっ」
ああ……俺のお宝が。
半月かけて親の目を盗みながらこっそり探し出したお宝が、コーラの泡と共に消えていく……。
「こういうのを見るなら女教師モノにしろ。黒髪ロングで巨乳のな」
にやりと口角を上げて言い放つ平塚先生は、何故か耳が赤い。その向こう、「巨乳」と発せられたあたりで雪ノ下(貧)の血管の切れる音が聞こえた気がした。だが今は雪ノ下(貧)に構っている場合ではない。まずはこの大人の女性の香り漂う柔らかい拘束から脱出しなければ。
「む、無理です。まだ熟女は守備範囲では……ぐぎっ」
平塚先生にヘッドロックを極められたままの俺は、その後切々と熟女の良さを説明された。
つーか先生、自分で熟女って認めてるのね。
いとをかし、あーんど、いとあはれなり。
ごめんなさいごめんなさいっ。
悪気は無かったんですっ。
ただ、少しだけえっちぃシーンが書きたかっただけなんですっ!