ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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八幡たちの恥ずかしい夜が明け、気がつけば合宿最終日。



38 夏のモノローグ

 

 

 合宿最後の夜が明けた。

 昨夜のサプライズ実行のせいで精神的にも肉体的にも疲労困憊だった俺は、余計な夢を見ることもなく朝を迎えられて、少しだけ安堵する。

 

 さて、主に俺が原因の出来事が色々あった合宿もようやく最終日、帰郷の日を迎えた。

 

 川崎沙希と小町の手による安定感のある美味い朝食を摂り終える。今日も浅漬けは美味しかった。その後、昼までは合宿恒例の自習タイムだ。

 

 雪ノ下は由比ヶ浜に付きっ切りでゆるゆりと個人授業をしており、葉山は三浦、海老名、戸部を一手に引き受けている。

 他のテーブル、戸塚と材木座はめぐり先輩に師事し、俺と川崎は小町と大志の面倒を見る。

 平塚先生は全体を見守りながら、たまに陽乃さんと言葉を交わしている。

 

 この合宿中で幾度か見た光景。これこそ高校生の本分だ。相変わらず一色だけは四つのテーブルをふらふらしているけど。

 まったく、落ち着きも威厳も無い生徒会長だ。

 

 小町と大志の勉強がひと区切りつくと、俺と川崎は戸塚の横に陣取って、めぐりん先輩のほんわか講義に傾注する。テーブルの角に追いやられた材木座が無駄にデカい身体でしゅんとしているが、大勢に影響は無い。

 その間、小町と大志は平塚先生や陽乃さんと話をしている。陽乃さんの悪影響が小町に無いことを祈るばかりである。

 

 ふと、由比ヶ浜と雪ノ下のテーブルに目がいく。

 二人の手首には色違いのシュシュ。その胸元には昨夜贈ったばかりのペンダント。

 はたと、二人は俺の視線に気づく。

 次の瞬間、三つの視線は触れ合って、何かしらの色を残しては順々に散っていく。

 

 もしもこの先。この先があるのなら。

 

 いつか俺たち三人の視線はバラバラの方角を向いてしまうかも知れない。そしてそれは二度と交わらないのかも知れない。或いはその中の二人の視線だけが交わり続けるのかも知れない。

 

 それでも、それでも俺は──

 雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣。

 

「比企谷、集中しな」

「そーですよせんぱい、高校生の本分は学業なんですから」

 

 川崎沙希、或いは一色いろは。

 或いは……未だ見ぬ、他の誰か。

 

 先のことは誰にも解らない。未来は誰にも知らされてはいない。だからこそ今、もがき、苦しみ、悩むのだ。

 

 二度と戻れない時を、少しでもしっかりと前へ進むために。

 今よりもマシな自分を、未来の自分に手渡すために。

 

 

 

 夏の風物詩、素麺で簡単な昼食を済ませた後、五日間お世話になったペンションの清掃を皆で分担して行うこととなった。

 人数の多い女子たちは各部屋と食堂、キッチンの掃除を、人数に劣る俺たち男連中は、浴場の清掃と外の草むしりの肉体労働を担当する。

 

 独鬼アラサー軍曹、平塚先生の独断で、俺と葉山、戸部が風呂掃除に任ぜられた。何故戸塚と材木座が二人っきりで草むしりなんだ。何故材木座はにやりとキモく笑ったんだ。

 解せぬ。

 俺と戸塚の仲を引き裂く、何かしらの陰謀説が脳裏を過ぎる。

 

「馬鹿者。おまえは一昨日熱中症で倒れたばかりだろう」

 

 そうでした。

 でもねでもね、昨日炎天下の浜辺にいたけど大丈夫でしたのよ。

 そこで俺は昨日の光景を思い出す。

 夕日の中、俺だけに披露された雪ノ下雪乃の水着姿。

 悶死確実の俺の初サプライズ。

 星空の下の柔らかな二人の微笑み。

 夢のような夜の浜辺の光景。

 

「ナニしてんの、ヒキタニくん?」

 

 戸部の……

 …………

 はっ。いかんいかん。何を悦に入っているんだ俺っ!

 煩悩を振り払うべく黙々とデッキブラシを洗い場のタイルに擦り付ける俺。早々に集中力が切れて喋ってばかりの戸部。話に付き合いながらも手を休めない葉山。三者三様。

 

「いやしかし、色々あったけど楽しかったっしょ~マジ」

 

 戸部、働けよ。口より手を動かせ。

 

「ははは、比企谷が倒れてるのを見たときには、あれで合宿中止だと思ったけどな」

 

 いや本当そう。普通ならそうなったはずだよね。監督不行き届きとやらで。

 仕方ないか。引率の教師がマトモじゃないからな、いい意味で。

 

「まあ、迷惑……かけたな」

 

 慣れない詫びの言葉に、戸部は気さくにニカっと笑ってみせる。

 

「いいっていいって。あれでヒキタニくんの女子人気を見れたし。マジすごかったっしょ、アレ」

「そうだな、すごかった。しかし意外だったな。まさかあの川崎さんが一番取り乱すとはね」

 

 ん? それ初耳ですけど?

 

「あ、ちょーっちょっちょ、隼人クン。それオフレコってことで」

 

 オフレコって何だよ。元々録音なんかしてませんが。つーかされてたら怖いな。

 

「どうして? 云っちゃマズかったのか、戸部」

 

 葉山が戸部に窘められるとは、珍しいこともあるもんだ。

 

「だってさ、ただでさえこじれそうなのに、またライバル登場〜なんてことになったら、結衣とか可哀相っしょ」

 

 戸部の云わんとしている事は大体わかる。わかってしまう自分が自惚れているようで恥ずかしい。

 

「……うるせぇ」

「ま、ヒキタニくん真面目だからさ、ちゃんとするとは思うけど。でもやっぱ友達の味方したいじゃん」

「……そうかよ」

 

 ほんの少し、毛の先ほど戸部を尊敬した。余計なお世話だけど。

 去年の職場見学の前、チェーンメールの件の時に葉山が戸部を評した”ムードメーカー”という言葉が頭を過ぎる。

 こいつは、戸部は葉山グループのムードメーカーであり、今やその人間関係の中で重要なバランサーなのだ。だからこそ葉山も、修学旅行での戸部の告白騒動に戸惑いを見せたのだろう。

 

 去年のクリスマスイベントの前、ディスティニーランドで一色いろはが葉山隼人に告白した際も、戸部はそのお膳立てに骨を折っていた様だ。

 人間関係の構築、維持という面では、未だ仮面を外せない葉山よりも上だろう。即ち、葉山という人間を補完出来得るのは、戸部の様な人物なのかも知れない。

 

「葉山……戸部を離すなよ」

 

 つい口から出た呟き。いや独り言。

 背後から「キマシタワー」という叫びが聞こえ、浴室に反響する。

 くっ……海老名さん、いつの間に。

 

「あ、は、隼人ぉ、あっち掃除終わったから知らせに来たんだけど……ここ掃除しなきゃ」

 

 床に撒き散らされた海老名さんの赤い情熱のほとばしりを甲斐々々しく拭き取るのは葉山グループのオカンこと三浦優美子。

 三浦の印象もだいぶ変わった。当初は女王様気取りの性悪ゆるふわ縦ロールと認識していたが、今では年相応の悩みを抱える、面倒見の良い奴だと思える。

 

「……三浦も、逃がすなよ」

 

 そのお節介な呟きは、誰かに届いたのだろうか。

 床を拭く三浦の頭が僅かに首肯するように動いた気がしたが、それが床を拭く動作のせいなのか、確かめる術は無い。

 

  *  *  *

 

 ペンションの清掃が粗方終わった頃、オーナー夫婦が帰着した。手には紙袋が三つほど提げられている。

 

「お留守番ありがとう。皆さんお疲れさま」

 

 ようやく思い出の地であるイタリアに新婚旅行に行けたと喜び、明らかに出発時よりもラブラブな空気全開のオーナー夫婦の横で、明らかに拗ねる平塚先生。

 この人どんだけ他人の幸せに弱いんだよ、もう。

 

 オーナー夫婦を囲むように皆が輪を作って談笑を始める。輪の中に居こそすれ、もう平塚先生はちょちょ切れんばかりの涙目だった。

 そういえば、少しばかり気になってたことがあったな。

 

「あの、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」

 

 凛とした声音が人垣を掻き分けてオーナー夫婦の耳に届く。

 

「なあに?」

 

 柔らかく、心から幸せそうな笑顔を雪ノ下雪乃に向けるのは奥さんの方だ。

 

「このペンションの名前なのですが」

 

 ほーん。どうやら雪ノ下も同じことが気になっていたらしい。

 

「”Confessione” コンフェッシオーネは、イタリア語で懺悔という意味と解釈していますけれど、何故この言葉をペンションの名前にしたのか、少し気になりまして……」

 

 あ、ちょっと違ったみたい。この言葉の意味はそれだけではないのだよユキペディアさん。

 

「あら、このイタリア語にはもうひとつの意味があるのよ」

 

 オーナーの奥さんが語った、もうひとつの意味。

 

 『告白』

 

 そう、告白だ。俺が気になっていたのは、何故”告白”という意味のイタリア語を命名したか、だ。

 

「ヒッキー、告白だってさ」

 

 笑顔を咲かせた由比ヶ浜が、ピンクの恋愛脳フル回転で俺の肩を揺さぶってくる。その手首には真夏には相応しくない、見るからに暑そうなブルーのシュシュが揺れている。

 なんかそこだけ汗疹(あせも)ができそうだな、それ。

 

「告白の意味は、誰かに想いを伝えるということだけではないのよ。由比ヶ浜さん」

 

 柔らかい微笑を浮かべて長い黒髪を肩から払う、その手首にはこれまた暑そうなピンクのシュシュ。

 ちなみに告白とは、元々はキリスト教において神に対して行う吐露を意味する言葉である。

 

「いやぁ、なんだか結衣さんも雪乃さんも積極的ですね~、沙希さんはどーします?」

「あ、あたしは別に……」

 

 ニヤニヤ顔で川崎を見上げる妹、小町の頭頂部に軽くチョップをかましてやる。

 

「小町、やめれ」

「あうっ」

 

 ほら見ろ、川崎さんが顔を真っ赤にして怒ってらっしゃるじゃないか、多分。

 そんな光景を見ながら、オーナーの奥さんは目を細めて笑っている。依然平塚先生は涙目だ。

 

「そうそう、何故この名前に決めたか、だったわね」

 

 オーナーの奥さんは、照れくさそうに語り出した。

 といっても、単身イタリアに旅行に行った際に偶然にも同級生だった今の旦那さんと再会して積年の想いを告白した。その思い出にあやかってイタリア語の”告白”を命名した、という短い内容だ。

 

 しかし言葉で語ればそれだけのことに、一体どれだけの想いや年月が集約されているのだろう。きっとそこには筆舌には尽くしがたい想いや悩み、出来事がぎっしりと詰め込まれている筈だ。

 

「へえ、ロマンチックですね~」

 

 軽く口に出す一色の顔を思わず一瞥してしまう。こいつ、この奥さんの言葉の重みを想像出来てるのかね。

 

「な、な、なんですかせんぱい。こんなタイミングであたしを見るって事はまさか……はっ、すいませんイタリアに行く貯金も無いくせに今度一緒にイタリアに行こうみたいな目で見られても付き合えませんせめて給料三ヶ月分のお金を貯めて日程を決めてからお願いしますごめんなさいっ」

 

 早口で捲くし立てる一色の、いつもの俺が振られるお決まりのパターンに辟易しているのは俺だけではない。雪ノ下は手を額に当てて渋い顔をし、由比ヶ浜は純度100%の作り笑いを浮かべている。

 つーか、イタリアって給料三か月分無いと行けないの?

 基本給いくらでの計算だよそれ。

 でもまあ当然か、宅配ピザって結構高いもんな。

 学生にとってのイタリアはサイゼリヤ。それで充分だろ。

 安いし美味いし千葉だし。

 即ち、千葉とイタリアは高校生にとっては同位相の存在なのである。

 

「一色さんの戯言は捨て置いて……大変よい話を、ありがとうございました」

 

 一色をあしらった勢いそのままに雪ノ下は謝辞を述べる。

 

「辛辣からの社交辞令だ!?」

 

 再び雪ノ下が額を押さえる。国語教師の平塚先生も頭を抱えている。オーナー夫婦に至っては表情が固まっている。

 

「おいアホの子日本代表、社交辞令は失礼だぞ」

 

 二人に代わって由比ヶ浜を諭す。

 

「しゃ、社交辞令って……すごく社交的にお礼をいう、って意味じゃないの?」

 

 え。この子ったら何いってんの。よく今までトラブルに遭わず生きてこれたな。運の良いヤツめ。

 

「違う。まったく違う。帰ったら辞典で調べてみろよ。小学生用ので」

「ううっ、ひどいよ、ヒッキーっ!」

 

 ぷんすかと憤慨する由比ヶ浜を捨て置き、あらためてオーナー夫妻に礼を述べる。

 

「先ほどは大変失礼しました。とても奇跡的な、素晴らしい出会いをされたんですね。そういう出会いが平塚先生にも早く……ぐはぁ!」

 

 話している途中、絶妙のタイミングで平塚先生の拳が俺のストマックに直撃。

 ごめんなさい先生。由比ヶ浜の失言を取り返す方法がこれしか浮かばなかったもので。

 予想通り、オーナー夫婦は相好を崩して笑ってくれた。

 俺はといえば、がっちりと平塚先生にヘッドロックされている。

 

「比企谷……私をオチに使うな」

 

 この人全部お見通しだぁ。こわいなぁ。

 

 ふんっ、という鼻息と共にヘッドロックから解放されてふと顔を上げると、オーナーの奥さんがくすくすと上品に笑っている。

 

「あなたが比企谷くんね。静からよく聞いているわ」

 

 なになにどういうこと? 当人の許可なく個人情報とか話しちゃいけないんですよ?

 オーナーの奥さんは、俺に笑みを向けたまま語る。

 

「学校の教え子でね、捻くれてるけどすっごく可愛い男の子がいるんだぁ、って」

 

 へ、へぇ。初耳ですな。戸塚かな。戸塚のことかな。

 ちょっと待て。戸塚は捻くれてなんかいないぞ。失礼だな、まったくっ。

 

「ばっ、何を……ま、まあ、とにかく。一同整列っ!」

 

 突然の独身アラサー赤面軍曹殿の号令に、戸惑いながらも一同は並ぶ。そして。

 

「お世話になりましたっ」

 

 平塚先生に続いて皆も礼をする。

 つーかオーナーさんたちって、ほとんどいなかったけど……まあ、いいか。

 

「こちらこそ、お留守番ありがとう。あ、遅くなったけどこれお土産。みんなで分けてね」

 

 最後に渡された紙袋には、読めない単語が書かれた小さい箱が沢山入っていた。

 

「いつか……この中の誰かが恋人同士になったら、また来て欲しいわ、ぜひとも」

 

 ふと幾つかの視線を感じてそちらを見る。が、すでに視線は無く、俺の目は中空を漂う。

 若干赤くなった幾人かの頬を見つめながら。

 

「き、来ます来ます。あーし絶対来ます。告白しにっ」

 

 奥さんの話に一番目を輝かせていた三浦優美子が云う。

 三浦さん乙女だねー必死だねー。

 告白も懺悔も、元は教会で神様相手に行うものなのだけれども、そんな本来の意味を語ったところでリア充どもには通じまい。

 なんせ相手はクリスマスやハロウィンの意味さえ曲解してしまうリア充だ。

 それに、三浦優美子の乙女ちっくな顔を見たら何も云えない。

 色々と怖くて。

 

「さあ、帰るぞ。まず目指すは海老名サービスエリアだ」

 

 平塚先生の大号令と共に、二台のワンボックスカーは一路千葉に向かって走り出す。

 さらば伊豆よ。

 ……。

 あ、尾崎紅葉の記念碑見に行くの忘れてたぁああああ!

 




筆者の中には「とべっち良い奴説」と「材木座良い奴」説が根強くありまして。
今回は、そのとべっち推しの回でした。
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