ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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02 小波乱はありつつも午後のパレードは進む

 

 首都高こそ混んでいたが、東名高速道路へ入ると次第に車の流れはスムーズになり、2台のワンボックス車、シルバーの「アラサー号」と黒光りする「魔王号」はおおむね予定通り、昼過ぎに東名高速道路の海老名サービスエリアへ入った。当初の予定通りここで少々遅い昼休憩となる。

 

 ここに着くまで堪能し続けた、三列シート最後列での右に小町、左に戸塚の「両手に花」の俺的にハーレム状態はひとまずの終焉となる。

 後ろ髪を思いっきり引っぱられながら焼けたアスファルトに降りると、すでに二列目に鎮座していた由比ヶ浜結衣は助手席にいた雪ノ下雪乃の腕を引いて建物の外に建ち並ぶ露店目掛けて走り出している。

 このクソ暑いのに元気なこったな、まったく。

 

「ちょ、ちょっと由比ヶ浜さん……」

 

 あっ、今ゆきのんがコケそうになったよっ、気をつけてっ。二人とも夏らしい装い、つまり薄着なのだから気をつけたまへ。怪我とか視線とかラッキースケベとか。

 

 がららと開いたもう1台のワンボックス、魔王号のスライドドアからもリア充どもが「あっちー」とか「やっべー」などと主に一人が愚痴りながら、わらわらと降りてくる。

 その中で葉山隼人だけが爽やかなスマイルなのが解せない。

 あいつ、犬と同じで汗かかないのかな。そのうち舌を出してハァハァしだすのかな。

 

 歩きながら視線を遠くにスライドさせていくと、戸塚と小町の両天使が施設案内板の前でワイワイしている。それを見て俺がハァハァしそうになってしまう。

 さて。そんな脳内でハァハァしまくりの俺はというと、自販機や売店をひと通り見てMAXコーヒーが無いことを確認し、現在絶望のズンドコ、もといドン底である。

 ところで……炎天下を元気に駆けていった我が奉仕部のゆるゆり部員達はどこだ。

 

「わあ、ほらゆきのんっ、メロンパンだよ~」

 

 胸にメロンパン以上のモノを二つも抱えた由比ヶ浜のテンション高めのよく通る声が施設の入り口の方向から聞こえる。視線を遣ると、声の傍では甘食を二つくっ付けたような雪ノ下が、華奢な身体をゆらゆらふらふらと酔拳の如く左右に揺らしながら、メロンパンの主に腕を引っ張られている。

  異郷の地でもゆるゆりは健在だな。つーか雪ノ下の奴、もう足に来てるのか。幾ら体力が無いにしても疲れるの早過ぎだろ。

 

 ──ぐぎゅるるるん。

 腹の虫が大合唱を始めた。

 スマホの時計を見ると午後の1時を過ぎている。そりゃ腹も減るわな。さて、早速お目当ての和食の店に……あ。

 

「比企谷、ちょっと来い」

 

 案内板の向こう、自販機が立ち並ぶ先の喫煙ブースから顔を出した平塚先生は、携帯灰皿で煙草を揉み消しながら顎をしゃくる。

 

「さて比企谷、キミはここのラーメンに興味は無いか?」

 

 さすがアラサー。ここまで来てラーメンとはまったくブレが無い。初志貫徹、いや頑固一徹か。生き様を変えられない不器用さには思わず共感を得てしまう。だが生憎、今の気分はラーメンではない。

 

「いや、ここには和食や他の店も……」

 

 昨晩ネットで調べた情報では、ここ海老名サービスエリアにはラーメンの他にも和食、洋食、海鮮、ジャンクフードなど数多くの店舗があるはずだ。名物は、さっき由比ヶ浜たちが見てたメロンパンらしい。

 毎度の如く、そんな秘めた意思とは無関係に平塚先生に腕を絡めとられて連行された先は、ある暖簾の前。

 

「つべこべいうな。ほれ、あったぞ、ここだ」

 

 そこには「えびな軒」と書かれている看板。店員が全員眼鏡を掛けて妙なカップリングに勤しんでいそうな店名だ。

 

「はあ、ラーメンですか……悪くないと思いますけど」

「ん? 君は他に食べたい物があるのか? ならば──」

 

 俺が遠回しにラーメン以外を提案し始めると、それを上書きする小悪魔のあざとい声色が背後から響く。

 

「そーですよ先生。向こうにはパスタとか洋食とかあるのに。ねぇ、せんぱいっ」

 

 いつの間に一色が着いて来てたんだ。ステルスなの? ストーカーなの? 

 それ、俺なの?

 つーか腕を放せ。暑いし柔らかいしアラサーの視線が怖いし。ついでに先生も離れてくださいまし。

 

「はは、いいじゃないか。サービスエリアのラーメンというのもまた格別なのだよ」

 

 いや云わんとしていることは解りますけどね。

 逃げ道を探して視線を泳がせると、建ち並んだ店舗の二、三軒向こうの入り口の前で、戸部が海老名さんを大きなアクションで誘っている。それに冷たい視線を向けながら二人の脇をすり抜けた川崎姉弟は奥の紫の暖簾の奥に消えていった。あれは和食の店だ。

 いいなあ、和食。

 

「では比企谷、いざラーメンだ」

 

 半ば強引に腕を引っ張られる俺を、反対方向に引っ張る一色。

 

「ちょっと待ってくださいよ先生。あたし向こうのパスタがいいです~」

 

 一色が引っ張るよりも強く引くのは平塚先生。やめてっ、ぼくのために争わないでっ。つーかいっそのこと平塚先生と一色でトマトラーメンでも食べればいい。なんかイタリアンっぽいラーメンだし。

 だが相変わらず俺の両腕は綱引きの如く引っ張られている。こんなのどこかで見たなぁ。あ、時代劇の再放送だ。

 

「では一色、キミはあちらに入れば良い。私は比企谷と……」

「ダメですよっ。せんぱいはあたしとパスタをシェアし合うんですから」

 

 いつどこで誰がそんなこと決めたんだよ一色。きっと今ここでお前が決めたんだろうけど。

 もうね、みんなそれぞれ食べたい物を食べればいいと思うんだ、俺。

 そうは思っても、依然俺を引っ張り合うアラサー教師とあざとい生徒会長は一向に解放してくれる気配は無い。

 助けて。誰か大岡越前守(えちぜんのかみ)を呼んで来て─!

 

 心の叫びが届いたのかどうなのか、颯爽と現れたのは名奉行、もとい我が天使、いや女神。唯一神。

 

「あ、おにいちゃんこんなとこにいたっ。ほらほら、あっちで雪乃さんと結衣さんが待ってるよ。モチロン戸塚さんもねっ」

 

 好機! 戸塚がいるなら断る理由など有りはしない。

 さすがは我が妹、わかってらっしゃるでござる。

 

「よし小町、行くか。戸塚の元へ」

 

 顧問教師と生徒会長を振り切って、救援に駆けつけた妹の手を取って颯爽と走り去る。

 

「あーあ、先生が余計なことばっかりしてるから、せんぱい行っちゃったじゃないですか」

 

 という一色のこれ見よがしな大音量の呟きを背中で聞きながら。

 

 この後、俺は小町と由比ヶ浜に色んなものを口に詰め込まれて、敢え無く昼食終了。

 飲み物無しでメロンパン2個はきつかったな。あとメロンパンとフランクフルトの食べ合わせが微妙だった。雪ノ下も同様に微妙な表情で眉根を寄せ、小さなおクチでもきゅもきゅあむっとフランクフルトを頬張る戸塚は天使だった。

 本当は和食が食べたかったのはこいつらには内緒にしておこう。

 それで平和が保たれるのなら。

 戸塚の笑顔が守られるのなら。

 

 それぞれが少し遅い昼食を摂り終えたところで再び車に戻った。のだが。

 

「なんで一色がこっちに来るんだ」

 

 さも当然の如く、膨れっ面の一色いろはが平塚先生の手配したワンボックス車の前で解錠を待っている。しかもご丁寧にボストンバッグとキャリーバッグを両側に携えて。

 

「だって、せんぱいがご飯ご一緒してくれないから、仕返ししにこっちにきたんですよっ」

 

 何の仕返しだよ。逆恨みもいいとこだぞそれ。

 一色が頬を腫らして睨む後ろで、平塚先生も何故か怒気を高めている。

 そういやこの二人の昼食の誘いから逃げたんだっけ。

 ではまず一色の処理をしてしまおう。

 

「よし解った一色、じゃあおまえは向こうの車に戻れ」

「なんでですかー、ひどいですっ」

「ヒッキー辛辣だ!?」

「全然辛辣じゃない。いいか一色、よく聞け」

 

 由比ヶ浜が一色のぞんざいな扱いにツッコミを入れるが、俺にはちゃんとした理由がある。

 

「こっちの車は9人乗りだぞ。向こうに自分が座っていた席があるのに、何故わざわざこっちの9人目になろうとするんだよ」

 

 正論を突きつけられた一色は、あざとい嘘泣きで雪ノ下雪乃に助勢を請う。

 

「ひどいです~雪ノ下先輩、せんぱいが意地悪するんですぅ」

 

 最近の雪ノ下は一色にも甘い。それを利用して雪ノ下を懐柔しようとする一色の腹黒さに呆れて俺は諦めの態度を取る。

 

「はあ、わかった。好きにしろ」

 

 いつも以上にあざとく俺の腕に絡み付いてくる一色を振りほどいて、開いた後部座席のスライドドアを離れる。

 

「え……ヒッキー、まさか向こうの車に行っちゃうの?」

 

 まさか。わざわざ自分から敵地に乗り込む度胸は無い。だって。

 

「それは無い。向こうにはオバケと魔王がいるからな」

 

 そう残して俺は助手席に鎮座した。ちなみにオバケとはリア充オバケの葉山隼人、魔王とは雪ノ下雪乃の姉、陽乃さんである。

 つまり魔王号はその名の通り”魔の巣窟”なのである。

 

「なんで助手席なんですか、せんぱい。そんなに平塚先生の隣がいいんですか?」

 

 こいつ何なんだよ。今日はやけに絡んでくるな。普段はもっと節度ある態度だろ、あざといなりに。

 

「ああ、そうだ」

 

 少なくとも一色の隣で悪ふざけされるよりは、平塚先生の隣の助手席の方が幾分かマシだろう。

 面倒なので肯定して平塚先生の隣に座ると、さっきまで機嫌が悪かった筈の先生に満面の笑みで迎えられた。なんか怖い。

 

「ははは、一色、これが大人の魅力なのだよ。なあ比企谷?」

 

 何故か勝ち誇ったように胸を張る平塚先生の台詞を即座に否定したいところだが、確かに平塚先生は大人の魅力全開だ。髪をアップに束ね、さっきより胸元の見える面積が広い。

 ところでその胸元は誰へのアピールなのでしょうか。

 大志かな?

 そんな思考を打ち砕くのは、まだ納得していない様子の一色だ。

 

「……結婚できないアラサーの悪あがきじゃないんですか、それって」

 

 おーい。地雷にミサイルを撃ち込むようなマネはやめてくれ一色。誘爆した平塚先生のこめかみが痙攣してるぞ。

 結局一色は二列目のシート、由比ヶ浜、雪ノ下の並びに落ち着いた。

 小町はちゃっかり運転席と助手席の間のベンチシートに座り、三列目には川崎姉弟と戸塚が陣取った。

 

 ようやく出発と相成った一行は、平塚先生運転のワンボックスを先頭にパーキングエリアから本線へ戻る。

 車窓を眺めながら戸塚と離れ離れになって落胆していると、横からぶつぶつ言う声が聞こえる。

 

「雪乃さん、結衣さん、沙希さん、生徒会長さん、平塚先生……」

 

 何やら小町はしきりに指を折っている。

 

「おにいちゃんモテモテですな、いやぁ小町のお義姉さん候補がいっぱいだ~こりゃとっかえひっかえ日替わりメニューも夢では……じゅるる。この合宿が正念場ですぞい」

 

 何を馬鹿なこといってんのさ小町ちゃん。それ正念場どころか修羅場じゃん。おにいちゃん悪夢を見そうだよ。

 そもそも冷静に考えて欲しい。

 この車内にいる女性陣はお世辞ぬきで全員綺麗で可愛いんだぞ。そんなトップクラスの容姿で俺の相手をしてくれるのは小町か戸塚だけだ」

 

「……おにいちゃん、心の声がダダ漏れだよぉ?」

 

 気がついて車内を見渡すと、女性陣全員が顔を真っ赤にしている。何これ、マジでハーレムルートあり得るの?

 俺を囲む女子全員がホントは土人形で、実はゴーレムルートでしたっ、てへ☆

 などと訳の解らない勘違い妄想に耽っていると、後ろの席から手が伸びてきて俺の首筋を触ってくる。

 

「――ひっ。な、なんだよ」

 

 反射で亀のように身を竦める。

 新手のイジメか?

 恐る恐る振り向くと、たははと苦笑いしている由比ヶ浜、額に手を当てて左右に首を振る雪ノ下、そ知らぬ顔で車窓を眺める一色。

 つまり、犯人は。

 

「一色、イジメか? イジメなのか?」

 

 あざといトボケ顔を浮かべている後輩を睨む。

 

「なーんのことですかぁ」

 

 案の定の返事である。人差し指を顎に当てて小首を傾げても全然可愛くないからな。ったく、伊豆までの快適な睡眠ドライブのスタートをジャマしやがって。

 あ? 起きてただろうって? これから寝るんだよ文句あっか。

 

「……やめておきなさい一色さん。あなたの手が侵食される恐れがあるわ。ね、比企谷菌?」

 

 それとなく窘めてくれるのは有り難いけど、久しぶりのバイ菌扱いに心折れそうだよ。やっぱこれイジメだわ。よし、先生にいってやろ。

 

「そ、そうだよ、いろはちゃんばっかりズルいっ」

 

 なんか違うぞ由比ヶ浜。論点ズレまくりだ。いつものことだけど。

 

「ははは、比企谷はモテるなぁ。ついでに私も貰ってくれよ」

 

 ついに先生まで悪ノリし出したぞ。俺の唯一の味方である小町よ、おにいちゃんを守っておくれ。

 

「お? おお~? 平塚先生いいですよぉ~こんな愚兄で良ければ貰ってやってください」

 

 だめだ。小町にも見放された。

 もう背水の陣、いや四面楚歌か。項羽の気持ちが良く解るぜ、ふっ。

 

「小町さん、先生には社会的立場というものが……」

 

 雪ノ下が正論という名の助け舟を出すも、その笹舟級の助け舟は俺に届く前に大人の横暴な魅力に敢え無く撃沈される。

 

「私は構わんぞ。どうだ比企谷、今夜仕込んでハネムーンベイビーといこうじゃないか」

「先生が意外と本気だ!?」

 

 健全な男子高校生に向かって笑顔で「仕込む」とか言わないでください先生。それにハネムーンでもないです。絶対に。断じて。伏して。神に誓って。

 あ、神様に誓ったら何か終わりそうなんで全部ナシの方向で。

 

 

 何度かうつらうつらと眠りに誘われるも、その度に首筋をさわーっと撫でられて、眠気的に生殺し状態のまま、走る車はすでに神奈川県を抜けて快調に静岡県に突入していた。

 あくまで快調。快適さは皆無である。

 

「そーいえばせんぱい、こないだのオムライス美味しかったですね~」

 

 は? 唐突に何を言い出すのこの後輩は。

 

「ちょ、ちょっとヒッキー!? それ聞いてないんだけどっ」 

 

 こういう時、なぜ決まって俺が責められるんだろうな。一色が責められるパターンもありなんじゃないのかな。

 

「あら、別に結衣先輩にいちいち報告する義務なんてありましたっけー?」

 

 正論だ。こいつ正論を振りかざしたぞ。

 俺は止めない。逆に一色を応援するまである。だって、食事のメニューまで報告する義務なんてある筈が無いもん。

 さあどうするアホの子由比ヶ浜。

 

「……そうね、奉仕部の部長としては備品……部員の素行は把握しておきたいところだけれど」

 

 おっと、雪ノ下が救援に入ったか。

 つーか今「備品」って言ったよね。ホチキスか何かと一緒なんだね、俺って。

 

「──思い出したのだけれど」

 

 どうホチキスっぽく振舞おうか考えていた俺の愚考は、使用者兼管理者を自称する部長、雪ノ下によってあっさりと砕かれる。

 

「以前比企谷くんに一緒に選んで貰った紅茶、今朝も美味しくいただいてきたわ」

 

 おい、何故今それを言うんだ部長さんよ。いい笑顔だな、ちきしょう。

 一瞬固まったと思った由比ヶ浜が唸り出し、一色は「それが何か」とか敵対心むき出しで食らいつく。

 どしたのおまえら。呉越同舟なの? 最近仲良かったじゃねえかよ。

 

「ほほう、後輩相手に雪ノ下が張り合うとは……中々珍しい光景が見られたな」

 

 呑気に笑っているのは平塚先生だけ。

 ちなみに小町は、すかぴーと寝息を立てている。この騒がしさでよく眠れるもんだ。

 

「あ、あたしもヒッキーに選んでもらった水着持ってきてるもんっ」

 

 ああ、確かに選んだな。ちらっと見て「これでいいだろ」みたいな感じだったけど。つーか俺には女子の水着を選ぶなんてイベントは発生しない筈だぞ。

 案の定、由比ヶ浜にミスリードされた雪ノ下と一色が俺を冷たい目で射抜く。

 だからなんで俺なんだよ。

 

「比企谷、お前とっかえひっかえじゃないか。この隠れリア充めが」

 

 なんだその隠れリア充って。”はぐれメタル”みたいでちょっとカッコいいし。

 

「それは曲解ですよ。俺はただ買い物や用事に借り出されただけです。荷物持ちとして」

 

 一色は生徒会の相談がてら、雪ノ下と由比ヶ浜に関しては単に買い物に付き合わされただけだ。リア充的要素なぞ微塵も無い。あってたまるかこの俺に。

 ……なんだこの野郎。文句あっか。

 

「そーいえばおにいちゃん。先々週は沙希さんとお出かけしてたよね?」

 

 いつの間にか目を覚ました小町がまた余計なことを吐くと、一番後ろのシートから「な、な、な、な」と鳴き声が上がる。

 起きてたんだな川……沙希。

 

「……あれも買い物に付き合っただけだ」

 

 いいじゃんかよ。俺が知り合いと買い物したって。

 

「ヒッキー最低~」

 

 え、ダメなの? 

 ほぼ全部、強制連行なんだけど。

 

「そうね、あなたがこんなに女たらしだとは思わなかったわ。チャラ谷くん」

 

 はい? まったく身に覚えがないのですが。

 どちらかといえば、荷物を持たされたり恥ずかしい店や売り場に連行されて苦役や辱めを受けた記憶しかないのですが。

 てかこの記憶、消したいのですが。

 

「それで、川崎さんと出かけた理由がまだなのだけれど」

 

 うわぁ、しっかり追求するのね。もうやだ。

 

「それはけーちゃ……あたしの妹の絵本を選びに行ったんだよ」

 

 川崎の仰る通り。川崎の時は妹の京華、けーちゃんの絵本を見に行っただけなんだよ。その後にお礼とか言われて一緒にメシは食ったけど。川崎の家で。

 

「ほんと? 沙希」

 

 さっきまでの笑顔はどこへやら、由比ヶ浜は最後部座席に詰問を投げかける。

 

「あ、ああ。そうだけど……だいたい何で比企谷と出かけるのにあんた達の許可が必要なんだよ」

 

 そうだそうだ、その通りだ。いったれサキサキっ!

 

「あら、許可なんて必要ないわ。必要なのは事前の予防接種と事後の検疫ね」

「なんだよ、俺は病原菌の宝庫かよ、渡航禁止レベルなの?」

「気のせいよ。比企谷菌?」

「本日二度目のばい菌扱いかよ……いい笑顔しやがって」

 

 主に俺への濡れ衣のせいで殺伐とする車内で、平塚先生だけが相変わらず愉快そうに笑っている。

 

「雪ノ下も焼きモチを焼くんだな。まあ、由比ヶ浜は見たまんまだが。それで」

 

 ふと平塚先生の笑顔の”質”が変わる。

 

「比企谷はどんなタイプの女性が好きなんだ?」

 

 先生の放った火種に、計らずともタイミングを合わせたように女性陣の会話が止まる。

 最後部座席からは川崎が僅かに身を乗り出している。

 

「そうだよおにいちゃん。この中で言ったら誰なのさっ」

 

 限定すんじゃねーよ、尚更答えにくくなるだろ。もちろん答える気などさらさら無いけど。

 

「ほれほれ、言ってみそ?」

 

 ニヤっと悪い顔で小町が更に余計な水を向ける。遥か後方から戸塚の乾いた笑い声だけが微かに聞こえる。

 

「そうすよ、お兄さんって結局誰が好きなんですか」

 

 何を便乗してるんだ大志、大志の分際で。

 あとお兄さんと呼ぶな。お前だけは後でギッタンギッタンのケチョンケチョンにしてやる。

 つーかこいつら、是が非でも俺に答えさせるつもりなのか、様子を見ながら無言を貫いてやがる。だがそれは下策、いや失策だ。

 俺は沈黙に強い。何なら沈黙こそ俺のホームグラウンドだ。

 貝の如く口を閉ざすと、車内はごく自然に静寂に突入した。

 静寂はやがて睡魔となり、真夏の太陽を窓越しに浴びながら俺は知らぬ間に目を閉じていた。

 しかし最近疲れるな、本当。

 もう計画なんてどうでもよくなってきたな。

 帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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