ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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今回はゆきのん&由比ヶ浜の仕返し回。


36 夏の三角

 

 由比ヶ浜も雪ノ下も、手の中の小さなペンダントをじっと見つめている。

 

 やはりペンダントでは重かったのか。

 それとも知らぬ間にまた何かやらかしてしまったのか。

 

 思えば昨年のクリスマス。柄にもなく彼女らに何か贈り物をと考えた時、アクセサリーの(たぐ)いは重いと断じ、無難なシュシュにした。

 それを、今回は押し通した。

 合宿前にネットでウィンドゥショッピングをしていたのが運の尽きと云うべきか。

 見つけてしまったのだ。天使の羽根をモチーフとした、二人に似合いそうな、小ぶりな銀のペンダントを。

 

 そして気がついたら……ポチっていただけ。だから俺は悪くない。

 悪いのは、素晴らしく可愛いデザインのペンダントと、うっかりマウスをクリックしてしまった俺の指だ。

 

 つーか、文句があるのならとっとと返品なり廃棄なりしてくれ。無言でペンダントと俺を交互に見つめるおまえらの様子とか、不安で心臓に悪影響過ぎるから。

 

 相変わらずの無言、いや、何か言い淀んでいる様子でちらちらと俺を見る二人。

 そのうち、先に行動に移したのは由比ヶ浜だった。

 

 由比ヶ浜は受け取ったばかりのペンダントをぐっと握り込んで、差し出してくる。

 何、やっぱり返品ですか?

 渡した時は結構喜んでるように見えたんだけど。

 

 しかし、由比ヶ浜から発せられた言葉は、予想を斜め上に裏切るものだった。

 

「ね、ヒッキー。これ……つけて?」

 

 動揺する間もなく、続けて雪ノ下もペンダントを乗せた手を差し出してくる。

 

「わ、私も、その……お願い、できるかしら」

 

 やばい。想定外だ。これはマジでやばい。

 ペンダントを着けるってことは、首の後ろで金具を繋ぐということ、即ち二人の首筋、つまりうなじが丸見えになるということで、それは……もうわからんっ。

 つーかもう、女子二人で着け合えばいいんじゃないのかね。それで万事解決、オールオッケーだよね。

 そんな思いを視線に込めて二人を見つめるが、まあ俺の腐った目では伝わらないよな。目は口ほどにモノを言うと云われるが、普段教室では俺の口は滅多に言葉を発さない。

 つまり俺の目は、口と同様にモノを言わないのだ。

 

 数秒後、俺は項垂れる。

 ──彼女らの粘り勝ちだ。

 

「……はあ、わかった」

 

 由比ヶ浜は後ろを向いて待つ。雪ノ下は長く流麗な黒髪を持ち上げてスタンバイに入っている。

 ガリガリと精神力を削られながら、二人の首筋を舐めるように、じゃない、柔肌を傷つけないように慎重にペンダントを装着する。

 

 作業が終わった時には、すでに俺のHPゲージも顔面の色もレッドゾーンだった。

 それぞれすっげぇ良い匂いがしたのは胸の中、思い出の小箱に仕舞っておこう。ちなみにその横には「黒歴史」と殴り書きされた段ボール箱が山積みにされているのは内緒だ。

 

「──ほれ、できたぞ」

 

 二人の美少女にペンダントを着けるという過酷な追加ミッションを達成した俺。その足元がよろけるのを横目に、二人は向かい合って互いの胸元を見つめる。

 

「わぁ、ゆきのん、すごく似合ってる」

「あ、ありがとう、あなたも似合っているわ、由比ヶ浜さん」

 

 雪ノ下の透ける様な白い胸元にはピンクトパーズの小さな輝き。由比ヶ浜の豊かな胸元にはブルーサファイアの淡い煌き。胸元にそれぞれの輝きを携えた二人は、顔を見合わせながら恥ずかしそうに笑っている。

 

 その光景を、これまた恥ずかしい、いやきっと気持ち悪い顔で見ている俺がいる。

 いつ罵倒や悪口が襲ってきても耐えられる様にと覚悟を決めていると、予想していた事態より先に柔らかい微笑が向けられた。

 

「ありがとう、ヒッキー」

「比企谷くん、ありがとう」

 

 笑顔を咲かせた二人は顔を見合わせて、図ったように同時に俺に柔和な視線を向ける。

 

「でも、私達は何もお返しを用意していないのだけれど」

「あ、そうだよね。どうしよう……」

 

 お返し。それは全く期待していない。

 まずこの贈り物自体がサプライズ、即ち抜き打ちなのだ。

 もし彼女等がお返しと称して何かを俺にくれたとしたら、それも彼女等が予め用意した”抜き打ち”で、つまり抜き打ち同士の激突となってしまう。

 抜き打ちって嫌だよね。特に週明けの数学の抜き打ちテスト。ただでさえ憂鬱な一週間の始まりが漆黒に彩られて、うっかりそのまま闇堕ちしそうになる。

 

 思考が脱線したが、つまり通常のプレゼント交換の類ではないということだ。二人が何も用意していないのは当然であり、もしも用意されていたら、それではサプライズ失敗なのだ。

 

 だが、目の前の彼女達はそれで納得するだろうか。

 表面上は納得してくれるだろうが、それが二人の本心とは限らない。

 よって俺は、偶然降って湧いたふたつの言い訳を告げるためにスマホを取り出す。

 

「気にしなくて良いぞ。俺が勝手にしたことだ。まあ、誕生会もしてもらったし、変なストラップも貰ったし、な」

 

 小町の話によれば、俺の誕生会を企画したのは由比ヶ浜だ。多分雪ノ下は真っ先にそれを聞き、協力したのは容易に想像できる。

 そして今、スマホの背面にぶら下がるのは、昨晩由比ヶ浜に装着された、ちょんまげロボの巨大ストラップ。由比ヶ浜の話によれば、これは二人で選んでくれた物だ。

 

 ならば。

 そのお礼ということで、何とか納得して貰えないでしょうかね、ご両人さん。

 印籠のように突き出した「ちょんまげロボ」の向こう、額に手を添えて溜息を吐くのは雪ノ下雪乃。

 

「どうしてこの男は……この期に及んでそんな台詞しか吐けないのかしら」

 

 どの()に及んでいるかなど知るか。

 うっかりここで素直に、今までおまえ等にはもっと素敵な思い出をたくさん貰ってるからペンダントはその些細な感謝のしるし、なんて言っちまったら、数々の修羅場から逃げまくってきたエリートぼっちの沽券に関わる。

 だから絶対言わない。絶対にだ。

 

「まあまあ、そういうの全部ひっくるめてヒッキーらしいじゃん」

 

 それ、たいしてフォローになってないからな。

 

「そうね、気の利いた台詞を求めるのは、日本語を覚えたてのこの男には少々酷ね」

 

 あのー、これでも国語だけは学年三位なんですけど。

 この期に及んで俺を蔑むのはご遠慮願いたいのですがね。

 つーか返せ。今すぐペンダントを返せ。戸塚に渡してくるから。

 でも、戸塚に合いそうなのは赤いガーネットなんだよな。まさに情熱の赤。魔術師の赤(マジシャンズ レッド)でも無ければ、海老名さんが好みそうな薔薇の赤でもない。

 

 由比ヶ浜が胸元のペンダントをきゅっと握って俺を見上げる。

 

「でもさ、もし今日からドキドキしちゃって、勉強が手につかなくなったり眠れなくなったら……ヒッキーのせいだからねっ」

 

 は? なんで?

 なんでここで責任問題に発展するのん?

 何でもかんでも責任の所在を明確にしようとするのって、最近の悪い風潮だと思うよ、俺は。

 

「そうね、もしも私たちが受験に失敗したら、キザ谷くんに責任を取ってもらうしかないわね」

 

 なに? なんで雪ノ下にも責められてるの俺。キザ谷って誰?

 つーかサプライズってこんなにハイリスクなのん?

 小町ちゃん助けて……あ、小町ちゃんたら向こうで花火してらっしゃるのね、そういえば。

 ここは孤軍奮闘、単独突破しかないのか。いやむしろ突破しないで逃げるという手もある。

 

「なんでそうなるんだよっ、俺はただ軽い気持ちというか、お礼のつもりで……」

 

 手をモジモジ。口はモゴモゴ。視線はキョロキョロ。

 ああ、相当キモいな俺。まるでキモい要素のグランドスラムだ。

 キモさのデパート、いや総合卸問屋だ。

 なんて思っていたのだが、残念ながらそのキモさは二人には伝わらないようで、相変わらず悪い微笑を並べている。

 

「あら、軽い気持ちで私たちに期待を持たせたのかしら?」

「はひゃっ……え?」

 

 これでもかと身体を寄せてきた雪ノ下は、身長差を生かして真下から小首をかしげながら俺の顔を覗き込む。その距離僅かに十センチ。超接近戦である。対する俺は、妙な声しか出せない。完全なる敗北である。

 

 幕之内一歩でも手こずりそうな超インファイトを仕掛けられて動揺していると、雪ノ下の友人兼タッグパートナーも攻撃を仕掛けてくる。

 

「じゃあ、あたしも軽い気持ちで……えいっ」

 

 由比ヶ浜は自分の最大の武器である二匹の巨大スライム、スラっちとスラぞうを操って、むにゅむにゅと俺の左腕にデンプシーロールを仕掛けてくる。

 くそっ、ジャブを封じられたか──と巫座戯ている場合ではない。

 

 ──隊長、超緊急事態でありますっ。雪女とスライム二匹に囲まれましたっ。

 よし、攻撃は最大の防御だ。まずは全軍、二匹の巨大スライムに突撃だ、揉めぇー!

 …………。

 はい却下。できるかっ。

 

 つーか俺の脳内の作戦参謀、超不甲斐無いし超エロいな。

 いかん、また思考の軸がズレちまった。

 

「ね、本当のこと、教えて」

「──そうね、私も知りたいわ。だって、全然あなたらしくないじゃない」

 

 由比ヶ浜が見上げてくる。雪ノ下もそれに追随し、俺を含めた三人の視線が交差し、絡まり合う。

 

 ま、そんな物を急に贈られたら、当然疑問に思うわな。

 どうする。本当のことを言っちまうか。

 いや待て。そんなことしたら蔑ませるだけじゃ済まないかも知れない。良くても爆笑はされるだろう。

 

 今回のサプライズの本当の理由は、そんな些細なことだから。

 

「嘘や虚言、妄言では無く、本当の理由を聞かせて欲しいわ」

「だねっ、あたしもヒッキーの本心、知りたい、な」

 

 まずい、愚考している間に先手を打たれた。

 しゃーない、腹をくくるか。

 

「あー、だいぶ前になるけどな──」

 

 

 

 由比ヶ浜の十八歳の誕生日が過ぎた、或る寝苦しい夜の夢だった。

 夢の中、俺が乗っていた銀河鉄道の客車の席は半分近く埋まっていた。

 だが、銀河を走る列車が駅へ停まる度に、客車は空席が増えていく。ついには小町までもが居なくなった。

 

 最終的に残ったのは、由比ヶ浜と雪ノ下だった。

 この時、夢の中の俺は楽観的過ぎたのだろう。この二人だけは終点の南十字まで一緒だと思っていた。

 タカを括っていたんだ。だから俺は座席に沈み込んで居眠りを始めた。

 

 けれど、銀河鉄道が終点の駅に滑り込む前、ふと視線を上げると、気がついた。

 

 二人がいない。

 

 慌てた。取り乱した。我を忘れて客車内を駆けずり回った。他の車両も全部回った。

 しかし、誰もいなかった。

 

「──それで、あなたはどうしたの?」

 

 ……泣いた。

 悲しかった。

 一人が悲しかった訳では無い。

 俺が理解したかった相手が、目の前から忽然と消えたことが悲しかった。

 その時の感情には未だ名前はついていないけれど、すごく悲しかったのは偽らざる事実だった。

 

「……ヒッキー、ごめんね」

 

 ただ夢の中の話をしているのに、由比ヶ浜は目に涙を溜めて謝罪する。

 

「いや、俺の勝手な夢の話だ。おまえが謝る必要は──」

「それでも、だよ。ごめん」

「そうね、私も、ごめんなさい」

「おまえもかよ、だから別に──」

 

 たかが夢の話。

 そんな理由でサプライズを計画したなんて話、俺だったら嘲り笑ってしまうかも知れない。

 でも。

 この目の前の二人は。

 

「ちゃんといるよ。ゆきのんも、あたしも。だから……泣かないで」

「──え」

 

 自分の頬を確認すると、水が、垂れていた。

 

「あ、あぁ、俺、は……」

「……安心なさい。少なくとも私、いえ私たちは、あなたに何も告げずに居なくなったりはしないわ。だから、あなたが泣く理由はここには無いのよ」

 

 滲んだ視界にハンカチが映る。そのハンカチを差し出す手の先、ピンクのシュシュが手首に見えた。

 

「……悪い、雪ノ下。借りるわ。ちゃんと洗って、いやクリーニングに出してから消毒して返すから」

「馬鹿ね、そんな気遣いは無用よ」

 

 雪ノ下が柔らかな微笑みを向けてくる。その隣、由比ヶ浜は何故かもらい泣きの最中だ。

 

「ぐずっ……ゆきのん、あたしにもハンカチ、貸して」

「あいにく一枚しか無いわ。だから、今はこれで我慢なさい」

 

 由比ヶ浜の目元を濡らす雫を、雪ノ下の細い指が拭った。

 

 

 

 

 

 五分。いや、十分くらいだろうか。

 海から吹く夜風に包まれたまま、三人で身を寄せ合っていた。

 涙が止まると、その状況が大変まずいことに気がつく。

 普段は一定の距離を置いていた筈の二人が、すぐ傍にいる。いや、肩や腕はもう触れている。

 

 由比ヶ浜と雪ノ下の吐息が、身体に籠った熱が、俺の脆弱な中枢神経を侵す。つまり、貞操観念崩壊ちゃーんす!

 ──もとい、大ピンチだ。

 

「お、おい由比ヶ浜、抱きつくなよ。ほら雪ノ下も離れろって。小町が……」

 

 勿論詭弁だ。小町が気づくわけは無い。だって、まずここは小町のいる集団から肉眼で見える距離ではないのだから。夜なら尚更だ。

 と、そう思っていたんですけどねぇ。

 

「……とーっくに気づいてるんですけどねぇ」

 

 数歩ほど離れた場所で、しゃがみ込んだ小町が目を爛々と光らせてニヤニヤと笑っていた。今のこいつなら肉眼でプレアデス星団の星を細大漏らさず全て数えられそうな気がする。

 

 急いで由比ヶ浜を引き剥がしつつ雪ノ下から離れ、よれよれになったTシャツの襟首と裾を直して、咳払いをひとつ。

 

「で、なぜ小町がここにいるんだよ」

 

 小町め、気配を殺して足音もさせずに近寄って来やがって。気殺(けさつ)はぼっちと暗殺者(アサシン)の専売特許だぞ。

 

「なーんか甘い匂いがしたから、来ちゃった。てへっ」

 

 甘い匂いってなんだよ。確かにマッ缶ばっかり飲んでるけど、俺はまだ糖尿じゃないぞ、多分。

 

「甘い、甘いよおにいちゃんっ。小町は何でもまるっとお見通しなのですっ。しかし」

 

 小町も近寄ってきて俺の顔を下から覗き込む。

 三対ぼっちか──、よし、土下座ちゃーんす!

 

「なーんでおにいちゃんはフラグを二本もビンビンにおっ立てといてそんなこと言えるのかねぇ……あ、フラグは二本だけじゃないかも。小町のも含めてねっ♪」

 

 云いたいこと云ってきゃろんっと笑う、作った無邪気さが非常にあざとい。一色の悪影響がここまで深刻とは……大志め、許さん。

 と、妄想の中で大志に八つ当たりしても始まらんか。

 

「はあ、小町ちゃん。ビンビンにおっ立てるなんて、言葉遣いがはしたないわよ。あと顔があざといわ」

 

 ここ一発、自慢の物真似で乗り切ろうとするが、すぐ目の前に本人がいては……無理な話でした。

 

「……一体それは誰の真似なのかしら、ごみいちゃん?」

 

 俺のほぼ真下、髪を肩から払いながら上目遣いで雪ノ下が悪い顔で笑う。

 ぷぷっと由比ヶ浜が笑いを漏らす。その微動で2匹のスライムが更に攻撃してくる。主に右側、スラっちのほうが。

 

「おおっ、ついに雪乃さんにまで”ごみいちゃん”呼ばわりされた~」

 

 小町と由比ヶ浜が笑い転げる中、雪ノ下が拳を握って小さくガッツポーズをしたのは内緒にしておこう。笑いを取れたのが嬉しかったんだな、うん。よかった。

 

 まあ、紆余曲折あったけど、これで今回の合宿での目的は達成できた。あとは速やかに帰郷して、自宅の部屋で枕に真っ赤な顔を埋めながら足をバタバタさせてこの合宿を総括するのみである。

 

「なにはともあれ……ありがとう、大事にするわ。あなたの形見」

 

 ナチュラルに故人にしないでくれませんか雪ノ下さん。

 

「ありがとうねヒッキー。大切にするっ」

 

 揺らすな揺らすな由比ヶ浜、つかくっつけるなっ。

 ま、喜んでくれりゃ何でも良いけどよ。

 こいつらの笑顔が見れりゃ、今はそれで重畳だ。

 

 

 




おっと、気づけばこの物語も残りあと4話。
ここまでお付き合いくださって、本当にありがとうございます。
次回もお読みいただけたら、もっと感謝します。
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