筆者の独り善がりマックス回w
恥ずかしい初体験、「はじめてのさぷらいず」を瀕死になりながらもやり遂げた俺は、夜の潮風を浴びつつ上昇した体温を冷ましていた。
先程まで俺に”ペンダント装着”という心の陵辱プレイを課していた二人は、今はそれぞれ別個に夜の海を楽しんでいる。
波打ち際に沿って砂浜を歩く雪ノ下雪乃の足跡は、遠慮がちに光りを放ちつつ沈む半月に照らされ、目を凝らして漸くその名残りが見て取れる。
由比ヶ浜結衣が水面から高く蹴り上げた水飛沫は、流星群のように光を撒き散らしながら、元の水面に降り注ぐ。
俺はといえば、小町と並んで砂に腰を下ろして温くなったサイダーの缶を傾けつつ、ぼんやりと二人の美少女が夏を惜しむ姿を、その幻想のような光景を見つめていた。
夜空に広がる星のパノラマに目を遣ると、まるで此処が宇宙の入口で、俺達は神様の目を盗んで楽園に紛れ込んだ罪深き下界の住民に思えてくる。
さながらそれは、運命という神の裁きを恐れながらも、束の間の異世界を楽しもうとする矮小な存在。
異郷の夏の夜という名の異世界の中、少女たちはその足跡を、その飛沫を、自己主張のように発生させる。それらはすぐに打ち寄せる波に消され、或いは飲み込まれて世界と同化する。
遠く、連中が放つ花火の群れは多くの光の粒子を舞い散らせ、やがてそれぞれは闇に収束し、その近くで再び光の粒子が弾ける。
そこに存在するすべては抽象的かつ刹那的で、ともすれば瞬きの間に眼前から失われそうな感覚に陥る。
水面から手を振る少女に、波打ち際をトレースする少女は微笑みを返す。二人の少女の視線は俺という闇に吸い込まれるように収束し、やがて拡散する。
長い間、今までの人生の大半を闇ばかりに目を凝らしてきた俺にとっては、そのどこか浮世離れした光景は星明かりの下でも煌々と輝いていて、闇に慣らされた目を細めたくなるような眩しさを感じてしまう。
二人の少女から放たれたその光の粒子は、まるで俺の闇を対消滅させるかの意図を持ち、俺の中の燻りに衝突し、仄かな感情を増幅し、加速させる。
それは、感傷以外の何物でもない。
「ヒッキー!」
宇宙の入口の向こう、水面に足を突き刺すように立つ由比ヶ浜が導く様に手を振る。その声音は誰よりも透き通っていて、優しく強い。
雪ノ下は、何も云わずに宇宙の入口の縁あたり、波打ち際を離れてこちらへ歩いてくる。その瞳に反射された光は何よりも澄んでいて、俺を捉えて放さない。
俺は、二人の天女による眼福を網膜と脳裏に必死に焼き付けながら、存分に今年の夏を惜しんだ。
足下を砂に取られながら歩み寄る雪ノ下に呼応して、立ち上がって衣服に付着した砂を払う。
少しだけ嫌そうな溜息を吐くのは、せめてもの俺の意地だ。
由比ヶ浜は、海と砂浜との境界線の少し先で、相変わらず細波と戯れている。
「見て見てヒッキー、水がキラキラ光ってるよ」
ばーか。キラキラしてるのはお前らだろ。なんて黒歴史級に超恥ずかしいことを思ってしまうのも夏の仕業なのだろうか。
まあいいさ。今更赤面するような黒歴史がひとつ増えたところで、帰宅後の悶絶バタ足の回数が倍になる程度だ。
由比ヶ浜の示す方向。目を凝らすと、確かに水面に光のようなものが漂っている。しかしその淡い緑の光は、恒星の放つ光とも人工的な光とも違う。
即ち、十中八九あれは生物が発する光だ。
「比企谷くん、あの光はもしかして……」
「ああ、たぶんそうだ」
八月の中旬、夜に海岸線近くで確認できる、光を発する、或いは反射する海の生物。
そこから導ける結果は、ひとつだけ。
「馬鹿っ、すぐ上がれ! それクラゲだぞっ」
「えっ……うわっひゃあぁぁぁぁ──!」
水面の光を掬い上げようと躍起になっていた由比ヶ浜が一変、叫びながら飛沫を上げて走ってくる。その様子があまりにもコミカルで、思わず笑ってしまう。
「もー、ヒッキー。さいてー」
膨れっ面をぷいと背け、由比ヶ浜は雪ノ下に視線を移す。
「……くっくっくっくっく……」
雪ノ下も肩を揺らして笑っていた。きらきらと光の粒子が雪ノ下の笑顔から零れる。
「ゆきのんまで、ひどいよっ」
ぷんぷんと頬を膨らまして腕を組み、それによりたわわな二つは存在をさらに主張している。
「ごめんなさい由比ヶ浜さん。だってあなた、まるで子供みたいで……」
「むうぅ〜、えいっ」
何かが限界に達したのか、由比ヶ浜はムキーっと叫びながら雪ノ下を砂浜に押し倒す。
「きゃっ」
砂の上。重なり合う美少女ふたり。
おお、遂にゆるゆりからガチゆりに進むのか、大事件なのか、めぐりせんぱーい、などと冷や冷やニヤニヤしていると、ガウッと吠えた由比ヶ浜は、今度は俺に飛び掛かってくる。
まるで犬、そう、でっかいサブレみたいに。
由比ヶ浜=巨大(サブレ+2スライム)の勢いに負けた俺も、砂に押し倒されてしまった。
……。
結局、奉仕部全員が夜の砂浜に横たわってしまった。
あーあ、砂塗れだ。車に乗る前によく払わなきゃならなくなった。髪も念入りに洗わなきゃ。
「……ヒッキー」
天の川を仰ぎながら由比ヶ浜が呟く。
「なんだよ」
案外柔らかく寝心地の良い砂浜に仰向けで寝転んで、満天の星空を見上げる。視界の右の端っこで、青いシュシュが着けられた由比ヶ浜の手が星空へと伸びる。
「あたし、一生忘れないよ」
なんだそれ、今生の別れか。なんか転校しちゃうみたいじゃんかよ、俺が。
今度は左の視界の端に、ピンクのシュシュが天に掲げられる。
「私も……忘れないわ」
素直な雪ノ下も、まあ、たまには良いな。うん。
こういうときの台詞ってどうすれば良いんだろう。経験値不足も甚だしいな。
「あー、あれだ。俺も忘れない、多分」
俺ってさ、こういう時に何故”多分”なんて余分な言葉をつけちゃうんだろうね。
忘れたくても忘れられないくせに。
「でもまあ……」
俺は上体を起こし胡坐をかいて背筋を伸ばす。
かなり想定とは違うけど、このサプライズ、最後はこう締め括ろうと決めていた。
「まあ、こんな奴だけど、これからも、何卒よろしくお願いします」
二人に対して、時代劇の戦国武将がやるように胡坐のまま深々と頭を下げる。
最敬礼。それが全てに答えを出せないでいる俺の、せめてもの礼儀だ。
時間稼ぎに過ぎないことは解っている。
解っている自分が妙に恥ずかしく、情けない。
皆のいる場所へ戻った俺たちを迎えたのは、詰問という名の辱めだ。
「せんぱいっ、三人で抜け駆けしてどこ行ってたんですかぁ?」
「ただの奉仕部の会合だよ」
やっぱ一色はそうくるよなぁ。思わずキョドって不自然な言い訳をしちまった。
「あら比企谷くん、とうとうお姉さんを"お義姉さん"と呼ぶ日が来たのかなー?」
何故そうなる。陽乃さんは怖いので早いとこ魔王の居城へお戻りください。
「ところでさ……なんで二人がお揃いのシュシュなんか着けてんの」
雪ノ下と由比ヶ浜の手首にある異質な存在に気づいたのは川崎沙希だ。
それは言わない約束でしょ川崎さん……あ、そんな約束してないや、てへ。
「あ、こ、これはね、ヒッキーが去年……」
思わず腐った目を覆い、項垂れる。
いうなよ由比ヶ浜。いうならせめて口籠もるな。さらっと話せ。本気で恥ずかしいんだよ。俺の足バタバタの回数が倍々ゲームで増えるんだよ。
「あー! お揃いのペンダントもしてるっー、まさかそれも!?」
突如一色が叫び声を上げる。おまえって、あざといだけじゃなく目ざといのな。
あとうるさい。
一色の叫びを皮切りに、わらわらと葉山たちリア充軍団やら元生徒会長、挙句の果てに売れ残り美人教師までが集まってくる。あと天使もね。
「ヒキタニくんやるぅ~、さあその調子で次は隼人くんと……ぶはぁ!」
「ちょ、姫菜、鼻血鼻血っ」
よしっ、腐女子とオカンの二人は退場っと。
「すごいね、素敵だね。はちまんっ」
よし、帰ったら戸塚にも情熱色のガーネットを──
「ぐぬぬ、何故八幡ばかりが……ゲフッ」
おまえと大志は帰ってよしっ──はっ、殺気!
気づいた時には既に遅く、売れ残り美女の殺気に満ちた視線を捉えた瞬間だった。
「比企谷ぁ、歯を食いしばれっ」
「ぐはぁっ!」
平塚先生の攻撃はいつもの拳ではなく、胸部で当たってくるボディプレスだった。
「ヒ、ヒッキー!?」
結構な質量のスライム二匹プラスアラサーの体当たり攻撃に吹っ飛ばされた俺は、顔面から砂に突っ込んだ。
あーあ。夜の砂浜に埋まるのは今日二回目か。何なら人生で二回目かも知らん。
夏って、案外痛くて柔らかいのな。
ちょっとだけ語らせてください。
元々この物語は、この回の前半部分の情景描写をしたくて書き始めました。
謂わば、その2000文字足らずの部分がこの20万文字にわたる物語の出発点であり、終着点です。
しかし、物語はあと3話続きます。
家に帰るまでが合宿なのですっ。