ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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04 ネコの額とヒキガエル

 

 

 

 痩せ細った月は未だ明るい西の空に姿を残し、木々の枝葉の隙間からこちらを覗き込んでいる。

 時刻はもうすぐ午後五時。

 すでにオーナー夫婦は笑顔でペンションを後に旅立ち、ここには総武高の生徒と関係者だけが残るのみである。二人を見送る平塚先生の背中が悲しみと嫉妬の色に染まっていたのは内緒だ。

 

 既に各々が割り当てられた部屋へ荷物を置いた後である。

 エントランスに集められた奉仕部員三名と、その前に悲しみを堪えて立つ平塚先生。それを取り巻くようにたむろする他の面々。

 

「よし、早速だが奉仕部の三名は畑仕事の身支度を整えろ。あとの者の指示は一色と城廻、任せた」

 

 マジかよ。初日から奉仕活動とは思っていなかった。しかも畑の手入れかよ。思いっきり力仕事じゃねぇか。

 そして徒歩5分。目的の畑に着いたのだが。

 

「こ、これは……」

「うむ。これは」

「そうね、意外だわ」

「うん、ちっさい」

 

 正確には「狭い」のだ。まるで家庭菜園。広さにしたら十坪あるだろうか。

 その狭い畑が細かく区切られて、トマトやキュウリ、ナス、トウモロコシがこれまた所狭しと植えられている。

 

 つーか、こんなにぎっしり植えて大丈夫なのかよ。間引きって言葉、知ってるのかな。最近某サイトで現代知識を活かした異世界チート物を読み漁っていた俺は思わず不安になる。

 それでもトマトは小さいながらも逞しく熟し、キュウリは濃い緑色を身に纏い、ナスは……うん、若干細いかな。

 

「手入れのついでに夕食用の野菜も収穫していくぞー」

 

 どこから取り出したのか、大きな麦藁帽子を被った平塚先生が嬉々として声を上げる。麦藁帽子はきっとUV対策、ひいてはシミ対策なのだろう。頑張れアラサー、目指せアンチ・エイジング。

 

 雑草を引き抜き、害虫を取り除くのが畑の手入れの基本、なのだそうだ。

 作業開始早々、俺は隅っこにしゃがみ込んで黙々と雑草を抜き、たまに作物や葉っぱについた小さな尺取虫みたいなのを駆除していく。畑の真ん中辺りで由比ヶ浜がギャーギャー騒ぎながら虫と格闘しているのを見て、少し和む。

 しかし暑い。西日が強く、しかも風が止まっているから尚更だ。

 平塚先生の麦わら帽子は正解だな。

 

 肥料や水撒きは既に終わっているとのことで、あとは今日の分を収穫だ。

 

「じゃあ、形の悪いヤツから収穫してこうぜ」

「なんで!?」

 

 間髪入れず由比ヶ浜が上げたツッコミらしき声に、雪ノ下は微笑んで応える。

 

「由比ヶ浜さん、形の良い野菜は正規の宿泊客に残しておきましょう。多少形が悪くても味は変わらないわ」

 

 さすが雪ノ下、解ってらっしゃる。

  野菜などの作物は、元来色んな形に育つものだ。スーパーなどの売り場は、それぞれ「らしい」形をした物を選んで並べているだけに過ぎない。

  ところが昨今では、不格好な野菜の方が良いと云う意見もちらほらと聞こえるから不思議だ。何なら多少不恰好な野菜のほうが無農薬っぽくて美味く見える事もあるのだ。

  あとエロく見える事も然り。たまにあるよな、妙に脚線美をアピールしてくる大根とか。

 

「ナスが美味しそうね。今日はナスを使って野菜カレーにしましょうか」

 

 いいねえ、夏はスパイスが効いた辛いカレーが美味い。汗ダラダラ流しながら食べるカレーって、なんであんなに美味いんだろ。

 

「じゃあ、あたしナンを焼くねっ」

 

 おいおい、地獄の料理人由比ヶ浜の手によって合宿初日で全員ご臨終かよ。そんな事件はコナンくんでも解決できないぞ。

 というのは大袈裟かも知れないが、どうせ食べるなら美味い方が良い。

 

「──じゃあ俺は、ご飯を炊くか」

 

 すかさず由比ヶ浜の恐怖過ぎる発言に保険を掛ける。こんな異郷の地で死んでたまるか。

 

「あたしのナンの立場っ!?」

 

 ぷんすかと膨れっ面の由比ヶ浜に、友人である雪ノ下の柔らかいネゴシエーションが行われる。

 いかんな、ついつい意識高い系の言葉が出てしまった。も一度ろくろを回して反省しよう。

 

「由比ヶ浜さん、ここは日本よ。大人しくご飯にしましょう。それと比企谷くん、手つきと目つきがこの上なく気持ち悪いわ」

 

 説得に集中しているかと思ったら、しっかりこっちを見てやがった。

 

「目つきは関係ねーだろ」

 

  勝手に突っ込みどころを増やすな。まったく、ひと言余計なんだよ。

 

 結局合宿初日の夕食作りは、雪ノ下雪乃と川崎沙希、それに妹の小町が担当した。

 去年の夏の合宿やバレンタイン企画の仕事っぷりに裏打ちされた、安心安全、信頼と実績の料理人たちである。

 そして俺は、どうしても料理に参加したがる最終兵器由比ヶ浜結衣を止める係に大抜擢された。皆の無事は俺の双肩にかかっていると言ってもいい。まさに影の功労者、縁の下の何とかである。

 

 そんなこんなで、主に由比ヶ浜に関する紆余曲折を経て初日の夕食が完成した。

 ふう、疲れた。由比ヶ浜が両手に桃缶を持った時にはさすがにヒヤっとしたぜ。

 

「みなさーん、夕ご飯が出来ましたよ~」

 

 作ったのは雪ノ下と小町と川崎。なのに、夕食の完成を高らかに宣言したのは一色いろは。

 ある種手柄を横から掠め取られる社会の理不尽さを痛感しながら、由比ヶ浜と俺で食卓に料理を運ぶ。

 

 やっと出番が回ってきた由比ヶ浜は少々ご立腹の様子で、むすっとしながらパタパタと派手にスリッパを鳴らし、食器類もガチャガチャと鳴らしながら運んでいる。

 それにしても、エプロンの横からスライム的な何かがはみ出してるんですけど由比ヶ浜さん。まさかアレ、去年よりも大き……げふんげふんっ。

 

「……ヒッキー、よそ見しないのっ。そこもっとトマト多めだよ。まったく、料理は見た目も大事なのにっ」

 

 ぷんすかと張り切っている由比ヶ浜に「へいへい」と応えると、うんうんと首肯して笑みを浮かべる。

 後でこいつに教えてやろう。料理は見た目よりも、まず安全に食べられることが大事だと。

 だけどまあ、由比ヶ浜の機嫌が良くなるのなら別にいいか。サラダのトマトは残せば良いし。

 人数分の皿の盛り付けが終わる頃、全員が席に着いた。

 

「よし、手を合わせて……いただきますっ」

 

 鬼軍曹ことアラサー独身教師こと行き遅れ残念系ヲタク美人こと平塚先生の号令で、コトコト煮込んだカレーに全員一斉にがっつき始める。

 まずはカレーを一口。

 ……辛っ。

 辛いが、めちゃくちゃ美味い。後を引く辛さというヤツか。裏成りみたいな細い茄子も、カレーに入れたら丁度良い感じである。

 うん、美味い辛い美味い水飲みたい辛い美味い。

 そんな調子で、あっという間に俺のカレー皿は空になる。

 美味いぞ小町。あと可愛いぞ戸塚。

 

「……私も小町さんと一緒に作ったのだけれど」

 

 あれれ、また思考を読まれたぞ。しかし大事なのは態度であり行動だ。

 

「そうか、悪い……頼む」

 

 賞賛の言葉の代わりに、空になった皿を雪ノ下にふいと差し出すと、深い溜息を吐いた後に受け取って飯とカレーを盛ってくれた。

 その様子を数名が見ていたが触れずに置く。もちろん小町のニヤニヤにも反応しない。

 

「……お兄さんと雪ノ下先輩って、何だか夫婦みたいですね」

「「なっ……」」

 

 同時に声を発したのは雪ノ下と俺だ。

 大志の余計な一言のせいで雪ノ下は赤面してぶつぶつ言い出すし、由比ヶ浜は唸り出す。一色は何故かスプーンをガジガジしてるし、それを見ながら葉山は爽やかな苦笑を浮かべる顔がむかつく。

 ほら大志。不用意な発言は空気を壊すんだぞ。わかったら里に帰れ。

 

「ヒッキー、次のお代わりは任せてねっ」

 

 目の前にお代わりのカレーが置かれた状態、ふんすっと息巻いてそう告げてくるのは、料理における超危険分子の由比ヶ浜である。

 

「そんなに食えるかよ」

 

 由比ヶ浜がカレーを盛る。それだけの行為なのに想像しただけで胸いっぱいに不安が広がるのは何故だろう。

 

「わ、我もおかわり~」

「うっす、先輩」

 

 材木座の材木皿を素早く受け取って飯を盛り始めたのは、たまたま近くに立っていた大志だ。こいつ、なんか良く解らんけどパシリ慣れしてるな。実は体育会系か?

 大志に皿を取られて唖然とする材木座のアホ面を見て思わず笑ってしまうと、斜め向かいであむあむと可愛くカレーを食す戸塚も釣られて笑う。

 へへ、戸塚とアイコンタクトしちゃった。

 はっ、まさかこれが……結婚!?

 

「材木座先輩、どうぞっす!」

 

 海賊女帝並みの早トチリをしつつ妄想していると、視界の隅の方、天空競技場のズシみたいな声と共に大志が超大盛りのカレーを渡す。

 男子が盛ったカレーを見ながら材木座はしょぼぼぼぼーんと萎れ、それをみて戸部は食卓を叩いて大笑い。

 

 雪ノ下は戸部の下品さに顔を顰め、海老名さんは何故か三浦にティッシュを鼻に当てられている。

 なにこれ、混沌(カオス)じゃねーかよ。でも、みんなで食べる食事ってのも悪くない、のかな。

 

「わ、我だけ何故男子が……」

「文句いうな、おまえにゃ大志でも贅沢すぎるくらいだよ」

 

 俺の発言にニンマリとした大志の横には、ちらちらと葉山に視線を送りつつ「お代わり」の声を待つ三浦優美子。まるで忠犬ハチ公だ。外見に似合わずいじらしいのね。

 そしてもうひとり。葉山のお代わりを狙う人物が──あぁ!?

 

「せーんぱいっ、お代わりいかがですかぁ~」

「なんで俺なの、俺じゃねぇだろうが……」

 

 急角度から手を伸ばしてきた一色は俺の答えを聞きもせずに、まだカレーが残る皿を分捕る。由比ヶ浜が唸り声を上げて俺を睨むが、これって俺が悪いのん?

 カレーの皿が俺の元に帰ってきたときには、これでもかというくらいに大盛りにしてあった。

 もうね、マンガみたいに山に盛ってあるの、メシが。

 こいつまさか、三浦に勝てないと思って俺に八つ当たりかよ。

 

「一色……イジメか? イジメだよな?」

 

 手渡された大量のカレーにげんなりしていると、それを見た由比ヶ浜が再び唸り出す。

 大丈夫だ由比ヶ浜。こんだけ盛られても飯はまだあるから。

 一色に盛られた嫌がらせ大盛りカレーをどうにかこうにか腹に詰め込み終わると、俺の腹はヒキガエルのように張っていた。

 

「ふぅ、もう何も食えないや」

 

 いくら美味いメシでも胃袋のキャパを大幅に超える量は入らない。喉に逆流しそうな飯粒をコップの水で無理やり流し込んで、厳かに手を合わせる。

 その手を阻むのは、だれだっ!?

 

「だーめ、好き嫌いすると大きくなれないんだよヒッキー」

 

 声と共に、由比ヶ浜はフォークを突きつけてくる。その先には赤い球体。

「もう食えないんだよ、さっきのカレーの量を見たろ。完全に嫌がらせだぞアレは」

 

 意図的に食べ残したプチトマト。それを突き刺したフォークを向けられて苦い顔をする俺を、トマト嫌いを知ってる連中が笑う。雪ノ下雪乃だけは自分の胸元を見て呟いていたけど。

 

「好き嫌いしていないのに……理不尽だわ」

 

 その呟きに反応してしまった俺と雪ノ下の視線が交錯する。

 

「……何か云いたいことでもあるのかしら」

「いいえ、なんにも」

 

 いてつくはどうを伴った視線をお見舞いされて、それきり怖くて雪ノ下の方を向けなくなってしまった。

 つーか、いま陽乃さんも笑ってたからな。あと三浦も勝ち誇った顔をしてたし。

 なのに何故俺だけを責める。

 仕方がないと諦めて溜息ひとつ、何とかトマトを喉に通し終えて、苦い顔で手を合わせる。

 

「おいしかったね、はちまんっ」

 

 天使も満足気に微笑んで手を合わせる。隣の城廻先輩もめぐりんパワー全開のごちそう様だ。

 

「うんうん、おいしかったぁ」

 

 焔々怨々と胸元に渦巻いていた雪ノ下の憎念が戸塚スマイルとめぐりんパワーで中和されたところで初日の夕食は終了。

 しかし各々の様々な努力の結果出来上がったカレーは本当に絶品で、あっという間に鍋は空っぽになり、俺は柄にも無く2回もお代わりをして、正確にはさせられてしまった。

 三浦は無事に葉山のカレーのお代わりを給仕することが出来てご機嫌だったな。

 戸部は海老名さんのほうをチラ見しながら4回お代わりしてたっけ。全てスルーされてたけどね。

 どんまいっ、戸部。

 

 

 

 

 

 

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