ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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おっぱいまみれの二次会を踏破した八幡は、その火照りを冷ます為に一碧湖へと夜の散歩に向かいます。
その横には。


29 御免ライダー

 

 

 宴の後。

 時刻は夜の十時をとうに過ぎている。

 夕涼みには遅過ぎるが、夜風に当たりたくなった俺は既に合宿の日課になりつつある散歩に出かけ、現在は一碧湖が見える湖畔のベンチに腰掛けている。

 

 途中、行きつけの自販機で買ったサイの絵が描かれたサイダーの缶のプルタブを起こすと、小さな破裂音の後に缶の中から気泡が弾ける音がする。

 

「ほれ」

 

 今日の散歩には、珍しく俺から声をかけて誘った連れがいた。プルタブを開けたサイダーを隣に座る今夜の連れ、妹の小町に渡す。 

 

「うわぁ。なんかさ、缶の中から波の音がするねっ」 

 

 しゅわしゅわ弾ける炭酸の音が、波の音のように聞こえたのだろうか。

 比企谷小町。我が妹ながら中々の詩人である。比喩表現が適当かどうかは別にして。

 あと動画返して。マジでマジで。

 

「はは、じゃあ今俺たちは海をこの手にしてるってことか。まるで海賊王だな」

 

 忘れてはいけない。

 手にしているのは350mlのアルミ缶で、眼前に広がるのは周囲4kmほどの小さな湖である。ついでに言えば、高原で在るが故に伊豆高原には海など何処にも見当たらない。

 ましてや語ったのはこの俺だ。海賊王どころか、大海を知らない井の中のヒキガエルである。

 

 予想通りというべきか、俺を見る小町の視線はサイダーよりも冷え切っていて、少しだけ俺から遠ざかる。笑い的にも物理的にも引かれてしまったらしい。

 

「小町。そっち虫が多いぞ」

 

 俺の海賊王発言に現在進行形で引いている可愛い妹。その妹の為を思って発した注意が仇となる。盛大な溜息を吐いて俯きながら頭を抱える我が妹も中々可愛く思えるのは異常だろうか。

 はい異常ですね。わかってます。

 

「もうちょっと気の利いた台詞を言えないものですかね、ウチのお兄ちゃんは」

「は?」

 

 兄妹でムードを盛り上げてどうするってんだ。俺ってばお持ち帰りされちゃうのん?

 元々同じ家に住んでるんですけど。つーか今の発言を聞くと、我が妹小町も充分異常である。であるのだが、やはり可愛いものは可愛い。兄妹愛は人を盲目にするのだ。

 独りごちて、ぐびとサイダーの缶を傾ける度に、炭酸の刺激が喉を走る。

 

「お兄ちゃん……なんか変わったね」

「ん、そうか?」

 

 俺は変わってはいない。少なくともその実感は無い。別に、突然魔力に目覚めた訳でもなければモビルアーマーに変形した覚えも無い。

 

「うん、変わった」

「……さいですか」

 

 変わったとすれば、俺を取り巻く環境だ。高校一年までの俺は外界を敵と見做し、被害に遭わぬように一線を引き、自らを深い堀と高い壁に囲まれた場所に隔離し幽閉し、壁の小さな覗き穴から外界を見続けてきた。

 高校二年になり、堀には強引に橋が架けられ、壁が壊された。そして外部の人間が入ってくるようになった。比企谷城、陥落である。

 

「うん、さいですよ」

 

 幽閉されていた時分の俺とコンタクトの取れた数少ない人物、小町が俺を見つめる。

 

「最近の雪乃さんを見るお兄ちゃんの目、すっごく優しい時があるって、自分で気がついてないでしょ」

 

 気づくかそんなもん。俺は終始罵倒されっぱなしのサンドバッグ状態だぞ。どこをどうしたらあいつに優しい目を向けられるんだよ。

 

「結衣さんがはしゃいでるときのお兄ちゃんの目は、心配ってゆーか、ハラハラしてる目かなぁ」

 

 ああ、それはきっと俺自身に被害が及ぶのを警戒してるんだな。ほら俺、平和主義だから。

 スイスと同じく永世中立国だから。

 

「沙希さんを見るときはね、安心感って云うか、すごく穏やかなんだよ」

 

 いやあいつ超怖いから。すぐ睨むし。それに、去年の文化祭の直後から俺を避けてる感じなんだけど。すぐ目を逸らすし。

 

「いろはさんを見るときの目は、びっくり箱を開ける時みたいになんかわくわくしてるの」

 

 どんな面倒な事を押し付けられるかわからない恐怖でビクビク、の間違いだろ。

 

「平塚先生を見る目は……憧れ半分、同情半分、かな」

 

 違う。同情半分、哀れみ半分弱だ。あと尊敬が1パーセント弱ね。

 てかもう目のこと言うのやめてっ。腐ってるのは自認してるからっ。

 

「でも、小町を見るときのお兄ちゃんの目がイチバン輝いてるよっ☆ あ、今の小町的に……」

 

 いつものオチに少し安心して、いつものように返す。

 

「はいはいポイント高いよー」

 

 散々反復してきた定型文の遣り取りに少しだけ頬を膨らませた小町は、ほぅと息を吐いて夜空を仰ぐ。

 

「……前はさ、たまに学校の誰かといるとこ見ても、目どころか顔面が死んだままだったもんね」

 

 中学生の時な。しかもいじめられてる時だな。それ。

 つーか目は今も同じだろうが。ちょっとやそっとの外的要因じゃこの目は変わらない。何たって、長年積み重ねてきた信頼と実績があるのだ。

 

「でもそれが、ここにきてお兄ちゃんの嫁候補は5人……意外とジゴロなんだね、ごみぃちゃん」

 

 おっかしいなぁ。

 俺の中では戸塚ルート一択の筈なんだが。

 ところで小町ちゃん、ジゴロなんて言葉、どこで覚えたの?

 大志か。大志のヤローか。許せんな大志。

 急にこちらを向いてにぱっと笑う小町に、ビクっとする。

 

「ね、ね、結衣さんの胸、柔らかかった? 大志くんのお姉さんのは?」

 

 ちっ。小町め、二次会の様子を見てやがったのか。

 

「あ、あれは事故みたいなもんだろうが。感触なんて……わからん」

「あー、今一瞬考えたぁ。ね、どっちが柔らかかった?」

「そんなもん甲乙つけ……いやいやその手には乗らんぞ」

 

 おっと危ない。由比ヶ浜は「たゆん」で、川崎は「ふわん」なんて思って無いからな。絶対にだ。

 

「ふーん。雪乃さん、かわいそ」

 

 なんで雪ノ下が出てくる。そして何故哀れむ。サイズか、サイズ感の問題なのか。

 何のサイズだ。何のカップ数だ。何カップだ。

 

「別に、そんなもん身体的個性のひとつだろ。ま、無いよりはあるほうが……つーか一色も雪ノ下と同じようなもんだろ」

 

 一色を引き合いに出したのは失敗だった、と気づくも時すでに遅し。その後悔をサイダーと一緒に胃袋に流し込む。

 

「ほほう、よく見てるね~オンナのカ・ラ・ダっ」

 

 語尾に「きらりんっ」とかいう効果音が鳴りそうなくらい最上級の笑顔を引っさげて放たれた余りにも煽情的……いや下衆な小町の言葉の衝撃で、喉が収縮してサイダーが逆流する。

 

「げ、げほっ、かはっ……おまえなぁ」

 

 飲んだばかりのサイダーを噴き出す姿を見てころころと笑いながら、小町は足をバタバタさせる。

 

「思春期だねっ、おにいちゃん♪ あと汚いしキモいっ」 

 

 年下に言われるとムカつく言葉だな”思春期”って。キモいのはデフォルトだから別にいいけど。

 

「でもさ、結衣さんって良い人だよね。今回の誕生会って結衣さんの発案なんだよ」

 

 話がころころ変わる奴だな。しかし。

 そうだったのか。それであいつ、あんなに張り切ってたんだな。でも料理はさせてもらえなかったんだな、一人だけエプロンしてなかったし。

 

「まあ、ありがたいのかもな。こんなに大勢に祝われるなんて、過去最大だわ」

 

 呪われた事ならもっと大人数で経験ありそうなのが怖い。去年の文化祭の後とか藁人形をケース買いされてそうだ。

 

「まったく……素直じゃないなぁ、この人は」

 

 何だよ。俺はいつだって素直だぞ。ちゃんと”嫌”とか”だるい”って言うし。

 

「でも仕方ないか。今までは小町だけだったもんね~」

 

 ま、俺はずっと小町だけでいいんだが。実際それは無理だろうけど。

 以前小町とも話したが、小町だって将来、恋をするはずだ。そしてこれだけ可愛い、気立ての良い妹に好かれる果報者も出現するのだ。

 それが一体誰なのかは皆目見当は付かないが、せめて俺みたいに面倒くさい奴でなければいいな。小町に散々面倒をかけてきた俺がそれをいうのはお門違いかも知れないけど。

 

「まあ安心してよ。しばらくはお兄ちゃんだけの小町でいるから、ね?」

 

 最後にすっげぇポイント高い言葉が放たれた。

 ざまぁみろ大志め。

 

 

 

 小一時間の散歩から戻ると、エントランスの椅子に由比ヶ浜が座っていた。それを見た小町は、さも”空気を呼んで退散するねっ”みたいな笑いを浮かべて足早に去った。

 うざい気遣いを残した小町の小さな背中を見送って、促されるまま由比ヶ浜の横に座る。

 

「……よう」

「う、うん」

「じゃあ」

 

 一言だけ告げて立ち去ろうとすると、ふっと手を掴まれる。

 柔らかく握られた手首に熱が伝わってくる。

 

「こ、これ」

 

 由比ヶ浜が差し出すのは、小さな紙袋。

 

「ひ、ヒッキーのとこへ行く前に……レストランでゆきのんと買ったんだ」

「……開けてもいいか?」

 

 由比ヶ浜の首肯を確認し、袋を開けて中身を取り出す。

 

「なんだこりゃ」

 

 全長七センチくらいか。

 昭和の時代のヒーローのような赤と白の仮面に、ちょんまげが乗っかったキャラクターの人形。

 地元のゆるキャラなのだろうか。でも全然ゆるくないぞこれ。陣羽織着てるし、刀背負ってるし。

 あ、ロボットなのかな。ちょんまげだけど。

 つーか何でこんなものをレストランで売ってるの?

 あれか。ファミレスのレジのとこに訳の解らないオモチャみたいなのを売ってるあのパターンか。

 

「ストラップだよ、可愛くない? ほら、あたしとお揃いなんだ。あ、ゆきのんともね」

 

 色違いの同じものが由比ヶ浜の携帯にもぶら下がっている。

 女子の可愛いの基準って、男子には理解しがたいものがあるよね。きっと由比ヶ浜セレクトなのだろうけど。

 果たしてこの”ちょんまげロボ”ストラップを黙って雪ノ下が使用するかは甚だ疑問である。

 だが、受け取れと云われるのならば潔く受け取ろう。

 

「ありがとな」

「うん。あ、貸して。スマホも」

 

 由比ヶ浜は、んしょ、んしょと呟きながら俺のスマホにちょんまげロボのストラップを付け始める。

 その不器用な手先を見つめること5分。

 

「ふぅ、できたー」

 

 ようやく俺の手にスマホが返還される。

 しかし、あらためてスマホに付いてるのを見ると。

 

「……でかいな。これって、本当にスマホ用のストラップか?」

「そーだよ、たぶん」

 

 うわー、こいつ適当だなー。

 まあ、いいや。今更外すのもアレだし。せっかくだし。

 

「ん、わかった。ありがとな、大事にするわ」

 

 でかくてごつい、どう見てもスマホのストラップにはそぐわないよな、これ。

 しかし、せっかくの頂き物だ。無碍に扱っては罰が当たる。

 

「大事に……して、くれるんだ」

「当たり前だ。おまえらから貰ったものを雑に扱ったら、小町や雪ノ下からどんな非道い仕打ちを受けるか──」

「理由が悲しすぎる!?」

 

 苦笑いで突っ込む由比ヶ浜を見つつ、スマホをポケットに仕舞った。”ちょんまげロボ”のストラップの違和感を指で確かめながら。

 




今回は比企谷兄妹がメインでした。
結衣が八幡に渡した"ちょんまげロボ"。
もし興味のある方は「セッシャー1」でググってみてください。
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